第34話

『ちょいさー!』

『や、やられた〜』

『あーはっはっは! 私の自由は誰にも止められわ!』

『こうして、ジュリエットは自由を求めて旅に出るのでした。めでたしめでたし』


 ……な、なんだこれ?

 文化祭1日目の今日。俺は、理子のクラスの出し物である、演劇を見に来ていた。

 どんな内容かというと、ジュリエットというお姫様が、親に次々と紹介されるお見合いに嫌気がさしてしまい、グレてしまうところから始まる。そこから、お見合い相手を片っ端から蹴り飛ばしていく話だ。

 感想としては、よく言えば独創的、悪く言えば意味が分からんって感じだ。

 ただ、会場は大盛り上がりで拍手喝采が巻き起こっている。中には感動で涙を流している人もいる。

 ぽかんとしているのは、どうやら俺だけのようだ。あれ? もしかして、これって俺の感性がおかしいのか?

 なんていうかこの感じ、夏休みに遊園地でやったバイトのヒーローショーを思い出すな。あれも本当に、意味が分からなかったし。


「ク〜マパイ!」


 待ち合わせ場所の体育館入口で待っていると、理子が後ろから飛びついてきた。


「いきなり抱きついてくるなよ……」

「にひひ。まぁいいじゃないっすか。それよりどうでした? 理子のステージは?」

「うんまぁ……よかったんじゃね?」

「その反応だと、微妙って感じっすね」

「個人的にはな。でもまぁ、会場は盛り上がってたんだからいいんじゃねぇの?」

「理子的には、クマパイにも満足してほしかったんすけどねぇ。でもまぁ、その辺は好みの問題もあるんでいいっす」


 果たしてあれは、好みがどうこうで済ませていいのだろうか?

 うーん……俺にはよく分からんわ。よし、考えるのをやめよう。


「それより、早く行きましょ!」

「はいよー」


 どうやら俺は、この3日間の文化祭は理子、歌夜、翼ちゃんの順で文化祭デートをしなくてはならないらしい。因みに拒否権は存在しない。

 まぁ、どうせほとんどやることないから、別にいいんだけどね。でもさぁ、1つ聞かせてほしい。こいつらの中で、俺に人権というものはあるのか? 何か、毎度毎度こんな感じなんだよな。


「んで? どこか行きたいところはあるのか?」

「とりあえず、何か食べないっすか? 理子お腹空いたっす」

「そうだな。んじゃ、適当に屋台でも行ってみるか」

「もちろん。クマパイの奢りっすよね?」

「何でだよ……」

「えぇ〜いいじゃないっすかぁ。せっかくのデートなんっすから」

「はぁ……分かったよ」


 ま、所詮文化祭の出し物だし、そんなに高くつくとは思わないし別にいいか。たまには先輩らしいところでも見せてやるか。


 ――――

 ――


 と思ってた時期が俺にもあったなぁ。


「いやぁ、どの出し物もレベルが高くていいっすねぇ」

「そうだな……」


 くそ……完全に計算外だ。どこもかしこも結構いい値段するじゃねぇかよ。たこ焼き1パック800円とか焼きそば900円とかぼったくりにも程があるだろ。お祭りの屋台でもこんなにしねぇぞ。

 しかも、理子の野郎……人の奢りだからってめっちゃ食いやがるしよ。おかげで、俺のサイフが寂しくなっちまったじゃねぇか。この調子でいくと、明日はもうちょい持ってきた方がよさそうだな。


「いやぁクマパイ。ご馳走様っす」

「満足そうでよかったよ」

「にひひ〜」


 ん? 理子のやつ口元にソース付いてるじゃねぇか。ったく、子供かよ。


「理子。ちょっとじっとしてろ」

「え? うひゃ!」


 俺はポケットからティッシュを取り出して、口元のソースを拭ってやる。


「い、いきなりなんすっか!」

「口にソースが付いてたんだよ」

「あ、あぁ……そういうことっすか。どうもっす」

「おう」


 な、何だ? 急にモジモジしだして。


「どうした? トイレか?」

「ち、違うっすよ! クマパイってばデリカシー無さ過ぎっす!」

「お、おう……ごめん」

「ったくもぅ。まぁクマパイだから仕方ないっすね」

「どういう意味だよそれ」

「そのままの意味っすよ」

「意味わかんねぇ」

「分からないならいいっす。さて、お腹も膨れたことですし、次は遊ぶっすよ!」

「テンション高ぇな……」


 俺は思いがけない出費のせいで、テンションはだだ下がりだってのに。でも、奢るって言ってしまった手前、やっぱりなしとかはかっこ悪くて言えねぇしな。はぁ……先輩って辛い。


「クマパイはどこか行きたいところあるんすか?」

「俺は特にねぇな。理子の行きたいところでいいよ」

「んー。それじゃ、翼先輩のクラスがいいっすね」

「ちょっと待て。翼ちゃんのクラスって、嬢王様の部屋とかいう訳の分からんやつじゃなかったか?」

「あ、クマパイ知ってたんすか?」

「まぁな。前にテスト勉強見てもらった時に聞いた」


 俺としてはあんまり行きたくないんだよなぁ。

 だって、何か行ってしまったら負けたような感じがしてさ。いや、何と戦ってるんだって話なんだけどな……


「それで行く方向でいいんすよね?」

「理子が行きたいところに行くって言ったからな。仕方ねぇ」

「うーん。途中までかっこよかったのに、最後ので台無しっすねぇ。でもまぁ、理子はいい女なんで、気にしないでおくっすよ!」

「いい女は、自分でいい女とは言わないと思うぞ」

「まぁまぁ、細かいことは気にしちゃダメっすよ。ほら、行くっすよ」

「へいへい」


 ――――

 ――


「おぉ、意外と本格的な見た目っすね」

「そうだな」


 黒を基調とした入口と、少し小洒落た装飾がされていて、シンプルだけど何となく嬢王様がいるって感じだ。


「えっと、2人一緒にって可能っすか?」

「大丈夫ですよ。希望の嬢王様はいすか?」

「翼先輩はいますか?」

「丁度空いてますよ。では、どうぞ」

「どうもっす」

「お前、何か手馴れてないか?」

「気のせいっすよ」

「そうか」


 受付を済ませて、俺と理子は中に入る。中の電気は落とされていてる代わりに、キャンプで使うようなランタンが所々に置かれていた。だから大分薄暗くなっていて、若干の怪しさを醸し出している。


「遅い! いつまで待たせるのだ!」


 案内された席に向かと、男子生徒をイスにした翼ちゃんが、俺達の姿を確認すると腕組みしながらそう言った。


「ちゃんと役に入ってるっすね」

「そうだな」


 しかも、何処と無く楽しそうだ。意外と翼ちゃんってSの素質があるんだな。


「ほら、早く座るのだ。特別にボクが許可してやるのだ」

「はーい。了解っす」

「口の利き方が悪いのだ。敬語を使うのだ。使わないと、このクソ豚みたいにイスにしてやるのだ」

「失礼しましたっす! 隊長!」

「隊長じゃないのだ。嬢王様と呼ぶのだ」


 おぉ……2人揃ってすげぇノリノリじゃん。これが文化祭ハイってやつか。


「それで? 2人はボクに何をしてくれるのだ?」

「嬢王様のお望みのままに何でもするっす」

「お、おい。そんな安請け合いするなよ……」

「大丈夫っすよ。理子に無理そうなら、クマパイがやってくれるんで」

「俺を生け贄にするつもりかよ……」


 どうすんだよ。翼ちゃんが無理難題を出してきたら。


「なら、ボクを喜ばせてみるのだ」

「だとよ。何かいい案はあるか?」

「あるにはあるっすよ」

「ほう。なら、ちゃちゃっとやってくれ」

「残念ながら理子には無理っす」

「は? 何でだよ?」

「これはクマパイにしか出来ないからっすよ」


 俺にしか出来ないってどういうことだよ。全く検討つかないんだが。


「むぅ……仕方ないっすね。クマパイ、耳貸して下さいっす」

「はいよ」

「ごにょごにょ」

「マジで?」

「マジっす。よろしくお願いっす」


 はぁ……あんまり気は進まないけど、しゃあないか。これで失敗したら恨むからな。

 俺はイスから立ち上がり、翼ちゃんの前まで行く。


「なんなのだ?」

「文句は後で聞いてやるから、今は我慢してくれよ」

「は?」


 翼ちゃんの顎をくいっと掴んで逃げられないように顔を固定して、耳元まで俺の顔を近付けて理子に言われたことを、そのまま口にする。


「なぁ嬢王様。黙って俺のものになれよ」

「うへはっ!」


 うげぇ……何だこのセリフ! 死ぬほど恥ずかしいわ! 間違いなく黒歴史確定だよっ!

 てか、翼ちゃん今の声何だよ。どっから出したんだよ。


「は、ははは離れるのだ!」

「おわっと」


 薄暗くても分かるくらい顔を真っ赤にした、翼ちゃんに突き飛ばされる。あっぶねぇな。もう少しで転ぶところだったぜ。


「にひひっ、どうすっか嬢王様? 喜んでもらえたっすか?」

「う、うるさいのだ! もうさっさと帰るのだ!」


 そう言った翼ちゃんに、俺と理子を無理矢理追い出されてしまった。


「ありゃりゃ。追い出されちゃったっすね」

「お前のせいだろ……」


 ったくよ。次からどんな顔して翼ちゃんに会えばいいんだよ。間違いなく絶対に気まずい雰囲気になるぞ。


「まぁ何とかなるっすよ」

「適当なやつだな……」

「さて、そんなことよりもデートの続きするっすよ」

「はいはい」


 とりあえず、後でしっかり翼ちゃんには謝っとくとするか。


「じゃあクマパイ。はい」

「ん? 何だよ?」


 理子は俺に右手を差し出す。


「何って、手を繋ぐに決まってるじゃないっすか」

「えぇ……」

「えぇじゃないっすよ! 今日は理子とデートなんすっから、これくらいはして下さいっす!」

「分かったよ」

「にひひっ! 次はどこに行くっすか?」

「どこでもいいよ」

「もぅ、クマパイ適当っすねぇ」

「悪かったな」

「んじゃ、理子。2組のお化け屋敷に行きたいっす!」

「ん。了解」

「それじゃ、レッツゴーっす!」

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