第29話

「なぁお前ら? 私言ったよな? 集合は17時だって」

「そ、そうですね……」

「だよなぁ。じゃあ今は何時だ?」

「17時半ですね……」

「そうだよなぁ。遅刻だよなぁ」

「は、はい……」


 日も落ちて若干の肌寒い中、私達は清水寺で正座をさせられている。

 理由は、集合時間に遅刻して桃花さんに説教されているからだ。


「どうする? せっかくの清水寺だ。清水寺の舞台でも実践してみるか?」


 あ、これはやばいわ……

 顔は笑顔なのに目が全然笑ってない。桃花さん普通にブチ切れてるやつだ。


「ねぇカヨチー」

「何?」

「清水寺の舞台って、何だっけ?」

「あそこから飛び降りるやつだよ。確か、昔の人が度胸試しにやったとかやらなかったとか、そんな感じ」

「うえぇ……それやばくない?」

「普通にやばいわよ。仮にやったら、間違いなく怪我するね。運が悪ければ死ぬわね……」


 ま、まぁ……一応、今は飛び降りることは禁止されてるし、大丈夫だとは思うけど……


「安心しろ。自分から飛ぶのが怖いんだったら、私が直々に突き落としてやるぞ」

「あ、あはは……桃花さん、冗談キツいですって……」

「冗談かどうか、試してみるか?」

「……」

「……」

「……」

「……」


 桃花さんの言葉に、私達は一瞬の沈黙の後、みんなで顔を見合わせる。不思議だね。会話をしなくても、みんながこれから何をしようとするかが分かった。


「「「「すみませんでしたー!」」」」


 全力の土下座。私達は人生初の全身全霊の命乞いをするのだった。


 ――――

 ――


「いやぁ、何とか生き延びたねぇ」

「ほんとそれ。桃花ちゃん怖すぎだよ」

「でもまぁ、許してもらってよかったね」

「その代わり、修学旅行中に反省文を書く羽目になったけどね……」

「「「「はぁ……」」」」


 いったい何が楽しくて、こんな時に反省文を書かなくちゃいけないのよ。

 まったく、本当にツイてないよ。


「てか、それもこれもアカリさんが、楽器屋に行きたいって言ったのがいけないんだからね」

「えぇ、うちが悪いの」

「間違いではないでしょ」

「確かにそうかもしれないけど、カヨチーもノリノリだったじゃん! そうだよね?」

「あーそれはあるねぇ」

「うん。カヨチー、ギター買ってたしね」


 う……いやまぁ、確かに買ったけどさ……


「てか、カヨチーのギター選びが1番時間かかったじゃん」

「そ、そんなこと……」


 あるかもなぁ……

 何だかんだで、1時間くらい選んだ気がする。


「どう? これでもまだ、うちが悪いって言う?」

「すいません。私も結構悪かったです……」

「だーよねぇ」


 はぁ……まさか、陽キャに言い負かされる日が来るなんて思わなかったよ。

 そんなことを思いながら、私は楽器屋でのことを思い出していた。


 ――――――

 ――――

 ――


「このギターいいねぇ」

「アタシはこっちの方が好みかなぁ」

「カヨチーは、どっちが好み?」

「ごめん。正直、色以外は違いがよく分かんない……」


 カフェから出た私たちは、時間も時間だったから、集合場所である清水寺に向かっていた。その途中で、楽器屋を見つけたアカリさんが、どうしても寄っていきたいと、駄々を捏ねたため寄ることになった。


「てか、本当にそろそろ行かない?」

「まだ少し余裕あるから大丈夫だって」

「いや、私としては余裕を持って行きたいんだけど」

「あ、すいませーん! これ試奏してもいいですか?」


 全然聞いてないし……

 シズクさんとミオさんも各々楽器を見始めたし。

 そういえば、この3人ってバンド組んでいるんだっけな。去年の文化祭で演奏して、そこそこ盛り上がってた気がする。


「おぉ……悪くないじゃん」


 アカリは、黒いギターをジャカジャカと鳴らして、呟くように言った。


「ねぇ、多分それ少しズレてる」

「え?」

「いや、間違ってたらごめんなんだけど。何となく音に違和感があったからさ」


 アカリさんは、スマホのアプリを起動させてもう一度音を鳴らす。へぇ、チューニングのアプリなんてあるんだ。


「あ、本当だ。カヨチー、よく分かったね」

「いや、本当に何となくだったからさ。間違ってなくてよかったよ」

「え? てか、カヨチーって音楽やってたの?」

「ううん。全然やってないよ」


 楽器なんて、小学校とか中学校でやった、鍵盤ハーモニカとリコーダーくらいだ。ギターなんて触ったこともない。


「ちょ、ちょっと、これ合わせてみてよ」


 アカリさんはそう言って、ギターの上に付いている、ツマミの部分を弄ってから私に手渡す。


「急に何?」

「いいから!」

「分かったわよ……」


 もう……本当に何なのよ。

 とりあえず、これを弄って音を合わせればいいんだよね?

 私は、適当にグリグリとツマミを回して、いい感じになるように合わせて、ジャーンと鳴らしてみる。

 うん。こんなものかな。


「はい。これでいい?」

「……」

「あの……アカリさん?」

「絶対音感」

「は?」

「絶対音感だよ! カヨチー!」


 何か、妙にテンションが上がったアカリさんが、私の手を取ってくる。


「ちょ、シズク! ミオ! こっちに来て!」

「んー? どったの?」

「何かあったん?」

「実はね」


 ほ、本当に何なのよ……

 突然、シズクさんとミオさんを呼んだアカリさんは、何やら話し始めた。アカリさんの話を聞いた2人は、えっ!? みたいな顔をして私を見る。マジでわけ分かんないよ。


「カヨチー!」

「な、何よ……」

「うちらとバンドやろう!」

「は、はぁ?」


 何でいきなりバンドの誘いがくるの? 唐突にもほどがあるでしょ。


「ね? いいでしょ?」

「いや、普通に嫌だけど」

「何でよ!」

「何でって、興味ないからよ。そもそも私、楽器出来ないし」

「そんなのアタシらが教えるよ」

「そうだよ。だから、あーし達とバンドやろうよー」

「だから、嫌だっての」


 バンドみたいな、いかにも陽キャがやるようなのなんて、私には似合わないし。それに人前で演奏とか絶対に無理だ。


「ねぇカヨチー」

「何よ? 悪いけど、答えは変わらないわよ」

「最近では、音楽をやっている女子はモテるんだよ」

「興味ない」

「へぇ、それは残念だなぁ。せっかく真田君にアピール出来るいいチャンスなのに」

「え?」

「お? 食いついたねぇ」

「べ、別に食いついてないし……」


 ただちょっと、匠馬にアピールってのが気になっただけだし。


「そ、それで? アピールって何よ?」

「実はアタシさ、この前たまたま聞いちゃったんだよねぇ」

「何が?」

「真田君が、バンド女子ってかっこいいよなって話しているの」


 う、嘘でしょ? あいつ、今までそんなこと一言も言ってなかったよね? 確かに、音楽は好きでよく聞いているけどさ。

 いや、ちょっと待ってよ。そういえば、最近やってるアニメで、バンド系のやつやってて、それにハマってなかったっけ?


「そ、その話は確かなの?」

「うん、確かだよ。ほら、真田君の友達のさ本田君と話していたんだよね」

「あー、その話あーしも聞いたよ。てか、一緒に話していたもん」


 てことは、本当なんだ。

 確かに、匠馬と本田君はゲームとかアニメの話をよくしているしな。


「うふふ〜、どうカヨチー? ここでカヨチーがかっこよくギターを弾いたら、真田君にいいアピール出来ると思わない? ほら、文化祭も近いしさ、一緒に文化祭のステージに出ようよ」

「う、うーん……」


 ど、どうしよう。今の話だけ聞くと、案外悪くないかもしれない。


「それにさぁ、真田君って結構モテるの知ってる?」

「っ!?」

「お? その顔は気付いているねぇ」

「確か真田君って、1年生の浅葱理子あさぎ りこちゃんと仲良かったよね」

「あ、後は3年生の白井翼しらい つばさ先輩とも」


 ぐ……やっぱりその2人の名前が出てきちゃうのか。てか、もう仲良いどころの話じゃないんだよね。2人とも匠馬のこと好きになってるし。


「ちなみに、うちらの学年でもモテてるんだよ」

「うへっ!?」

「お? その反応は知らなかったなぁ」

「そ、その話本当なの?」

「うん、本当だよ」


 ま、マジか……それは知らなかった。


「てかさ、カヨチー。冷静に考えてみなよ」

「そうそう。真田君って、普通にイケメンの部類に入るし、身長も高くて運動も出来る」


 た、確かに。


「それに、話せなかった頃は、寡黙でクールで結構人気だったんだよ」

「そうそう。でも、今の真田君も人気なんだよね」

「うん。話してみると、すごい話しやすい感じだし、意外と冗談とかも言って面白いしね」

「だから、アタシらの学年の子も結構狙ってるんだよ」

「……」


 あ、あいつ、ちょっとモテ過ぎじゃない!?

 いや、まぁさ。気持ちは分からないでもないよ。でもさ、限度があるでしょうが!

 って! 今はそこじゃない。ただでさえ、翼と理子ちゃんだけでも、やばいってのにこれ以上敵を増やすわけにはいかないよ。

 となると、ここらで何かしとかないといけないよね?

 でも……バンドかぁ……


「さぁどうする? カヨチー」

「ん……んんー」

「恋愛ソングで真田君に気持ちを伝えるのって、何かロマンティックだと思わない?」

「もし、あーしだったら間違いなく惚れちゃうかもー」

「あ、アタシもー」


 こ、こいつら……ここぞとばかりに、おしてきて……


「さぁどうする?」

「どうするの? カヨチー」

「素直なカヨチーの答えが聞きたいなぁ」

「あーもう! 分かった! 分かったわよ! やるよ、やりますよ!」


 くっそぉ……押し負けた。やっぱり、陽キャって強い……


「やったぁ!」

「イエーイ!」

「ビクトリー!」

「その代わり。ちゃんと楽器のこと教えてよ。私、本当に分からないんだから」

「モチモチ! 任せてよ」

「完璧に弾けるようになるまで付き合うからさ」

「カヨチーは、泥船に乗ったつもりでいてもいいよ!」


 うーん。泥船は嫌かなぁ。出来れば大船を希望したいです。


「それで? 私は何の楽器をやればいいの?」

「うーん。まぁ普通にギターかな」

「そうだね。もう1人ギターほしいと思ってたしね」

「あ、でも、カヨチーがやりたい楽器あるなら聞くよ」

「いや、特にないからギターでいいよ」

「そっか。なら、ギターでお願いね」

「うん、了解」


 さて、となるとギターを買わないとだね。ちょうど楽器屋にいることだし、ここで買っちゃおうかな。


「えっと、どれを買ったらいいの?」

「え? カヨチー、まさかここで買う気?」

「そうだけど、何か問題あるの?」

「いや、ここで買っても邪魔になるじゃん」

「そんなの配達してもらえば済む話だよ」

「いやまぁ……そうだけどさ」

「でもさ、カヨチー。ギターって結構なお値段するんだよ。お金大丈夫なの?」

「そうなの?」


 そういえば、どのくらいの値段なのか全く知らないや。


「うん。ここはちゃんとした所だから、安いやつでも10万くらいはするよ」

「まぁそのくらいなら、何とかなるかな」

「いやいや! 何言ってるのさ、そのくらいって値段じゃないでしょ!」

「あぁ大丈夫だよ。私、バイトでそれなりに稼いでるから、かなり貯金あるんだよね」

「マジで?」

「うん。まぁ現金ではそこまで持ってきてないから、カードでの支払いになるけどね」

「カヨチー何者?」

「ただの女子高生よ。それで? どういうのがいいの?」

「うーん。そうだねぇ。基本的には自分の気に入ったやつがいいと思うなぁ」


 気に入ったやつかぁ。

 楽器の善し悪しは分からないしなぁ。なら見た目が好みのやつにするかな。


 ――――

 ――


「ありがとうございましたー」


 その後、私は30分以上かけて選んで、ようやく気に入ったのを見つけて購入した。ラッキーなことにお店で、配達もやってもらうことが出来た。


「本当に買っちゃったよ……」

「そりゃ買うでしょ」

「いやいや、トータルで30万以上のを一括で買う女子高生なんていないってば……」

「カヨチーって、結構まともだと思ってたけど、意外とぶっ飛んでいるところあるんだね」

「うん。人は見かけによらないってのは、このことだねぇ」

「うっさい」


 ったくもう……言いたい放題なんだから。

 そういえば、かなり長居したけど時間大丈夫かな?


「うげっ!?」

「ん? どうしたの?」

「時間がやばい……」


 スマホの時計を見ると、時刻は16時半になっていた。集合時間は17時。後30分しかない。


「げぇ、これやばくない?」

「やばいね。確実に遅刻だね」

「ねぇ、桃花ちゃんに怒られたりしないかな?」

「まず間違いなく怒られるね……」

「「「「い、急げーー!!」」」」


 ――――――

 ――――

 ――


 とまぁ、こんな感じで遅刻をした私達なのでした。


「おーい、カヨチー? 何ぼーっとしているの?」

「ううん。何でもない」

「ほらほら、早くお参りしちゃおう」

「分かったよ」


 清水寺に来たら、やっぱりここは絶対に外せないよね。地主神社。恋愛成就で有名なところだ。

 普段はあんまりこういうのは、あんまり信用とかしてないけど、ぶっちゃけ今は神様なんだろうが頼れるものは、何でも頼っておきたい。

 なんせ、ライバルが強敵ばかりだからね。


「カヨチー。ちゃんとお願いした?」

「まぁそれなりにね」

「お? さっすが恋する乙女だね」

「うっさいなぁ」


 あんた達だって、しっかりとお参りしてたじゃないのよ。


「んじゃ、最後におみくじ引こうよ」

「そうだねぇ」

「いいのが出るといいね。ね? カヨチー」

「うん」


 私達はそう言いながら、おみくじを購入する。


「せっかくだから、みんなで一斉に開こうよ」

「あ、それいいね!」

「アカリ、ナイスアイディア!」

「まぁ別にいいけどさ」

「それじゃ、せーのでいくよ」

「「「「せーの!」」」」

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