第8話

「ねぇ……匠馬」


 …………。


「ちょっと匠馬」


 …………。


「匠馬ってば!」

『なんだよ?』

「いい加減に機嫌直してよ」

『別に怒っちゃないよ。ただ、落ち込んでいるだけだ』


 そう。今現在、俺は盛大に落ち込んでいる。そりゃもう、今年1のレベルで。

 理由は、今から30分ほど前。ヒーローショーの終盤ちょい前まで遡る。


 ――――――

 ――――

 ――


『さぁ! ついに、正義のセクシーガール。クレイジーレディが、悪の親玉、サタンデーモンを追い詰めたぞ!』

『もうお終いよ! サタンデーモン! 大人しくロゼッタ姫を解放しなさいな!』

『ハーハッハッハ! 解放しろと言われて、解放する悪の親玉がいるかバカめ!』

『きゃー助けてー! クレイジーレディ!』


 スピーカーから流れるセリフに合わせて、俺らはそれっぽい動きをする。

 因みに、俺達のセリフを言ってくれているのは、どうやら本物の声優さんらしく、セリフ自体は熱が籠っている。

 ただ、いかんせん台本がクソつまらんせいで、会場は全くと言っていいほど盛り上がってない。

 ナレーションのお姉さんも、どうにかして盛り上げようと、様々なアドリブを入れたり、テンション上げて頑張っているんだが、その頑張り虚しく会場は冷めきっていた。

 そりゃそうだ。だって、クソつまらん以前に意味がわからんのだもん。

 安倍晴明の子孫を名乗る陰陽師が、出てきたと思えば、ライオンに食われて退場するし、劉備五虎大将が出れば、なぜか悪の親玉と正義のセクシーガールが協力して倒すことになるし、もうわけがわからんにもほどがある。

 んで、今はいきなり天から舞い降りたロゼッタ姫を巡って、正義のセクシーガール歌夜と対立している状態だ。


「ねぇ、真田君。この空気どうすればいいのだ?」


 俺だけに聞こえるように、小声で言ってくる翼ちゃんに、俺に聞くなと言わんばかりに肩を竦めてみせる。


「うぅ……弟達もつまらそうにしてるのだ……」


 チラリと客席に目をやると、携帯ゲーム機で遊んでる子もいれば寝ている子もいる。

 うんまぁ、そうなるよな。気持ちは分かるよ。


「こうなったら、ボク達で何とかするしかないのだ。真田君、悪いけど協力してほしいのだ」


 仕方ない。せっかく来たのに退屈のまま終わらせるのは、あまりにも可哀想だしな。ここは1つ協力してやるか。

 俺は、翼ちゃんに小さくOKサインを出す。その後に歌夜に左手の中指と薬指をたてたピースサインを出す。

 これは俺と歌夜だけが知っている秘密のサインだ。意味は合わせろだ。

 サインを見た歌夜は、あからさまに大きなため息をついてから、頷いてくれた。


「よし、それじゃあやるのだ。とりあえず、ボクに合わせてほしいのだ」


 さて、こっからどうなることやら。アドリブをして盛大に滑り倒したら、笑えないところだが、ここは翼ちゃんを信じるしかないか。


「もうやめるのだ! クレイジーレディ! いくら、サタンデーモンの事が好きだからって、ボクとサタンデーモンの恋仲を邪魔しないでほしいのだ!」


 いきなりの出来事に、ポカンとしているナレーションのお姉さん。

 俺は、合わせてくれと心で念じながら、小さく頷く。

 それでナレーションのお姉さんは、察してくれたようで、頷き返してくれた。


『おーっと! これは、まさかの展開だ! 何と正義のセクシーガール、クレイジーレディは、嫉妬に狂い、ロゼッタ姫とサタンデーモンの仲を引き裂こうとしているとは! なんて、恐ろしいのでしょうか!』

「適当なこと言うな、ロゼッタ姫! 元々、サタンデーモンは、私の恋人だったのよ! それを横からかっさらって行ったのはあなたじゃない! この泥棒ネコ!」

「ふん! そんなの知らないのだ! 奪われる君が悪いのだ! 恨むなら、魅力が無かった自分を恨むのだ!」

『な、なんと言うことでしょう! ど、ドロドロだ。この上ないくらいドロッドロだぁー!』


 あ、あれぇ? 何か思ってたのと違うなぁ!?

 え、なんで? どうして昼ドラになったの?

 これ、ヒーローショーだったよね!? てか、これって、子供の教育によろしくないんじゃないですかねぇ?

 客席を見てみると、案の定、子供達は何言ってんだこいつら? 見たいな顔している。

 まぁ、そりゃそうだよな。逆に意味が分かってたら怖いわ。

 代わりに、奥様方は嬉しそうに目をキラッキラにして見ている。あぁ……うん、やっぱこれ、ヒーローショーじゃねぇわ。昼ドラですね。丁度、時間もお昼ですしナイスタイミングですね。


「許さない……絶対に許さないんだから! 私のサタンデーモンを返せ!」

「返すもなにも、サタンデーモンは君じゃなくてボクを選んだのだ。昔の女は消えるのだー。ベロベロバー」

「きぃー! ムッかつくわね! あんたなんて、お姫様じゃないわよ! 魔女よ魔女! この淫乱魔女!」


 お、おぉう……翼ちゃんってば、めっちゃ煽るやん。

 それに意外なことに歌夜のやつも、ノリノリでやってるな。もしかして、歌夜ってこういう系の話好きだったりするのかな?


『ふぉーう! 盛り上がってきたー!』


 あのー、ナレーションのお姉さん? どうしたんですかね? やけにテンションがおかしいですよ。


「大体、あんたもあんたよサタンデーモン! こんなぽっと出の淫乱魔女に、騙されて尻尾振ってるんじゃないわよ! 皆もそう思うでしょ!」


 うげっ! ここで俺に矛先が向くのかよ!


「そうよそうよ!」

「これだから男ってやつは!」

「不純よ不純!」


 歌夜のセリフに賛同した客席の奥様方が、俺に罵声を浴びせてくる。

 何故だろう? 俺は悪くないのにすごい罪悪感が込み上げてきた。


「いい機会なのだ。ボクとクレイジーレディどっちが好きなのかはっきり言ってほしいのだ!」

「あら、淫乱魔女にしては、いい事言うじゃない。サタンデーモンには、今ここで答えを出してもらいましょうよ」

『おーっと! ここにきて、今後の運命を分ける選択だぁ! さぁ、どう答えるサタンデーモン! 逃げることは許されないぞー!』


 うっそだろ!? ここで俺に選択させるのかよ!

 え、ちょっと待てくれよ。これ、どう答えるのが正解なんだ?


「さぁ!」

「さぁさぁなのだ!」


 ロゼッタ姫こと翼ちゃんとクレイジーレディこと歌夜が、真剣な形相で俺に迫ってくる。

 俺の答えを聞き逃さないとするかのように、会場はしーんと静まりかえり、重たい緊張感が場を支配する。

 ど、どうする俺……


「ちょーっと待ったー!」


 会場からの大声で、沈黙が引き裂かれる。当然の如く、みんなの視線は声の主に集まる。もちろん俺もその1人だ。


「なーに勝手に盛り上がっているんすか!」


 え? な、なんで理子がいるんだよ……?


『え、えっと……あなたは誰ですか?』

「私は、サタンデーモンの婚約者っす!」

『「「ええぇぇーー!!」」』


 理子はそう言って、堂々としながらステージ登る。そして、あろう事か歌夜と翼ちゃんから俺を引っペがして、強く抱き締めてきた。


「会いたかったっすよー! ダーリン!」


 な、何が起きているんだ……

 もう、色々なことが起き過ぎていて頭がパンク寸前だ。


『お、おぉー! ここにきて更に急展開! まさかまさかの婚約者の登場だー!』

「はーいっす! サタンデーモンの婚約者のリコットっす!」

「ひ、酷いのだ……ボクの事を愛しているって言葉は嘘だったのだ?」

「私と生涯ともにするって言ってくれたのに……」


 お前らノリノリ過ぎねぇか……?

 てか、よくこんな突発的な出来事に対応出来たな。俺なんて、意味がわかんな過ぎて頭がこんがらがっているのに。


「にっひっひ〜、惨めっすね。ささ、負け犬ちゃん達は消えるっすよ。これから、リコット達は愛のハネムーン旅行に行くんで、帰って下さいっす」


 おいこら、それ以上煽るんじゃねぇ。

 見てみろ、歌夜や翼ちゃんだけじゃなく、ナレーションのお姉さんも含め会場の奥様方も俺の事をゴミを見るような目をしているんだから。

 このままじゃ、俺殺されちまいそうな勢いだぞ。


「くきぃー! もういいのだ! サタンデーモン! お前は女の敵なのだ!」

「そうよそうよ! このクズ男!」

『地獄に落ちろ! クズめ!』


 あーあ……言われたい放題だな。

 何かもうさ、全てが嫌になってきたわ。もう、好きにしてくれ……


「サタンデーモン。責任取って1発殴らせなさい。それで、さよならしてあげるから」

「そうなのだ。それくらいの権利はあると思うのだ」


 2人が指をポキポキしながら、近付いて来たので、俺は抵抗することなく、頬を差し出した。


 パチーン! パチーン!


 ――――――

 ――――

 ――


 とまぁ、これがことの詳細だ。

 あの後、まぁいい感じ? にオチが着いたので、ナレーションのお姉さんが適当に締めてヒーローショーは無事終わった。

 大量のハプニングには見舞われたけど、結果的に会場は、大いに盛り上がったので、責任者の田中さんは大喜び。バイト代も倍額で貰えることになった。その代わり、俺の中で何かを失ったような気がするが、良しとしよう。


「いや、ほんとごめんって。この通り!」


 歌夜は、顔の前で両手を合わせて頭を下げる。

 稀に見る歌夜のガチ謝りの体制だ。


『もういいよ。気にすんな』

「本当にもう怒ってないの?」

『だから怒ってないって』


 歌夜が珍しく、不安そうな顔をしながら言ってくる。ったく、らしくない顔すんなって。調子狂うだろ。

 まぁ正直なところ、頬っぺたは痛いし、すれ違うちびっ子達からはクズ男って言われるから、大分参っているが、怒ってないのは事実だ。

 むしろ、俺の方から歌夜に合わせろって言ったんだから、怒るのは筋違いってもんだしな。


「とりあえずさ、お腹空いたし何か食べない?」

『賛成だΣd=(・ω-`o)』

「何か食べたいのある?」

『正直なんでもいいな。歌夜に任せる』

「それって1番困るんだよねぇ」


 因みに、翼ちゃんとは別行動をしている。下の子達と遊ぶからとのことだ。まぁ、せっかく来たんだ、家族水入らずで過ごすといいさ。

 んで、問題の理子は、一緒に来ていた友達にしこたま怒られながら、どこかに連行されて行った。理子はめっちゃ泣きながら、俺に助けを求めて来たが、笑顔で送り出してやった。


「よし、ここにしよっか」


 園内パンフレットを見ながら、うんうんと唸っていた歌夜が、店名を指さす。覗いてみると、どうやらピザ屋のようだ。

 へぇ……遊園地にピザ屋なんてあるのか。


「問題ないよね?」

『(*´꒳`*)ヨキヨキ』

「了解。それじゃ行こっか」


 ――――――

 ――――

 ――


「んじゃ、お疲れー」


 昼飯兼バイトのお疲れ様会を兼ねて、乾杯をする。


「ふふーん。美味しそうじゃん!」


 うん。確かに美味そうだな。遊園地のピザ屋にしゃかなりクオリティが高い。何でも、しっかりピザ窯で焼いてるらしいからな。しかも、飲み物も付いて1000円とお財布にも優しい。


「ねぇ、匠馬のマルゲリータピザ1切れちょうだい。私の明太シーフードピザもあげるから」


 断る理由もないから、俺は歌夜に皿を差し出す。


「うん。やっぱり定番ってこともあって、安定して美味しいわね。そっちも中々でしょ?」

『(*´꒳`*)ヨキヨキ』


 名前的にハズレではないと思ってたけど、予想通り普通に美味い。てか、結構俺好みだな。


「そう言えばさ」

『( ˙꒳​˙ )???』

「あれ行くの?」

『まぁ、誘われちまったからな。行くしかないだろ』

「だよねぇ……」


 実は、今日の夜に陣内さんから食事に誘われている。場所は、翼ちゃんが暮らしている孤児院だ。何でも、陣内さんは今日のお礼がしたいらしい。


「それにしても、まさか眼帯女が孤児だったなんてね」

『まぁみんな色々あるんだよ』

「それもそうよね。んじゃ行くって方向でいいのね?」

『そうだな』


 ただなぁ……陣内さんに誘われたはいいんだが、それに関して、翼ちゃんは何も言ってない。

 むしろ、その話題を避けてるって感じだ。


「さてと、それじゃ私達も少し遊んで行こうよ」

『お、珍しいな』

「どうせ夜までやることないし、それにせっかく来たんだしね」

『ま、それもそうだな』

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