第18話 王都に一番近い街バルネダール
ヴィリーと出会って六日後。
彼が動かす荷馬車にガタゴトと揺られて到着したのは、王都に一番近いことで栄えている街バルネダールだ。
今、猫のヘルトルーデはミロスラヴァに抱きかかえられた状態で、そのミロスラヴァと共に、ローデヴェイク、ヴァルデマルとラディスラフ、そしてヴィリーが街に入る手続きをしているのを荷馬車の中から眺めていた。
ラディスラフの口が動いているのが見て取れる。
闇の魔法を使っているのだろう。ラディスラフの耳元でヴァルデマルが何やら指示を出していた。
バルネダールの街に到着するまでの六日間、ローデヴェイクに放たれた刺客が夜間に二度ほど襲って来はしたが、それ以外は概ね平和に移動する事が出来た。
荷馬車ではあるが、やはり乗り物による移動は良いもので、疲労度軽減も然る事ながら、子供の体の同行者が居る故の不都合を解消してくれたのは大きかった。
手続きが終わったようだ。
ローデヴェイクらが荷馬車に乗り込み、ヴィリーが直ぐに手綱と鞭を操る。
荷馬車が門を通り、街の中へと入っていった。
少し進んで、ヴィリーが荷馬車を動かしながら口を開く。
「まずは俺の知り合いがやっている宿を全員分取りましょう」
「私は日没で狼になるけれど、大丈夫な宿かな?」
「大丈夫です。大きい宿ですし、常に客も多いので、逆に目立たないと思います。皆、他の宿泊客に関心はありません」
「そう。ああ、そうだ。部屋だけれど、私達は全員一緒の部屋にして。対外的には聖職者が旅に連れ歩いている猫と子供の組み合わせだから」
「分かりました」
ヴィリーが荷馬車の進行方向を変えた。
街の目抜き通りを通るのを避けるようだ。
ヴィリーは「
とはいえ、左右には隙間なく店が立ち並んでいて、ミロスラヴァが荷馬車から身を乗り出して、銀色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「(ミィちゃん、危ないから、もう少し荷台の方に戻ってね)」
「ママ、あのお店はなぁに? 人間がたくさんお店の前に立ってる!」
「(うーん、何だろう? 人でお店が見えなくて、よく分からないね)」
「どれ?」
直ぐ側に座っていたローデヴェイクがミロスラヴァの身を下げながら乗り出し、
「本当だね。何の店だろう」
荷馬車が人集りが見える邪魔にならない位置で停まる。
ヴィリーが手綱を引いていた。一連の作業が済むと、彼の鳶色の瞳が見る先を変える。
いつもよりも硬い声をヴィリーが出した。
「あそこは見世物小屋です」
「見世物小屋?」
ローデヴェイクの眉間に皺が寄った。
「何故、この街にそのようなものがあるの。いつから?」
「デ・ブラリュネが移転したのと同時期でしたから、一年程前ですね。この街の武器屋の店主によると、評判は良くないらしいです」
「どういう意味で」
「見世物とされている中心的な二点に眉を顰める者が多いと」
「その二点は何?」
「二人の女性です。一人は物語の魔の者と同じ白目部分が黒い目を持つ女性。もう一人は全身に酷い瘤と吹き出物が有り、常に痛がり涙している女性だそうです。眉を顰める者達は、その二人の女性が……言葉が悪いですが、展示されているだけでなく、客が手を伸ばせば触れる事も、髪を引っ張る事も、石を投げる事も出来るようにしているからだと」
「この街を管轄しているレイカールト卿は一体何をしている」
ローデヴェイクの声音に怒りが滲み出した。
それもそのはずで、彼は為政者側だ。
止むを得ない事情で自身が不在の間に、彼が看過できない事が起こっているのだ。
怒りを覚えるのも、憤るのも当然と言えた。
ヘルトルーデはミロスラヴァの腕の中から抜け、そんなローデヴェイクの肩の上に飛び乗る。
そして猫が出来る精一杯の慰めと励ましだと思っている行為の一つ、ローデヴェイクの頬をペロペロといった感じで舐めた。
するとローデヴェイクは肩に乗るヘルトルーデを両手で持ち上げ、その猫の腹に顔を埋めてくる。
猫の躰といえども羞恥の気持ちが湧き上がるが、ヘルトルーデは好きなようにさせてあげる事にした。
気持ちの整理が必要だろうからだ。
至近距離にあるローデヴェイクの銀色に煌めく髪にも、ヘルトルーデはペロリと舐めた。
「(頑張って解呪して、色々と正そうね)
「そうだね。……でも何故。彼はこのような事を認める者では無かったはずなのに」
「代替わりしました。今、この街を管轄するのは息子です」
「息子……騎士団長の嘆かわしい汚点フィクトル・レイカールトか」
「(え? それって)」
「うん。君の異母妹アンシェラの彼氏の一人だよ。……成程ね」
話の区切りが一旦ついて、ヴィリーが荷馬車を動かそうと鞭を手に取った。
それと同時に、今度はヴァルデマルが口を開く。
「人間が多い故、お前達には感じ難いかもしれないが、見世物小屋とやらに呪われた者が居る」
「(え?)」
「そうなの? もしかして今話していた二人の女性?」
「そこまでは断定できぬが、まあそうであろうな。呪いの気配が二つ。それも仕掛けたのは、お前達と同じ者らだ」
「(…………)」
「そう。どうやら、あの店に行く必要があるみたいだね」
「殿下、行くにしても日を改めましょう。今は目立ちすぎます。」
ヴィリーが持つ鞭がしなり、ピシリと音がして、荷馬車が見世物小屋の前を後にした。
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