第20話
「さて、それじゃ早速やるわよ。ボコボコにされる覚悟は出来たかしら?」
「残念ながら、負けるはさらさら無いんで」
「へぇ、言うじゃない。上等よ」
いよいよ、正鷹と七星先輩の対戦が始まる。お互い席に着いて、機体の選択を始める。
正鷹が選択したのは、シカ・アサシン。全機体の中で1番攻撃力が低くて、体力が少ない代わりに、スピードとコンボ性能がぶっちぎりで高い機体だ。
正鷹のやつ本気だな。シカ・アサシンは、正鷹が本気でやる時以外は絶対に使わない機体だ。
対する七星先輩が選んだ機体は、シカワイルドか。
これまた、ピーキーな機体を選んだものだな。
シカワイルドは、攻撃力は高いがスピードが全機体の中で最低だ。オマケにコンボ性能も低いうえに飛び道具もない。その代わり、掴み技が強い。1度相手を捕まえることが出来たら、大抵の機体はワンパンだ。
スピードと手数のシカ・アサシンと一撃必殺の掴み技のシカワイルド。まさに両極端な戦いだな。
準備時間のカウントがゼロになり、ついに対戦が始まった。
先に仕掛けたのは正鷹だ。ブーストダッシュで一気に詰め寄り、素早く横ステップを踏んで背後に回り込む。
「甘いのよ! ボケェ!」
マジか! スライドターンだと!
スライドターンは、操作レバーをタイミング良く上下に素早く入力することで発動する、ガードコマンドと横ステップを組み合わせることで出来る高等テクニックの1つだ。
正鷹の攻撃が当たる直前に、七星先輩はスライドターンを使って、お互いの機体の位置を入れ替える。
「よしっ取った!」
「まだまだ!」
正鷹は、逆ブーストダッシュをして自分の機体を七星先輩の機体にぶつける。そのおかげで、バランスを崩すことに成功して、掴まれることなく距離を取ることが出来た。
流石だな。咄嗟にあんな行動が出来るなんて。とてもじゃないが、俺には出来ない芸当だ。
「ち、小賢しわね!」
「悔しかったら掴まえてみてくださいよ」
「ぶっ殺す!」
今度は七星先輩から仕掛けた。横ステップとブーストダッシュを交互に使いながら、距離を詰める。
「オラァ!」
「掴まるかよ!」
掴み技を空中に飛んで回避し、そのままの流れで飛び格闘。完全に攻撃モーションに入っていたから、回避は絶対に不可能だ。
「しまった!」
初撃に飛び格闘が入り、2段格闘から横ステップを踏んでの前派生格闘。続けて特殊射撃でスタンさせての横格闘からの下格闘。そしてトドメの前派生格闘が決まり、正鷹が1機落とした。
「うっし!」
「くそっ!」
すぐに2機目が来て戦闘再開。正鷹は、この流れを止めない為に速攻で仕掛ける。
よし、いい判断だ。このまま一気に決めちまえ!
「調子に乗るんじゃないわよ!」
まずい! 岩投げだ。
シカロボは、フィールドにある岩や木などのオブジェクトを投げたりすることが出来る。投げられる大きさは、機体の攻撃力によって変わる。七星先輩が使っている、シカワイルドは攻撃力が高い。そのためかなり大きな岩を投げることが出来る。
そして飛んできた岩は、当然かなりの大岩だ。これをくらったら、体力の低いシカ・アサシンは一撃で落とされるぞ。
「こんの!」
正鷹は、ブーストダッシュをキャンセルして横ステップで大岩を回避する。
「かかったわね! 死ねオラッ!」
正鷹が回避した所から、シカワイルドが姿を現して、シカ・アサシンを掴まえた。そのまま、強力な掴み技をくらって、シカ・アサシンのHPがゼロになる。
「くそ……」
「ざまぁみろ! バーカ!」
なんてこった。まさか、こんなに速攻で取り返されるなんてな。正鷹は決して油断していた訳じゃない。なのにやられるなんて。これは、素直を七星先輩を褒めるべきだな。
「次だ!」
正鷹の2機目が来て戦闘再開。
さっきと同じようにブーストダッシュでシカワイルドに距離を詰める。
「バーカ! 学習能力がないわね!」
シカワイルドも同じように岩投げをする。
「バカはそっちだ! 何度も同じ手はくらうかよ!」
シカ・アサシンが岩をくらう瞬間、ふわりと回転しながら空中に飛んで回避した。
そうか、その手があったか!
正鷹が使ったのは、ムーントリックだ。逆ブーストダッシュとファントムステップとジャンプを組み合わせることで出来る回避技だ。因みにこれも高等テクニックの1つだ。
「もらったぜ!」
大岩を回避して、シカワイルドの真上にいるシカ・アサシンは、特殊射撃をしてスタンさせる。
そしてそのまま、さっきと同じように連続攻撃を仕掛ける。
「ち、洒落臭い!」
「なっ!?」
うっそだろ! 自爆しやがった。
シカ・アサシンの2段格闘が決まった時にシカワイルドが自爆をしたことで、2機ともHPがゼロになった。これで、お互い残り1機だ。
「随分と必死っすね」
「うるさい。これが最前だっただけよ」
まぁ確かに、あの場面だとあれが最前なのかもしれないな。あのままだったら、一方的に攻撃されて落とされていただけだ。だったら、自爆して相手も落としたうえで、仕切り直した方がずっといい。
「さぁ、続けるわよ!」
「望むところっすよ!」
お互いにブーストダッシュでの突撃。距離はあっという間に詰まり、近距離での背後の取り合いに発展する。
横ステップにバックステップといった基本動作に加え、ファントムステップやスライドターンなどのハイレベルな高等テクニックのオンパレードだ。
「よっしゃー! 見たかオラァー!」
「くっそ……負けた……」
そして紙一重の勝負を制したのは、七星先輩だった。
最後は、スライドターンで背後を取った正鷹が、攻撃を決めようとした瞬間に狙い定めたかのように出された、カウンター技の返し角だった。やられ方は、俺の時とほとんど一緒だ。
俺の時もそうだが、あのタイミングで返し角を完璧に決めてくるなんて、七星先輩マジですげぇわ。
「悪いな、匠馬。負けたわ」
「いや、あれは仕方ねぇよ。七星先輩の方が俺らより上だったってだけだ」
「そうだな」
とは言ったものの、やっぱりめっちゃ悔しいな。
俺も正鷹もこのゲームに関しちゃ、かなりの自信を持ってたから、正直負けるなんて思ってなかった。これが上には上がいるってやつか。
「あんた達、かなり強いわね。まさか、こんなに強い人がいるなんて思わなかったわ」
「どうもっす」
「七星先輩も強いっすね」
「当然よ! 私を誰だと思って……ん?」
「ん?」
「ちょっと待って。何で、私の名前知ってるの?」
あーやっぱり気がついてなかったんだな。
「いや、知ってるも何も、俺達同じ学校に通ってるんで」
「……え? あ……」
正鷹がそう言うと、七星先輩は俺達の服装を見てはっとする。
さっきまでの自信たっぷりの顔が消えていき、徐々に引きつっていく。
「ちょ、ちょっとこっちに来て!」
七星先輩は、俺達の腕を掴んで強引にカモメ屋から出ていく。そしてそのまま、すぐ近くの裏路地まで引っ張って行き、やっと腕を離してくれた。
「な、何で……」
「え?」
「何であんな所にいるのよ!」
「何でって、俺らあそこの常連ですし」
「そういえば、四天王とか言われてたわね……あーもう! バレたぁー!」
そう言って、頭を抱えながらその場にしゃがみこんでしまった。
「あー! あー! もう! ありえないありえないありえないー!」
「あ、あの七星先輩?」
「何よ!」
うわ、めっちゃキレてんじゃん。マジで普段とは違い過ぎだろ……。あの学校でのお淑やかな感じはどこに行ったんだよ。
「ち、あそこだと絶対にバレないと思ったのに。あぁもう!」
七星先輩は頭をガシガシとかきながら、自分のバックの中を漁る。そして、出てきたのは1つの缶だった。それをプシュと勢いよく空けて、一気に飲み始めた。
ん? ちょっと待て。七星先輩が飲んでいるのって……
「え、ちょ! 七星先輩!?」
正鷹も気がついたようだ。
銀のラベルに黒の文字がプリントされたそれは、朝姫さんの大好物。アサノハイパードライだ。
「は? 何?」
「いや、それ……」
「あぁ大丈夫よ。ノンアルだから」
いや、でもなぁ……色んな意味でアウトじゃね? てか、もう既に2本目空けてるし……いったい何本入ってるんだよ。
「それよりも! あんた達!」
「は、はい」
「あ、はい」
「とりあえず、名前と学年を言いなさい」
「本田正鷹です。2年です」
「真田匠馬。同じく2年です」
「そう。今日のこと、忘れろとは言わないけど、誰かに喋らないでもらえないかな? もし、喋ったらすごく後悔することになると思うよ」
え、何それ怖い。
「ぐ、具体的にはどうなるんでしょうか……」
おぉ、正鷹のやつ踏み込むな。正直なところ、俺もどうなるか気になるんだが、言い方的に怖くて聞けないから助かるわ。
「んーそうねぇ。例えばこんな感じかしら?」
七星先輩は、スマホを操作して正鷹だけに画面を見せる。
「うっ! え、は? な、何で……」
「おい、どうした?」
「ま、待て! 見るな!」
俺がスマホの画面を覗こうとすると、正鷹は全力でそれを阻止しようとしてくる。
マジでなんなんだ?
「えーと、真田君はこれか。はい、これを見て」
「ん?」
今度は俺に画面を見せてくる。
「な!?」
そんなバカな……これは、俺の人生における最大級の黒歴史じゃねぇか。
でも何でこれを七星先輩が知ってるんだ? 証拠は全部この世から消し去ったはずだ。
「さて、可愛い後輩達よ、質問です。今日のこと黙っててくれるよね?」
俺と正鷹は、お互いに顔を見合わせ1つ大きく頷いた。
「俺、本田正鷹と」
「真田匠馬は」
「「今日のことを一切誰にも喋らず、墓場まで持っていくことをここに誓います!」」
「うん、よろしい。素直で従順な後輩は好きだよ」
これは決して、脅しとか脅迫に屈した訳じゃない。ただ単純に、尊敬すべき素敵な七星先輩のお願いをきいただけだ。
「さてと、それじゃ私は帰るね」
「あ、待ってください!」
「ん? 何かな本田君?」
「俺、七星先輩に言いたいことがあるんです」
「何?」
あ、そういえば完全に忘れてたわ。こいつ、七星先輩のことが好きだったんだ。
え? でも待てよ。今告白する気じゃないよな? 流石にこのタイミングは間違ってる気がするぞ。
「俺! 七星先輩のことが好きです! だから今度、俺とデートしてください!」
言ったー! マジか正鷹!
「……ふえっ!?」
「前の第1回イベントで、七星先輩を見た時に惚れました!」
「え、あ……うん……」
「七星先輩が俺に興味がないことは、分かってます! だから、これから全力で七星先輩に振り向いてもらえるように頑張りますので、その1歩として、デートしてください!」
「あ、うぅ……」
お、おやぁ?
もしかして、意外と七星先輩って押しに弱い? 正鷹の畳み掛けるような告白に、顔を真っ赤にしながらタジタジになってるぞ。後、ノンアルビール落としてるし。
「どうでしょうか?」
「え、えっと……本気なの? さっきも見たと思うけど、私の素ってあんなだよ? 普段は猫かぶってるだけだよ?」
「はい! もちろんっす! てか、普段の七星先輩より、俺は素の七星先輩の方が断然好きっす!」
「そ、そう……」
「それで返事は?」
「ま、まぁ……そこまで言うなら、1回くらいはいい……よ」
「おっしゃー!」
おぉ、すっげぇ。正鷹のやつ押しきっちまったぞ。流石野球部のエースだな。愛の告白も全力投球だ。
「それじゃ、ライン教えてもらっていいっすか? デートの時連絡するんで」
「う、うん……」
そして、自然に流れるように連絡先ゲットしてるし。これが陽キャというやつか。俺には絶対に真似出来ねぇな。
「ありがとうございます! あの、よかったらこの後、またカモメ屋で俺とゲームしませんか? 俺、まだ七星先輩とゲームしたいです!」
「まぁ……いいけど」
「決まりっすね!」
しかも、さらっと遊びに誘うことに成功してるわ。こいつ色んな意味ですご過ぎだろ。
「んじゃ、俺達は行くけど匠馬はどうする?」
「いや、俺はそろそろ帰るわ」
「そっか。じゃあ七星先輩、行きましょう」
「うん」
そう言って正鷹は、七星先輩の手を引いて行ってしまった。
まるで嵐のような展開だったな。こりゃ、正鷹が七星先輩を落とすのは時間の問題かもしれないな。
『そろそろ夕飯だけど、まだ帰らないの?』
そう思ってると、歌夜から連絡が来た。時間を見ると、もう19時になろうとしていた。
『もう帰るところだ』
『了解。お姉ちゃんも帰って来てるから、急いでね』
『分かった』
さて、それじゃ俺も帰るかな。結果は明日にでも正鷹から聞くとするか。
そう思いながら、俺は家路に着くのだった。
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