第21話

 ぶわっと、冷たく大きな風が吹く。俺はその肌寒さに思わず身震いをしてしまう。


「うぅ……さっむいわね……」

「あぁ、全くだ」


 9月も終わりに差し掛かり、今週辺りから一気に気温が落ちてきた。

 こりゃ夏も終わりだな。さらば、夏よ。また来年会おうな。


「そういえばさ、七星先輩と本田君が付き合いだしたんだってね」

「そうらしいな」


 そう。俺の予想通り、正鷹と七星先輩は付き合いだした。その情報は瞬く間に学校中に知れ渡り、話題はその話で持ち切りだ。

 まぁそりゃそうだよな。だって学校の女神と野球部期待のエースのカップルだ。話題にならない方がおかしい。

 ただ、その情報には少しだけ誤りがあって、付き合い出したのは、つい最近ってことになってるが、実際のところはもっと早い。

 正確には、あのゲーセンでの一件から1週間後のことだ。約束通りデートに行った2人はその日に付き合い出したらしい。

 因みに何で俺がこんなに詳しいかと言うと、聞いてもないのに正鷹の野郎が、ベラベラと話して来たからだ。ったく、無駄に惚気けやがって……鬱陶しいくて仕方ねぇ。


「てかさ、何で理子ちゃんもいるの? あなた帰る方向逆でしょ」

「えー、そんなの決まってるじゃないっすか。カヨパイが抜け駆けしないように見張ってるんすよ」

「へぇ、随分と必死ね。余裕のない女は嫌われるわよ」

「しれっと、一緒に帰り出したカヨパイに言われたくないっす」


 あーあ……また始まったよ。よくもまぁ、毎日毎日同じようなことで、言い争ってるもんだな。

 正鷹達が付き合い出したのともう1つ、俺の身の回りで変わったことがある。

 それは、歌夜と理子が一緒に帰るようになったことだ。元々、歌夜とは一緒に帰ってはいたんだが、それは途中からだ。今では、教室からずっと一緒だ。んで、理子とは大体校門前で合流するってのが、最近のお決まりの流れだ。


「そういえばクマパイ達って、来月修学旅行っすよね?」

「あぁ」

「どこに行くんすか?」

「定番の京都だぞ」

「おぉ京都! いいじゃないっすか!」


 な、何だ? 理子が目をやたらキラキラさせている。そんなに京都に惹かれるものってあったのか?


「クマパイクマパイ! 理子、お土産は木刀がいいっす!」

「お土産に木刀を所望する女子なんて初めて見たぞ」

「だってだって! 京都と言えば、新撰組じゃないっすか!」


 あぁ、なるほどな。そういや、京都とは新撰組の聖地みたいなところか。


「へぇ、理子ちゃんにしては中々いい趣味してるじゃない」

「およ? もしかして、カヨパイも好きなんっすか?」

「当然よ。幕末最強の剣豪集団! 唆られるわよねぇ」

「その気持ち分かるっす!」


 お? さっきまで嫌味の言い合いをしていた2人が意気投合し出したぞ。やっぱ、趣味が合うと喧嘩していても、仲良くなるんだな。


「因みに、理子ちゃん的には誰が最強だと思う?」

「おー、それ聞いちゃうっすか?」

「まぁ定番でしょ。で? 誰なの?」

「そうっすねぇ。理子的には、やっぱり若き天才剣士、沖田総司だと思うっす」

「あー、沖田さんかぁ。んー、分かる!」

「カヨパイは、誰だと思うんっすか?」

「私は、永倉新八かなぁ。あー、でも土方歳三も捨て難い!」

「うんうん。いいチョイスっすね!」


 だ、ダメだ……マジで何話してるか、さっぱり分からねぇ。

 てか、歌夜も理子も歴史好きだったなんて、知らなかったな。普通に意外過ぎるわ。


「いいわ。理子ちゃんのお土産は、特別に私が買ってきてあげる」

「おほう! マジっすか!」

「同じ新撰組が好き同士として当然よ」

「カヨパイあざっす!」


 あれ? これってもしかして、俺は理子のお土産は買わなくてオッケーな流れか?


「あ、でもクマパイもちゃんと買ってきて下さいっすよ」

「お、おう……」


 ですよね〜うん、分かってたよ。


「あれ? ねぇ匠馬。あれって」

「ん?」

「リクヤ君達じゃない?」

「本当だな」

「何やってるのかしら?」


 歌夜が指さした先には、帰り道にある公園だった。そこには、小学生くらいの子供が3人と俺らと同じくらいの男2人がいた。

 子供達の方は、全員見知った奴らだ。翼ちゃんと同じ孤児院の子達だ。


「クマパイ達、あの人達と知り合いなんすか?」

「子供達の方とはな」


 俺と歌夜は、夏休み中にちょいちょいと孤児院に遊びに行っていた。そのおかげで、孤児院の子供達とはそれなりに仲良くなっていた。


「ねぇ何かおかしくない?」

「あぁ」

「ちょっと行ってみようか」

「そうだな」


 !?

 俺達がリクヤ達の方に行こうとした時、男の1人がリクヤの腕を強引に掴み出した。


「あいつら!」


 それを見た歌夜は、血相を変えて男の方へ走り出す。俺も歌夜に続いて走り出した。


「え、クマパイ!」


 状況が飲み込めてない理子は、驚いた声で俺の名前を呼ぶが、悪いけど今はそれに答えてる暇はない。


「あんた達なにやってんのよ!」

「あ? なんだお前? 関係ねぇだろ」

「悪いけど、そういう訳にはいかねぇんだよ」

「いだっ!」


 すぐに歌夜に追いついた俺は、リクヤの腕を掴んでいた腕を捻りあげる。


「あ、お兄ちゃんとお姉ちゃん……」

「リクヤ君。大丈夫?」

「う、うん……」


 俺が男の腕を捻りあげたことで、解放されたリクヤに歌夜が優しく声をかける。


「怪我はない?」

「うん、大丈夫……」


 よかった。怪我はしてないみたいだな。


「いってぇな! なんなんだよお前ら!」

「それはこっちのセリフだ。お前らこそ何なんだ? 見た感じ、リクヤ達の友達とかじゃないよな?」


 そう言って俺は、掴んでいた腕にさらに力を込めると、男は苦痛で顔をしかめる。これでも、握力は90キロ以上ある。相当痛いはずだ。


「う、うぐぅ……」

「さっさと答えろ」

「お、おい! てめぇいい加減離しやがれ!」

「うるさい。邪魔しないで」


 見ていた別の男が、俺に掴みかかろうとしてきたが、それを歌夜が俺と同じように腕を掴んで止める。


「で? こいつらに何してんだ?」

「い、いいから離せっての……」


 男は自分の腕を引っ張って、俺から逃れようとするが、逃がさないようにさらに力を込める。


「ねぇリクヤ君。こいつらと知り合いなの?」


 何時まで経っても答えない男達に、痺れを切らした歌夜は、直接リクヤに問いかける。


「ううん。知らないよ」

「じゃあ何でこいつらと一緒にいたの?」

「みんなで、帰ろうとしていたら急に……」

「そっか……」


 なるほどな。

 穏やかな雰囲気じゃないとは思っていたけど、やっぱりこいつらが、一方的に絡んできたのか。


「あのさぁ。この子達に何してたの? いい加減答えてくれない? 私達が冷静でいるうちにさ」

「いっだ!」


 歌夜も掴んでいた男の腕をキツく捻りあげる。声色はまだ普通だけど、あれは間違いなくブチ切れているな。まぁ、俺も似たようなものか。


「う、うるせぇな……いいから離せって言ってんだろ!」


 歌夜に掴まれていた男は、強引に腕を振るって歌夜の拘束から逃れる。


「な、何なんだよ。お前ら……」

「答えてやるギリはねぇよ。ただな、てめぇらは俺らの逆鱗に触れた。それだけは教えてやる」


 俺はそう言って、さらに力を込める。掴んでいた男の腕が、痙攣起こしたみたいに小さく震える。骨が限界を迎えている証拠だ。もうちょい力を込めたら、多分折れるんじゃないだろうか。まぁどうでもいいか。


「クマパイ……?」


 ようやく俺らに追いついた理子が、現状を見て戸惑いと驚きの声で、俺の名前を呼ぶ。


「悪い理子。この子達を連れて行ってくれないか? 場所は青空孤児院だ。分かるだろ?」

「は、はい……」

「じゃあ頼むわ。俺らも後からそっちに向かうから」

「理子ちゃん。お願いね」

「わ、分かったす……みんな行こう」

「う、うん……」


 理子は何か言いたげにしていたけど、今は何も聞かずにリクヤ達を連れて行ってくれた。

 よく出来た後輩で助かった。正直、こっからのことは、あんまり理子には見せたくないからな。


「さてと」


 理子達が行ったのを確認して、俺は掴んでいた腕を離した。男は、掴まれていた腕を押さえてその場に蹲る。


「これで、話しやすくなっただろ? 何で、リクヤ達に絡んでいた?」

「……」

「悪いけど、さっさと答えてくれない? 私達が冷静でいるうちさ」

「お、お前ら……こんなことして、ただで済むとおもうなよ」

「それはどういう意味かしら?」

「お前らは、マムシに喧嘩を売ったんだよ」

「っ!?」


 マムシ。その言葉を聞いて、俺は慌てて男の着ていたTシャツを掴んで、首元を見る。

 そこには予想通り、蛇が鳥に巻きついているタトゥーが掘ってあった。

 最悪だ。この趣味の悪いタトゥーは間違いない。


「匠馬……」

「あぁ」


 こりゃ、予想外だな。まさか、マムシが関わっているなんて。でも、何でだ? 何でマムシがリクヤ達に絡んでいるんだ。


「どうするの?」

「今ここで揉めるのはよくねぇな」

「そうね」

「おい、お前ら。今回は見逃してやるから、気が変わらねぇうちにさっさと失せろ」

「ち、言われなくたってそうしてやるよ! ただ、お前らの顔は覚えたからな! 行くぞ!」

「あ、あぁ」


 そう言って男達は、逃げるように行ってしまう。


「どうする?」

「とりあえず、桃花さんに連絡しよう」

「それがいいかもね」

「桃花さんには俺から連絡するから、歌夜はあいつらと連絡取ってくれ。情報を集めて貰おう」

「分かった」


 俺はスマホを取り出して、桃花さんに電話をかける。


『匠馬か。どうした?』

「ちょっと、不味いことが起きました」

『……何があった?』

「マムシの連中が出ました」

『詳しく話を聞かせてくれ』

「はい。実は」


 ――――――

 ――――

 ――


『分かった。私の方で調べてみる』

「はい。よろしくお願いします」

『匠馬』

「はい?」

『無理はするなよ』

「……分かってますよ」

『そうか。じゃあ、何か分かったら連絡する』

「うっす」


 そこで、桃花さんと通話が途切れる。

 よかった。桃花さんが動いてくれるなら、何とかなりそうだな。

 それにしても、無理はするなか……。何でもお見通しってことか。やれやれ、本当にあの人には適わねぇな。


「桃花さんはなんて?」

「動いてくれるってよ。そっちは?」

「こっちも大丈夫よ。むしろ、喜んで協力するってさ」

「ったく、あいつらも相変わらずだな」

「そうね」


 それにしても、またあいつらに頼ることになるとはな。もう終わりだと思ってたんだけどな。


「それで? どうするの?」

「とりあえず、俺らも孤児院に行こうぜ。後は翼ちゃんに連絡だな」

「そうだね。ねぇ、多分だけど翼って……」

「あぁ、多分……な」

「……」


 まぁ……そういう結論になるよな。歌夜も分かっているのか、それ以上何も言わなかった。

 とりあえず、今は孤児院に行くか。話は翼ちゃんと会ってからだ。


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