第36話

 文化祭3日目。長いようで短かったこの祭りも、今日で最終日だ。


「やっほ。お待たせなのだ」

「おう」


 待ち合わせ場所の昇降口で待つこと数分、本日のデート相手である翼ちゃんがやって来た。

 いやぁ……しかしあれだな。昨日も思ったけど、1日ごとに別の女の子とデートするなんて、どんなクズ野郎だよって話だよな。世の男子が聞いたら、殴り殺されそうだ。


「ん? 難しい顔してどうしたのだ?」

「いいや、何でもないよ。それで、何食いたいんだ?」

「随分と唐突なのだ……」

「あれ? 翼ちゃんは腹減ってないの?」

「まぁお腹は空いているのだ。でも、いきなり何食べたいは流石にないのだ」

「あぁごめんごめん。他の2人がそうだったからついな」

「なるほど。理解したのだ」


 流石翼ちゃんだ。理解が早くて助かる。


「んー、それじゃ何か揚げ物系がいいのだ」

「揚げ物か。となると、やっぱり外の屋台エリアに行くのがベストだな」

「分かったのだ。なら、早速行くのだ」

「あいよー」

「あ、匠馬君」

「ん?」

「その……なのだ……」


 屋台エリアに向かおうとした時に、翼ちゃんが何かを言いたそうにしながら、俺の顔と自分の手を交互にチラチラと見ている。

 あぁ……そういうことね。


「ほい」

「えへへ、うん!」


 俺は自分の右手を翼ちゃんに差し出す。翼ちゃんは、嬉しそうに笑いながら俺が差し出した右手を握った。

 うん、どうやら当たりのようだ。やれやれ、自分で言うのもなんだけど、随分と手慣れてきたもんだな。


 ――――

 ――


「ねぇ匠馬君」

「ん? どうした?」

「本当にいいのだ?」

「いいよ」


 唐揚げやフライドポテト。それに飲み物を見ながら翼ちゃんが少し申し訳なさそうに言った。


「でも悪いのだ」

「気にすんなよ。歌夜と理子にも同じようにしたからな」

「うーん……」


 ふむ。どうにもまだ翼ちゃんは、納得してないって感じだな。別にこのくらいのこと気にしなくていいのにな。


「分かった。じゃあこうしようぜ。次に行くところは翼ちゃん持ちってことでどうだ?」

「うん。それだったらいいのだ」


 やれやれ。翼ちゃんは真面目だなぁ。


「あ、匠馬君。今ボクのこと真面目だなぁって思ったのだ」

「何で分かったんだよ。怖ぇよ。エスパーかよ」

「匠馬君はすぐに顔に出るから分かりやすいのだ」


 えぇ……そんなことないだろ。いや、待てよ。そういや、同じようなことを歌夜や桃花さんにも言われたことあるな。ってことは、俺ってマジで分かりやすいのか?


「まぁ、そんなどうでもいいことは、置いといて。さっきの話に戻すのだ。ボクは別に真面目じゃないのだ。ただ単純に貸し借りってのが、あんまり好きじゃないだけなのだ」

「ま、翼ちゃんを見てると何となく分かるよ」

「へぇ、それはいいこと聞いたのだ。匠馬君がボクのことちゃんと見てくれていて嬉しいのだ」

「ちょ、からかうなよ」

「からかってないのだ。本当に嬉しいのだ」

「そうかよ……」

「うん。そうなのだ」


 ち、そんな顔でそういうこと言うなよ。柄にもなく照れちまったじゃねぇかよ。


「さて、それじゃ冷めないうちに食べちゃうのだ!」

「そうだな。揚げ物は熱いうちに食うのが1番だ」


 俺はパックに入った唐揚げを1つ口に放り込む。

 お! こりゃ思ったり美味いぞ! 外側はしっかりとカリッとしていて、中はジューシー! しかも、軽く噛んだだけで溢れ出る肉汁が堪らん!

 な、何だこれは! まるで、専門店で売っていてもおかしくないレベルじゃねぇか!


「た、匠馬君……この唐揚げやばいのだ……」

「あぁ……」


 この美味さは犯罪級だ! まさにギルティ!

 どれ、もう一個……って、もうないじゃねぇか!?

 は? 何でだ!? さっきまであったのに。ほんの一瞬目を離しただけで無くなっているんだよ。


「って、お前かぁ!」

「ふぉい?」


 いやいや、ふぉい? じゃないからね。なにそんなリスみたいに、頬をパンパンに詰め込んじゃっているのかな? でも、ちょっと可愛いな……


「うぐっと。ふぅ美味しかったのだ」

「あのー翼ちゃん? 俺、まだ1個しか食べてないんっすけど……」

「いやぁ、ごめんなのだ。あまりにも美味しかったからつい」

「はぁ……もういいよ」


 くそ。出来ればもう一個くらい食いたかったけど、まぁいいか。こんな満足そうに言われたら、何も言えないわ。

 仕方ない。残ったフライドポテトでも食って我慢するか。


「あぁ……」

「ん? どうしたのだ?」

「食ってみれば分かるよ」


 俺はそう言って、フライドポテトを翼ちゃんに差し出した。


「あぁ……うん。微妙っていうか、普通なのだ」

「だな……」


 決して不味くはない。ただ、さっきの唐揚げと比べると物足りなさが半端ない。こりゃ最初に食うべきだったな。そうすれば、こんなガッカリしないで済んだのに。


「さてと、食べ終わったしそろそろ行くのだ」

「んだな」


 俺達は食べ終わったゴミを片付けてから、また手を繋いで歩き出した。


「それで、次はどこに行くのだ?」

「んー? そうだなぁ」


 めぼしいところは、昨日一昨日と行っちまったし、これといって行きたいところは特にないんだよなぁ。


「その顔は特にないって感じなのだ」

「あぁうん。何かごめん」

「まぁ、別にいいのだ。んー? それじゃボクが提案してもいいのだ?」

「おう。構わないぞ」

「なら、こっちなのだ」

「あいよ」


 翼ちゃんの行きたいところか。どこだろうな? まぁ翼ちゃんが楽しめるところだったら、どこでもいいか。


 ――――

 ――


「って、ここかよ……」


 翼ちゃんの目的地は、俺らのクラス。ケモ耳メイド喫茶だった。


「因みに何でここ?」

「えへへ、そんなの決まってるのだ。噂の猫耳メイドの歌夜を見に来たのだ。そんでもって、たっぷりとからかってあげるのだ」


 こらこら、性格悪いぞー。


「はぁ……後で歌夜にキレられても、俺は知らないからな」

「その時はその時なのだ」

「分かったよ」


 俺達は受け付けを済ませて中に入る。お客さんは他に並んでいたけど、クラスメイト特権で優先的に入れてもらえることになった。まぁ、後ろで並んでいるお客さんには、めっちゃ睨まれたけどな。


「な、何であんた達が来てんのよ……」

「まぁ……色々あってな」


 受け付けで指名したってこともあって、俺らのテーブルには歌夜がやって来た。この様子だと、俺らが来たってことは伝えられてないみたいだな。


「あれー? メイドさん。挨拶はどうしたのだ?」

「くっ……あんたねぇ」

「ほらほら〜早くするのだ〜」

「にゃ、ニャンニャンお帰りなさいませ。ご主人様お嬢様だニャン……」

「あははっ! 歌夜可愛いのだ!」


 翼ちゃんめっちゃ煽るなぁ。今日一でいきいきしているぞ。それに対して歌夜は、すんげぇ屈辱的な顔している。

 どうやら、お客様は神様ってのはあながち間違ってないのかもしれない。


「それじゃ、注文いいのだ?」

「ニャンニャン! オススメはハイキックになりますニャン! 5〜6発いかがですかニャン?」


 このメイドさん怖ぁ〜。生まれて初めて、ハイキックをオススメされたわ。しかも、一発じゃない辺りがまじっぽいわ。


「えへへ、それじゃあ可愛いメイドさんのキスがほしいのだ」

「お嬢様、かしこまりましたニャン。しっかりと噛みちぎってあげますニャン」


 だから怖いっての……


「と、とりあえず何か注文しようぜ……」

「んー? じゃあこのオムライスにするのだ」

「かしこまりましたニャン。お嬢様ご主人様。青酸カリトッピングのオムライスですねニャン」

「そんな物騒なメニューはねぇよ!」


 何しれっと殺しにかかってるんだよ! しかも、めっちゃ笑顔だし!


「いやぁ、歌夜は面白いのだ」

「本当に後でどうなっても知らないからな……」


 とりあえず俺は、この話題を歌夜の前でしないことにしよう。じゃないと、俺までとばっちりくらいそうだ。


「お待たせしましたニャン! オムライスと青酸カリですニャン!」

「お前本当に持ってきたの!?」

「うふふ、冗談ですニャン。この白い粉は、ひと舐めするだけで、とても気持ちよくなる魔法の粉ですニャン」

「もっとやべぇの持ってきてんじゃねぇよ!」


 てか、そんなもんどこから持ってきたんだよ!? そもそも何でこのクラスに存在するの!?

 いや待てよ。心当たりはあるな……主に桃花さん辺りなんだけど……。いや、でも流石にそれはないか。ないよね?

 とりあえず安全のため、この白い粉はかけないようにしとこう。


「あ、メイドさーん。この美味しくなる魔法の呪文お願いしたいのだ」

「マジでブレないっすね……翼ちゃん……」


 ここまで来ると尊敬しちゃうわ。その圧倒的強メンタルに敬礼。


「ニャンニャン! かしこまりましたお嬢様! ではいきますニャン! 今すぐ死ねニャン! 砕け散れニャン! 死ね死ねニャーン!」


 随分と殺意高めの呪文もあったもんだな。もう美味しくなる魔法の呪文じゃなくて、呪詛じゃねぇかよ。


「わぁ〜とっても美味しいのだ」

「それはよかったですニャン! そのまま喉に詰まらせて、死ねばいいと思いますニャン!」

「あはは〜面白いのだ」


 うん。もう翼ちゃんも怖いわ。


「あ、メイドさん。一緒に写真撮ってもいいのだ?」

「もちろんですニャン! どうぞ遺影に使って下さいニャン!」

「あ、匠馬君。撮ってほしいのだ」

「お、おう……」


 よし、もう考えるのはやめよう。その方がいい気がしてきた。


「じゃ撮るぞー」

「はーい」

「ニャンニャン!」


 うん。よく撮れたんじゃないでしょうか。満面の笑みの翼ちゃんと、中指を立てた猫耳メイドの歌夜。いい写真だと思います。はい。


「わーい。ありがとうなのだ」

「お嬢様、三途の川はあちらですニャン」

「あはは」

「うふふ」


 あ、オムライスが美味しいなぁ……


「さて、食べ終わったしそろそろ行くのだ」

「そうだな」

「行ってらっしゃいませにや。お嬢様ご主人様ニャン」


 ふぅ……ようやく出てる。何か生きた心地しなかったな。


「あ、歌夜」

「何ですかニャン? お嬢様」

「とーっても可愛かったニャン」


 あ、これはやばい……間違いなく歌夜の中で、何かがブチ切れる音がしたぞ。


「つ、翼ー!」

「あははっ! 怒ったのだー! 逃げるのだー!」

「お、おい翼ちゃん!?」


 翼ちゃんは俺の手を引いて、勢いよく教室から飛び出した。


「待てゴラァー!」


 あ、あはは……俺しーらね……


「あははっ!」


 ――――

 ――


 これは後から聞いた話なんだが、猫耳メイドが大暴れして、止めに入った男子数人が保健室に運ばれたらしい。

 後にこれを猫耳メイド狂乱事件として語り継がれたとのこと。

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