第25話
「何人くらいいる?」
「まぁざっと見で、30人とちょいくらいじゃない?」
「となると、1人頭15〜17人ってところか」
「ちょっと物足りないわね」
「そうだな」
希望としては、今の倍くらいは欲しかったんだけどなぁ。まぁ、無い物ねだりしても仕方ねぇか。
「ち、相変わらず、ふざけた名乗りしやがって! おい、お前ら! 構わねぇからやっちまえ!」
鎌田がそう言うと、マムシのメンバーが武器を構え出す。
「ふーん。あっちはやる気満々っぽいよ」
「みたいだな。んじゃ、いっちょやりますか」
「足引っ張らないでよ?」
「誰にもの言ってんだよ」
「それもそうね」
俺と歌夜は、顔を見合わせてニヤリと笑う。
「よーし、行くぞオラァ!」
俺の声が開戦の合図となり、喧嘩が始まる。
「うらぁ!」
初めに、鉄パイプを振りかざして俺に突っ込んできた男の攻撃を避けて、顔面に蹴りを入れる。蹴りを受けて、倒れたところにすかさず、拳を叩き込む。これでまずは1人。
次に近くにいたやつの髪を掴んで、腹に膝蹴り。土下座みたいな感じで蹲り、がら空きの顔面を蹴り上げる。2人目っと。
「調子に乗るんじゃねぇ!」
「っと、あっぶねぇな」
金属バットで後ろからフルスイングかよ。俺は寸前のところで、しゃがんで避ける。ったく、当たってたら普通に死ぬぞ。
俺はすぐに体を向き直して、しゃがんだ状態から突き上げるように膝蹴りを、顎に叩き込んだ。これで3人目。
「オラよっと!」
少し離れたところで、歌夜に向かって行こうとしていたやつに、飛び蹴りを食らわして無力化する。4人目。
「ち、余計なことしないでよ。それは私の獲物なんですけど」
「おぉ、そいつは悪かったな」
「あんた、悪いと思ってないでしょ!」
歌夜は、真横から向かってくる男に、回し蹴りを叩き込む。
「そいつは、俺の獲物じゃね?」
「うっさいな。これでお相子よ」
「あ、そうですか。よっと」
2人一緒に向かって来たやつらに、それぞれ1発ずつ拳を食らわせてから、2人の頭を掴んで地面に叩きつける。6人目っと。
「おい、動くんじゃねぇ!」
っ! しまった!
「ふひひっ! 残念だったなぁ、紫鬼桜」
「あ、ああ……」
鎌田は翼ちゃんを掴んで、顔の近くでナイフをチラつかせる。
くそ! 汚ぇマネしやがって……
それにやべぇ……翼ちゃんは、重度の先端恐怖症だ。
「い、いや……や、やめて……」
「翼ちゃん!」
「黙ってろ真田匠馬!」
「ち……」
どうする? どうすればいい?
下手に動いたら、鎌田は本気で翼ちゃんをナイフで刺しかねない。
「ふひひ、お前ら! もうこいつら怖くねぇぞ! やっちまえ」
鎌田の一声で、俺と歌夜の周りをマムシの奴らが囲む。
「へへへ、覚悟しろよ。今度はこっちの番だぜ」
ち、クソ共が……
「くたば――ぐがっ」
俺を殴ろうと男が拳を振り上げた時、何かが俺の真横を通り過ぎて行き、男の顔面に直撃した。
「は?」
後ろを振り返ると、凛が何かを投げ終わった後の体制をしている。
「総司!」
「了解だ、姉ちゃん!」
今度は総司が何かを投げる。投げられた物体は、50メートル近く離れた鎌田のナイフを持った手に命中した。
「兄貴、姉御! 今っす!」
俺と歌夜は、すぐに鎌田の方へ駆け出した。
歌夜は、手首を押さえている鎌田に飛び蹴りを食らわせ、俺はその隙に翼ちゃんを抱きかかえて安全なところまで運ぶ。
「ふぅ……翼ちゃん、大丈夫だったか?」
「う、うん……」
ナイフでの切り傷はないけど、叩かれた後はあるな。それに頭には土が付いている。てことは、頭を踏まれたのか。
そうか……そうなんだな。
俺は翼ちゃんを縛っていた、結束バンドを引きちぎり解放してあげる。
「翼ちゃんごめんな。もうちょっとだけまっててくれ。すぐに終わらせるから」
「う、うん」
「総司、凛。翼ちゃんを頼むぞ」
「はい!」
「了解っす」
俺はゆっくりと立ち上がり、鎌田の方へ向き直る。
やっぱ、あいつは危険な野郎だ。だったら、今後何も出来ないようにしっかりと片付けおかないとだよな。
「歌夜。悪いけど、残った雑魚は任せるぞ」
「……分かった」
そう言って、鎌田へと真っ直ぐ歩いて行く。
―歌夜視点―
あーあ、まっずいなぁ。匠馬のやつ、完全にブッツンいってるわ。
あんなになった匠馬を見るのは何時ぶりだろう? ともかく、ここから先は冗談では済みそうにないね。
「あの、姉御?」
「んー?」
「もしかしなくても、兄貴って……」
どうやら、総司と凛も気付いたっぽいね。
まぁ、それもそうか。匠馬の場合、かなり露骨に出るからなぁ。
「まぁそういうことだから、今は下手に近付かないことね。とりあえず私は、残ったやつらを始末するわ。後は、何時でも止められるようにしとくから、2人は翼をしっかり守っときなさい」
「分かりました」
さてと……グズグズしている暇はなさそうだし、早いとこ終わらせないと。
「という訳だから、あんたらの相手は私がするわ。あ、言っとくけど匠馬には近付かないことをオススメするわ」
「はぁ? お前、何言ってんだ?」
「そのまんまの意味よ」
「はっ! そんなの知らねぇよ!」
はぁ……ばっかだなぁ。
私の忠告を無視した1人の男が、鎌田の方へ歩いていく匠馬に殴りかかる。
「ぐぎゃー!」
結果は分かっていたけど、相変わらずえげつないなぁ。
匠馬は男の腕を掴んで、ぐるりと1度捻ってからそこに膝を入れた。
グギリと骨が折れる音が響いて、男がその場に倒れた。
「うるせぇんだよ」
「がっ」
さらに、折れた腕を押さえて蹲っている男の頭を思いっきり踏みつけた。その一撃で、男はピクリとも動かなくなった。多分、気絶したんだろう。死んではない……はず……
「分かったでしょ?」
今の一連流れを見ていた男達は、匠馬に道を空けていく。その顔は完全に怯えきっていた。
「さ、あんた達の相手は私よ。言っとくけど、ここにいる誰1人逃がす気はないから」
私はそう言ってから、怯えて1歩も動けなくなっている男達に殴りかかった。
――――
――
「ふぅ」
最後の1人にハイキックを叩き込んで、意識を刈り取る。男はバタリと後ろに倒れて動かなくなった。
はぁ……ったく、戦意喪失している相手をボコるってのは、あんまり気分のいいものじゃないわね。何か一方的にいじめてるみたいだし。何よりも面白くないわ。
「さて……」
匠馬と鎌田の方を見ると、既に決着は着いていた。いや、そもそも勝負にすらなっていなかっただろう。
鎌田の顔は、ボコボコに腫れ上がっていて、左腕はおかしな方向を向いている。あらら、あれは完全に折れているね。
「ねぇ、歌夜……」
「ん?」
何とも言えない表情をした翼が声をかけてきた。
「その、匠馬君どうしちゃったのだ? 何かいつもと違うのだ」
「さっきも言ったでしょ。完全にブチ切れてるのよ」
「……」
「別に翼が気に病むことじゃないわよ。悪いのは鎌田なんだし」
「でも……あのままじゃ匠馬君、鎌田を殺しちゃいそうなのだ」
「そうね……」
確かにあれはちょっとやばいわね。
もう完全に動けなくなって、大の字に倒れている鎌田に馬乗りになって、さらに殴ろうとしている。
翼の言うように、あのままじゃ本当に鎌田を殺しかねない。
「ちょっと待ってて。止めてくるから」
「うん。お願いするのだ」
とは言ったものの……止められるかなぁ。正直、自信ない。多分あの感じじゃ、まともに周りが見えてないはずだ。下手したら、私にも攻撃してきそうだ。そうなったら、とてもじゃないけど、私じゃ止められない。
「待て歌夜。その役目私が代わる」
「え? 桃花さん」
気がついたら、後ろに桃花さんが立っていた。
嘘でしょ? 全然気が付かなかったんだけど。いや、でも桃花さんだったら仕方ないか。
「ったく、お前らは……後で説教だからな」
「あ、あはは……お手柔らかにお願いします……」
「とりあえず、後は全部任せろ」
「はい。よろしくお願いします」
まさか、桃花さんが出てくるなんてな。確かに話はしていたけど、こんなに早く来るなんて思ってなかったな。
もしかしたら、お姉ちゃんが連絡したのかな?
ともかく、桃花さんは後は全部任せろって言ってたし、従っておこう。その方が翼にしても私と匠馬にしても1番いい結果になるはずだしね。
―匠馬視点―
俺は倒れて動かなくなっている鎌田の顔を殴る。1発2発と単純作業のようにただただ殴る。
これ以上やったら、やばいってことは頭では分かっているけど、止めようとは全く思わない。
だってこいつは、野放しにしてたらいけないやつなのだから。そんな危険なやつは始末しなくちゃいけない。
「おい、その辺にしとけ」
俺が右腕を振り上げた時、その声と一緒に腕を掴まれた。
誰だ? 邪魔すんじゃねぇよ。
俺は気にせず、掴まれた腕のまま殴ろうと腕を振ろうとするが動かない。
嘘だろ? 俺が完全に力負けしている。
「よぉ、やっとこっちを見たな」
「と、桃花さん……」
「やり過ぎだぞ。少し頭を冷やせ」
桃花さんに言われて、かーっとなっていた頭がクリアになっていく。
辺りを見回して見ると、ほっとした顔の歌夜と総司と凛。そして、心配そうにしている翼ちゃんがいた。
「ほら、早く行ってやれ」
「はい」
俺は立ち上がり、翼ちゃん達の方へ行く。
「あーその……ごめん」
「別にいいわよ」
「兄貴がたまに暴走しちゃうのは、慣れっこなんで!」
「その通りっすよ!」
うん。何かそれは釈然としないなぁ。
「えっと……翼ちゃん?」
「バカ……」
「え?」
「匠馬君はバカなのだ。本当に匠馬君が、鎌田を殺しちゃうんじゃないかって心配したのだ」
ボスッと、翼ちゃんは俺の胸に頭突きをしてくる。そして、頭を押し当てたままポスポスと胸を叩き出した。
「本当にバカなのだ……」
「ごめん……」
「でも、ありがとうなのだ」
「おう」
「ついでに、歌夜も」
「何で私はついでなのよ……」
やれやれ……相変わらずそこはいつも通りなんですね。まぁ、翼ちゃんらしいからいいか。
「ふ、ふひひっ! おいおい……何いい感じに終わらせようとしてるんだぁ? ああ?」
「鎌田……」
鎌田はゆっくりと上体を起こして、ボロボロの顔をしながら不敵に笑う。
あの野郎……まだ意識あったのか。
「勘違いするなよ……まだ終わってねぇ。これで終わりだと思うな!」
ち、この野郎が。やっぱり、こいはここで始末しといた方がいいのかもな。
俺が鎌田の方へ歩き出そうとした時、歌夜が俺の肩を掴んだ。
「大丈夫よ。桃花さんが後は全部任せろだってさ」
「そっか」
そういえば、桃花さんいたんだったな。あの人が何もなしに来るわけないか。
「覚悟しとけよ! 何回でもどこまででも追って、必ずお前らを不幸のどん底に叩き落としてやるからよぉ!」
「うるさい」
「がっ」
鎌田がそう言った瞬間、桃花さんの蹴りが顔面に入る。しかも、まぁまぁ強めで、鎌田の後頭部がかなりの勢いで、地面にぶつかった。
俺も人のことをあんまり言えねぇけど、桃花さんマジで容赦ねぇな。
「いってぇな……お、お前……誰なんだよ」
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな。鎌田恭弥」
「な、何で俺の名前を……」
「なぁに別に大したことじゃないさ。まずは初めましてだな。私の名前は秋山桃花。そいつらの学校で教師をしている」
「はっ……センコーが何の用だよ」
「んー? まぁ教師としては、お前に用はないな」
「どういうことだ?」
「実は私はな。教師の他にもう1つ別の顔があるんだ」
「別の顔?」
「あぁ、
「なっ!?」
酒天会。この地域一体を仕切っている組織の名前だ。
桃花さんはまだ正式には継いでいないけど、先代がほぼ隠居状態のため、現状実権を握っているのは桃花さんだ。
「さて、鎌田。今お前、次はとか何回でもとか言ってたな。だけど残念ながら、お前に次はない」
「意味が……分からないな」
「そうか。なら、もっと簡単に言ってやるよ。お前は今日限り、外の光を見ることはない。死ぬまでな」
「ま、まさか……こ、殺す……のか……」
「悪いけど私は、匠馬達ほど優しくは無いんでな」
「だ、だったら……何をする気だよ」
「知りたいか? いいよ、教えてあげるよ、お前をうちが持ってる地下に監禁する。まぁ、そこがどういうところなのか、そこで何をされるのかは、行ってからのお楽しみだ。とにかく、お前にはそこで、死ぬまで一生暮らしてもらう」
「ふ、ふざけるな! そんなことしたら、お前らだってただじゃ済まないぞ!」
「なぁに心配するなよ。日本には年間で数え切れないくらいの失踪者がいるんだ。今日からそこにお前が加わるだけさ。な? 何も問題ないだろ?」
「ひ、ひぃ……」
桃花さんの話を聞いた鎌田は、今までにないくらい、顔を引き攣らせて恐怖に怯えている。
まぁ、離れたところで話を聞いている俺達も、多分同じような顔をしているだろう。
実際、翼ちゃんは俺の腕にしがみついて、小動物のようにガタガタと震えている。
うん。気持ちは分かるよ。あの人マジでおっかねぇもん。あの人だけは絶対に敵に回したくない。
「へぇ……中々いい顔するじゃないか。悪くないぞ」
「う、あ……」
「確かお前さ、暴力が好きなんだったな? でもなぁ、私に言わせればお前の暴力何て、子供のおままごとと一緒なんだ。だから、教えてやるよ。本物の暴力ってやつをさ」
「や、やめろ……」
「ふふ、やーなこった。お前ら連れて行け」
桃花さんがそう言うと、入口から次々と黒のスーツを着た怖そうな人達が入って来て、鎌田を連れて行ってしまった。
うぅ……恐ろしや恐ろしや。
「さてと、お前ら帰るぞ」
さっきまでの、背筋が凍るような恐ろしさは何処へやら、何時もの気だるげな感じに戻っている。とても、同一人物とは思えないな。
「あの、桃花さん」
「ん? どうした?」
「その、何というか……最後は全部任せちゃってすいません」
「あぁ、気にするな。元々あいつは、私の方で始末するつもりだったからな」
「どういうことです?」
「青空孤児院は、うちが管理しているんだ」
「え?」
「あそこの院長の陣内は、私の幼なじみでな。あいつが孤児院をやるって言うから、うちで援助してやってたんだ。だから、あそこはうちの
シマなんだよ」
ま、まじかよ……
「翼ちゃん知ってた?」
「いや、初耳なのだ……」
「だ、だよな……」
「ぼ、ボク……とんでもないところに住んでいたっぽいのだ……」
知らぬが仏とはこのことだな。
「まぁつまりだ。あいつは、うちのシマを荒らしただけじゃなく、私の身内の家族に手を出したってわけだ。だから、それ相応の報いを受けてもらう」
「そ、そうっすか……」
何かこれさ。俺達が動かなくても、勝手に解決したんじゃね?
やっぱ、この人色んな意味で最強だわ。今後も絶対に勝てそうにないな。
「さて、話はこの辺で終わりだ。ほら、さっさと帰るぞ」
「了解です」
「総司と凛は私が送ってやる。車に乗りな」
「「分かりました」」
「じゃあ、匠馬は翼を家まで送ってあげな。私は一旦家に帰って、理子ちゃんを送って行くから」
「分かった。んじゃ翼ちゃん。帰るか」
「うんなのだ!」
まぁ、何はともあれ。これにて一件落着ってやつだな。
とりあえず今は、帰るとするか。
俺は翼ちゃんをバイクの後ろに乗せて、走り出した。
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