第7話
待ちに待った夏休み。
本来だったら、喜びと解放感で心が踊り、テンションも爆上がりしているはずなんだが、残念なことに俺は気持ちが沈んでいた。
理由は明白。今日は翼ちゃんに頼まれたバイトの日だからだ。
まさか、バイトが夏休み初日からだとは夢にも思わなかったぜ。しかもだ場所が遠い。まじで遠すぎる。
俺達が住んでいる、黒岩市から電車で約1時間の千大市まで行って、そこから乗り換えて、そこから約1時間半かけて
トータルで約3時間の移動。よって始発だ。
うん、眠い。マジで眠たい。今、目を閉じれば秒で寝れる自信があるね。
「すぅ……すぅ……」
「くぅ……くぅ……」
ち、歌夜も翼ちゃんも2人して気持ちよさそうに寝やがってよ……最初の電車に乗ってからずっとこの調子だ。
出来ることなら、俺も一緒に寝たいところなんだが、流石に女の子が無防備で寝てるのを放ったらかしには出来ないからな。仕方ないから俺が起きてたってわけだ。
と、やっと着いたみたいだな。俺は2人の肩を揺すって起こす。
「……ん? 着いたの……?」
『おはようさん(*´▽`)ノノ』
歌夜の方は、すんなり起きてくれたんだが、翼ちゃんが起きねぇな。
仕方ないから、もう一度体を揺する。
「う、うぅ……」
おーい。おきてくれー。
聞こえないって分かっているけど、俺の思いが届くと信じて心の中で叫んでみる。
「ぐう……」
ダメかぁ。
この子全然起きねぇ。
「こら、眼帯女! さっさと起きない!」
「うわ痛!」
一向に起きない翼ちゃんに、歌夜は脳天チョップをかます。
「い、痛いのだ……何するのだ!」
「あんたがいつまでも寝てるからでしょ」
「だからって、叩くことないのだ!」
「さっきまで、匠馬が優しく起こしてたのに起きない、あんたが悪い」
「むぅ……」
あーもう。こんなところで、喧嘩しないでくれよ。ほら、バスの運ちゃんもめっちゃ見てるからさ。
『とりあえず、行こうぜ』
「分かったのだ……」
俺は2人を宥めバスを降りる。
バスを降りてから、歩いて数分のところがバイト先である遊園地に到着だ。
「そう言えば、あの子供達はどうしたの? てっきり私達と一緒に来ると思ってたんだけど」
「あぁ、皆は昨日のうちから前乗りしているのだ。招待されている人は、ホテルが用意されているのだ」
え、何それずるくね?
どうせだったら、働くやつも同じ扱いにしてくれてもいいのに。
『あのさ、今更なんだけど俺達の仕事内容ってなんなんだ? 俺、話せないから接客とか無理だぞ』
「その事に関しては心配無用なのだ。ボク達の仕事はヒーローショーのスタッフなのだ」
「ヒーローショー? プレオープンなのにそんなことするの?」
そうだよな。
普通ヒーローショーって、もっと人が集まる日とかにやるもんだよな。
プレオープンなんかで、やるもんじゃない気がするんだけどな。
「なんでも、この遊園地オリジナルのヒーローショーらしいのだ。だから、プレオープンでウケるかどうか試すみたいなのだ」
なるほどな。
まぁ、ヒーローショーのスタッフだったら何とかなるか。どうせ、裏方だと思うし。
「あ、因みにみんね出演するから頑張ろうなのだ!」
マジかよ……
――――――
――――
――
「おはよう。よく来てくれたね」
「よろしくお願いしますなのだ」
「どうも……」
『よろしくお願いします』
俺達は、指定された事務所まで行き、担当の人に挨拶をする。
「僕は
へぇ……思ったより若い人だな。多分、俺らより2〜3個上くらいかな? てっきり、30代後半のオッサンだと思ってたわ。
しかも、中々の爽やか系イケメンだ。なんていうか、女子ウケがよさそうな感じだな。
「確認の為に一応、自己紹介してもらってもいいかな?」
「はい。ボクは
「
『
俺は予め用意していた、メモ帳をポケットから取り出して田中さんに見せる。
いつもだったら、スマホのメモアプリを使ってるんだけど、今回はなしだ。まぁ流石にスマホだと失礼だからな。
「あぁ君か。白井さんから聞いているよ。確か、訳あって話すことが出来ないんだよね?」
『はい。すいません』
「いやいや、謝らなくても大丈夫だよ。分かった上で、今回は来てもらったんだから」
おぉ、この人めっちゃいい人だな。
大抵のやつは、すげぇ面倒くさそうな顔するのに、この人は全然そんな顔1つしない。
「それじゃ、簡単にだけど舞台の説明をするね。まず、基本的にはセリフはスピーカーから流れるようになっているから、みんなはそのセリフに合わせて動いてね」
おぉ、それは助かるな。これだったら、俺でも出来そうだ。
「そして、ここからが重要なんだけど、この舞台の特徴は、その場のアドリブなんだ。ようは即興劇だね。一応、台本はあるんだけど、演者が好きに動いてもらっていい。それに合わせて、こっちがセリフも合わせる感じだね。あ、もちろん演者がセリフを言うのも全然アリだから」
「え、それって大丈夫なの?」
「全然大丈夫。それがこのヒーローショーの1番の醍醐味にしているからね。だから、3人には好きに楽しくやって欲しいんだ」
なんて言うか、すげぇぶっ飛んでんな。
なんでもアリの即興劇って、思い切りがいいのにもほどがあるだろ……
「ほほう。何か楽しそうなのだ!」
「お? 白井さん分かってるねぇ。何が起きるか分からない。全てはその場にいる人次第って、中々そそるでしょ」
「はいなのだ! ワクワクしてきたのだ!」
ふむ。翼ちゃんは、見るからに楽しそうであるんだが、対照的に歌夜はすんげぇ嫌そうな顔していらっしゃる。
まぁ気持ちは分かるよ。だって、面倒くさそうだもんな。まるで、陽キャが考えたみたいな設定だし。あれだ、陽キャが文化祭で調子こいて提案したネタがノリと勢いで決まった的な感じだ。
楽しいのは考えたやつだけで、付き合わされるやつらは、迷惑以外なにものでもない。
「それじゃ、配役を発表するね。白井さんは、悪の親玉に捕まったヒロイン役ね。名前は……ロゼッタ姫でいいか」
おい、ちょっと待て。でいいかってなんだよ。絶対に今決めただろ。台本あるんじゃないんですか?
「次に鳶沢さんは、正義のセクシーガール、その名もクレイジーレディ!」
だっさ! 名前がダサすぎるよ!
よくそんな恥ずかしい名前をら大声で言えたなお前!
え、なに? まだ、中学2年生が患う特有の病気が治ってないの?
「ねぇ匠馬?」
『どうしたんだい( ˙꒳˙ )???』
「こいつ、しばき倒してもいい?」
『気持ちは分かるが、お願いだから我慢してくれ』
ここで歌夜が暴れたら洒落にならん。今日のバイトも台無しになっちまうし、なにより翼ちゃんの家族に申し訳ない。
「で、最後に真田君は悪の親玉ね。そうだなぁ名前は……サタンデーモンでいいや」
だからダセェっての! もっとこうさ、何かいい感じの無かったのかよ!
いくらなんでも、適当過ぎだっての。もうちょいさ、捻って考えろよ。
「んじゃ、説明はこんなものかな。ショーの開始は2時間後だから、それまでは控え室でゆっくり休んでてね。あ、更衣室は奥の部屋だからね」
田中さんはそれだけ言って事務所から出ていった。
「とりあえず、控え室に行こうよ」
「分かったのだ」
――――――
――――
――
控え室にやってきた俺達なんだが、1つ問題が発生していた。
その問題とは、歌夜と翼ちゃんが喧嘩しているのだ。
「ガルルー!」
「グルルー!」
ご覧の通り、現在はお互いに怒り過ぎてなぜか獣になっている。まぁ、今のところ口喧嘩で済んでいるのが、救いかな。
因みに、喧嘩の原因はほんの些細なことだった。
――――
――
「おぉ、思ったより広いのだ!」
「はしゃがないでよ、眼帯女」
「うっさいのだ。歌夜は本当にノリが悪いのだ」
「余計なお世話よ。てか、気安く名前で呼ばないでよ」
「いつの時代のヤンキーなのだ。それよりも、いい加減その眼帯女って言うのやめて欲しいのだ! そんなんだから、歌夜は学校でも友達が居ないのだ!」
「それこそ、余計なお世話よ! それに私だって友達くらい居るし……」
「ほぉ、それは意外なのだ。それじゃあ、誰なのだ? 名前を聞かせてほしいのだ」
「そ、それは……」
「ほーら、やっぱり居ないのだー。見栄を張るなんて恥ずかしいのだー」
「うるさい! しばき倒してやる! この眼帯女!」
「ブーブー! 暴力反対なのだー!」
――――
――
と、まぁ……こんな感じだ。
ったく……あんな小さいことで、なんでここまでなるのかねぇ。
多分この2人って、そこまで相性悪くはないと思うんだけどな。
「だいたいさ、あんたはいつも距離が近すぎるのよ! パーソナルスペースって言葉知ってる?」
「それくらい知ってるのだ! てか、歌夜は人を寄せ付けなさ過ぎなのだ! コミュ障にもほどがあるのだ!」
「誰がコミュ障よ! あんたこそ、その髪型なんなのよ。髪色を黒と水色に分けているやつなんて初めて見たわよ。しかも、片方はショートで反対はロングって、不規則にもほどがあるわよ!え、なに? もしかして、未だに厨二病拗らせてるの?」
「人の容姿に文句言うなんて非常識なのだ!」
はぁ……これまだ続くの?
もうかれこれ、1時間はやってるぞ。疲れないのかな?
しかし、この控え室が俺ら3人だけでよかったぜ。こんなの恥ずかしくて人に見せらんないもんな。
「もういいのだ! 歌夜なんて大っ嫌いなのだ!」
「それはこっちのセリフよ! この眼帯女!」
あーあ……もはや、口喧嘩のレベルが小学生になっているよ。
コンコン
ん? 誰だ?
「翼ちゃんー? 居る?」
「え?
翼ちゃんは、少し驚いた声を出しながら、ドアを開ける。
名前を呼んだってことは、知り合いなんだろうな。
「「「わあーっ!」」」
おわっと! なんだなんだ!
ドアを開けたら、いきなり子供達がなだれ込んできた。
ん? この子供達どっかで見たことあるな。あ、もしかして翼ちゃんの家族か?
「あ、あわわ……み、みんなどうしたのだ?」
「こーら、みんな大人しくする。ごめんね翼ちゃん。みんなが、どうしてもショーが始まる前に翼ちゃんに会いたいって言うから、連れてきたんだけど、大丈夫だったかな?」
「なるほど、そういうことなのだ。大丈夫なのだ。もう、みんな朱音さんに迷惑かけちゃダメなのだ」
「「「ごめんなさーい!」」」
「本当に悪いって思ってるのだ……?」
やれやれ、子供ってのは本当にすげぇな。さっきの険悪な空気はどこへやら、すっかり和んじまったな。
「えっと……真田さんと鳶沢さんですよね?」
子供達と一緒にきた、少し年配の女性が話しかけてくる。
『はい。真田匠馬です』
「鳶沢歌夜です」
「翼ちゃんから話は聞いています。今日のバイトを手伝って下さっているんですよね。ありがとうございます。あ、申し遅れました。私は
え? 孤児院……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます