第39話 転生者、断罪





 赤髪の騎士に連れられて、レアは王太子ローデヴェイクの執務室の前に着いた。

 罪人である為、当然、自由の身では無いが、日本の警察に逮捕された時のような手錠での拘束はされていない。

 服装は王宮内ではシンプルな、しかし、この世界で生まれ育った片田舎の名もない村では、一張羅になり得る質の良いワンピースが与えられて身に纏っている。


 赤髪の騎士―――サンデルというらしい―――から聞いたところによると、王太子ローデヴェイクが王城に帰還し、偽りの異母姉ヘルトルーデと対峙してから、三週間が経ったのだとか。


 その日の記憶だけは曖昧で、且つ、レアの意識が戻ったのは一週間前だ。

 目を覚ますと、囚人が収監されているような牢ではなく、出入口に監視が居て、窓に鉄格子が嵌ってはいたが、全体的に白く、無駄が無く、日本の病院の入院病棟のような部屋だった。


 サンデルが執務室の扉の両脇に立つ者達に入室の許可を求めた。

 直ぐに中から是との返答があり、扉が開く。

 サンデルに背中に手を添えられ、室内に入るよう促された。


 レアは緊張に震えながら息を吐いた。

 王太子ローデヴェイクに会うのは、これが初めてではない。

 呪いを掛ける前と、そして病室のような部屋で会った。


 呪いを掛ける前は、会えば常に冷たい視線を向けられた。

 病室のような部屋では、ポツリポツリといった感じで質問をされたり、治癒魔法を展開しながら彼は何かを考えていた。

 怒っている様子はなかった。特に侮蔑の感情を向けられたりもしていない。

 ただ思考しながら、何度も魔法を発動していただけだ。


 室内の中程まで進み、サンデルが足を止めた。

 レアも同じように立ち止まる。

 視線を上げる勇気は無く、村では決して見る事のない高価そうな絨毯を眺める。


 目覚めてからの一週間で覚悟は決めていた。

 だが、恐怖を感じないといったら嘘になる。

 怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。


 日本の小説や漫画にあるように、断罪で首を切られるのだろうか。

 首を切られたら、どのくらい痛いのだろうか。

 出来れば一瞬であるといい。気づく間もなくやって欲しい。


 生きたかったけれど。

 今世こそ、後悔のないように親を大切にして、オレクと未来を見てみたかったけれど。

 泣くつもりはなかったが、ポタリと涙が王太子執務室の絨毯に吸い込まれた。


「今の君を前にしていると、私が救いようのない悪人に思えてしまうよ。参ったね。―――顔を上げなさい」


 執務室の椅子に深く腰を掛け、肘掛けに頬杖をついてそう言うのは、王太子ローデヴェイクだ。


 拒否拒絶は許されない。レアは罪人だ。

 両手をギュッと握り、唾を飲み込んで、勇気を絞り出して言われた通りに顔を上げる。


 王太子ローデヴェイクも椅子の背凭れから身を起こした。

 彼は今、王太子に相応しい衣装に身を包み、銀髪をキッチリと整えた姿だ。


 王太子ローデヴェイクの実弟であり、第二王子のオリフィエルが言うには、彼は腹黒で、性格も悪く、卑怯で、計算高い、人を見下す冷たいだけの人間なんだそうだ。

 見目はいいから、彼が少し愛想を良くすれば好感が持て、何処か儚げで弱そうにも見える事から、周囲の人間は簡単に騙されてしまう。それを正したい、というのがオリフィエルの主張であり、今回の事へのオリフィエルなりの大義名分だった。


 接触した当初から、王太子ローデヴェイクに対してだけは攻略が上手くいかなかった。排除しようにも直ぐに手詰まりになってしまい、オリフィエルを唆して呪いという手段に出たのだ。


 あとはもう芋蔓式だ。

 ひとつの物事―――呪いを掛ける事が開始してしまえば、望まなくても状況は進む。

 次は入り込んだコニング男爵家の令嬢、偽りの関係の異母姉ヘルトルーデに。その次は市井で暮らしていた聖女アンシェラへ。攻略対象者とした者の心を更に確実に掴み、使役する為に、公爵令嬢ヴィレミーナ・ベイエルスベルヘンには、悪役令嬢に仕立て上げてから呪いを掛けた。


 ほぼ全ては簡単に上手くいった。あっけないくらいに周囲はレアを想い、求めてきた。

 菅野菜々葉が心から欲しかった人との繋がり。

 けれどそれは、堕天使がレアを縛る為につけたペンダントによる偽りでしかないものだった。


 ポタリポタリと零れ落ちる涙が止まらない。

 レアの犯した罪は果てしなく重い。

 記憶を歪められ、操られていたとしても、レアの身が犯した罪は消えない。

 決して消えてはくれないのだ。


「……ごめんなさい。申し訳ございませんでした。謝罪で済む話ではないと分かっていますが、それでも謝りたいです」


 レアの泣きながらの弱弱しい声音による謝罪の言葉に、王太子ローデヴェイクが息を吐いた。


「やはり今の君をヘルトルーデには会わせられないね。心から反省している君は、他意無く謝罪の言葉を口にするだろう。そしてそれを、ヘルトルーデは思い悩むんだ。許せない。けれど許さなければならないのではないか、とね。ぐるぐると何度も同じ思考を繰り返す。で、また君も謝るんだ。やはり何度も。堂々巡りでしかないよ。そんな不毛な光景がね、私には視えてしまうんだよね。今後、会う機会が訪れたとしても、今は両者共に時間が必要そうだ」


 王太子ローデヴェイクが立ち上がった。

 机上にあった小箱を手にして、物音を立てずに、執務室に備えられている応接セットの方へと向かう。

 彼の動きに合わせ、室内に控えていたサンデルがレアを同じ方向へと促した。


「君も座って。体がまだ本調子ではないだろうからね」


 そう言いながら、王太子ローデヴェイクがソファーに腰を下ろした。

 レアが座るのを待ってから、彼は手にしていた小箱を開く。

 それをレアに見える位置に置いて、彼は会話を続けた。


「此処でお茶を出しても味わう余裕なんてないだろうから、後で別の場所でサンデルに用意してもらうといい。本題に入ろう」

「…………はい」

「これはね、天然物の質の良い魔石に、私の光の魔力をこれでもかと注いで加工したペンダントだよ。とある闇の魔力を操るのに長けた者が失笑するくらいには良い出来だと思う。今後は、このペンダントを肌身離さずにつけて欲しい。魔除けだと思ってくれていいよ」

「……え? あの、魔除け?」

「うん。魔除け」


 想定外の言葉に、レアは思わず戸惑ってしまうが、王太子ローデヴェイクに気にした様子はなく、彼はサンデルにペンダントを渡した。


「君にはスヴォレミデルの総本山に居る教皇も裸足で逃げるような治癒魔法を何度も掛けたつもりなんだけれど、どうしても胸元にある闇の魔石が食い込んだ痕が消えない。私の矜持にかけても、女性に傷痕は残したくなかったのだけれどね」


 サンデルがソファーに座るレアの背後に立った。

 主君から受け取ったペンダントを付けてくれるのだろう。

 特に断りは無かったが、レアの印象的な赤い髪がそっと避けられ、首元にひんやりとした感触が伝わった。


「とある闇の魔力を操るのに長けた者に聞いたのだけれど、消す事は出来ないだろうと言われたよ。消すには身につけていた時間が長すぎたと」

「……そうですか」

「とある闇の魔力を操るのに長けた者が言うにはね、聖痕だと思えばいいらしいよ」

「聖痕?」

「そう。消えないものを悩んでも仕方ない、前向きに考えろと。まあ、中身の年齢が糞爺だから、若い女性の繊細な気持ちは分からないのだろうけれど。どちらにせよ、痕が消えないという事は、目印になってしまう可能性も捨てきれない。それを防ぐペンダントだよ。今、君が身につけたものはね」


 レアはサンデルによってつけられたペンダントトップに触れた。

 感触は、つるりとした温度の感じないただの石だ。

 しかし王太子ローデヴェイクは、これを魔石だと言う。希少な光の魔力を、これでもかと注いで加工したとも言った。どうして。

 どうして、そのような物をレアに与えるのか。

 レアは、今日ここで断罪され、首を切られるのではないのか。


「……首」

「首? 痛みがあったりするのかな? ペンダントの力と闇の痕が反発していたりするのかなぁ」


 うーん、と考えだした王太子ローデヴェイクに、しかしレアは首を左右に振った。


「違います。あの……私は許されない罪を犯しました。だから、その……斬首刑なのかなと。それなのに、魔除けのペンダントを与えられたので、えっと」

「ああ、そういう事。―――斬首ねぇ。まあ、本来なら、それくらいの罪を君は犯してしまったよ」

「……はい」

「ヘルトルーデから君に何が起こったのかを聞いた。君がしていたペンダントの闇の魔石を破壊した時に、彼女は君の過去の記憶の渦に巻き込まれたらしい」

「…………」

「それを踏まえて検討してね。レア、君は国外追放処分に決まったよ」

「え?」

「国外追放。要は厄介払いだよ。君の過去を知った今、命を奪うまでの処罰は、なにより私のヘルトルーデが勝手に地の底まで落ち込んだ挙句に、心を深く傷つけてしまうからね。それを避けたいのが最大の理由。甘いよねぇ。正直、甘すぎる処分だと思うよ。でも私は、私の猫ちゃんには、とことん甘くいこうという方針でね。それに―――」


 レアがペンダントトップに触れながら話を聞く中で、王太子ローデヴェイクは、足を組み替えながら言葉を続けた。


「君は良くも悪くも平民の身分だ。君の首を刎ねて、気が晴れる者は居るだろうけれど、王宮としては物足りな過ぎてね。存在と影響の重さという意味でさ。だから、国外追放で手を打つよう私が動いた。ヴィレミーナ・ベイエルスベルヘンの父公爵も直ぐに了承したよ。彼が決して許す事が出来ないのは、セルファース・ホーチュメディング。愛娘の元婚約者だ」

「……原因は私です」

「そうだね。でも、私の愚弟オリフィエル、公爵家の愚息セルファース、魔塔の堕落者ケフィン、騎士団長の嘆かわしい汚点フィクトル、そして私のヘルトルーデの愚兄マレインにはね、身分と立場がある。たとえ闇の力を使われて唆されたとしても、彼らに過ちは許されないんだよ。それに私から言わせれば、元々、芽はあったんだと思うよ。君が現れて、早くに芽吹いただけの話だ。彼らには相応の処罰が下される」

「私のせいで死んだ人もいます! なのに!」

「確かに私の腹心が死んだ。けれどあれは、完全に私の落ち度だ。彼を護れなかった事で責を負うのは私だし、あとは、言葉が悪いけれど、国にとっては、男爵家の使用人一人と、犬一匹、他に居たとしても平民たちだけなんだよ」

「…………」

「平民の君には不条理に感じると思うけれど、それが身分というものだ。―――処罰を伝える。レア、君は今後、この国に足を踏み入れる事は許されない。行き先を指定する。神国スヴォレミデルに私の知人が居を構えている。そこへの労働提供だ。期間は三年。監視は勿論つける。その報告を私は把握すると、予め言っておく」


 ギュウとレアはペンダントトップを力強く握り締めた。

 ひんやりとしていた魔石は、レアの体温で既に温くなっている。

 そんな魔石を御守りように縋り、不安で押し潰されそうな心を必死に自分で宥めた。


 斬首刑ではなくなった。それだけでも感謝しなければならない。安堵しなければならない。

 しかし、処罰である三年の労働提供とは、一体どういったものなのだろうか。

 辛いのか。過酷なのか。むしろ斬首された方がマシだと思えてしまう環境なのだろうか。

 魔石を握る手が震える。


 レアは弱い。菅野菜々葉の頃から、弱く、逃げてばかりで、勇気と自信が持てないのは変わらない。

 名も無き片田舎の村では、そんなレアを理解してくれるオレクや、優しい親、村人達が居た。のんびりとした環境だった。ゆっくりなペースで頑張れば良かった。それが許される場所だった。

 けれど此処は村の外の世界だ。


 レアがペンダントの闇の魔石に記憶と本質を歪められ、操られる事なく、一国の王太子ローデヴェイクと会話しているのは奇跡に近い。

 怖い。ただ怖い。

 人との繋がりが欲しいのに、努力して頑張った末に、拒否される事が怖い。

 首を切られるのも怖い。死ぬのも怖い。その可能性が消えても、変わりの処罰ですら怖いのだ。


「やはりお茶でも飲んだ方が良さそうだね。―――サンデル、用意するよう言って」

「了解しました」


 王太子ローデヴェイクが、力の抜けきった声音をだした。

 お茶が用意されるまで、彼は黙って窓の外を眺めだす。

 そして王宮の使用人によって、そう時間をかけずに要求したものが応接テーブルに置かれた時、それを飲むようにレアに言って、彼自身も同じものを口にした。


 言われた通りに、村には無かった繊細で美しいカップを手に取り、コクリとレアも中身を嚥下する。

 先程、王太子ローデヴェイクが言ったように、緊張と消えない恐怖に、味わう余裕など無かった。


「少しは落ち着いたかな? あのね、何も君を取って食おうという訳ではないんだよ。そうするのなら、初めから君の首を刎ねた方が早い」

「…………ごめんなさい」

「謝って欲しい訳じゃない。まあ、怖くて不安になる気持ちは理解できなくもないけれど。今回の処罰のね、三年間の労働提供といっても、別に男だらけの懲役用鉱山に放り込む訳じゃないから安心しなさい。私の知人の男のスヴォレミデルにある屋敷で、使用人として働いてもらいたいだけだよ。別にその男と始終二人きりという訳でもないし、使用人は他にも居る。ただ、その屋敷の性質上……目的というのが分かり易いかな。そのせいで、あまり無闇に人を雇えなくてね。屋敷は慢性的な人手不足なんだよ」

「……人手不足」

「うん。だから君の仕事内容は普通の使用人のそれなんだけれど、やる事はたくさんあって常に忙しいとは思う。三年は、若い女性の君には決して短い期間ではないけれど、でも、そこで真面目に働いていればいいだけなんだ。監視は付けるけれど、君が何か疚しい事をするのでなければ、全く気にする必要は無いよ。あとは向こうの判断に任せるけれど、君が問題無しとされれば、郷里に連絡を取ってもらって私は構わないし、三年間、別に屋敷から一歩も出るなとも言わない。向こうの許可が下りれば、街に出て、自由に買い物をしたり、好きなものでも食べなさい」

「でも……それは自由すぎませんか?」

「そうかな? 給金も相場をちゃんと払うよ。使うも良し、貯めて将来の生活に役立てるも良し。三年経てば、君はそれこそ自由だ。屋敷に留まるのもいい。他へ働き口を探すのもいい。帰郷するのも有りだ。ヘルトルーデから君の前世というのも聞いてね」

「…………」

「とある闇の魔法を操るのに長けた者が言うには、そういう存在は、極稀に現れるそうだよ。前世の記憶が蘇った時、君は混乱しただろう。そして今回の件だ。君は、君に合う速度で先について考えるといい。先程も言ったように、屋敷の性質上、ある意味、護られた場所なんだよ。まあ、言ってしまえば、私の情報収集の拠点でね。だから、その護られた場所で働きながら、今後をじっくりと考えなさい。そして君の最適解を見つけるんだ。世の中ね、何だかんだ言っても、自分が幸せだと感じた方が勝ちなんだよね。私なんて、これからヘルトルーデとの愛に満ち溢れた生活の為に爆走する予定だよ。だから君もね、―――君が幸せだと思える道を探りなさい」


 そう言いながらのレアを見る王太子ローデヴェイクの表情は、これまでの冷たい視線ではなく、初めて向けられる温かみのある微笑みだった。




*****




 馬が大きく嘶いた。

 レアの今いる場所は王城内の厩舎の前で、一頭の馬の手綱を引くのは赤髪の騎士サンデルだ。

 結局、王太子執務室を退室後直ぐに、王城を発つ事が決まった。

 城内にはレアを危険な程に敵視する者達が一定数居るらしい。

 それは当然だとレアは思い、これ以上、余計な迷惑を掛けたくない事から、直ぐの出立に首肯した。


 サンデルが旅に必要な二人分の荷物を馬に括り付けていた。

 馬は黒毛で立派だ。

 金具と皮が軋む音がして、一通りの作業が終わったのか、サンデルがレアを騎乗させ、その後ろに彼が収まった。


 サンデルが手綱を操り、馬を動かした。

 王城の敷地を通り、使用人が使う小さな城門を抜けるまで、二人は無言だった。

 裏道を通っているのだろう。

 城下街の方ではなく、サンデルが動かす黒毛の馬は森を目指しているようだ。


 木々が段々と増してくるのに合わせ、自然の匂いが―――名も無き片田舎の故郷の村の懐かしい香りが肺に入り、レアに少しの勇気をくれる。

 背中に体温を感じてしまうくらいに密着したサンデルに、レアは自然がくれた勇気を頼りに話し掛けた。


「……あの」

「どうした?」

「……すみません。私のせいで貴方が王城を離れる事になってしまって」

「それは気にしなくていい。表向きは君の護送と、今回の失態に対する暫くの出仕停止だが、君が行く神国スヴォレミデルでの任務を命じられているんだ。周囲への……特にスヴォレミデル側への隠れ蓑に君の護送は利用されてもいる」

「そうなんですか」

「任務の詳細は言えないが、君を監視する役目を負っているのも私だ」

「……ごめんなさい」


 フッと背後で笑った気配がした。

 左右からレアを囲むように伸びるサンデルの腕が、手綱の操るのに動く。

 馬が反応し、速度を変えた。

 それによって気持ちレアが体勢を崩したので、修正してくれるのだろう。

 彼の腕がレアの腹に回り、闇の魔石の力に支配されていないレアは、そういった事への耐性が無い事から顔を赤らめてしまった。

 背後に居るサンデルに顔が見えないのが幸いだ。

 サンデルが会話を続ける。


「私は城内に溜まった闇の力に逆らえなかった。君もそうだったのだろうと思っている。あれは無理だ。殿下のように、人並外れた魔力を持っていないとな。だから、私は今の君を疑っていない。監視するといっても形だけだ」

「……でも」

「殿下が、コニングの令嬢との旅の道中、市井で美味しそうな店を幾つも見つけたようでな。実に詳細な一覧表を作って下さった。見世物小屋があるバルネダールの街にも寄らないとならないし、美味しそうな店を横目で通り過ぎなければならなかった殿下が気になった店に立ち寄りながら、スヴォレミデルに向かう予定だ。味の感想を報告書に記載しろとも言われている。あと、スヴォレミデルに着いたら、デ・ブラリュネという宝飾店にも一緒に行って欲しい。男一人より違和感なく入り込める。ああそれと、コニングの鍛冶屋にも寄らないとな」

「コニング……鍛冶屋ですか」

「知り合いか? 男爵家に近い場所にあるそうだ」

「……はい。顔見知り程度ですが」

「気まずいようなら、宿で待っていてくれていい」

「…………」

「そういえば、コニング男爵家から持っていきたい私物があるなら寄るが、どうする。指示してくれれば私だけ向かってもいい」

「……いえ、あの家にあるのは、何一つ私の物はありません」

「そうか」


 会話が途切れた。

 きっと無理に話し続ける必要などないのだろうが、レアにとって、親でもなく、オレクや村の人達のように親しくもない人に対して、本当にそれが正しいのか、どうする事が適切なのか、どうしても悩んでしまう。

 菅野菜々葉から続くコミュニケーション能力不足は筋金入りだ。

 不安だ。落ち着かない。自信が無い。

 その気持ちを吐露するかのように溜息を吐くと、サンデルが再び口を開いた。


「レア、少なくとも君とは数年の付き合いになりそうだ。宜しく頼む」

「はい。……あの、私こそ、宜しくお願いします」

「この森を抜けたら食事にしよう。王都の店は避けたいから、まずは携帯食になってしまうが」

「それはそれで楽しみです」


 ブルルと馬が鳴いた。

 まるで、僕の食事も宜しくね、と言っているようだった。




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