第35話

「お待たせ」

「おう」


 文化祭2日目。今日は歌夜と文化祭デートの日だ。あれ? 何かこれって聞こえ悪くね? しかも、明日は翼ちゃんとデートだし。これじゃまるで、日々女の子を取っかえして遊び歩いているクズ野郎みたいだな。


「難しい顔してどうしたの?」

「……いや、何でもない」


 とりあえず今は考えるのをやめよう。せっかくの祭りなのに悲しくなってくる。


「てか、着替えて来たのか?」

「当たり前でしょ。あんな恥ずかしい格好でウロウロ出来ないわよ」


 午前中までクラスのシフトに入っていたから、てっきり猫耳メイド姿で来ると思ってたんだけどな。


「何? 匠馬はあっち方がよかったの?」

「まぁ結構似合ってたから、少しもったいないと思ってな」

「ふ、ふーん。そうなんだ……」

「それに、いい宣伝になるだろ」


 実際、歌夜の猫耳メイドは超人気だ。クラスは大繁盛で、このままいけば売上一位はほぼ確実の勢いだ。

 だから、歌夜が猫耳メイドで校内を歩けば、それだけでいい宣伝になる。


「……死ね」

「うがっ!」


 何でいきなりぶん殴られなくちゃいけないんだよ。俺何も悪いことしてなくね?

 しかも、今の結構強めだったぞ。


「ったくもぅ。匠馬って本当にそういうところがダメだよね」

「何でいきなりダメだしされないといけないんだよ」

「うっさい。全部匠馬が悪い」


 えぇ……それはいくらなんでも理不尽過ぎないですかねぇ。

 流石の匠馬さんも泣いちゃいますよ。


「あーもう。いいから早く行こ。私お腹空いたから、何か食べたいし」

「はぁ……了解だ」

「何かオススメはある?」

「昨日食った3年生のたこ焼き美味かったぞ」

「それって、理子ちゃんと食べたの?」

「まぁそうだな」

「じゃあ却下。何か別なの」


 何でそうなるんだよ……オススメ聞いといて却下するなよ。


「あーじゃあ、1年のお好み焼きは? それだったら昨日食ってないぞ」

「ならそれで」

「はいよー」


 えーっと、場所は確か外の屋台エリアだったな。


「んじゃ、行くか」

「ちょっと待って」

「どした?」

「ん」

「は?」

「ん!」


 歌夜は顔をそっぽ向けたまま、右手を出してくる。え? 本当に何?


「えーっと……」

「……昨日、理子ちゃんと……」


 理子と? あぁ、そういうことか。ったく、分かりにくいんだっての。


「はいよ。お姫様」

「からかうな」

「へいへい」


 ――――

 ――


「ほい」

「ん。ありがとう」


 しかし、相変わらず高ぇな。2パックで1200円も取られたぜ。因みにこれも俺持ちだ。ったく、この文化祭の間にいくら使うことになるのやら。


「あ、意外と美味しい」

「そうだな。その辺のスーパーで売ってるやつより全然美味いわ」

「ね、そっちも少し食べさせてよ」

「別にいいけど、大して変わらないぞ」

「変わるわよ。私のは豚チーズで、匠馬のはイカキムチでしょ」


 いやまぁ、確かにそうだけどさ。こんなもんは、ソースとマヨネーズかければほとんど同じ味になるだろ。


「ほら、早く頂戴よ」

「分かったよ。ほれ」

「……」

「何だよ?」


 俺は歌夜の目の前にパックを差し出したんだが、歌夜はパックを見たまま一向に手を付けない。


「……食べさせてよ」

「子供かよ」

「うっさい! 早くしてよ!」

「なぜキレる!?」

「あーもう!」

「うごっ!?」


 歌夜は、自分のお好み焼きを取ると無理矢理俺の口に突っ込んできやがった。


「はい! 私はやったんだから、匠馬もやる!」

「無茶苦茶だ……」


 ったく……歌夜のやつ今日は本当にどうしたんだよ。普段はこんなこと絶対にしないし言わないのにな。

 って、もう口開けて待ってるし。仕方ない、こりゃやるしかなさそうだな。


「ほい。あーん」

「あーん」

「お味の方は?」

「美味」

「そりゃよかったよ」


 こんな恥ずかしい思いをしたんだ。美味しくないって言われなくてマジでよかったぜ。


「そういえばさ。昨日は理子ちゃんとはどこに行ったの?」

「翼ちゃんのクラスに行ったな」

「あ、理子ちゃん本当に行ったんだ。で、どうだったの?」

「うーん。まぁよく分からないって感じだな」

「はぁ? 何よそれ」

「なんて言うか、途中で翼ちゃんがキレて追い出されたんだよな」

「翼に何したのよ……」


 何って……耳元で死ぬほど恥ずかしいセリフを言ったなんて言えねぇよな。


「言いたくない」

「おいこら。お前、マジで何したのよ」

「さ、さて! 腹も膨れたし、どこに行く?」

「あ、ちょっと! 話そらすな!」

「あーうるさいうるさい! ほら、行くぞ!」


 俺は立ち上がって、歌夜の手を引いて行くあてもなく歩き出した。

 ここは逃げるが勝ちだ。このまま話を続けていると、俺の最新黒歴史がバレちまう。


「バカ……」

「あ? 何か言ったか?」

「何でもないわよ。で? どこに連れて行ってくれるの?」

「知らん。決めてない」

「そこは決めときなさいよ……」

「うっせ」


 ――――

 ――


「で、何でここ?」

「いや、何となく」


 俺と歌夜が来たのは、何個かの運動部が合同でやっている縁日屋だ。

 輪投げや射的、型抜き、水ヨーヨー釣りなどの定番が集まったところだ。


「ったく、子供ね」

「さっき子供みたいなことやってたやつに、言われたくねぇよ」

「うっさい。まぁ、夏に行ったお祭りではこういうの全然やらなかったから、まぁいいかな」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 実際のところ、マジで考え無しで来ちまったからな。来た後に全否定されると思って、実は内心ヒヤヒヤだったんだよな。


「へぇ、思いのほか景品豪華じゃん」

「そうだな。よくこんなの用意出来たもんだな」


 ちょっと良さげなハンドクリームやプロテインなんか色々と置いてある。どっから予算出たんだか。


「あ」

「ん?」


 色々と見て回っていると、歌夜が射的の景品を見て声をあげた。

 何かめぼしい物でもあったのかな? 俺も射的の景品欄を見てみると、特賞のところにシルバーネックレスがあった。


「あれが欲しいのか?」

「いや、そこまで欲しいわけじゃないけどさ、ちょっと気になっただけ」

「やってみるか」

「え? いいよ別に」

「うるせぇな。俺がやってみたいだけだよ」

「あっそ……なら、頑張って」


 まぁ、歌夜には普段から世話になってることだしな。少しは恩を返すにはいい機会だ。取れるかどうかは別としてな。


「1回いいですか?」

「もちろん。って、匠馬じゃねぇか」

「ん? おぉ正鷹か」


 そういや、部活の出し物があるからって言って、クラスの方には参加してなかったけど、ここにいたのか。


「何だ? 鳶沢さんとデートか?」

「まぁ、色々あってな」

「そうかそうか。なら、頑張ってくれよ」

「出来る限りのことはするよ」

「そこは任せろとか言ってみろよ」

「うるせぇ」

「まったくお前も素直じゃないな。ほれ、弾だ」

「おう」


 1回500円で弾3発か。相変わらずちょっと高い気がするけど、景品が景品だから良心的な方か。


「匠馬。友達としてちょっとアドバイスだ」

「そいつは助かる」

「実は撃つところが、少し右に曲がってるからそこを計算に入れてやってみな。威力はそこそこ強めに設定してあるから当たればちゃんと倒れるから」

「なるほどな。アドバイスどーも」

「おうよ。頑張れよ」


 右に曲がってるか。となると、この辺かな?


 パンッ!


 うーん、もうちょい左だな。でも何となく、掴めたな。よし、もう1回。


 パンッ!


「あ、惜しい」

「狙いは悪くなかったんだけどな。当たり所が弱かったか」

「次はいけるんじゃない?」

「そうだな。次で落とす」


 今当たったので、大分落とし口まで動いたから、あと一押しだな。よし、狙いはここだ!


 パンッ!

 ゴドッ


「お?」

「落ちた」

「大当たりー! 特賞でーす!」


 いや、正鷹。それはガラガラクジのノリだからな。


「ほい。おめでとさん」

「おう」

「まさか、ちょっとのアドバイスで取れるとは思わなかったぞ」

「たまたまだ」

「まぁ、たまたまでもこの景品はお前のものだ。受け取れよ」

「言われなくてもそうするよ」


 俺は正鷹から景品を受け取り、そのまま歌夜に渡してやる。


「ほれ」

「う、うん。ありがとう……」

「どういたしまして」


 ふぅ……クールぶってみたけど、マジで取れてよかったわ。あれで取れなかったら、かっこ悪いしなぁ。


「せっかくだから、付けてやったらどうだ?」

「は? お前、何言ってんだよ」

「いいじゃねぇか。その方がかっこつくぜ。鳶沢さんもそう思うだろ?」

「ま、まぁ……」

「ほらな」

「お、お前な……」


 こんな人がいっぱいいるところで、ネックレス付けてやるとか、恥ずかし過ぎるだろ。


「えっと……匠馬は嫌?」

「はぁ……分かったよ……」


 くそ……そんな風に言われたら、断れねぇだろうが。

 俺は歌夜からネックレスを受け取り、後ろに回って付けてやる。


「ほら……」

「ふふっありがとう」

「お、おう……」


 ち、やっぱり注目を集めちまった。正鷹の野郎もずっとニヤニヤしやがって。後で覚えてろよ。


「み〜たぞ〜、カヨチー!」

「おわっと!」


 ケモ耳メイド姿の女の子が、後ろから歌夜に抱きつく。確かこの人は、歌夜の修学旅行の時の班メンバーだったな。名前は結城さんだ。


「まったく〜こんな所でイチャコラしちゃってさ」

「べ、別にしてないわよ! それより離れてよアカリ!」

「はいはい。照れない照れない」

「照れてないし!」


 へぇ、仲良くなったってのは知ってたけど、これは思ってた以上だな。


「あ、真田君と本田君もヨッス!」

「おう」

「ヨッス、結城さん。それで、どうしたんだ? クラスの方は?」

「あ、そうだった! カヨチー! 直ぐにクラスに戻って来て!」

「は? 何でよ?」

「いや、今マジで忙しいんだって! 昨日のカヨチーが人気過ぎて、カヨチー目当てのお客さんがいっぱい来てるの!」


 ほう。そいつはすげぇな。


「だから早く戻って来てよ」

「嫌よ。残りのメンバーで何とかしてよ」

「それが出来ないから、こうして来てるんだよ〜」

「そんなの知らないってば……」

「因みにこれは、桃花ちゃんの命令でもあるよ」

「え? マジで?」

「大マジ」


 あちゃ〜そりゃ断れそうにないな。あの人の命令を無視したら、後で何されるか分かったもんじゃない。下手したら生死に関わる。


「う、うぅ……」

「唸ってもダメだよ。そういうわけだから、真田君。悪いけど、カヨチー借りてくね」

「ほどほどにしてやってくれ」


 そう言って結城さんは、歌夜を連れて行ってしまった。

 歌夜、とりあえず頑張れ。心から応援しているよ。


「ありゃりゃ。行っちまったな」

「だなぁ」

「どうする? 俺らの出し物手伝って行くか?」

「そうだな。やることないし、それもアリだな」

「助かるぜ。んじゃ、よろしく頼むぜ」

「あいよー」

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