第38話

 後夜祭の有志によるステージ発表も終わり、残すのは、キャンプファイヤーを囲んでのフォークダンスのみとなった。

 と言っても強制ではないから、これに参加しているのはほとんどがカップルだけだ。他の生徒は、各々打ち上げに繰り出している。

 因みに正鷹は、七星先輩と楽しそうに踊っている。あいつ、今日1日ずっとこの時を楽しみにそわそわしてたもんなぁ。やれやれ、青春してるねぇ。


「匠馬君。お待たせなのだ」

「おう。あれ? 他の2人は?」

「すぐに来ると思うのだ」

「そっか」


 待ち合わせ場所の屋上に、最初にやって来たのは翼ちゃんだった。てっきり、3人一緒に来ると思ってたけど、どうやら違ったようだ。


「それにしても、屋上に来たのは初めてなのだ」

「まぁ立ち入り禁止だからな」

「その立ち入り禁止の鍵を何で匠馬君が持ってるのだ?」

「内緒だ」


 翼ちゃん達の希望で、誰にも邪魔されなくて人目につかない所がいいと言われて、ぱっと思いついたのがここだった。

 適当に空き教室でもよかったんだが、見回りの先生とか他の生徒が来る可能性があるもんな。

 本当は、俺と正鷹の秘密だけど仕方ない。一応、誰にも言わないってのを約束してもらったし大丈夫だろう。後で、正鷹には謝っておかないとだけどな。


「みんな楽しそうなのだ」

「そうだな」


 あのグランドだけ別世界に見えてくるのは、気のせいかな?


「ごめん、お待たせ」

「すいませんっす。遅れたっす」

「別に待ってねぇよ」

「そうなのだ。ボクも今来たところなのだ」


 これで役者は揃ったな。


「それじゃ、そろそろ始めるのだ」

「うん。そうね」

「じゃあ、約束通り理子からでいいっすか?」

「うん」

「大丈夫なのだ」


 俺らがここに集まった理由。それは、翼ちゃん、歌夜、理子が俺に大事な話をするためだ。

 内容は何も聞かされてないけど、3人の真剣な表情とひしひしと伝わってくる雰囲気から、俺も心して聞かないといけない内容だってのが分かる。


「あ、そうだ。匠馬」

「何だ?」

「悪いんだけど、私達の話が終わるまで黙って聞いててほしいんだ。相槌とかもいらないから」

「分かった」


 確かにここは、下手に口を挟まない方がいいかもな。まずは、3人の話をしっかりと聞こう。


「クマパイ。理子は、クマパイのことが好きっす。入学式の時に初めてクマパイを見て、一目惚れしたっす。そこからずっと好きだったっす。でも今は、クマパイの外見だけじゃなくて中身も好きっす。ちょっとひねくれていて、でも誰よりも優しいくて、人を見かけで判断しないでしっかり見てくれる。そんなクマパイのことが本当に好きっす! にひひ……これが理子の気持ちっす」

「……」

「次は私ね。匠馬。私も匠馬のことが好き。前に2人で行ったキャンプの時に伝えた時よりも、匠馬のことが好きよ。

 さっき歌った曲は、私が匠馬のことをいっぱい考えて、これでもかってくらいの思いを込めて作ったの。それくらい匠馬が好きなの。これが私の気持ちよ」

「……」

「最後はボクなのだ。匠馬君。ボクも匠馬君が好きなのだ。多分、初めて会った時に不良から助けてもらった時から好きなのだ。その時は気付いてなかったけど、確信したのは鎌田から助けてもらった時なのだ。どうしよもなくて、泣くことしか出来なかった時、匠馬君の名前が出たのだ。そして、来てくれたのだ。嬉しかったのだ。今じゃ毎日毎日寝ても覚めても、匠馬君のことを考えちゃうくらいに好きなのだ。これがボクの気持ちなのだ」

「……」


 やれやれ……俺は本当に幸せもんだな。こんなにいい女の子達に好かれるなんてさ。こんなことは、もう二度と起きないだろう。それくらい奇跡的なことだ。

 それなのに俺は、3人の気持ちから目を逸らしていた。気が付いていたのに知っていたのに……考えないと思っていただけで、何も考えてなかった。

 3人にこうして気持ちを伝えてもらって、もう逃げることは出来ない。俺の答えを出して伝えなくちゃいけない。

 なのに俺と来たら、情けないことにその答えが出せずにいる。

 あれほど考える時間があって。あれだけ行動する時間があった。それなのに俺は……


「ねぇ匠馬」

「何だ?」

「私達の気持ち伝わった?」

「あぁ」


 そりゃもう痛いくらいにな。


「迷惑じゃないっすか?」

「まさか。すげぇ嬉しいよ」


 こんな俺をここまで思ってくれている。嬉しくないわけがない。


「なら、1つお願いがあるのだ」

「何だ?」

「答えは今すぐ出さなくていいのだ。その代わり、12月24日に答えを出してほしいのだ。24日にボク達は、それぞれ別々のところで同じ時間に匠馬君を待っているのだ」

「ここまで話せば、意味は分かるわよね?」

「クマパイに決めてほしいっす」

「私か」

「理子か」

「ボクなのか」


 つまり、そういうことか。そういうことなのだ。

 これは、3人が俺にくれた最後のチャンスだ。

 ここで中途半端なことをしてはいけない。逃げることは許されない。しっかりと考えて明確で、嘘偽りのない答えを出さなくてはならない。翼ちゃんに歌夜に理子に、誠心誠意向き合わなくてはならないのだ。


「……分かった。その時に必ず、俺の答えを出すよ」

「はいっす。ありがとうございます」

「うん。ありがとう」

「ありがとうなのだ」


 ありがとうはこっちのセリフだ。こんな俺のためにここまでしてくれる。感謝してもしきれない。

 それと同時に申し訳ない。俺がもっとしっかりしていれば、俺がもっと早く行動していればよかったのに。

 情けねぇよ……本当にさ。


「そうだ。匠馬」

「ん?」

「一応言っとく。匠馬がどんな答えを出しても、私は何があっても匠馬の家族であることには変わりないから」

「理子も同じっす。理子は何時までも、クマパイの後輩っす」

「ボクも匠馬君の友達なのだ」

「あぁ、ありがとな」

「それじゃ、ボク達は帰るのだ。当日の場所と時間は後で伝えるのだ」

「分かった」

「それじゃ、バイバイなのだ」

「お先っす」

「また家でね」

「あぁ」


 翼ちゃん。歌夜。理子。

 本当にありがとうな。こんな俺を好きになってくれて。

 今はかっこ悪くて、情けなくて、どうしよもないくらい迷っているダメな俺だけど……

 必ず、答えを出すから。

 だから、もう少しだけ待っててくれ。


 ―理子視点―


「はぁ……緊張した……」


 11月も後数日で終わりってこともあって、かなり寒いはずなのに、今は全く寒さを感じない。

 それどころか、少し暑いくらいだ。

 それだけ、クマパイへの告白は緊張した。

 前に勢いでしちゃったキスがあったから、告白くらいなんて事ないって思ってたけど、全然違った。マジで心臓が破裂するかと思った。

 それでも、クマパイに理子の気持ちを伝えられてよかった。


 ねぇクマパイ。

 さっきは、何があってもずっとクマパイの後輩だって言ったけど、本当はそれじゃ嫌なんだよ。

 クマパイの彼女になりたい。恋人にしてほしい。ちょっと重かもしれないけど、一生クマパイと一緒にいたい。クマパイの隣は理子がいい。

 だから……だからね。

 理子を選んでほしいっすよ。


 ―歌夜視点―


「ただいま」

「あ、お帰り歌夜ちゃん」

「うん」

「あれ? 匠馬は?」

「今日は別々」


 流石にあれの後に一緒に帰るなんて無理。確実にお互いに気まづいし、何よりも私が持たない。


「ふーん」

「何よ」

「いや、べっつに〜」

「あっそ。お姉ちゃんご飯食べたの?」

「うん。仕事終わりにね。歌夜ちゃんは?」

「私は文化祭の出店で食べたから大丈夫」

「そっか。なら、お風呂沸いてるから入っちゃいな」

「分かった」


 こりゃ珍しいこともあるもんだ。まさか、お姉ちゃんがお風呂沸かしてくれているなんてね。

 明日は雪かな。

 まぁ、季節的にそろそろ降ってもいい頃合いだし問題ないかな。


「ねぇ歌夜ちゃん」

「何?」

「何かあったの?」

「は? 何よ急に」

「いや、なーんかさ。スッキリしたーって顔してるから」

「何それ? 意味分かんない」


 ち、相変わらずこういうのだけは、無駄に鋭いんだから。


「まったく、歌夜ちゃんは素直じゃないなぁ」

「ほっといて」

「はいはい。分かりましたよ〜」

「ったく……」

「あのね、歌夜ちゃん」

「何?」

「朝姫お姉ちゃんは、歌夜ちゃんが幸せなら、オッケーだからね」

「酔すぎよ。それに妹の幸せを願う前に、自分の幸せを見つけてよ。いい加減彼氏でも作ったら? 」

「あー! 歌夜ちゃん酷い!」

「はいはい。ごめんごめん」


 ありがとうね。お姉ちゃん。


 ねぇ匠馬。

 きっとバカなあんたのことだから、どうせくだらないことでも考えているんでしょ? 俺にはもったいないとか、自分が情けないとかさ。


「ったく……本当にバカだよね」


 そんなの全部引っ括めて、私は匠馬のことが好きなのにさ。多分、てか絶対にその辺は分かってないんだろうなぁ。だって、あいつバカだもんね。

 私がいつから匠馬のことを好きになったかは、分からない。この気持ちに気が付いたのはキャンプの時だった。

 でも、その前から好きだったのだと思う。

 だからね。匠馬が好きだっていう時間だけは翼にも理子ちゃんにも負けてないんだ。当然、大きさもね。

 だからさ、私を選んでよ。

 ずっと一緒にいてあげるからさ。


 ―翼視点―


「ふぅ……」


 まだ胸がドキドキしているのだ。

 あの場では、何ともない風を装っていたけど、内心バクバクだった。今までの人生で、こんなに緊張したのは初めてだったのだ。

 でもそれは、それだけボクが匠馬君のとこを好きだっていう証明になるのだ。

 真田匠馬君。ボクが初めて好きになった男の子。口が悪くて、少しひねくれていて、喧嘩が強くて、誰よりも優しい人。

 ねぇ匠馬君。

 君は、ボクを3回助けてくれたんだよ。うち2回は不良からボクを守ってくれたのだ。そしてもう1回は、ボクの生い立ちを聞いて、右目の傷を見ても普通に受け入れてくれたのだ。

 実は、それが一番嬉しかったのだ。引かれてもおかしくない。嫌われても仕方ない。そう思って、話して見せたのに受け入れてくれた。あの時は本当に救われたのだ。


「あ、そういえば……助けてもらった3回のうち2回は歌夜も絡んでいるのだ」


 ふむ。でもまぁ、歌夜は女だから別枠なのだ。

 とにかく、ボクはそんな匠馬君が好きなのだ。

 これからの人生、匠馬君と2人で幸せに過ごして行きたいのだ。

 だから、匠馬君。ボクを選んでほしいのだ。


 ―理子・歌夜・翼視点―


「ねぇクマパイ」

「ねぇ匠馬」

「ねぇ匠馬君」


「理子は……」

「私は……」

「ボクは……」


「クマパイのことが大好きっす」

「匠馬のことが大好きよ」

「匠馬君のことが大好きなのだ」

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