第38話 愛に満ち溢れた家族計画の為に!





「(…………………………え?)」

「………………………………は?」

「…………ぶはっ!」


 あまりの驚きにポカンとしてしまうヘルトルーデ。

 想定外すぎて完全に固まってしまっているローデヴェイク。

 そして、嘗て人類を恐怖の底に陥れていた魔王には到底似つかわしくない様子で噴き出したのは魔王ヴァルデマル。


 衝撃に目を見開き、一瞬前までキスをしていた口すら唖然と開いて、ピクリとも動けない二人の横で、魔王ヴァルデマルの爆笑は止まらない。

 次第に、彼の目尻に涙すら滲み出す始末だ。


「笑える! 何だ、それは!」

「(………………)」

「……………………」

「ヘルトルーデは再び猫か! それはまだいい! 猫には一定の需要があるからな! だがローデヴェイク、お前の姿は何だ! 力が不十分な魔の者ですら、そのような半端な姿を晒していなかったぞ!」


 可笑しすぎる、とローデヴェイクに指をさす勢いで、魔王ヴァルデマルが笑い続けている。

 暫し二人して、そんな彼の爆笑の声を黙って聞いていたが、ブチリとした様子がローデヴェイクから漂いだした。

 ヘルトルーデが慌ててローデヴェイクを見上げると、彼の額は青筋だらけだ。

 ローデヴェイクは、わなわなといった感じで身を震わせていた。


「…………ヘルトルーデ。私は今、どういった姿? 君はこれまでと変わらない可愛らしい猫のようだけれど」

「(あ、……えっと)」


 猫に変化してしまったヘルトルーデは、見上げていたローデヴェイクの顔から眼を反らした。

 どう伝えれば、穏便に彼に伝わるのだろう。

 現在の姿に、この期に及んで傷つきはしないだろうが、怒り度合いは相当増しそうだ。


 猫の姿のヘルトルーデは今、キスの時に添えられていたローデヴェイクの手によって、本物の猫のように首後ろを掴まれていた。

 旅の間、そういった持ち方をされた事が殆ど無かったから、獣化によって躰が小さくなってしまった事への咄嗟の行動なのだろう。落下防止だ。


 ヘルトルーデは猫の髭を下げた。

 魔王ヴァルデマルは苦しそうに爆笑し続けているから、ローデヴェイクの問いに答えるのはヘルトルーデしか居ない。

 フサリとした柔らかそうな猫の尻尾も、髭同様にヘルトルーデは力なく下げた。


「(あのね)」

「うん」

「(あの……人型のローデヴェイクの頭上にね、銀狼の耳が生えている、かな。……あと、尻尾もね、あると思う。感じない? 銀狼の尻尾らしき膨らみが足の横に現れたわ。服が盛り上がってる)」

「………………」

「(ほ、他にはね、ひげが……)」

「……髭?」

「(そう。髭。人型のローデヴェイクの顔に、銀狼の髭だけがモサッと生えているの。……せめて、耳と尻尾だけだったらって思うというか)」

「ヴァルッ!」


 ローデヴェイクが激昂した。

 彼と出会ってから旅をして此処まで、一度も聞いた事がない怒声だ。

 猫の首根っこを掴んでいたローデヴェイクは、ヘルトルーデを懐に抱え直し、同時にギッと爆笑中の魔王ヴァルデマルに視線を移す。

 勢いは、彼の胸倉を掴みそうなほどだ。


「どういう事!? 解呪は成したのではなかったの!?」

「はぁ、可笑しい。―――知らぬわ。我の構築した陣は完璧だ」


 魔王ヴァルデマルは目尻に滲んだ涙を指で拭いながら、一旦、笑いを収めた。

 そして彼は、口の端を上げ、偉そうに腕を組む。


 ローデヴェイクからギリリと歯軋りの音がした。


「では、これは何!? 何故、ヘルトルーデはまた猫になって、私は耳と尻尾と髭が生えているの!」

「さぁ? 完全無欠の陣であったのは確かだ。綻びなどは無い」

「…………無能なんじゃないの?」


 地の底を這うような声音をローデヴェイクが出した。

 それが当然、耳に入ったのだろう魔王ヴァルデマルの片眉がピクリと動く。


 猫のヘルトルーデは毛を逆立てた。

 二人の醸し出す空気が不穏すぎて怖いのだ。


「何? なんと言った」

「無能なんじゃないかと言ったんだよ! 完璧、完全無欠とほざく陣で発動した解呪が、成功してないんだよ! 無能としか言いようが無い!」

「貴様っ!」

「悪い事は言わない! 魔王の看板は下げた方がいいよ! 期待外れだ!」

「小僧が!」


 声を荒げる魔王ヴァルデマルに、ローデヴェイクが馬鹿にしたように鼻で嗤った。

 ヘルトルーデはどうしていいのか、さっぱり分からない。


「小僧で結構! そっちは、それっぽい見て呉れだけで、中身は無駄に年齢を重ねただけの糞爺じゃないか! もういい! 魔王になんて期待しない! 私は私の力で解呪する! 方法を意地でも見つけてやる! ヘルトルーデ!」

「(え? はい! 何?)」


 ローデヴェイクが気持ちを落ち着けるようにか、ふぅ、と息を吐くと、ヘルトルーデの猫の額に口づけを落とした。


「また旅に出よう」

「(た、旅?)」

「うん。解呪の旅だよ。一緒に方法を見つけようね。絶対に呪いを解いて、ヘルトルーデと私の、人の姿での当たり前の幸せを掴むんだよ! ああああもう、何でヘルトルーデは完全な猫姿なの! 半端でも、せめて私のような姿だったら、あんな事も、こんな事も、色々と出来たのに! フサリとした尻尾があって、ピクピクと震える髭があって、猫耳姿のヘルトルーデなんて最高だとしか言えないよね!? うーん、今回の獣化の発動条件と解除は、どういったものだろう? 色々と試して調べないといけないね。もしも、万が一だけれど、猫耳尻尾が付いている人型に変われるのなら、一度でいいから、エプロン姿になってくれないかな? ね、ヘルトルーデ。お願いだよ」


 王城で調達できるから、と付け加えて、銀色の睫毛に縁どられた瞳をキラキラと輝かせるローデヴェイクに、人型であれば完全に眉をひそめる自信がヘルトルーデにはあった。


「(……え? 何を言っているの?)」

「……束縛、執着に加えて、趣向が変態ときたか」

「善は急げだね。ヴァル、大変不本意だけれど、私の猫ちゃんを預かってて」


 そう言って、懐に抱えていたヘルトルーデを魔王ヴァルデマルに手渡すと、ローデヴェイクは乱れていた銀髪を手櫛でザックリと整えた。

 そして表情を改め、王太子に相応しい雰囲気を纏わせると、王宮を背に、庭園の西方に指をさす。

 魔王ヴァルデマルも猫のヘルトルーデも、素直に指された方へと視線を向けた。


「ヴァルなら視えると思うけれど、王城敷地内の森の向こうに、私所有の離宮がある」

「あれか。青い屋根の」

「それだよ。魔王に王宮内を闊歩されると面倒が起こるし、そもそも城内はまだ混乱しているからね。一旦事態を収拾するまで、二人は離宮で過ごしていて。中は自由にしていいから。使用人は少ないけれど、口が堅い信用できる者しか置いていないから安心して」

「(それはいいけど、ローデヴェイクはどうするの?)」

「早急に諸々を片付けるよ。私はヘルトルーデと旅に出るからね。罪を犯した者達の後始末と、旅の間、父上が玉座に座っていられる健康状態になるまで、治癒魔法を何重にも、しつこいくらいに重ね掛けしてくる。暫くは玉座に縛り付けてでも退位はさせないよ」


 ローデヴェイクの手が、魔王ヴァルデマルに抱かれた猫の頭を優しく撫でた。


「ヴィレミーナの父であるベイエルスベルヘンの公爵とも話をつけないとならない。再び旅に出る私の王太子としての地盤の維持を彼にしてもらいたいからね。盾にも質にもなる娘が、丁度、私の手中に在るし、話は早いと思うよ」

「(ローデヴェイク……)」

「悪の権化のようだな、お前は」

「何とでも言っていいよ。誉め言葉として受け取るから。―――待っていて、ヘルトルーデ。三ヶ月……いや、二ヵ月で収拾するからね。頑張るよ。勿論、私とヘルトルーデの愛に満ち溢れた家族計画の為に! ―――ヴァル、王宮の者の目につかないうちに、離宮に移動して。後で話をしよう。幾つか聞きたい事もある」


 そこまで指示を出して、猫のヘルトルーデと魔王ヴァルデマルを酷い有様の空中庭園に残し、半端な獣姿のローデヴェイクは、慌ただしく城内に姿を消した。





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