第3話 ファースという街で





 ローデヴェイクは自身の顔が頗る良いのを自覚していた。

 商売をする時は深く被っていたフードを必ず取り、銀髪を煌めかせて人の良さそうな微笑みを見せる。


 客―――九割方が女性だが、彼女らの「私が此処で買ってあげないと彼が露頭に迷ってしまうわ!」「私が買わないと彼の聖職者としての出世が!」「私こそが彼を助けるのよ!」「いえ、私こそが彼の、以下略」といった心理をくすぐる為だ。


 利用できるものは何でも利用する、それが王太子として培ったものの一つだった。

 とはいえ、顔だけでは警戒を解けない女性も世の中には当然だが居る。その場合は肩に乗せている事が多い猫のヘルトルーデが大活躍だ。

 美形な若い男の聖職者と可愛い猫。最高の組み合わせとはこの事だった。


「優しい貴女に御加護がありますように」


 そんな白々しい言葉を添えて女性達に売りつけるのは獣の毛を丸めて作った御守りだ。

 材料は銀狼と猫の有り余る毛と少量の安価な金具であるから、元手は殆どゼロ。元来、手先が器用だった事もあり、ちょっとしたアクセサリーにしたり、鞄の飾りに加工したりと商品の種類としては様々だ。


 相方であるヘルトルーデが素直で正直な性格である為に、作成過程で光属性の魔力を微量だが注いでいる。

 なんの効果があるのかといったら、特に無い。

 あくまでヘルトルーデの心が痛まないように、毛玉商品に光の魔力で一度光らせて見せているだけだ。

 それをヘルトルーデは効果がある有り難い御守りだと素直に信じている。疑う事を知らない性分なのだろう。

 だから異母妹のアンシェラに、呪いを掛けられた挙句にまんまと家から追い出された訳だが。


 そして、その点に関しては、ローデヴェイクも人の事は言えない。

 愚弟であり第二王子のオリフィエルに自身も闇の陣を仕掛けられ、無様にも触れた挙句に護るべき者を護れなかった。


 今の客で手持ちの商品が全て売れ、ローデヴェイクは再びフードを深く被り、肩に乗る猫のヘルトルーデの毛並みを撫でた。


「ヘルトルーデ、夕食は何が食べたい? 今から出来たものを買って宿に戻るから、君の希望を言って?」


 ヘルトルーデが、ローデヴェイクの肩の上で本物の猫のように伸びをした。


「(そうだなぁ。お野菜たっぷりのスープと何でもいいから揚げ物系。あと美味しそうなパンで。果物もあると嬉しいかな)」

「了解。ごめんね。いつも宿の食堂を使わせなくて」

「(え? だって、夜は宿の食堂でも女性一人だと酔っ払いに絡まれたりで危ないんでしょ? 大丈夫、分かっているから)」

「私が夜も人型であれば良かったのだけれど」

「(それは私も! 昼間も人で居たいよ!)」

「解呪、頑張ろうね」

「(うん。頑張ろう!)」


 ローデヴェイクは手触りの良いヘルトルーデの尻尾をスルリと撫でて、陽が暮れるまでに全ての用を終わらせようと先を急いだ。




*****




 ヘルトルーデは陽が暮れたファースの街中を走っていた。

 早く宿泊予定の宿に戻らないと、部屋で待つ銀狼姿のローデヴェイクが心配をしてしまうからだ。

 ヘルトルーデのクリーム色の髪から滴が落ちて、服の後ろ身頃に染みを作る。

 急いだあまりに、濡れた髪を適当に拭いて後ろで一つに括っただけの髪なのだ。


 ヘルトルーデは六日ぶりの風呂を堪能してきた帰り道だった。

 小規模とはいえ、このファースの街にはちょっとした大衆浴場があった。

 そうとなれば是非とも利用したいと思うのが人間心理、乙女心である。

 宿の部屋に湯を張った桶を用意してもらう事も出来たが、それはどうしたって大衆浴場には叶わない。同じ湯でも似て非なる物だ。

 大衆浴場を利用するのはヘルトルーデ的には即決であったが、行くことに許可を出すのをかなり渋っていたのはローデヴェイクだった。

 風呂としては不満は残るかもしれないが、宿の桶の湯で体は十分に清められるだろうと言うのだ。

 どうも六日ぶりの風呂には入れてあげたいという気持ちはあったようだが、陽が暮れ、銀狼姿になってしまうローデヴェイク自身が街中を歩くのに問題が有り過ぎて一緒に行けない事が渋る原因のようだった。


 実は、ローデヴェイクがそういう事を言い出すのは、共に旅をするようになって多々ある。

 陽が暮れてからのヘルトルーデの一人行動をとにかく嫌がるのだ。

 彼が語る理由は「危ない」「なにかあったらどうするの」である。


「そんなに信用無いかなぁ? 一応、私も剣の腕はそこそこあると思うんだけど」


 ヘルトルーデは走り続けながら、小さく息を吐いた。

 生家のコニング男爵家が騎士の家系という訳ではなく、自身も剣術に優れていると自負する訳でもなかったが、ヘルトルーデは何かあった時に相手を怯ませる程度の剣の腕は持っているつもりだった。


 しがない男爵家の娘でしかないヘルトルーデが何故、剣を学ぶ機会があったのか。

 それは、領地の平民で鍛冶屋の息子のヴィリー繋がりである。

 異母妹アンシェラが屋敷に住むようになって、居心地が大層悪くなったのに、幼馴染といって過言ではないヴィリーの家に遊びに行く頻度が激増した。


 そして入り浸っているうちに、腕の良い鍛冶職人であるヴィリーの父の客として来る剣を振るう事を生業とする者達に教えてもらったのだ。

 家がそのような状態なのなら、せめて何かの時に逃げられるだけの剣の腕を、と。

 木の棒を振る事から始まり、次第に真剣で。そんな訓練を鍛冶屋の客らに教授されている姿を見て、ヴィリーの父がヘルトルーデに合う剣を拵えてくれた。


 一年程前、猫の姿に衝撃を受けて逃げてしまったが為に、そのヴィリー父製の剣を持ってくる事が出来なかったが、無一文で一糸纏わぬ姿だったヘルトルーデに、別の剣や衣服を含めた諸々を買い与えてくれたのはローデヴェイクだった。


 ローデヴェイクの前で剣を振るった事は何度もある。それは獣だったり、魔獣と言われる古の残滓であったり、ローデヴェイクへの刺客だったり。

 それらの存在に負けない程度の腕を彼に見せたはずなのに、根本的な信用が無いのか、ローデヴェイクには常に心配され続けていた。


「今度は物凄い大物魔獣を仕留めて、ローデヴェイクに少しでも腕を認めて貰わないとね! 頑張るぞー!」


 少々息切れをしながら宿泊予定の宿に到着した。

 そして喧噪著しい宿の食堂を横目に、部屋への階段を駆け上がって扉を開ける。


「ごめん、急いだんだけれど、待った?」


 とりあえず謝罪の言葉を口にしたヘルトルーデが見たのは、明らかに拗ねた様子の大きな銀狼の可愛い姿だった。


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