第24話

 ―理子視点―


 クマパイとカヨパイが、バイクに乗って颯爽と走り出して行ってしまった。その間のやり取りも、理子はただ黙って見ているだけだった。

 だって、理子が話に入る隙が全くなかったのだから当然だ。

 そう、理子はクマパイ達のことを何も知らないんだ。


「理子ちゃん? ぼーっとしてどうしたの?」

「あ、いや……」

「あー、そっかそっか。理子ちゃんは、匠馬達の昔こと知らないんだっけ?」

「はい……」


 朝姫さんの何気ない言葉。それが、今の理子にはグサリと刺さる。1人だけ蚊帳の外にいるっていうことが、改めて実感させられた気分だ。


「教えてあげよっか?」

「え?」

「だから、教えてあげよっか? 昔の匠馬達のこと」

「い、いいんっすか?」

「まぁ、ここまで見ちゃったならね。理子ちゃんも気になるでしょ?」

「まぁ」

「だよね。んじゃ、とりあえず座りなよ。お茶でも飲みながら話すからさ」


 理子は、朝姫さんに言われるがままテーブルに着く。程なくして、理子の前に温かいココアが置かれた。


「ありがとうございます」

「熱いからゆっくり飲んでね。さてと、どこから話そうかなぁ」


 朝姫さんはそう言いながら、冷蔵庫から取り出した缶ビールをプシュと空ける。


「えーっと、理子ちゃんは匠馬が声を出せなくなった理由は知ってるんだっけ?」

「はい。一応は知ってるっす」

「そっかそっか。んじゃ、その辺の話は省くとするかな。んーっとね、あの2人は簡単に言ってしまえば、元ヤンなの」

「マジっすか?」

「うん。マジマジ」


 いやまぁ、さっきのあれを見たから何となくそうなんじゃないかなぁーって思ってたけど、こうやって、はっきり言われると、やっぱり驚きを隠せない。


「と言っても、理子ちゃんが想像しているようなヤンキーじゃないよ。カツアゲとか弱いものいじめは絶対にしなかったしね。まぁ、その辺にいる調子に乗って暴れているような、やつらを片っ端からボコってた程度だから」


 うん、まぁ……前半はいいとして、後半が色々アウトな気がするんだけどなぁ。


「そんな感じで、かれこれ2年ちょいくらい過ごしてたんだよね。んで、高1の時にマムシとの喧嘩を最後に今の感じになった」

「それって、負けたからってことっすか?」

「ううん。喧嘩自体は勝ったよ。ただ、その時に匠馬が声を出せなくなったんだ」

「あ……」

「まぁそんなところかな。後はさっき聞いた通りだよ」

「そうだったんすね」


 まさか、クマパイ達にそんな過去があったなんてな。

 あれ? 確か、クマパイの妹さんが怪我をしたのって、その時に面倒ごとに巻き込まれていたって聞いた気がする。それって……


「あの朝姫さん」

「ん?」

「間違っていたら、すいませんなんっすけど、クマパイの妹さんが怪我したのって、そのマムシのせいだったりするんすか?」

「ありゃりゃ、気がついちゃったか」

「てことは……」

「うん、そうだよ。マムシのリーダーだったやつがね、かなりのクズ野郎でさ。小春ちゃんが匠馬の妹だって知ってさ襲ったんだよ」

「そ、そんな……」

「それが、きっかけで匠馬と歌夜ちゃんは、マムシと全面戦争をしてね。その日のうちにマムシは潰したんだけどさ。まぁその後は……ね」


 クマパイが声を出せなくなった……

 じゃあ、そのマムシってのは、クマパイとカヨパイにとっては、かなり因縁があるってことなんだな。

 ん? ちょっと待ってよ。ってことは、そんな危険な相手にクマパイ達は、喧嘩しに行ったってこと? しかも、たった4人で?


「た、大変じゃないっすか!」

「うわっ! びっくりした。どうしたの?」

「いやいや! どうしたのじゃないっすよ! クマパイ達が危ないじゃないっすか!」

「ん? 何で?」

「何でって……だって、そのマムシってのは危ない奴らなんっすよね? そんな所にたった4人で行ったら無事じゃ済まないっすよ!」

「あー、なるほどね」


 朝姫さんはそう言いながらも、のんびりと缶ビールを飲んでいる。全くもって、焦りも心配もしている様子がない。


「ちょ、何でそんなに落ち着いているんっすか!?」

「まぁまぁ、落ち着きなよ」

「これが、落ち着いてられることっすか!」

「大丈夫よ。だってあの2人、めちゃくちゃ強いから」

「いや、でも……」


 いくら強いって言っても限度があるよ。それに、2人ってどういう事なんだろう?


「その辺も説明してあげるから、とりあえず座りなよ」

「はい……」

「んじゃ、まずは歌夜ちゃんの方から説明しようかな。歌夜ちゃんは、空手と合気道。それとキックボクシングをやってたんだよね。空手と合気道は段位は持ってないけど、道場の先生曰く、強さは両方とも2段くらいらしいよ。んで、キックボクシングは、前に世界のベルトに挑戦するプロとスパーリングして勝っちゃったんだよね。しかもね、そのスパーリングした人はチャンピオンになったし」

「え……?」


 ちょっと待って……それ本当に人間なの? まるで、漫画に出てくるチートキャラみたいじゃん。


「それで、匠馬は歌夜ちゃんみたいに格闘技はやってないけど、歌夜ちゃんよりも強い」

「それ、冗談っすよね?」

「本当だよ。なんて言うのかなぁ? ほら、特に勉強してなくても無駄に頭がいいやつとか、運動やってなくても、半端ないくらい運動出来るやつっているじゃん。あんな感じだよ。匠馬の場合は、冗談みたいに喧嘩が強いの」

「え、えぇ……」


 言わんとすることは分かるけど、何かにわかに信じられないなぁ。

 そもそも、仮にカヨパイの実績? が本当だとしても、クマパイはそれ以上ってことでしょ。いやいや、ありえないって。


「あー、その顔は信じてないなぁ」

「まぁ……」

「うーん。そうは言ってもなぁ証拠があるわけじゃないしなぁ。ん? 待てよ。あ、あるじゃん証拠!」

「あるんっすか?」

「うん。あるある! 総司と凛が昔撮った動画があったわ」


 総司と凛って、確かクマパイ達と一緒に行った人達だよね?


「あの、そもそもなんっすけど、その人達ってクマパイ達とどういう関係なんっすか?」

「あいつらは、まぁそうだねぇ。歌夜ちゃん達の舎弟? みたいな感じかな。私もよく知らないんだけど、あの2人のことを兄貴、姉御って言って慕ってるんだよね」

「へぇー」

「んで、総司と凛の親は私立探偵をやっててね。2人も探偵目指してるらしいんだ。だから、調べ事はすごい得意なんだよ。理子ちゃんも調べたいことあったら、2人に頼んでみな」

「は、はぁ……」


 うーん。中々魅力的ではあるんだけど、ちょっと怖いなぁ。なんていうか、本当に何でも調べて来ちゃいそうで。


「っと、話が逸れちゃったね。んで、これが2人が撮影した歌夜ちゃんと匠馬が喧嘩している動画だよ」


 朝姫さんはそう言って、スマホを理子に見せてくる。

 ここは、どこかの倉庫かな? そこにクマパイ達といかにも悪そうな人達が10人くらいいる。アングル的に上から撮影したっぽいな。多分、カメラを予め置いてたんだろう。

 相手は鉄パイプやバットを持っているのに対して、クマパイ達は何も持っていない。


「あ、始まった……」


 鉄パイプを持った人がクマパイに襲いかかる。それが開戦とばかりに、他の人達も一斉にクマパイ達に殴りかかった。普通だったら、一方的にやられて終わりなんだけど――――


「す、すごい……」


 時間にして1分くらい。たったそれだけで、クマパイ達を取り囲んでいた人達を倒してしまった。しかも、クマパイ達はただの1発も受けていない。相手の攻撃をしっかりと避けて、確実に自分の攻撃を当てて、次々と殴り倒していく。

 それに1番驚いたのが、喧嘩しているのはクマパイとカヨパイの2人だけだ。後ろにいた、総司君と凛ちゃんは、見ているだけで、一切手を出していない。


「ね? すごいでしょ?」

「はい……」

「気がついたと思うけど、総司と凛は喧嘩してないんだ。正確には、出来ないって言った方が正しいね」

「何か理由があるんっすか?」

「んー? 単純に弱いんだよ。多分、小学生と本気で喧嘩しても負けるんじゃない?」

「それは、逆の意味ですごいっすね……」


 普通に考えて、足でまといもいいところだ。もし理子が同じ立場だったら、絶対に行かない。


「ま、見ての通りだよ。2人はめっちゃ強いから大丈夫。なんて言ったって、鬼だから」

「鬼?」

「そう。あまりにも強過ぎるから鬼のあだ名が付いているんだよ。確か、歌夜ちゃんの方は、天下無敵の青鬼で、匠馬が最強最悪の赤鬼」

「なんすっかその、厨二病全開の恥ずかしいあだ名は」

「うん、まぁそうなんだけどね……ただ2人は結構気に入ってるんだよねぇ」


 えぇ……流石にそれはドン引きなんですけど……恥ずかしいにも程があるでしょ。


「あ、因みにこんなのもあるよ」


 そう言って朝姫さんは、もう一度スマホで動画を流す。


「うわぁ……」


 動画の内容は、総司君と凛ちゃんが、イタイタしい口上を大声で叫んで、最後にクマパイとカヨパイが、すんごいドヤ顔で決めゼリフを言っているものだった。

 正直、あだ名の方がまだマシに思えるくらい、だっさいものだ。てか、よくこんなセリフ恥ずかしげもなく言えるものだ。

 いくら寛容な理子でも、流石にこれは無理だよ。見てるこっちが恥ずかしくて死にそうだ。


「どう? 面白くない?」

「いや、普通に嫌っすよ。厨二病拗らせ過ぎっすよ」

「ワオ、辛辣だね」

「逆に聞きますけど、朝姫さんはどう思ってるんっすか?」

「うーん。ぶっちゃけ、恥ずかしいから止めてほしいかな」


 ほら、やっぱり。

 だいたい、現在進行形の厨二病でもこんなことやらないよ。普通にイタ過ぎるよ。

 クマパイ達が帰ってきたら、止めた方がいいって、本気で言ってあげよう。


「まぁとりあえず、2人が強いから大丈夫ってことは分かったかな?」

「まぁ」

「うん。だからね、安心して待ってなよ」

「……」


 クマパイ達がすごく強いってことは、十分分かった。だけど、やっぱり心配はしちゃう。もし、万が一があったらと、どうしても思っちゃう。


「うーん。理子ちゃんは心配性だなぁ。んじゃあ、ここに電話しな」


 朝姫さんはメモ用紙に電話番号を書いて、理子に渡してきた。


「これ、誰のっすか?」

「桃花ちゃんの」


 桃花ちゃん? あぁ、秋山先生のか。

 でも、何で秋山先生の電話番号なんだろう?


「大丈夫よ。ちゃんと力になってくれるから」

「は、はぁ……」

「さてと、それじゃ私はそろそろ寝るね。明日も仕事だからさ」

「え、寝ちゃうんっすか?」

「まぁね。あ、歌夜ちゃん達が帰って来るまで居ていいからね。なんだったら、泊まって行っても大丈夫だから」

「分かったっす」

「それじゃあね〜」


 そう言って朝姫さんは、缶ビールを片手に行ってしまった。

 あの感じだと、寝がら飲むつもりなのかな? 行儀悪いし、多分体にも悪いから止めた方がいいと思うなぁ。カヨパイに言っておこう。


「さて……」


 スマホを取り出して、紙に書かれた電話番号に電話をかける。

 朝姫さんも大丈夫って言っていたけど、念には念をだ。秋山先生に頼ったことで、少しでもクマパイ達が無事に戻って来れる確率が上がるなら、使わない手はない。


『もしもし? 誰だ?』

「あ、夜遅くにすみませんっす。浅葱理子っす」

『浅葱? あぁ、匠馬とよく一緒にいる後輩か』

「はいっす。その浅葱っす」

『どうしたんだ? ちょっと今忙しいんだ』

「いや、実は」


 理子は、今日あったことを秋山先生に話した。白井先輩の家族が襲われたこと、白井先輩が連れていかれたこと、クマパイとカヨパイが助けに行ったこと、そして朝姫さんに心配なら秋山先生に電話しろって言われたこと、とにかく全て話した。


『はぁ……ったく、あいつらは揃いも揃って……』

「えっと……」

『あぁすまない、事情は把握した。よく知らせてくれたな。ありがとう』

「いえ……」

『後は私に任せてくれ』

「はいっす。そのよろしくお願いします」

『浅葱は今、匠馬の家に居るんだな?』

「はい」

『なら、後で私もそっちに行くから、それまでそこに居るんだ。その方が安全だからな』

「了解っす」

『よし。それじゃあな』


 そう言って、電話がきれた。

 多分これで、理子が出来ることはもう全てやったはずだ。後は、大人しく待っていることしか出来ない。

 クマパイ、カヨパイ、白井先輩。どうか、無事に戻って来て下さいっすよ。

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