第20話 呪われた者たち





 ヴィリーが「見世物小屋に行くのなら今夜にしましょう」と言ったのは、バルネダールの街に来て五日後の事だった。


 その間、ヘルトルーデらは旅の必需品を買い足してはラディスラフの維持する空間に放り込み、それ以外では、これまで同様、日課のように毛玉商品を売ったり、ミロスラヴァが興味を持った店で買い物や食事を楽しんでいた。


 対するヴィリーはというと、本来の仕事である商品を納め、伝手を使っての情報収集、そして問題が起こった時を想定しての逃走準備に奔走していたようだ。


 行動するのなら今夜が最適だと言われた時、ローデヴェイクがかなり渋った。銀狼姿を余儀なくされる夜という時間帯が嫌だったようだ。が、頭では理解していたのだろう、ヴァルデマルに「では己が王太子だという事を堂々と宣言して、真昼間に一人で行け」と冷たく言われて引き下がった。


 見世物小屋への侵入には、ラディスラフの闇の魔法が遺憾なく発揮される予定ではあるが、ヘルトルーデは腰に下げた剣の柄を握った。

 いつでも抜けるようにカチリと僅かな音を立てて、鞘の中で滑らせる。


 今、ヘルトルーデ、ローデヴェイク、ヴァルデマル、ミロスラヴァにラディスラフの五人は、見世物小屋の裏の外壁の側に居た。

 裏口ではない。

 なにも態々、見張りの一人や二人が居そうな出入口から入る必要はないとヴァルデマルが言い、ラディスラフに空間を捻じ曲げさせて、建物の壁から侵入するというのだ。


 ヴィリーはこの場に居ない。鍛冶の腕を磨くのに心血を注いでいた為に剣術の心得は一切無く、足手纏いになると、近くに荷馬車を停めて逃走の為に待機してくれていた。


 ラディスラフが詠唱を開始した。

 小さい体から濃い闇の気配が漂い始め、見世物小屋の外壁に子供の可愛らしい手を当てる。

 グニャリと空間が歪んだ。

 その歪みが入口なのだろう、ラディスラフが手を引く。


「……出来た。入って、大丈夫」

「ありがとう、ラディ」

「……うん、ママ」

「(私が先に入るよ。次にミィちゃん、ラディ、ヴァルで、最後にヘルトルーデね)」

「分かった。ローデヴェイク、気をつけて」

「(ありがとう。でも、私達にとっての危険は此処には無いと思うよ。正体が割れたり、騒がれたりするのが面倒なだけで)」

「そうだな。まあ、何かあれば闇の魔法でどうにでもなる。なかなか便利なものだからな」

「(……その便利さが物騒なんだよね)」


 そうボソリと言った銀狼姿のローデヴェイクが、躊躇う事なく、ラディスラフが作り出した歪みに入る。

 続いて、彼の指示通りにミロスラヴァが入り、最後にヘルトルーデが身を滑らせたところで歪みが綺麗に消滅した。


 歪みを通った先は、暗い一室だった。

 視界が全く効かない。


 ヘルトルーデがそう思った時、ローデヴェイクの詠唱が聞こえ出し、薄い光を放つ光球が一つ空間に浮かんだ。

 それによって見えた部屋は無人で、物が雑然と置かれている事から、物置き部屋といったところだろう。


「闇と光の魔法って本当に便利ね。この二つがあれば色々な悪さが出来そう」

「(ヘルトルーデが望むのならやぶさかでないよ?)」

「抜かせ。やるのなら世界が滅ぶ覚悟でやれ」

「世界が滅ぶのは、ちょっと」

「(じゃあ、やらない)」

「くだらん。早く前に進め」

「ミィちゃんも活躍できるかなぁ? ボキボキバキバキ言わせたい」

「どうだろう? 別に今のところ見世物小屋を潰すのを目的としていないし」

「(ミィちゃん、ボキボキバキバキは王城までとっておいて? あそこには殴る対象がちゃんとあるからね)」

「うん、分かった! 王城でミィちゃん、頑張る!」

「私も!」

「……僕も」

「(うんうん、皆に期待しているね?)」

「いいから前に進め! ローデヴェイク、お前が先頭だろう!」


 ヴァルデマルの怒りを押し殺した声音に、「(仕方ないなぁ)」とローデヴェイクが口にしながら物置き部屋を後にした。




*****




 見世物小屋の内部は、劣悪な環境下という一言に尽きた。

 客から見えない場所はとにかく酷く、ヘルトルーデは眉根を寄せながら呼吸を浅くする。


 悪臭が酷かった。

 入浴をさせてもらっていないのだろう体臭と排泄の放置。食べ物と身体の腐臭。を進める度に水音を鳴らす湿った不衛生な通路に、その両側に隙間なく設置されている檻から伸ばされた腕には蛆が湧いていた。


 中に居る見世物とされた者達は、首に足首にと鎖で繋がれていて、呻く者、虚ろな者や、力なく横たわる者が多く、嘆く事が出来る者や怒りに咆哮を上げる者は、まだ良い状態と言えるのだろう。


 先頭のローデヴェイクの歩みに迷いは無かった。

 此処まで来ると、魔力が殆ど無いヘルトルーデにも呪われた者が居る方向が感じ取れる。いや、魔力の有無は関係ないのかもしれない。呪われた者同士の共鳴というのが一番しっくりくるような気がした。


 呪われた者らは建物の地下の最奥に居るようで、そこまで進む途中で幾度か監視する者達に遭遇はしたが、それら全てはラディスラフが幻覚や錯乱、昏倒といった闇の魔法で都度対処していた。

 ローデヴェイクの光の魔法も、ミロスラヴァの身体能力も、ヘルトルーデの剣術も必要なかった。


「(一年でよく此処まで集めたよね)」

「人間を玩具のように弄んでいた魔の者らも嘗ては居たが、人間も大概だな」

「(そういった事に種族は関係ないと私は思うのだけれどね)」

「それには同意だ」

「ローデヴェイク、この人達は助けてあげられないのかな、やっぱり」

「(うーん、今は無理だね。ヘルトルーデのお願いなら何でも叶えてあげたいところだけれど)」

「パパ」

「(なにかな? ミィちゃん)」

「狼さんの足が汚れちゃってる」

「(後で洗うから大丈夫だよ)」

「……僕が、洗って、あげる」

「(ありがとう。助かるよ、ラディ)」


 結局、周囲の悲惨極まりない状況とは掛け離れた緊迫感の無い会話をしながら、ヘルトルーデらは先へと進み、ローデヴェイクの「(アレだね)」という言葉に、全員が最奥の檻へと視線を向けた。


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