第22話

「リクヤ!?」

「お、お姉ちゃん……」

「大丈夫だったのだ?」

「うん。お兄ちゃん達が助けてくれたから」


 俺達が孤児院に着いて、すぐくらいに翼ちゃんが血相を変えて帰って来た。

 相当全力で走って帰って来たのか、息は乱れている。


「そっか。よかったのだ……」


 リクヤ達の無事を確認して、ようやく安心したようにほっと胸を撫で下ろす。


「匠馬君、歌夜。本当にありがとうなのだ」

「気にすんな」

「そうよ。私達は当然のことをしただけなんだから」

「それでもなのだ。本当にありがとう……なのだ……」


 翼ちゃんはそう言って、目には涙を浮かべる。まぁそうだよな。家族が危険な目にあったんだ。こうなるのも当然だ。

 電話した時も、翼ちゃんの驚きようはすごかったし、いくら無事だって言っても直接確認するまでは、生きた心地がしなかったはずだ。


「それよりも翼。話があるんだけど、いいかよね?」

「……分かったのだ」

「場所変えようぜ」


 俺達は場所を変えるためにベランダまで移動する。


「それで、話ってなんなのだ?」

「分かってるくせに……まぁいいわ。単刀直入に聞くわね。あんたマムシに何されてんの?」

「な、何のことなのだ? マムシ? ボク、蛇は苦手だから知らないのだ……」


 うーん。こりゃ随分と分かりやすく隠されたな。まぁ気持ちは分からんでもないけどさ。

 ただ、今その返答はナンセンスだな。マムシが関わっているから、歌夜はかなり気がたっている。それこそ、いつブチ切れてもおかしくないくらいにな。


「翼。悪いけど、そういうのいらないから」

「……」

「俺達は、あいつらがどんなやつらなのか、よく知っているんだ。それこそ、翼ちゃん以上にな。だから、ちゃんと話してほしい。もし、俺達の勘違いで、本当に何も知らないならそれでいい。だけど、違うだろ?」

「……」

「翼っ!」

「話して……何になるのだ?」

「え?」

「歌夜達は、あいつらのこと知ってるんだよね? だったら、話したって意味無いのだ。どうせ、何も出来ないんだから……」

「あ、あんたね!」

「歌夜。やめろ」


 翼ちゃんの一言で、キレて掴みかかろうとした歌夜を止める。


「匠馬!」

「落ち着けよ。翼ちゃんにキレても仕方ないだろ」

「でも!」

「いいから」

「……」

「なぁ翼ちゃん。今の言い方をするってことは、マムシに何かされてるって捉えてもいいんだよな?」

「……ボクは何も言ってないのだ。だから好きにすればいいのだ」

「そうか」


 これで確定か。

 出来れば、何かの間違いであってほしかったんだけどな。


「悪いけど、今日はもう帰ってほしいのだ……」

「……分かった。行くぞ歌夜」

「うん……」

「それじゃあな。理子には先に帰ったって伝えておいてくれ」

「分かったのだ」


 ――――

 ――


「ち、翼のやつ……なんで何も話してくれないのよ」

「翼ちゃんの優しさだろ」

「は?」

「俺達を巻き込みたくないんだよ。お前も、マムシがどういう連中なのか知ってるだろ? だから、少しでも関わらせたくない。そう思ってるから、何も話さないんだ」

「……でも、少しくらい相談しなさいよ。私達、友達じゃない……」


 ま、そうだな。翼ちゃんの気持ちはよく分かる。それでも、少しくらい頼ってほしかった。


「ねぇ、このまま何もしないなんて言わないわよね?」

「当たり前だ」


 翼ちゃんには悪いけど、こっちで勝手にやらせてもらう。だって、翼ちゃんは好きにすればいいって言ってたからな。だから、好きにやらせてもらうぜ。


「とりあえず、一旦帰ろう。そろそろ、あいつらが情報持ってきてるはずだろ?」

「そうね」


 ――――――

 ――――

 ――


「兄貴! 姉御! 待ってたっすよ!」

「ですよ! 待ちくたびれましたよ!」


 俺達が家に帰ると案の定、こいつらが待っていた。


「悪いな。遅くなった」

「うちに居るってことは、ちゃんと調べてくれたんでしょ?」

「当然っすよ!」

「私達を誰だと思ってるんですか!」


 赤髪のオールバックで、男にしては小柄な体型をした松田総司まつだ そうじと、長身で赤髪のサイドテールをした松田凛まつだ りん。中学の時の後輩だ。2人は姉弟で、親が私立探偵をやっている。2人共親譲りで、調べことは大得意で、大抵のことはあっという間に調べちまう。

 そして、俺達のことを兄貴分として、かなり慕ってくれている。


「んじゃ、早速だけど分かったことを教えてくれ」

「了解です!」

「えっと、まず兄貴達が言った通り、白井翼はマムシに脅されていました」


 だよな。翼ちゃんの反応から分かってはいたんだが、こうやって言われるまでは信じたくなかった。


「翼は、何脅されてるの?」

「順を追って説明します。まず、今のマムシを仕切ってるのは、鎌田恭弥かまだ きょうやです」

「ちょ、ちゃんと待ってよ! あいつは!」

「はい。捕まって、少年院にいるはずでした」

「はずだったって何?」

「身代わりだろ」

「はい。その通りです」


 なるほどな。確かに鎌田だったら、そのくらい平気でやるだろうな。

 しかし……鎌田恭弥か。二度と聞きたくない名前だったんだけどな。

 鎌田はマムシのリーダーだった男だ。性格は控えめに言って最低最悪だ。

 何よりも暴力を好きで、自分以外の生き物はオモチャかサンドバックぐらいにしか思ってないようなやつだ。しかも、タチの悪いことに無駄に頭がキレるから、ヤクザ顔負けの悪どいことをやってのける。マジで最低な野郎だ。

 そいつが作った半グレ集団がマムシだ。


「続けますね。兄貴達も知っての通り、マムシは去年1度潰れました。だけど、鎌田は身代わりを使って少年院送りを逃れて、密かに新生マムシを作っていたんです。それが、今のマムシです」

「ち、相変わらずムカつく野郎ね」

「歌夜。気持ちは分かるけど、今は黙って聞いてろ」

「分かってるわよ。続けて」

「はい。そのマムシ何ですけど、かなり悪どいことやってるみたいですね」

「それに翼ちゃんが巻き込まれてるんだよな?」

「そうです」

「具体的に何されてるんだ?」


 正直、鎌田の野郎がどこで何してようがどうでもいい。だけど翼ちゃんに何かしてるなら話は別だ。


「恐喝です」

「翼、鎌田に何か弱み握られてるの?」

「まだ、そっちの方が良かったかもしれないですね」

「どういうことだ?」

「白井翼は、人質を取られてるんですよ」


 おいおい……冗談だろ?

 予想以上にやばいことになってんじゃねぇかよ。


「翼は、いったい誰を人質に取られてるの……?」

「青空孤児院の全員です」

「ちょっと待て。どういうことだよ? あそこのみんなは普通に暮らしてるじゃねぇか」

「それは、彼女が守ってるからですよ」

「詳しく話して」

「鎌田は新生マムシを作ってから、前ほど派手に動くことはなくなりました。と言っても、多少マシになった程度ですけどね。あっちこっちで、不良チームを潰して回ってるくらいです。鎌田に狙われたチームのやつらは、ほとんどが大怪我をおって入院しています」


 聞いてる限りじゃ全然マシじゃないけど、確かに前ほどではないか……。


「鎌田は暴力だけでは飽き足らず、金集めに興味を持ち出したんです。そのターゲットになったのは青空孤児院でした。鎌田は、青空孤児院について調べて1番の年長者だった白井翼に月々に5万円、自分のところに持ってこいと言ったんです」

「ねぇ、それおかしくない? そんなの翼がわざわざ払ってやる必要ないじゃん」

「えぇ、全くその通りです。もちろん、初めは拒否しました」

「なら、何で払うことになったのよ」

「鎌田は白井翼にこう言ったんです。もし、持って来なかったら、孤児院のみんなを襲うって」


 なるほどな。

 そういうことか。


「いやいや、待ってよ。そんなの警察に言えば、どうとでもなるでしょ」

「歌夜、それは違うぞ」

「は? 何が違うのよ」

「多分、鎌田はこう言ったんじゃねぇか? 警察に言うのは勝手だけど、後悔することになるぞってな」

「その通りです。仮に鎌田が捕まったとしても、1〜2年ほどで出て来ます。それにまた身代わりを使って逃れるって可能性もあります。そうなった場合、間違いなく孤児院のみんなは無事では済まないでしょう」

「ちっ、クソ外道ね……」


 あぁ、マジで最悪だ。確かに鎌田だったら、そのくらいは確実にやる。

 頭のいい翼ちゃんのことだ。そう言われて、仕方なく鎌田の脅しに屈したんだろうな。

 しかも、要求する値段が絶妙だ。5万って言ったら、高校生がフルでバイトしてようやく稼げるラインだ。


「それって、どのくらい続いているの?」

「すいません。流石に時間がなかったので、そこまでは分かりませんでした」

「そう……」

「私達が調べられたのは、これが全部です」

「すいません。出来ればもうちょっと調べたかったんですけど……」

「いや、大丈夫だ」


 むしろ、たった数時間足らずで、よくここまで調べてくれたものだ。


「つまり、今日リクヤ君達がマムシの連中に襲われていたのは、翼がお金を払えなかったからってこと?」

「いや、白井翼は今月は既に払っている見たいです」

「じゃあ、何で?」

「分かりません」


 単純に考えられるのは、鎌田が約束を反故にしたか、さらに要求したかのどちらかってところだろうな。

 ちっ、クソ野郎が……


『ピピピッ! ピピピッ!』


 ん? 電話だ。誰からだ?

 スマホを取り出して、着信者を見ると理子からだった。


「もしもし。どうした?」

『あ、クマパイ! 今どこっすか! 家にいますか!』

「家だけど。そんなに慌ててどうしたんだよ?」

『や、やばいんっすよ! とにかく、すぐにそっちに行くんで待ってて下さい!』

「だから、どうしたんだって。少しお――」


 って、切れてるし……


「どうしたの?」

「分からねぇ。ただ、今までにないくらい慌ててたな」

「確か、理子ちゃんって孤児院に居たはずよね? 何かあったんじゃ」

「かも、しれないな……」


 ――――

 ――


『ピンポーン』


「来たんだじゃない?」

「多分な」


 理子から電話が着て数分後、家のチャイムがなる。

 俺はドアを開けると、汗をびっしり流して息を切らした理子が居た。


「おい、大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……だ、大丈夫っす……」

「理子ちゃん。まずは入りなよ」

「い、いや、それどころじゃないっす! 白井先輩が!」

「翼がどうしたの?」

「きゅ、急に孤児院に来た、変な男達とどっかに行っちったんすよ!」

「そいつらどんなやつらだったの!」

「よく分からないっすけど、白井先輩は男の1人を鎌田さんって言ってったす」


 クソ! 最悪の展開じゃねぇかよ! あの野郎もう動いたのかよ!

 いや、今はそんなことどうでもいい。翼ちゃんが危ねぇ!


「匠馬!」

「分かってる! 総司、凛! マムシのアジトは分かるか?」

「マウンテンボーリング場です!」

「そこが今の溜まり場になってます!」

「あの潰れたボーリング場か。分かった、行くぞ歌夜」

「うん」

「理子はここに居ろ」

「わ、分かったっす」

「待ちなさい!」


 俺と歌夜が、家から飛び出そうとした時に後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこには朝姫さんが居た。

 ま、まずいな……1番見られたくないタイミングだ。


「お、お姉ちゃん。居たの……」

「居たよ。ずっとね」

「そ、そっか……」

「で? どこに行くの?」

「ちょっと遊びに行くだけよ」

「へぇ、マムシの所に行くのが遊びなんだ」

「そ、それは……」


 ずっと居たって言われた時から薄々思ってたけど、やっぱり聞かれてのか。


「2人共、約束忘れたわけじゃないよね?」

「もちろん覚えてます」

「ならさ、そこに行くのはダメだって分かるよね?」

「……」

「……」


 俺と歌夜は、朝姫さんと1つの約束をしている。それは、二度と喧嘩しないこと。

 昔、俺と歌夜はよく喧嘩ばかりしていて、マムシもその時に揉めていた相手だ。そして、俺達が最後に喧嘩した相手でもある。


「忘れたわけじゃないでしょ? マムシと揉めて、あんたの妹が巻き込まれて怪我をした。そして、匠馬が声を出せなくなった」

「……」

「……」

「また同じこと繰り返すつもりなの?」

「……」

「……」

「黙ってちゃ分からないよ。答えて」


 朝姫さんが言っていることは正しい。この約束は、朝姫さんが俺達を守るためにしてくれたものだ。

 それを俺達は今、破ろうとしている。それは朝姫さんへの裏切り行為だ。何を言われても何をされても文句は言えない。

 それでも俺は……


「お姉ちゃんごめん。私は行くよ」

「約束破るの?」

「破る」

「ふーん。匠馬はどうするの?」

「俺も行きます。朝姫さんには本当に申し訳ないと思ってます。でも、今は翼ちゃんを助けに行きたい。例えそれが、朝姫さんとの約束を破ることになっても」


 あーあ、言っちまったな。こりゃ、ここを追い出されても文句は言えないか。

 でもまぁ、仕方ねぇか。後悔はない。


「そっか。なら、仕方ないね。いいよ、行ってきな」

「「え?」」

「聞こえなかったの? 行ってこいって言ったんだよ」

「い、いいの?」

「いいから言ってるのよ。てか、そもそも初めから止める気なんてなかったしね。あ、ただし今回限りだからね」

「は、はぁ?」

「今のはちょっとしたテストよ。ここで、行かないとか言い出したら、ぶん殴ってやるところだったわよ」


 ま、マジかよ……

 めっちゃビビって損したじゃねぇかよ。


「総司、凛。準備しなさい!」

「朝姫さん。もう準備は出来てますよ!」

「そうですよ! 私達を誰だと思ってるんですか!」

「え、ちょっと待ってよ。2人共まさか、お姉ちゃんが私達を試していること知ってたの?」

「「はいっす!」」

「うっそーん……」


 クソ、嵌められたな。


「兄貴、姉御。これをどうぞ」


 そう言って凛が手渡してきたのは、紫色のダンダラ羽織だった。

 これって、もしかして。

 広げてみると、背中には懐かしい文字が書いてある。


「へへっ、やっぱりこれが無いとダメっすからね!」

「サンキューな。総司」

「はいっす!」

「まだですよ! こっちに来てください!」


 今度は凛に呼ばれ外に出ると、2台のバイクが止まっていた。

 赤色のNinja400と青色のYZF-R25。俺と歌夜のバイクだ。


「これ、どうしたんだよ……」

「処分したはずじゃなかったの……?」

「何言ってるんですか。処分出来るわけないですよ!」

「そうっすよ! いつか、また2人がこれに乗る日が来るって信じてたんで、しっかり手入れはしときましたよ!」


 ったく……こいつらは。


「これで必要なものは全部揃ったね。ほら、2人共行ってきなさい」

「はい!」

「うん!」


 俺と歌夜は羽織りを着る。へへっ、この感じ久しぶりだな。やっぱ、これを着ると気合いが入るな。今だったら何でも出来そうだ。


「くぅ〜ついに封印が解かれたっす!」

「うん! これはテンション上がるね!」

「ほら、早く乗れよ」

「そうよ。久しぶりに暴れるわよ」

「「はい!」」

「歌夜、匠馬。しっかりやりなさいよ」

「当然よ」

「うっす」


 俺は、バイクにエンジンをかけて走り出す。

 翼ちゃん。今行くから待っててくれよ。絶対に俺らで助けてやるからな。

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