第37話
―歌夜視点―
「ふぅ……」
やっばいなぁ……柄にもなく緊張してきた。さっきからずっと、心臓がうるさいくらいにドキドキしている。
そうしている間にも、着々と私達の出番は近付いてくる。
こんなの初めてだ。でっかい喧嘩の前やプロとのスパーリングの時よりも、ずっとずっと緊張してる。いや、もしかしたらビビってるのかもしれない。
「カヨチーっ!」
「うひゃっ!」
「いひひ〜どっから声出してるの?」
「うっさいなぁ。アカリが急に抱きつくから、ちょっとビックリしただけ」
「もぉ〜、そんなこと言って。本当は緊張してるんでしょ?」
「……」
はぁ……お見通しか。まぁ、そりゃそうだよね。多分、今の私は誰が見ても緊張しているように見えるはずだ。
「まぁ気持ちは分かるけどさ。そんなんじゃいい演奏出来ないよ」
「そーそー。カヨチーまずはリラックスしなよ」
「そして、楽しむことを考える!」
まったく……人の気も知らないで。でも、アカリもシズクもミオが、私の緊張を少しでもほぐそうとしていることは、充分伝わってくる。
「ありがとう」
「うん。いい笑顔だよ! カヨチー」
「うっさい」
よし。アカリ達のおかげで大分落ち着いてきた。これだったら、何とかなりそうかな。
「さて、そろそろ出番だよ」
「よーし! 頑張ろー!」
「そして最高に楽しもう!」
「うん」
おし! いっちょやってやりますか!
ギターを初めてまだ1ヶ月ちょいで、まだまだ不安はあるけど、ここまで来たらやるしかない。
もうなるようになっちゃえばいいんだ。
「皆行くよ!」
「「「うん!」」」
『さぁ次の参加者はなんと! 今回の文化祭で最高売上を叩き出したクラスの、女子バンドグループだー! しかも! お店の衣装を着ての出場してくれるぞ! それではどうぞー!』
はぁ……緊張で忘れてたけど、あの猫耳メイドだったんだ。どうしよ。今になって逃げ出したくなってきたよ。
そんなことを思っているうちに、ステージの幕が上がった。
幕が上がると会場からは、おぉー! という歓声があがり、それを満足そうに聞いたアカリが、マイクに向かって話し出す。
「どーもどーもこんにちは! 盛り上がってますかー?」
「いぇーい!」
「うぉー!」
「いいねぇ! アタシらは、グロリアって名前でバンド組んでいます。では、早速メンバー紹介といきましょう! まずは、ドラムのミオ! 犬耳メイドバージョン!」
「ワンワン!」
「ベースのシズク! オオカミ耳メイドバージョン!」
「ギャオギャオ!」
「んで、アタシがMCとリードギター担当のアカリでーす! 今日はうさ耳メイドバージョンです! そしてそして! うちのNO.1メイドで、新メンバーのギターヴォーカルのカヨチーこと
「カヨチー!」
「可愛いよー!」
「ニャンって言ってー!」
「おぉ、流石カヨチー人気ですなぁ」
「いいから早く進めてよ……」
「はいはーい。カヨチーはちょっと素直になれない恥ずかしがり屋さんなので、コメントはなしでーす」
「えぇー!」
「何か喋ってよー!」
うっさい黙れ。こちとら、そんなことやる余裕は全然ないのよ。それ以上言ったら全員蹴り殺すぞ。
「はーい。今回は有志の数が多いみたいなので、持ち時間があんまりなくて1曲しか出来ないので、早速やっていきたいと思いまーす! 今からやる曲は、なんとカヨチーが作詞しました。かなりいい曲に仕上がっているので、しっかり聞いて下さいねー!」
アカリがそう言って皆で顔を見合わせて、1つ頷く。
「それでは聞いて下さい! 月の告白!」
ミオのカウントを合図に演奏を開始する。
さぁ、やるぞ!
「ボク私自分 ねぇ……君少しモテ過ぎじゃない?
でも仕方ないか……君が魅力的なのだから
だけどだけどさ 一番初めに知ったのは私なんだよ
いいな あの子はいい子でさ
いいな あいつは素直でさ
何で? 私はこんななのさ
あぁ……もっと私を見なさいよ……
今日は月が綺麗ですね
君のためなら死んでもいいわ
君が手を伸ばせば届くのよ
だから早く伸ばしてよ
何だか今日は眠そうだね
昨日夜更かしでもしたのかな?
まったく仕方ないね君は
もしさ 眠いなら 肩を貸そうか?
君のためなら特別に貸してあげるよ
なんてね そんなこと言えたらいいのに
いいな あの子なら言えるのに
いいな あいつなら出来るのに
何でだろ? 私には出来ないのかな?
変なプライドが邪魔をする
本当にさ 嫌になるわ
今日は月が綺麗ですね
君のためなら死んでもいいわ
君が手を伸ばせば届くのよ
だから早く伸ばしてよ
ずっと ずっと 待っている
私はずっと待っている
君が手を伸ばすのを
私はずっと待っているよ
今日は月が綺麗ですね
君のためなら死んでいいわ
あのね 私 君に言われたい
月が綺麗ですねと」
ふぅ……終わった……
所々ミスがあったけど、個人的には満足のいく出来じゃないかな?
私の思い届いたよね? ねぇ匠馬?
―匠馬視点―
「……」
すごいな歌夜。
なんというか、心に響いたって感じだ。
「ねぇ匠馬君?」
「ん?」
「歌夜が演奏するって知ってたのだ?」
「いや、知らなかったよ。翼ちゃんは知ってたのか?」
「ううん。ボクも知らなかったのだ」
「そっか」
となると、皆に秘密にしてた感じかな?
修学旅行が終わってから、何かでっかい荷物が届いていたけど、まさかギターだったとはな。
「それにしても、カヨパイにはやられたっすね……」
「うん。完全にやられたのだ……」
「こんなの反則っすよ」
「うん」
反則か。まぁ何となく……いや、はっきりと分かった。分かってしまったな。
この歌詞に込められた思いが。
今まで、考えないように見て見ぬふりをしてきて、気が付かないように逃げてきたけど、それも限界のようだ。どうやらいい加減ちゃんと考えないといけない時がきたみたいだな。
「ねぇ匠馬君」
「なんだ?」
「この後、後夜祭が終わったら少し時間がほしいのだ。ボクと歌夜と理子ちゃんから、匠馬君に大事な話があるのだ」
「……分かった」
「うん。よろしくなのだ」
―歌夜視点―
「ありがとうございましたー! 月の告白でした!」
演奏が終わって、アカリのMCで閉めてから、私達は舞台袖に引っ込んでいった。
会場からは、アンコールの大合唱が鳴り響いていたけど、時間の都合上それは無理だから、適当に手をヒラヒラと振りながら、その場をあとにした。
「ふぅー、やりきったねぇ」
「そうだね! すっごい楽しかった!」
「あーしも! カヨチーは?」
「うん、楽しかった」
「本当に?」
「本当だよ」
嘘じゃない。本当だ。
演奏中は、無我夢中でよく分からなかったけど、終わってみると、何とも言えない高揚感でとても気分がいい。
これがライブか。悪くないじゃん。
「ねぇカヨチー?」
「うん?」
「ちゃんと思いを届けられた?」
「多分ね」
「そっかそっか。なら今回のライブは大成功だ!」
「うん。アカリありがとうね」
アカリとミオとシズクには感謝しかない。誘ってくれなきゃ、絶対にこんなことはしなかったし、出来なかった。
本当にいい友達が出来たよ。
「ねぇカヨチー」
「ん?」
「もしさ、カヨチーがよかったらなんだけど、このままアタシ達とバンド続けない?」
「あ、それめっちゃいい!」
「うんうん! あーしも賛成!」
「どうかな? カヨチー」
そんなの答えは決まってる。
「うん、いいよ。てか、私からお願いしたいくらいだよ」
「おぉ! やった!」
こんな楽しいこと、これっきりで終わりってのはもったいない。もっと続けてみたい。
「なら! これからもこの4人でグロリアを続けていこー!」
「「おー!」」
「ほらカヨチーも!」
「お、おー!」
ま、この陽キャのノリにはまだまだ慣れそうにないんだけどね……
「そういえばさ、グロリアってどういう意味なの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないね」
「グロリアは、スペイン語で栄光って言うんだ」
「栄光か……」
うん。悪くないじゃん。
「さて、後夜祭もそろそろ終わりだし、この後皆で打ち上げにでもいく?」
「ごめん。この後は」
「あ、そっか。そういえばこの後だったね」
「うん」
アカリ達にはこの後のことを話してある。まぁ、正確には無理矢理聞き出されたって言った方が正しいんだけどね……
「んじゃ、頑張ってね。カヨチー」
「応援してるよ!」
「ファイト!」
「うん、ありがとう」
さてと、それじゃ行くとしますかな。
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