第23話

 ―翼視点―


 何年も前に潰れたボーリング場。そこにボクは居た。いや、正確には連れてこられたって言った方が正しい。

 両手は結束バンドで拘束されていて、全く動かすことが出来ない。


「ボクをこんな所に連れて来て、いったいどうするつもりなのだ?」


 不安と恐怖に駆られて、今にも泣き出してしまいそうなのを必死に堪えながら、目の前にいる男、鎌田恭弥に問いかける。


「んー? ふひひっ、何でだと思う?」

「聞いているのは、ボクなのだ」

「あ?」

「っ……」


 たった一言。そのたった一言で、ボクの精一杯の強がりが、呆気なくばらばらに壊れてしまう。


「よく聞こえなかった。もう一度言ってみろ」

「わ、分からない……のだ……」


 今にも消えてしまいそうな、小さく震えた声。それを出すのが限界だった。目の前にいる男が、ただただ怖くて恐ろしくて仕方がない。

 頑張って耐えていたけど、それももう終わり、ボクは情けなく涙を流してしまう。1度流れてしまえば、もう止めることが出来ない。子供のように怯えながら泣いてしまう。


「ふ、ふふ、ふひひっ! おいおい、泣いちゃうのかよ! こりゃ傑作だな、おい!」


 鎌田が笑い。そらにつられるように、ボク達のやり取りを見ていた、マムシのメンバー達も一斉に笑い出す。


「いやぁ、最高だよ最高。そんな最高をくれた翼ちゃんに、さっきの質問の答えを教えてやるよ」


 ボクは止まらない涙を流しながら、鎌田の顔を見る。ここに連れてこられた目的。何でボクがこんな目に合わなくちゃいけないのか、それを聞くために必死に顔を上げた。


「えーっと……何でここに連れてこられたか? だっけか? それはなぁ、俺様の欲求を満たすためだよ」


 欲求を……満たす……? いったい何を言っているのだ? 全く意味が分からない。


「ふひひっ、そうだよなぁ! 分からねぇよな! 当たり前だ。何時だって、俺様のことは誰も分からない! 理解出来ない!」

「……」

「でもなぁ……理解されても困るんだよ。だってよぉ。理解されちまったら、面白くねぇもんな!」


 鎌田はそう言いながら、ボクの顔を掴みお互いの額がくっつきそうになるくらい、顔を近付けてきた。

 まるで、悪魔のような顔だ。今すぐにでも、この手を振り払って、離れてしまいたい。頭では分かっている。だけど、体が言うことを聞いてくれない。金縛りにあったみたいに、ピクリとも動かすことが出来ない。


「おっと、話が逸れちまったな」


 鎌田は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、ぱっとボクの顔を離した。


「で、だ。俺様の欲求が何か? それはな。暴力欲求だよ」

「ぼ、暴力……欲求……?」

「そう! 暴力だよ! 俺様は、この世の何よりも暴力が大好きだ。人間が苦しむ顔、苦痛に歪む顔、泣き顔! それを見るのが大好きだ! 見てるだけで体がゾクゾクする! 快感でどうにかなっちまいそうだよ!」


 く、狂っているのだ……

 ボクは、1つ大きな勘違いをしていたのだ。目の前の男、鎌田を人間として見ていた。あれは、人間の皮をかぶった、化け物なのだ。


「だけどなぁ、飽きちまったんだよなぁ」


 さっきまで、気持ち悪いくらい笑いながら話していたのに、今度は酷く落胆しながら話し出す。


「ただただ、力で屈服させ、踏み潰すのによ。まぁ例えるなら、辛いものが好きで激辛料理ばかり食ってたら、いつの間にか刺激に慣れちまったようなもんだ」


 人の苦しみが料理と同じだなんて、本当にどうかしているのだ。とても、まともな思考とは思えない。

 やっぱりこの男は、化け物なのだ。


「だから俺様は考えた! どうすれば、俺が満足出来る刺激が! 快感が得られるかを! そして、思いついちまったんだよ。飛びっきり最高なのをよぉ。そう! 肉体に苦痛を与えるのではなく、精神に苦痛を与えればいいってな!」

「……」

「あ? おい、聞いてるのかよっ!」

「っ!」


 い、痛い……頬っぺたがジンジンする。え? 今ボク叩かれたのだ……?

 恐る恐る顔を上げ、鎌田の顔を見ると、怒りに満ちた表情をしている。

 な、何で? ボク……何もしていないのだ……なのに、何で?


「この俺がせっかくよぉ、説明してやってるってのに、何で無反応なんだ? あ?」

「あ、あ……」

「何とか言えよっ!」

「かはっ!」


 鎌田の蹴りが、ボクのお腹に直撃する。体の中の空気が、一気に口から出ていく。両手を拘束されているから、手で押えることも出来ず痛みに堪えながら、地べたに這いつくばることしか出来ない。


「うっ」

「おら、謝れよ」


 鎌田は容赦なく、ボクの頭を踏みつけながら謝罪を要求してくる。

 あ、謝りたくない……だって、ボクは何も悪いことはしていないのだから。でも――


「ご、ごめん……なさい……」


 その選択肢は取ることが出来ない。だってボクは、完全に鎌田に屈しているのだから。理不尽を受け入れ、涙を流しながらこれ以上何もされない事を祈りながら、謝ることしか出来ない。


「ふひひっ、そうだよ。分かればいいんだよ分かればな!」

「う、うぅ……」

「それでだ。最高の精神的苦痛を与えるには、どうすればいいか? それはなぁ〜、不幸なやつを更に不幸のどん底に落としちまえばいい! だから、俺は探したんだ! 最高の人材が居ないかなってよぉ! そして、見つけたのが翼ちゃんってわけだ」


 な、何か喋らないと……じゃないと、また叩かれる。何か……


「だから……ボクに脅しを……」

「まぁな。だけど、あんなのは下準備みたいなものだ」

「ど、どういうことなのだ?」

「ふひひっ、いい質問だ。俺が翼ちゃんに金を要求し続けたのは、俺様の怖さを教えるためだ。家族を人質に取られ金を持ってこさせ続けることによって、翼ちゃんは少しずつ精神的に追い詰められていった。違うか?」


 確かにそうだ。

 もし、ボクがお金を鎌田に渡せなかったら、家族が壊されてしまう。警察に言ってもダメなのはすぐに分かった。絶対に逃げられないと思った。だから、従うしかなかった。


「ふひひっ、そして次のステップがこれだ。今まで健気に従っていたのに、ある日突然、家族が襲われた!」

「だ、だから……今日、リクヤ達を……」

「その通り! 驚いただろ? 焦っただろ? 怖かっただろ? だけどだけど〜、これだけじゃ終わらねぇんだなぁ! これがよぉ!」

「こ、これ以上何をする気なのだ」

「ん〜? そ・れ・は〜」


 鎌田は、拘束されたボクの腕を掴んで、無理矢理立ち上がらせる。

 そして、近くにあるソファーに突き飛ばす。


「今から翼ちゃんは、ここにいる全員に犯されるんだよ」

「え?」

「そして、それを動画に撮られてネットに流す。し・か・も〜、翼ちゃんの名前、学校、住んでいる所、家族構成に至る全ての情報付きでな!」


 ちょ、ちょっと待つのだ。そ、そんなことしたら……


「そう! そんなことしたら、当然翼ちゃんの人生はパー! そして、翼ちゃんの家族もお終いだな!」

「や、やめ……やめ、て……」

「残念。無理だ。でも、安心してくれ。俺は翼ちゃんじゃ、興奮しないから、犯すのは俺以外のやつらだ。そういうわけだ。お前ら、好きにしていいぞ」


 鎌田がそう言うと、他の男達がニヤニヤとしながら、ゆっくりとボクに近付いてくる。


「い、いや……」


 必死に逃げようとするけど、恐怖で足に力が入らない。

 嫌だ。だ、誰か……誰か助けて……


「た、匠馬君……」


 バーン!


「え?」

「あ?」


 もうダメだと目を瞑った時、大きな音が鳴り響いた。

 目を開けると、奥にある入口の扉が大きく開かれていた。そして、そこから2台のバイクが突っ込んで来た。


「ごめん待たせたな、翼ちゃん」


 ヘルメットを被っていて、誰だか分からなかったけど、その声には聞き覚えがあった。

 優しくて頼りになる声だ。


「誰だ! テメェら!」

「俺らか? 俺らは……お前らみたいな、クズの敵だよ」


 そう言って、バイクに乗った人達はヘルメットを脱ぐ。


「お、お前らは……」

「よぉ久しぶりだな、鎌田」

「出来れば、二度と会いたくなかったわ」

「真田匠馬と鳶沢歌夜!」


 ―匠馬視点―


 俺達はバイクを降りて、被っていたヘルメットを投げ捨てる。


「何でお前らがここにいるんだ!」

「何で? 冗談にしても笑えないわね」

「そうだな。全く笑えねぇな」

「いいから答えやがれ!」

「そんなの決まってるだろ。翼ちゃんを助けに来たんだよ。俺達の大事な友達をな! そして、テメェらクズをぶっ潰しに来たんだよ!」


 俺の叫び声に、鎌田だけじゃなく他のマムシのメンバー達も後退る。


「ふ、ふひひっ、まぁいいさ。お前らは、前には俺のチームを潰された恨みがある。ちょうどいいから、ここでそれを晴らしてやるよ!」

「ふん。やれるものなら、やってみなさいよ。ただし、私達は友達を傷つけられたから、かなり怒っているの」

「あぁ、だから容赦はしねぇ。死ぬ気でかかって来い」


 ここにいる誰1人逃がす気はない。1人残らずぶちのめしてやる。


「総司! 凛!」

「「はい!!」」

「旗を掲げなさい!」

「「行意ぃー!!」」

「ド派手にかっこよく決めるぞ! 凛!」

「当然よ!」

「遠からんものは音にも聞け!」

「近くば寄って目にも見よーっ!」

「天に翻るは、2人の鬼によって染められた桜吹雪!」

「その名も紫鬼桜しきざくら!」

「天下にその名を轟かせ、空に花を咲かす!」

「神はひれ伏し!」

「閻魔も逃げる!」

「最強最悪の赤鬼! 真田匠馬と!」

「天下無敵の青鬼! 鳶沢歌夜の旗なり!」

「天に唾する悪党どもよ!」

「その目でとくと仰ぎ見やがれ!」


総司と凛の口上が終わり、俺と歌夜は視線を合わせ頷く。


「俺達、紫鬼桜! 舞うことはあれど、散ることはねぇ!」

「さぁ! 散らせるものなら、散らせてみなさい!」

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