第19話 ヘルトルーデの居場所
「お待たせしました。ミィちゃん、ラディ君、ヴァルさんは苦手な食べ物はありますか?」
そう言いながら宿の食堂の椅子を引いたのは、少し遅れてやってきたヴィリーだ。
陽が沈み、夜になって人に戻ったヘルトルーデは、ミロスラヴァとラディスラフ、ヴァルデマルとヴィリーの五人で、宿の食堂で夕食をとる事となった。
ヴィリーの知り合いがやっているという宿は大きく、食堂もとても賑やかだ。
これまでの旅では横目で通り過ぎていた光景に、ヘルトルーデはなんとなく気持ちが沈んでしまい、眉を下げた。
理由はローデヴェイクがこの場に来る事が出来ないからだ。
「ミィとラディに苦手な物は無い。……我は玉葱がどうしても駄目だ」
「分かりました。入っていない料理も用意して貰いますね。―――ヘルトルーデは何でもいいか? 特に希望が無ければ、俺のお勧めを纏めて注文するけど」
「無いよ。ヴィリーに任せる」
「了解」
ヴィリーが声を張り上げ、宿の人間を呼んだ。
少しの間を開けて来た給仕に、ヴィリーは幾つもの料理名を告げる。そして「ミィちゃんやラディ君は甘いものは好き?」と聞いて頷く二人を確認すると、注文の最後に「チェリーパイを二十人分」と付け足した。この六日間でミロスラヴァがよく食べる事を知った上での注文数だろう。
「なんか色々とごめんね。ありがとう」
「そこで妙な遠慮はするなよ。俺もそこそこは稼いでいるから、ヘルトルーデや子供達を
給仕が冷えたジュースと人数分のコップを持ってきた。
受け取ると、瞳をキラキラと輝かせているミロスラヴァの前に置いたコップからヴィリーは注ぎだす。
ミロスラヴァの可愛らしい小さな手が、コップをガシリと掴んだ。
「何処に行っていたの? 商品の納品とかあるんでしょ? 忙しいんじゃない?」
「まあ、やる事は確かにあるけど、今は手紙を何通か急ぎで出してきた。ヘルトルーデの無事を確認したとだけでも伝えておかないと、親父もウチの客達も協力してくれているギルドも動き続けてしまうし」
「……そうだよね。ごめん。皆にも本当に何て言ったらいいか」
「そこは落ち着いたら、一言ありがとうと礼を言っておけばいいだけさ」
ポンとヴィリーがヘルトルーデのクリーム色の髪を持つ頭に手を置いた。
それを二、三度ポンポンと繰り返されていると、再びやってきた給仕によって、注文した料理が次々と運ばれてくる。
どれも湯気が立ち、作り立てである事が分かって美味しそうだ。
ヴィリーがジュースをゴクゴクといった勢いで飲んでいるミロスラヴァとラディスラフから料理を取り分けだした。
「美味しそうだね」
「料理自慢の宿でもあるからな」
「……やっぱり私、部屋に戻ろうかな。お料理は幾つか包んでもらって。部屋で食べるから」
「殿下?」
「……うん。この場に来られないのに悪いというか、可哀想というか」
「この数ヶ月お前達を見ていたが、ヘルトルーデ、お前はアレを甘やかし過ぎだ」
ヴィリーの手により取り分けられた料理にナイフを入れながら、ヴァルデマルが会話に入ってきた。
ミロスラヴァやラディスラフと違い、彼は宿の食堂にはそぐわない品の良さを出して肉を小さく切り分けている。
ヴァルデマルの赤い瞳が呆れの感情を隠さない。
「そんな事は……ないと思うけど」
「お前が今、この場で食事をする事が出来るのは、束縛する男は嫌われるぞと我が言い、ヴィリーの苦笑が止めを刺したからに過ぎない」
「……あれは私を心配してくれただけで」
「何を言う。ヘルトルーデ、お前は人間の中では強い。だがこれ迄、宿の食堂は利用していなかったと言う。二人旅の時は仕方ないとしよう。しかし、嘗ての魔王だと教えたはずの我らが居ても、そして今回はヴィリーが居ても、アレは反対したんだぞ? よく考えろ」
「……でも」
「魔王であった我が言うのもなんだが、対等な関係が築けないのであれば、いずれ其れは破綻する。お前だけが苦しむという結末つきでな」
「…………」
「正直なところ俺もそう思うよ、ヘルトルーデ」
空になったミロスラヴァとラディスラフのコップに、ヴィリーがジュースを注ぎながら言った。
声音で心配されているのが分かる。
ヘルトルーデは居た堪れずに下を向いた。
卓の上の料理はミロスラヴァによって勢い良く消えている。
「ヘルトルーデ、お前のそういう態度がローデヴェイクを付け上がらせ、そして付け込ませてもいる。アレは
「でも……でもね、ローデヴェイクは私がどうしようもなく困っていた時に助けてくれたの。あの時は辛くて寂しくて傷ついてもいて、そんな時にね、一緒に居てくれて」
「たとえそうであっても、それは将来への免罪符にはならない」
「……居場所が無いの。一人には……なりたくなくて」
ヘルトルーデはジュースの入ったコップを握った。
口の中がカラカラに乾いた気がして、一口飲む。
甘い柑橘の味だった。
「狡いのは私。……でも、大丈夫よ? ちゃんと離れるから。分かっているから。王太子殿下と男爵の娘でしかない私は、いつまでも一緒には居られないもの」
「お前がそういう考えなのであれば、我から何も言う事はない。離れればいい。それとまあ、居場所が無いというのであれば、解呪が済んだ後、魔王城に来ればいい」
「え? 魔王城ってまだあるの? 観光地化されていたり、跡地になっているんでしょ?ヴァル達は森の中に住んでいたみたいだし」
「森の中で長き時を野宿で過ごしていたと思うか? 魔王城は今も森の中に在る。目眩ましを掛けているから人間に発見されないだけだ」
人間が観光地としている城は我の元側近の城だ、と続けて、ヴァルデマルはクリームスープに手をつける。
ヴィリーがまた新たに運ばれた料理を取り分けだした。
「魔王城かぁ。でも人間の私が住んでもいいものなの?」
「ミィとラディがお前に懐いているしな。それに今は他の魔の者が居ない。故、問題が起きようも無い。遠い昔、勇者らを迎え入れるのに改築して遊んだ名残で、楽しめる仕様になっているぞ? ミィらと駆けずり回って冒険するのも良いだろうよ」
そう言ってヴァルデマルは過去を思い出すかのように嗤い、ジュースに口をつけた。
それを目にして、ヘルトルーデも再びコップの中身を喉に流す。
ヴィリーがヘルトルーデのクリーム色の髪をガシガシと搔き混ぜた。
「俺にもヘルトルーデの居場所を作ってやれると言っておく。俺の実家ではコニングの屋敷に近いから住めないというのなら、俺が独立して別の場所に拠点をおけばいいだけの話だ」
「……ヴィリー」
「でももしヘルトルーデが魔王城を選択するのなら、ヴァルさん、俺も行っていいですか? 住むという事でなく、ヘルトルーデの様子を見に行くという形で。ミィちゃんやラディ君の手土産は必ず用意します」
「構わない。そうなった場合を考慮し、後で通信具を渡しておく。空間を開けなければならない故、ここでは出せないが」
「ありがとうございます」
「ファースの街を出た森の入口で使え。人間には厳しい森だ。迎えに行ってやろう」
その後は、宿の料理が美味しいという話題に移り、ヘルトルーデはどうしてもローデヴェイクの事が気になってしまったが、皆との食事自体はとても楽しいものだった。
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