第13話 刺客来襲





 ファースの街を出発してからはずっと順調な旅路であった。

 往路では魔獣だ刺客だ野盗だと定期的な襲撃があったが、復路はヴァルデマル達のお蔭で少なくとも魔獣に襲われる事は無い。


 魔獣は主に各地に点在する森を生息地にしていたが、野生動物同様、彼らの都合で人里に下りてくる事はしばしばあった。

 地域により魔獣の強さは様々で、強い魔獣程、良い素材、高品質な魔石が採れる。

 よって、それを生業にする者達が当然ながら居て、場合によっては、乗合馬車で初日に一緒だった中年の女性が言っていたように、荒くれ者と呼ばれる者達が存在した。


 とはいえ、それら荒くれ者らはヘルトルーデとローデヴェイクの敵では無かった。

 彼らは統制が取れていない事の方が多く、個々の強さに任せた闇雲な攻撃は、ヘルトルーデの剣の腕と、ローデヴェイクの光属性の魔法で容易く一網打尽に出来た。

 野盗の場合も同様だ。少し手間は増えるが、それでも様々な訓練の行き届いていない彼らは、当然ながら攻撃態勢に穴がある。そこを上手く突けば良いだけだった。

 問題は―――。


 魔王城跡地がある森を出発してから五ヵ月が経った。


 ヘルトルーデはどうしても男性の足より遅く、人型であっても狼の気配を悟られるローデヴェイクは馬の利用の制限が有り、連れの体は子供だ。

 殆どの道程を徒歩での移動を余儀なくされているから、最短ルートを選んでいても、目指す王都まで、通常よりも時間が掛かっていた。


 それでも、あと二ヵ月もしないで到着できるだろうとローデヴェイクが予測を立てていて、道中、街や村に立ち寄っては、相変わらず路銀稼ぎに毛玉御守りを売り捌き、その収益の一部で、ミロスラヴァやラディスラフを楽しませてあげていた。


 王都に近づくにつれ、点在する森の広さも数もぐっと減る。

 街から整備された街道を通って次の街への道程が多くなり、しかしそれは人の目に付き易い事を意味していた。

 つまり。


「なんだか久しぶりの刺客ね、ローデヴェイク」


 同じく久しぶりの夜の森の中でスッと微量な音を立てて、ヘルトルーデが剣を抜いた。


「(どうしていつも夜なのかな。どうして私が人型の時に来ないの)」

「相手が古の闇の陣が発動している獣化の時は、お前の光の魔力が制限を受けている事を知っている以外に何がある」

「(……そうだよね。それしかないよね)」


 銀狼のローデヴェイクが耳を垂らし、モフリとした尾を心なしかしょんぼりとさせた。

 それはただ単にローデヴェイクの心情を現していただけに過ぎなかったが、しかし、それを見たミロスラヴァが怒りだす。


「パパ、あの人間達は何!」

「(えっと、私に放たれた刺客という人達だよ)」

「シカクって!?」

「(うーん。どのように説明すればいいのかな)」

「はっきり言え。中途半端な説明では、これらは理解できない。―――ミィ、お前のパパを殺しに来た人間共だ」


 ヴァルデマルの言葉に、ドンと怒りの圧がミロスラヴァから迸った。

 ミロスラヴァが拳を握る。ポキリ、ゴキリ、と子供の体から有り得ない骨を鳴らす音が聞こえだした。


「(ミィちゃん? ヴァルやラディと一緒に後ろの方に少し離れていて? 私が退治してく―――)」

「……許せない」


 ゴキリゴキリボキボキボキボキッとミロスラヴァの全身から不吉な音が鳴り響く。

 ミロスラヴァが大地を踏みしめた。


「許せないっ! よくもミィちゃんのパパをっ! ―――シネ」


 ミロスラヴァが暗い夜の森の中に展開する刺客らに向かって突進した。

 刺客の数はかなり居る。王都に近づいているのだ、向こうも必死なのだろう。


「ミィちゃん! 待って! ママも一緒に! ―――ヘルトルーデ、行っきまーす!」


 剣を構え、ヘルトルーデも大地を蹴った。

 まず目指すは前方に犇めく刺客共だ。左右に展開する刺客らはその後で相手をすればいい。

 ヘルトルーデが刺客に猛突進していくミロスラヴァの後を追う。

 当然ながら、それに慌てたのは銀狼姿のローデヴェイクだ。


「(いや、だからね? どうして突進していくの! 突撃系が二人に増えたのは、どうしてかな!? 私はまだ何も付与をしていないよ! あああ、もうっ! ―――女神シルフィアよ、その御力の片鱗を我に与えたまえ。対象はヘルトルーデ・コニング、ミロスラヴァ。身体強化。体力増強。防御力最大増幅。状態異常無効。物理攻撃絶対回避。魔法攻撃完全反射。治癒自動展開。光の陣を構築、守備範囲を最大値に設定。光の力、引き出し無限。発動せよ、其の―――)」

「なかなかに無茶苦茶だな。神聖魔法をそのように使えるのであれば、今代の教皇を凌駕しているのではないか?」


 光の魔力が銀狼の躰から眩いばかりに放たれるのに、呆れたような声を出したのはヴァルデマルだった。




*****




「……僕モ」


 とりあえず一通りの付与をヘルトルーデとミロスラヴァに掛けたローデヴェイクの銀狼の耳に入った言葉は、ラディスラフのものだった。

 いつもと様子が違う気がしたローデヴェイクは、ラディスラフの居る方を向き、人型であれば眉をひそめる。

 隣に並び立っていたヴァルデマルが、ラディスラフの肩を掴んだ。


「……僕モ、ぱぱヲ、助ケタイ。ままモ、みぃちゃんモ、助ケ、ナイト。アノ、人間共ヲ、皆殺シニ、シテ、ヤル」

「待て。ラディ、お前が参戦すると必要以上に事が大きくなる。我の闇の魔力をお前に割っている事を理解してくれ」

「……助ケ、ナイト。アノ、人間共ハ、要ラ、ナイ。皆殺シ、ダ。死ネ」

「いや、だから待て! 力を振るうな! ラディ、我の言う事を聞け!」

「(……え? 何が始まろうとしているの? 嫌な予感しかしないのだけれど)」


「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネェ」


「(ええ!?)」

「……駄目だ、止められぬ」


 ぶわりと濃い闇の魔力が、ラディスラフの子供の体から放たれた。

 その勢いは凄まじく、周囲一帯の視界が一気に悪くなる。

 黒い靄が辺りを覆ったのだ。


 近くからも、少し遠くの方からも悲鳴が聞こえた。

 ヘルトルーデとミロスラヴァの声では無い。男の悲鳴が複数したから、刺客らのものだろう。

 特殊訓練をしている者でも声を上げてしまう程の黒い靄。

 それも当然な話で、出所は嘗て魔王だったヴァルデマルが存在を割ったラディスラフが作り出しているものだ。


 ラディスラフが闇の魔法を発動するのだろう。見た目は可愛らしい子供の口が、不吉でしかない言葉を紡ぐ。


「―――死ト闇ノ神ぞるたーん。ソノ力ノ全テヲ寄越セ。対象ハ此ノ森ニ居ルぱぱトまま以外ノ人間全テ。黒霧猛毒、暗雲針雨、黒槍貫通、影追跡攻撃、身体腐食溶解、沈黙混乱、吸血麻痺、魔吸幻覚、暗黒超重力球回転開始。空間魔法ヲ展開シ、闇ノ陣ヲ構築。地獄ノ門ヲ開放、即―――」


 ローデヴェイクから少し離れたところで、酷く禍々しくおぞましさしか感じない巨大な門が出現した。

 扉の色は漆黒。その表面は血塗れの無数の嘆く顔と手が浮上しては取り込まれてを繰り返している。


 悲嘆と苦悶と憤怒、そして恐怖の叫びが耳をつんざく。

 扉の存在そのものが非常に不快で、全身が拒絶した。

 決して相容れない生と死の世界を隔てる境界である門だ。

 それがギギギと音を立てて開き出す。

 徐々に死の世界を見せる扉の隙間から、生の世界のあらゆる物を吸い込もうとするかのような大気の流れが発生した。


「(所詮、人でしかなかった嘗ての勇者が君を封印できたはずが無かった事は十分分かったし、私達の名前を覚えられないラディが、魔法の発動では色々と言えるのを敢えて指摘するつもりはないけれど、ヴァル、君に言いたいのは、魔王本体であるのなら彼を本気で止めてくれないかな?)」

「…………」

「(今、発動したの、即死魔法だよね? 私に放たれた刺客が瞬時に小さな立方体の肉片になっているのだけれど。それにね、先程ラディが、この森に居るパパとママ以外の人間全て、と対象を指定したけれど、この森に刺客以外の人間が居ないと、どうしても私には思えないんだよね。その辺り、ヴァルはどう思うのかな)」

「……我が言うより、今回の場合はお前の制止の方が聞くのではないか?」

「(うーん、そうかなぁ。では試してみるけれど。―――ねえ、ラディ、刺客は大分片付いたみたいだよ? 私はもう大丈夫。とても助かったよ)」


 非常に物騒な言葉を発し続けていたラディスラフの口が止まった。

 それを好機と、ローデヴェイクは畳みかけるように続ける。


「(とりあえず地獄の門を仕舞おうね。ラディ、凄い物を見せてくれてありがとう)」


 ドンという轟音を立てて、地獄の門の扉が閉まった。

 直後、悲嘆と苦悶と憤怒、恐怖の叫び声も止まる。

 禍々しく悍ましい存在感を放っていた門が、大地に向かって実にあっけなく沈んでいく。

 ローデヴェイクにはよく分からないが、その名の通り、戻る先は地獄なのだろう。

 兎にも角にもラディスラフを止める事が出来たようで、ローデヴェイクとしては一安心だ。


「(……疲れたね。さて、早くヘルトルーデとミィちゃんの方に加勢しないと)」

「……終わったようだぞ」

「え?」


 彼女達が突進していった方角から「うらあぁ! ぐるぅあぁぁ! うりゃうりゃうりゃぁぁぁ! ごるぅあぁぁぁぁ! シスベシ、シスベシ、シスベシィィィ!」「きゃあ! ミィちゃん、もうそこまでで! 皆、死んじゃってる!」といった会話が聞こえてきた。


「(……そのようだね)」

「…………」

「(…………そういえば、完全体の魔王もラディのように詠唱や呪文は要るの?)」

「………………要らない。気分次第だな。無詠唱でいける。それはお前もだろう?」

「(………………そうだね。やろうと思えばだけれど)」


 今の何とも言えない気持ちを切り替えようと、取って付けたような会話を試みたが失敗し、銀狼のローデヴェイクは頭痛を、見た目は子供でしかないヴァルデマルは容姿に見合わない深い溜息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る