プルマ・ブランカ

宮坂大和

第1話

「――それで? 何でこんな事になっているのかな、真田匠馬さなだ たくま君。 んんー?」


 学校から帰って来て早々、同居人の鳶沢歌夜とびさわ かよは俺の胸ぐらを掴んで下から睨み上げている。

 おぉう……これはこれは、思いっきりブチ切れていらっしゃるではないですか。恐ろしや恐ろしや。


「ほら、黙ってないでさっさと説明しなさいよ。特別に言い訳を聞いてあげるから」

「……」

「あぁ、書くものね。はいどうぞ」


 そう言って歌夜は、テーブルに置いてあるメモ帳とボールペンを渡してきた。俺はそれを受け取り、メモ帳にペンを走らせる。


『まぁまぁ、そう怒りなさんな。そんなに怒ってたら、せっかくの可愛い顔が台無しですぜ姉御』

「おいこら、誰が舐めたこと書けって言ったのよ。私は、今日あったことを説明しろって言ったはずだけど?」

『(´・ω・`)』

「顔文字書くな!」


 い、痛てぇ……脳天チョップ食らった。クソォ歌夜のやつ、さっきも言ったが黙ってれば可愛いんだから、この口より先に手が出る癖を治せば結構モテると思うんだけどなぁ。

 黒髪のストレートロング、整った顔立ちでしゅっとした切れ目。出るところは出ていて、締まっているところはしっかり閉まっている。正直、何かの雑誌でモデルとかやっていても不思議じゃないくらいの美人だ。

 ただ、残念ながら歌夜はこの暴力性と口の悪さが相まって、学校では思いっきり浮いている。


「ちょっと聞いてるの?」

『聞いてる聞いてる。ちゃんと説明するから、胸ぐら掴むのやめてくれ』

「ち、分かったわよ」


 うわぁー、この人舌打ちしましたよ。そういうの良くないと思いますぜ俺は。

 まぁこんなこと歌夜に直接言ったら、また叩かれそうだし言わないでおこう。口は災いの元って言うしな。

 そんなことを思いながら、俺は今日の出来事を思い出しながらメモ帳にペンを走らせる。


 ――――――

 ――――

 ――


 ふわぁーあ……寝みぃな。昨日遅くまでYouTube見ていたせいで寝不足だ。ちょっとだけのつもりが、気が付いたら深夜3時になってたんだよなぁ。

 やっぱ、あれは寝る前に見るもんじゃねぇわ。時間の感覚がまじでバグる。

 仕方ねぇこうなったら、足りない睡眠は学校で寝て取り戻すしかねぇな。

 よっしゃ! そうと決まれば、速攻で向かって寝るとするか!


「もう離してってば!」


 ん? 何だ朝っぱらから騒がしいな。それに、穏やかじゃなさそうだ。

 そう思いながら、声のする方を見てみると、1人の女の子が2人の男に絡まれていた。しかも、金髪頭をした男は女の子の腕を掴んでいる。

 ったく……だっせぇな。正直、あのタイプの揉め事は例外なくめんどくさいって決まっているから、関わりたくないんだが、このままスルーするのは目覚めが悪い。これから、学校で寝ようとしている俺にとっては非常によろしくない事態だ。仕方ねぇあの子を助けてやるか。安眠は大切だしな。


「いい加減にしてってば!」

「うるせぇな! 暴れんじゃ――っ痛って!」


 俺は金髪頭の男の腕を払い、そのまま脇をさして押さえ込んで動きを止めた。

 金髪頭は暴れて拘束から逃れようとするが、どうやら俺の方が力が強かったようで、その行動は全くの無意味になっている。


「て、てめぇいきなり何しやがる!」


 金髪頭は振りほどけないことが分かると、思いっきり俺を睨みながら大声で怒鳴ってくるが、俺はそれをスルーして左手でスマホのメモアプリに文字を打ち込む。


「おいシカトこいてんじゃねぇぞ!」


 あーもう……うるさいなぁ。もうちょいで打ち終わるんだから大人しく待ってらんねぇのかよ。


「聞いてんのか! って、あ?」


 キャンキャンと吠える金髪頭にスマホを見せる。


『こらこら、朝から騒がしいぞ。それに女の子に暴力はいけないぞ。ダメ絶対( ー̀εー́ )』

「お前ふざけてんのか! つか、いい加減離せよ!」

『えぇ……それお前が言うの? さっきまでこの子が離せって言ってたのを無視してたのに。そういうの良くないと思うぞ( ー̀ωー́)゙』

「っ! やかましいわ! つか、顔文字うぜぇな!」

『(´・ω・`)』

「だから顔文字使うなっての! てか、お前も見てないでこいつを何とかしろよ!」

「お、おう」


 金髪頭に言われて、呆然と見ていた坊主頭の男が俺に掴みかかろうとしてくる。

 うーん……流石にこの体勢で、もう1人相手するのは面倒だな。

 金髪頭の背中を軽く押して、向かってくる坊主頭にぶつけてやる。


「あがっ」

「っうー」


 おぉーこれは見事だな。まさか、漫画みたいに頭と頭がごっつんこするとはな。いやはや、いいものを見せてもらったわぁ。感謝を込めて敬礼でもしとこうかな。


「てめぇいい加減に――」

『もうこの辺にしとこうぜ。周りも見ていることだしさ』


 頭をぶつけて悶絶している間に、予め打っといた文書を金髪頭に見せてやる。

 文書を見た金髪頭は、はっとして周囲を見渡す。そして、かなりの注目されている事に気が付く。


「ち、行くぞ!」

「お、おい! 待てって!」


 金髪頭は気まずそうにしながら、逃げるようにその場を立ち去って行った。

 ほぉーん。これまた漫画に出てくるモブキャラのように逃げて行ったな。ただ、「覚えてやがれー」的な台詞がないのがマイナスだな。それがあれば完璧だったのに。

 ま、いいか。さてと、とりまスッキリしたとこだし、これで心置き無く寝れるな。んじゃさっさと学校に行って寝るとするかぁー。


「あ、あの!」


 あぁそういや、俺この子を助けたんだったな。あの金髪頭がインパクト強過ぎて忘れてたわ。

 てか、この子よく見ると可愛いな。

 ただまぁ……かなり奇抜な格好してるけどな。右は黒髪のショートカット、左は水色のロングをしている。右目には桜の模様をした眼帯。体型は少々小柄な割にやたらおっぱいがでかい。顔も結構美形だし、歌夜と比べても全く負けてない。


「その、ありがとうなのだ」

『気にしなくていいぞ。あのまま、ほっとくのは目覚めが悪かっただけだからよ(ˇᵕˇ)''』

「それでもありがとうなのだ! 助かったなのだ!」

『そっかそっか(-ω-`*)。んじゃ俺行くから‪‪( ^_^)/』

「え? いや、ちょっと待ってなのだ!」


 俺は言いたいことだけ言ってその場を立ち去る。後ろで女の子が呼び止めようと声をかけているが、悪いけど完全スルーする。だって、マジで眠くて仕方ないから。そろそろ限界なんですよ。だから、俺は早く学校に行って寝なくてはいけないのです。


 ――――――

 ――――

 ――


 ふぃーやっと学校に着いたぜ。さて、それじゃお待ちかねのお昼寝タイムでも始めますか。


『えーっと2年1組、真田匠馬。今すぐ職員室に来なさい』


 俺が机に突っ伏したのと同時に、教室のアナウンスが鳴り響く。しかも、その内容は職員室への呼び出しときた。

 うわぁ行きたくねぇ……よし、これはシカトするか。後で理由を聞かれた時は、まだ学校に来てなかったとか言って言い訳でもしとけば何とかなるだろう。とりあえず、今は睡眠が最優先事項だ。


『因みに、お前が登校していることは確認済みだ。だから逃げようとしたって無駄だからな。分かったら、1秒でも早く職員室に来い。以上だ』


 まじか……

 しかもこの言い方って、間違いなくあの人じゃねぇかよ。こりゃ、逃げたら後が怖いやつだわ。

 あー仕方ない。行くかぁ……


 ――――――

 ――――

 ――


「よぉ思ったより早かったな」

『いやいや、あなたが1秒でも早く来いって言ったんでしょ』

「まぁそうだったな。とりあえず、座れ」


 彼女は俺の担任である、秋山桃花あきやま とうか先生。栗色のセミロング。気だるげな目には赤いフレームの四角い眼鏡をかけている。すらっとした体型で何と言うか大人の色気が漂った人だ。

 因みに担当科目は体育で空手の有段者だ。


「さて、匠馬。何で呼び出されたか分かるか?」

『さぁ¯\( ˘–˘ )/¯全く心当たりがないっすね』

「おいこら、一応私は教師なんだぞ。目上の人間だ。だから、顔文字使うのはやめろ」

『さぁーせん』

「ったく。お前と話すのは面倒なんだからあんまり手間かけさせるな」

「……」

「すまん。今のはちょっと不謹慎だったな」

『気にしてないっすよ。俺自身も結構面倒だと思ってるんで』

「そうか」


 俺は声を出すことが出来ない。1年前にちょっと色々あって、声を出すことが出来なくなった。

 それ以来、会話は筆談かスマホのメモアプリを使用している。手話も覚えようと思ったんだが、そもそも手話出来るやつが周りにいないから、覚えたところで無駄になりそうだからやめた。


『それで、俺に何の用があったんすか?』

「あぁ、そういやそうだったな。まぁ結論から言うとだな。お前、今日から1週間停学だ」


 は? え? 今、停学って言った?


「悪いけど冗談ではないぞ。まじだ」

『理由を聞いても?』

「匠馬、朝に揉め事起こしただろ」

『もしかして女の子が絡まれていた件っすか?』

「あぁそれだ」


 あれって別に俺は何も悪く無くね? 何だったら褒められてもいいくらいなんだけどな。それなのに停学だと? 冗談も程々にしてほしい。


「まぁそう怒るなって。今回のことは、私もどうかと思っている。上にも掛け合ったんだが、私の力不足だった。すまんな」

『いやまぁ……桃花さんが謝ることじゃないっすからいいですよ。ただ、いくらなんでも情報が早すぎません?』

「あぁ、実は教育委員会のやつが朝の件を見ていたらしくてな。んで、制服で学校を特定されて絡まれていた女生徒以外は全員停学処分にしろと連絡が来たそうなんだ」


 あぁなるほどね。まぁ傍から見りゃ理由はどうであれ、朝っぱらから制服を着た学生が喧嘩してるように見えるもんな。


「一応、匠馬が絡まれている女生徒を助けたってことは、被害にあった女生徒から聞いている。その事を説明したんだが、あの頭の固いジジイが聞き入れなかったんだ。だから、すまんが停学を受け入れてくれ」


 そう言って、桃花さんは頭を下げた。

 参ったな……この人にこんな態度されると何も言えなくなっちまう。


『いいっすよ。まぁ色々と言いたいことはありますが、決まっちまったもんは仕方ねぇっす』

「悪いな。お詫びってほどではないんだが、停学中の匠馬の課題や反省文は免除になっているから、特別休暇だと思ってゆっくりしててくれ」

『そいつはありがたいっすね』

「まぁそんなわけだから、今日は帰っていいぞ」

『了解っす』


 ――――――

 ――――

 ――


『まぁこれがことの真相だ』

「なるほどね。話は大体分かったわ」


 約20枚くらいの長文が書かれたメモ用紙をバサッとテーブルに放り投げ、目頭を押さえながら言う。


「あー目が痛い。短編小説でも読んだ気分だわ」

『大丈夫か?』

「悪いけど、今は文字見たくない。だから今から私がいくつか質問するからイエスだったら1回、ノーだったら2回テーブル叩いて」


 歌夜は、メモ帳に書いた文字に一切目を向けずに言う。

 まぁ確かに、すげぇ文章量だったもんな。書いてる俺も疲れたわ。


「んじゃ質問1。相手を殴ってないのは間違いないんだよね?」

「トン」

「質問2。助けた女の子は知り合い?」

「トントン」

「最後。怪我はしてない?」

「トン」

「オッケー。とりあえず、聞いていた噂とは全然違うことが分かってよかったわ」


 噂になってんのかよ。歌夜の口ぶりからするに、あんまりいい噂ではなさそうだな。気にはなるけど、怖いから聞くのはやめとくか。


「分かってるとは思うけど、お姉ちゃんに迷惑をかけることだけはしないでよ。私もそうだけど、今の生活があるのはお姉ちゃんのお陰なんだから」

『分かってるよ。今日の件も朝姫あさひさんにしっかり説明するし、謝っとくよ』

「そ、ならいいけど。んじゃ、この話は終わりにしよっか。夜ご飯の買い出しに行くから、荷物持ちよろしく」

『了解(*`・ω・)ゞ』

「だから顔文字使うなっての」

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