第30話

「はぁ……」


 私は今日何度目か分からない、ため息をつく。


「カヨチー。そのため息何回目?」

「知らない。数えてない」

「まぁ気持ちは分かるけどさ、せっかくの大浴場何だから、楽しまないと損だよ」

「そーそー。ほら、何かのアニメでお風呂は命の洗濯だって言ってたじゃん」


 あー、確かに言ってたなぁ。あのアニメ何だっけ? こういう時、匠馬だったら1発で分かるんだけどなぁ。


「あー、まーた真田君の考えてたでしょ」

「べ、別に考えてないってば!」

「はいはい。照れない照れない」

「うっさいなぁ」


 むぅ……そんなに私って分かりやすいかな? いや、そんなことないよね。多分、いや確実にアカリさん達が鋭いだけだよ。うん、そうに違いない。だって、陽キャだもんね。


「でも、不思議だよねぇ。カヨチーはこんなにも真田君ラブなのに、おみくじは凶なんてさ」

「うぐっ……今ここでそれ持ち出す?」

「あはは〜ごめんごめん。凶なんて初めて見たからさ」

「それなぁ〜、あーしも初めて」

「アタシも」

「私だって初めてだよ」


 あんなもん本当に存在するんだね。マジで漫画とかテレビだけの存在かと思ってたわ。


「てかさ、おかしいでしょ」

「んー? 何が?」

「何で私だけ凶で、アカリさん達が大吉なのよ。普通逆じゃない?」

「いやいや、カヨチーそれは酷すぎだってば……」

「そうだよ〜。それに3人凶はキモ過ぎだって」


 あー、うん。確かに3人凶はキモイにもほどがあるか。


「まぁ、とにかくさ。あんまり気にしないでいこうよ。所詮おみくじなんだしさ」

「そーそー」

「分かったわよ」


 そうだよね。所詮はおみくじだ。

 それに、そんな不確かなものに頼るなんて私らしくないか。障害は自分の力で切り開いて行くが私のポリシーだもんね。


「そうだ。カヨチーに1つ質問してもいい?」

「何?」

「ギター買った時なんだけどさ。バイトしてるって言ってたけど、何のバイトしてるの?」

「あ、それアタシも思った。あの値段を一括で買えるってことは、それなりに割のいいバイトなんでしょ? よかったら、アタシらにもおしえてよ」

「別にいいけど。って言っても、正確にはバイトではないんだけどね」

「ん? どういうこと?」

「YouTubeだよ。それの広告収入」

「え? カヨチーってYouTuberなの?」

「まぁ、そうなるのかな?」


 あれって、意外とそれなりに稼げるんだよね。初めはびっくりしたっけな。


「すごいじゃん! え? 何ていうチャンネル?」

「オルゴチャンネル」

「うえっ!? オルゴチャンネル!」

「知ってるの?」

「知ってるよ! あーしチャンネル登録してるし」

「あ、うちも」

「アタシも」


 おぉ、マジか。まさかこんな身近に視聴者がいるなんて思わなかった。なんて言うか、嬉しいものだね。


「ってことは、カヨチーってゲームも上手いの?」

「いや、待ってよ。でも、ゲームしてるのって仮面付けた男の人だったよね?」

「ってことは、声の人がカヨチー?」

「うん。声が私」

「あー、確かに言われてみると、あの声はカヨチーかもしれない」

「ん? ってことは、ゲームしているあの男の人は誰?」


 あーまずったなぁ。私達のYouTubeチャンネルを説明するとなると、色々と話さないといけないのか。

 どうしよっかな。ここまで言っちゃった手前、今さら話を濁せないよね。仕方ないか。


「話してもいいけど、1つ約束して。誰にも話さないって。それが条件」

「分かったよ」

「うん、約束する」

「あーしも約束する」

「分かった」


 この3人だったら、多分大丈夫だろう。見た目はあれだけど、約束だけはちゃんと守ってくれそうな感じだし。信用してもいいかな。


「あのゲームしているのは、匠馬だよ」

「うっそ! 真田君なの!?」

「うん。匠馬がゲームをして、私が実況している」


 あれを始めたのは、確か高校に上がるちょっと前からだったかな。何となく、その場のノリで匠馬と始めたら、思ったよりウケたんだよね。

 内容は、匠馬が格ゲーやらFPS何かをプレイして私が実況しているだけの単純なものだ。

 一応、チャンネル登録者は75万人くらい居て、1本辺りの再生回数は100万に少し届かないってところ。それの広告収入とたまにやる生配信のスパチャで、月にそれなりのお金をもらえてる。


「へぇ、真田君ってゲームも上手いんだ」

「まぁね。動画の編集もあいつがやってる」

「マジか。真田君、高スペック過ぎでしょ」

「そうなんだよねぇ。あれで何で勉強だけ出来ないのか謎なんだよね」


 まぁ多分、ちゃんと普段からしっかりやってれば出来るんだろうけどさ。普段全く勉強してないうえに授業もろくに聞いてないくせに、本田君のノートを少し見ただけで、赤点回避出来るんだから地頭は悪くないはずなんだよなぁ。


「あれ? 生配信の時はどうしてるの?」

「確かに。あれって時間結構遅かったよね?」


 まぁ当然その疑問にたどり着くよね。生配信をやっている時間帯は、だいたいが22時とか23時の夜中だ。つまり、その時間に同じ場所に居ないといけない。


「あー、そのね。こっからは本当に秘密にしててほしいんだけど、私と匠馬って同じ家に住んでいるんだよね」

「「「は!?」」」

「うん。まぁその反応になるよね」

「いや、そりゃそうだよ!」

「え、何? 同棲してるの!?」

「違う違う。ちょっと詳しくは話せないんだけど、事情があって匠馬が家に居候してるの」

「な、なるほど……」

「それはなんと言うか……」

「ろ、ロックだね……」

「おいこら。何変な妄想してんのよ」


 3人して分かりやすく、顔赤くしないでよ。いやまぁ、気持ちは分からないでもないけど、本当に匠馬とは何もないんだからさ。

 てか、あんたらそんなキャラじゃないでしょ。


「まぁ、そういう訳だから、本当に内緒にしていてね」

「うん、分かったよ」

「約束するよ」

「流石にこれは言えないもんねぇ」

「ありがとう」


 一応、勝手に話しちゃったことを匠馬に謝っとかないとだね。

 まぁ、匠馬のことだから多分何も言わないと思うけどさ。


「あ、ってことはさ」

「ん?」

「配信とかでさ、たまーに歌っているのもカヨチーなんだよね?」

「ま、まぁ……そうなるね……」


 歌うって言っても、口遊む程度だけどね。本当は恥ずかしいから、やらないようにしているんだけど、癖でついやっちゃうんだよねぇ。

 しかも、何故かコメントでは評判いいし。


「おぉ! これはいいじゃん!」

「は? 何が?」

「いやさ、うちのバンドのヴォーカルって、シズクがやっているんだけど、正直あんまり歌が上手くないんだよ」

「ちょっと〜事実なんだけど、そんな言い方されると流石に傷つくんですけど〜」

「いや、ごめんって」


 へぇ、シズクさんが歌ってるんだ。

 あれ? そういえば、3人が何の楽器やってるか聞いてないや。


「ねぇ、今さらなんだけどさ。3人の担当楽器って何なの?」

「あー、そういえば言ってなかったね。えっとね、シズクがベースとヴォーカル。ミオがドラムで、うちがギターだよ」

「ふーん。てかさ、シズクさんが歌下手ならアカリさんかミオさんのどちらかが歌えばいいんじゃないの?」

「あー、それ無理」

「何で?」

「だって、うちら3人の中だったら、シズクが1番マシだから……」


 ま、マジか……

 そんなことって、普通ある? てか、陽キャって無条件で歌が上手いのだと思ってたんだけど。


「てことでさ、カヨチー」

「嫌よ」

「まだ何も言ってないけど!?」

「どうせ、私に歌えって言うんでしょ?」

「おぉ流石カヨチー。話が早いね。そんな訳でヴォーカルもお願いね」

「話聞いてた? だから嫌よ」

「えー、何でー?」


 そんなの理由を言わなくても分かるでしょ。こっちは楽器初心者で、1から覚えなくちゃいけないのに、歌まで何て普通にキャパオーバーだっての。


「むぅ……カヨチーのケチ」

「ケチで結構よ」

「だったら、アタシがカヨチーにメリットを提示しよう」

「一応、聞くだけ聞いてあげる」

「実はアタシ達のバンドって、曲は全部オリジナルなんだよね。だから、カヨチーが歌詞を書いてもオッケーだよ」

「は? それのどこがメリットなのよ。やることが増えるだけじゃん」

「ちっちっち。もぅカヨチー全然分かってないなぁ」

「何がよ」

「つまり、真田君への思いを歌にして届けることが出来るってことだよ」

「なっ!?」


 え? ちょっと待ってよ。てことはだよ? 私が匠馬だけの恋愛ソングを作れるってことだよね? そしてそれを私が歌う。お、おぉ……


「どうよ? カヨチー」

「うーん……」


 悪くはない。ただ、ものすごく恥ずかしい。だってさ。それって、最早公開告白みたいなものじゃん。そんなの私に出来るのか? う、うーん……


「どうする? やればかなりのアピールが出来ると思うよ」

「か、考えとく……」

「んもう〜、カヨチー煮え切らないなぁ」

「そうだよ。いいの? モタモタしていると、真田君取られちゃうよ」

「う、うぅ……」


 確かにこれは絶好の機会なのかもしれない。

 だけどなぁ……どうしても、踏ん切りがつかないというか、覚悟が決められない感じなんだよね。


「それにさ、やれば他のライバル達に牽制出来るよ」

「そーそー。この人は私のだーって間接的に伝えることも出来るんだよ」

「てか、3人共何か必死過ぎない?」

「まぁ本音を言えば、最高のヴォーカルを手に入れるチャンスだからね」

「やっぱりそっちが本命なんだね」

「いやでもね、カヨチーの恋を応援しているのは本当だよ」

「うんうん。だから、やろうよ!」


 はぁ……この感じだと、嘘はついてないんだよねぇ。

 本当に私のことを応援してくれているってのが、ひしひしと伝わってくる。


「分かったよ。やってみるよ」

「本当に!?」

「うん。ただ、歌詞作りなんてやったことないから、あんまり期待しないでよ」

「大丈夫だよ! カヨチーだったら、いい歌詞を作れるよ!」

「それに歌はマジで上手いんだから、多少歌詞が悪くても大丈夫だって!」

「ちょっと、台無しなんですけど」

「あ、ごめんごめん。そういうつもりで言った訳じゃないんだって」

「ふふ、嘘。まぁとりあえず、やってみるよ」


 やれやれ、こりゃ帰ったら大変だなぁ。ギター覚えて歌詞作りもか。でもまぁ、悪くは無いか。


「それじゃ、私はそろそろあがるから」

「え? もう出るの?」

「そうだよ。もうちょっと入っていきなよ」

「無理。そろそろのぼせる。それじゃあね」


 私はそう言って、お風呂から出て行った。

 しっかし、何か上手い具合に3人に丸め込まれたような感じだなぁ。


 ――――

 ――


「ありゃりゃ、逃げられちゃったね」

「うーん。ちょっと強引過ぎたかな?」

「どうだろうね」

「でもさ、少し意外だったよね」

「ん? 何が?」

「カヨチーのことだよ。ほら、学校だとさなんと言うかさ、ちょっと取っ付き難い感じだったじゃん」

「あー分かる。話しかけてくんなって、オーラが出てたもんね」

「でもさ、話してみると、すっごい面白いよね」

「そうなんだよね。うちらがボケればすぐ拾ってツッコミがある」

「そうそう。そしてなりよりさ、とにかく可愛い!」

「「分かる〜」」

「あの普段は素直になれなくてツンツンしているけど、たまに見せるあのデレがいいんだよねぇ」

「あれぞツンデレって感じだよね」

「しかも、顔もスタイルもいいんだから、女のアタシでも惚れそう」

「「分かる〜」」

「あーあ、うち、もっとカヨチーと仲良くなりたいなぁ」

「それはアタシもシズクも同じだよ」

「うん。でも、まだカヨチーと距離があるよね」

「そうだね。まだうちらのことさん付けだもんね」

「まぁ、焦っても仕方ないよ。今の感じでいけばそのうち慣れると思うから」

「まぁそうだね。ほら、カヨチーって犬系女子だし」

「あー、それ分かる。あれだよね。仲良くなるまでは、バッチバチに警戒してるけど、1回懐に入れちゃえば大事にする系」

「うん、それそれ」

「やっぱりカヨチーって」

「「「可愛いよねぇ」」」

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