第6話

 あぁー、うぅー、ぐぬぬぅー、だぁー。


「匠馬。入るわよ。って……あんた何してんの? 普通にキモイわよ……」


 いきなり部屋に入ってきた歌夜が、汚物でも見るような目をして罵倒してくる。

 つか、姉妹揃って勝手に人の部屋に入って来るなよ。


『気にするな。明日学校に行きたくない病に感染しただけだ╭(๑¯⌓¯๑)╮』


 そう。今日で俺の停学が終わるのだ。つまり、明日から普通に学校に通えるってことになる。

 一昨日くらい前の俺だったら、喜んでいたところ何だが、残念ながら今の俺には憂鬱で仕方ない。まぁ分かりやすく言うと、日曜日のサザエさん症候群みたいなものだ。


「うんまぁ……気持ちは分かったんだけどね。とりあえず、その毛布にくるまって芋虫みたいにゴロゴロぴょんぴょんするのやめて。マジで気持ち悪いから」


 むぅ……致し方ないな。

 俺はむくりと起き上がって毛布を取る。

 しかし、何で女の子の気持ち悪いとかキモイって言葉はこんなに、心が切り裂かれたり、抉られたように痛いんだろうな。マジで刃物過ぎるだろ。


『んで? 何かようか?』

「あぁうん。伝言を預かってたのよ」

『伝言? 誰から?』

「眼帯女からよ」


 眼帯女?

 あぁ、翼ちゃんのことか。


『ふーん。ほんで?』

「明日の放課後、話があるから2人で屋上に来いだとさ」

『えぇ……何それ。めっちゃ行きたくねぇんだけど』

「そんなの私だってそうよ」

『断れなかったのか?』

「断ろうにも、帰る時に私の靴箱に手紙が入ってたんだから無理よ」


 そう言って歌夜はポケットから、女子がよく使っている長方形型に折られた手紙を取り出して渡してくる。

 えーと、「明日の放課後屋上で待ってるのだ! 大事な話があるから絶対に来るのだ! もし来なかったら呪ってやるのだ!」

 うわぁ……何だこれ面倒くさ。


「どうする?」

『バックれようぜ( ᵕᴗᵕ )』

「賛成ね」

『とりあえず、見つかったら面倒だから明日は学校終わったら、速攻で帰ることにしようぜ』

「了解。それじゃ私は寝るから。明日ちゃんと起きなさいよ」

『へいへい』

「それじゃあねー」


 はぁ……明日マジで学校嫌だなぁ。実は、もう夏休み入ってましたとか無いかな? 無いか……はぁ、もういいや。俺もさっさと寝よう。


 ――――――

 ――――

 ――


 ふわぁーあ……あぁーあ、眠てぇな。

 ダメだ。ダル過ぎる。停学中、遅寝遅起き朝抜きという不規則不健康生活を繰り返していたせいで、健康的な朝の日差しが辛すぎる。


「随分と辛そうね。大丈夫?」

『あんま大丈夫じゃないな╭(๑¯⌓¯๑)╮可能なら、このまま学校サボりたい気分だ』

「サボってお姉ちゃんに怒られる覚悟があるなら、サボればいいんじゃない?」

『流石にその覚悟はないなぁ( ・᷄д・᷅ )』


 朝姫さんって、怒るとめちゃくちゃ怖いんだよなぁ。しかも、意外と長引くんだよねぇ、あの人。


「なら、我慢して学校に行きなさい」

『へーい』


 しゃあない。ここは我慢するしかねぇか。それに、今週乗り切れば夏休みだしな。ここが踏ん張りどころってことか。


「んじゃ、私はこの辺りで」

『あいよー、また放課後にな(*'-'*)ノ"』


 学校から2番目に近いコンビニのところで、歌夜と別れて別々の道に行く。一応、俺と歌夜が一緒の家で暮らしていることは、学校では秘密にしているから、怪しまれないように途中から別ルートで行くことにしている。

 ちょうどこの辺が、他のやつらと出くわさなくて、お互いに登校に支障がでない割といいところだったりする。

 因みに俺と歌夜が、一緒に暮らしているのを学校で知っているのは、桃花さんと理子くらいだ。

 あ、桃花さんで思い出した。そういや、停学明けに職員室に来いって言われてたんだったな。

 あっぶねぇ、忘れるところだったわ。思い出してよかったぜ。

 さてと、そんじゃさっさと行くとするかな。あんまり遅くなると怒られそうだし。


 ――――――

 ――――

 ――



「よぉ匠馬。来たか」

『ご無沙汰っす( *ˊᵕˋ)ノ桃花さん』

「だから、顔文字使うなっての……」

『まぁまぁ、これが俺の感情表現なんで大目に見てくださいよ(*^^*)』

「ったく……」


 むぅ……そんなに心底呆れた顔しなくてもいいのに。


「まぁいい。それより聞いたぞ。白井が家に押しかけて来たらしいな」

『おぉ、情報が早いっすね( °o°)』

「あぁ、朝姫から聞いた。あいつ随分と白井のこと気に入ったっぽいな」

『どうやら、そのようっすね。本当にあの夜は大変でしたよ(´Д`)』

「あははっ、心中お察しするよ」

『いや、マジで笑い事じゃないっすよ……』


 あの時の思い出すだけで、精神的にどっと疲れてくる。

 混ぜるな危険ってのは、どうやら人間にも適用されるらしい。


「まぁ、白井は悪いやつじゃないから、この際だ仲良くしてみたらどうだ? 歌夜ほどじゃないけど、お前も友達少ないだろ」

『考えとくっす』

「ははっ、そうか。まぁとりあえず、今日からまた頑張れよ。と言っても、後1週間で夏休みだけどな」

『了解っす( ̄^ ̄)ゞ』

「あぁ、んじゃ話は終わりだ。教室に戻っていいぞ」

『はーい』


 ――――――

 ――――

 ――


「よっ、匠馬! お勤めご苦労さん」

『その言い方はやめろよ。正鷹』


 自分の席に着いて早々、朝っぱらからやたらとテンション高めに話しかけてきたこいつは、俺の数少ない友人の1人の、本田正鷹ほんだ まさたか

 黒髪のスポーツ刈り。長身で筋肉質。爽やか系のイケメン。おまけに野球部のエースで4番、成績は学年でトップ5に入る非の打ち所がない完璧超人。性格も良く、誰とでも仲良くなってしまうクラスの中心人物だ。


「何だよー、テンション低いぞ。せっかく停学が終わったんだから、もっとテンション上げていこうぜ!」

『暑苦しい。うるさい。鬱陶しい』

「ちょ、おま、酷くね!?」

『本当のことを言ったまでだ』

「へぇー、ほーん。そういう態度ですかー。そんな態度するやつには、ここ1週間の授業ノートを見せてやんねぇ」


 なぬ!? 待て待て、それは非常に困る!


『いやぁ( ´>▽<` )ゞ 正鷹君は俺の最高の親友だぜ! こんな親友を持てて俺は幸せもんだなぁ』

「すげぇ手のひら返しだな……まるで手首ドリルだ……」


 うるせぇ、ほっとけ!

 なんと言われようが、俺は授業ノートのためなら意地もプライドも捨ててやる!


「ったく、ほい」

『感謝(ㅅ´ ˘ `)』

「学食3日分な」

『え? ただじゃねぇの?』

「当たり前だボケ。この間のテスト勉強見てやったのとこの授業ノートの対価にしちゃ安いもんだろ」


 ち、それを言われるとちょっと痛いな。確かに正鷹のおかげで赤点回避できたのは事実だしな。


『わかったよ。それで手を打とう』

「何でそんな上から目線なんだよ……まぁいいけどさ」


 よしよし、これで何とかなりそうだな。

 いやはや、やっぱ持つべきものは勉強の出来る友人ですな。


「そういや、お前何やったんだよ?」

『ん? 何がだ?』

「停学になった理由だよ。何か噂ではすごいことになってるぞ」

『あぁ……その噂っていったいどうなってんだ? 何か歌夜も噂がどうとか言ってたから気になってたんだよ』

「まぁ簡単に言うと、匠馬が殴り合いの大喧嘩して、相手を文字通り血溜まりに沈めたとか、コンクリに詰めて川に捨てたとか色々だな」

『はあ? 何でそうなってんだよ……』


 最早、噂に尾ひれがついているどころの話じゃねぇな。何だったら、噂にターボがついているレベル。

 ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがってよ。


「んで? 実際のところどうなんだよ?」

『全部間違いだよ。実際は、ガラの悪いやつに絡まれていたうちの学校の女子をちょっと助けただけだよ。そん時に相手が殴りかかって来たから、少し取り押さえただけだ。俺からは殴ってねぇよ』

「やっぱそんな感じか。まぁ匠馬が理由もないのに喧嘩するとは思わねぇから、噂自体は面白半分で広がったデマだって分かってたけどな」

『いや、面白半分にも程があるだろ。コンクリに詰めて川に捨てるとか、俺は過激派ヤクザとかと勘違いしてんじゃねぇのか?』

「ははっ、全くだな。でもよ、匠馬の話が真実なら、何で停学なんてくらったんだよ?」

『何でも、一部始終を教育委員会のお偉いさんが見てたんだと。んで、問答無用で被害者の女子以外は停学なんだとよ』

「はぁ? 何だよそれ。とばっちも、いいところじゃねぇかよ」

『あぁ、ほんと迷惑極まりないぜʅ(  ᷄ω ᷅ )ʃ』


 まぁ、おかげで合法的に休めたわけなんだが、変なのに付きまとわれるオマケが付いてきたんだけどねぇ。


「なるほどなぁ。だから、歌夜ちゃんあんなに怒り狂ってたのか」

『は? 何の話だよ?』

「ん? 聞いてないのか? 匠馬が停学になったって聞いた歌夜ちゃんが、職員室に怒鳴り込んで行ったんだぞ」


 マジかよ……初耳だぞ。

 つか、あいつ何してんだよ。そんなことしたら、ただでさえ悪目立ちしてんのに、更に立場が悪くなっちまうじゃねぇかよ。


「いやぁ、あれはマジですごかったぜ。みんなビビって道を開けちゃうんだから」


 ったく……あいつ本当に何やってんだよ。


『んで? その後どうなったんだ?』

「まぁ何とか、秋山先生が宥めてくれたから、事なきを得たってところかな。マジであの人が居なかったらと思うと、想像するだけで鳥肌が立つわ」


 あぁ……何かその光景が目に浮かぶわぁ。桃花さん、うちの従妹がご迷惑をお掛けしました。

 あ、迷惑を掛けているのは俺も一緒か。てへぺろ。


「ま、お前が居ない間に起きたのはこんな感じだ」

『了解した。色々とありがとな( ^ω^)』

「気にすんな。んじゃ、俺は戻るから」


 そう言って正鷹は、手をひらひらと振りながら自分の席に戻って行った。

 はぁ……ったく歌夜のやつ。これは帰ったら問い詰めないとだな。こんなことが、朝姫さんに知られたら大変なことになるぞ。


 ――――――

 ――――

 ――


「あ、やっと来た。遅いよ匠馬」

『別に遅くはねぇだろ』


 朝に別れた場所で歌夜と合流する。朝にここで別れて帰りにここで合流して帰るのが、いつもの俺と歌夜のルーティンだ。



「一応聞いとくけど、あの眼帯女と会ってないよね?」

『会ってたら、ここに居ねぇって』

「ま、それもそうよね」

『んじゃ、帰ろうぜ』

「そうね」

「あーはっはっはっ! 残念ながら、そうはさせないのた!」


 うっそだろ……この声は翼ちゃんだと!?

 まさか、つけられた? いや、そんなはずはない。一応、警戒はしていたし、俺が通っているルートは人通りが少ない。だから、いくらなんでも、つけられたら流石に気付く。


「やっぱり予想通り、ボクの呼び出しを無視したのだ!」

「げぇ……眼帯女……」

「げぇとは失礼なのだ! それで? 何でボクの呼び出しを無視したのだ?」

「そんなの決まってるでしょ。めんどくさいからよ」

「うぅ……知ってはいたけど、改めて言われると、やっぱりちょっとショックなのだ……」


 じゃあ、聞かなければいいじゃん。


「真田君も同じ理由なの?」

『まぁそうだな( ‐ω‐)』

「はぁ……やっぱりかなのだ……」


 おぉ、これはまた露骨に落ち込んでいらっしゃるな。


「仕方ないのだ。みんな! やっておしまいなのだー!」

「「「わあぁー!」」」


 は?


「は? え、何!?」


 どっかから湧いてきた、小さい子供達が俺と歌夜の周りを取り囲んで、足や体にまとわりついてくる。


「ちょ、何なの!」

「あーはっはっはっ! どうだなのだ!」

「眼帯女! 何よこの子達は! あ、こら引っ張らないで!」


 痛い痛い! 誰だ足噛んだやつは!

 だぁーくそ! 鬱陶しいな!


『翼ちゃん。この子達は誰?』

「その子達は、ボクの家族なのだ」


 家族って、少なくても10人はいるぞ。


「とりあえず、この子達を何とかしなさいよ」

「残念ながら今は無理なのだ」

「は? どういうことよ」

「2人は夏休みにボクと一緒に、バイトをしてもらうのだ」

「はぁ!? 意味わかんないんだけど。大体、あんたのバイトとか私達関係なくない?」


 うんまぁ、確かに全く意味わかんねぇな。いくらなんでも話が唐突過ぎるだろ。


「残念ながら関係大ありなのだ」

「どこが関係あるのよ」

「ボクが真田君達の家に行った時のこと覚えるのだ?」

「まぁ忘れるわけないわね」

「あの時、気絶したボクをタクシーで帰した時の値段が3万もしたのだ! おかげで今月のバイト代がパーになったのだ!」

『いやいや、ちょっと待て。いくらなんでも、3万は盛りすぎだろ』

「本当なのだ!」

「あー……多分その話本当」

『どういうこと?』

「いや、実はさ。ちょっとした憂さ晴らしも兼ねて、町を2〜3週回ってから家に送り届けるようにお願いしたんだよね……」


 き、鬼畜……まさに鬼畜の所業だ。いくらなんでもやり過ぎでしょ……歌夜さんや……


「と言うわけなのだ。だから、その責任をとって、日雇いのバイトを探してきたから手伝ってもらうのだ」

『それって歌夜だけでよくね?』

「無理なのだ。だって3人1組が募集の条件なのだ」

「話は分かったけど嫌よ」


 おぉ、この話を聞いてノータイムで断るなんて流石だな。


「そうかなのだ。みんなごめんなのだ。遊園地行けそうにないのだ……」


 ん? 遊園地ってなんだ?


「えー!」

「なんでー!」

「行きたいよー!」

「仕方ないのだ。もうお金はないし、頼みの綱であるバイトも断られたのだ」

「そんなー!」

「嫌だー! 遊園地行きたいー!」

「うえぇーん!」


 うげぇ……泣き出しだぞ。

 うわぁ、周りから視線が集まってきた。


『あの翼ちゃん? ちょっと事情を説明して欲しいんだが。遊園地ってなに?』

「実は夏休みに、みんなで遊園地に、行く予定だったのだ。だけど、タクシー代でお金がなくなったから、どうにか出来ないかなって思ってバイトを探したのだ。んで、見つけたのが、遊園地のプレオープンのスタッフなのだ。しかも、スタッフの家族は無料でご招待の特典付きなのだ」


 なるほど、そういうことか。

 つまり、翼ちゃんのタクシー代も戻ってくる上にただでこの子達が遊園地を満喫出来るってわけか。

 ただ、俺達がこの話を断るとそれもパーってことになるのか。


「ねぇ、遊園地行きたいよー」

「僕、楽しみにしてたのに」

「私もー! 学校のみんなに行くって言っちゃたもん! そ、それなのに……う、うう、うわあぁーん!」

「みんなごめんなのだ。お姉ちゃんが不甲斐ないばっかりに……」


 ぐぬぬ……何故だろう。すっげぇ申し訳無い気持ちでいっぱいになってくる。

 もうこれは、やるしかねぇのか?

 チラリと歌夜の顔を見ると、同じようなことを考えてそうな顔をしている。


「みんなやめるのだ。冬休みには、今度こそ連れて行ってあげるから、今回は我慢してほしいのだ」

「「「う、うわぁーん!」」」


 あぁ……また泣き出したよ。もう頼むから勘弁してくれよ……泣くのは反則だって……


「あーもう! 分かったわよ! やるわよ! バイトやるからもう泣かないでって! 匠馬もいいわよね?」

『あぁ分かったよ』

「やったのだ! もう言質取ったのだ!」


 はぁ……めんどくせぇことになったな……

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