第9話

「「「バスは進むよー、どーこまーでもー」」」


 時刻は夜の7時。俺達は、バスに乗って帰宅中だ。ラッキーなことに、帰りは送迎バスに乗せてもらえることになった。

 しかも、乗っているのは、孤児院の人達と俺と歌夜、そして翼ちゃんだけの貸切だ。


「元気ねぇ……」


 全くだ。

 遊園地を出たのは夕方5時。そこからずっと高速をぶっ飛ばしている。後、30分で到着なのだが、その間ずっと、子供達の合唱会が続いている。

 いや、まじで元気過ぎね? 普通だったら、子供は疲れて寝ているんじゃないのか?

 てか、歌詞が違う気がするんだが気のせいか?


「あははー、弟達が騒がしくてごめんなのだ」

「別に気にしてないわよ。子供が元気なのはいい事じゃない」

「そう言ってくれると、ありがたいのだ」


 翼ちゃんは随分と疲れた顔をしながら言ってくる。まぁ仕方ないか。だって、ヒーローショーの後、チビ達とずっと遊んでたんだもんな。一緒に付き合っていた陣内さんも同様にぐったりしている。


「やっぱり私達、今日は帰るわ」

「え? なんでなのだ?」

「だって、2人共かなり疲れているっぽいし」

「そんなこと気にしなくていいのだ。こんなの割といつものことなのだ」

「いや、でも」

「いいのだ! それにここで帰ったら、朱音さんにボクが怒られるのだ。だから、遠慮なく夕飯を食べて行ってほしいのだ」

「わ、分かったわよ……」


 ふむ。正直なところ、俺も歌夜と同じ意見なんだが、ここまで言われちまうと断れねぇな。

 まぁ別に嫌って訳じゃないから、ご好意に甘えるとするか。


「ふぁーあ……ごめんなのだ。ちょっとだけ寝るのだ。着いたら起こしてなのだ」

「はいはい。分かったわよ」

『ゆっくり休んでくれ(*˘︶˘*)』

「そうさせてもらうのだ……」


 そう言って、翼ちゃんは秒で眠りに落ちた。うん、分かってはいたけど、よっぽど疲れてたんだな。


『悪いけど、運転手さんに少しだけ遠回りしてくれって頼んでもらっていいか?』

「言うと思ってた。了解任せて」

『頼んだ(*´ー`*人)』


 ――――――

 ――――

 ――


「おーい、着いたわよ」

「う、うぅ……ね、眠い、のだ……」

「ほら、シャキっとしなさい」


 歌夜のお願いを快く受け入れてくれた、バスの運ちゃんのおかげで、予定よりも30分ほど遅れて孤児院に着いた。

 流石のチビ達も翼ちゃんが寝た辺りから、一緒になって寝ちまっていた。

 気が付いたら陣内さんも寝てたし、結局のところ起きてたのは、俺と歌夜だけだったな。


「お腹空いたのだ……」

「今から夕飯食べるんでしょ」

「はっ、そうだったのだ! みんな起きるのだ! ご飯の時間なのだ!」

「「「ご飯ー!!!」」」


 うわっ! びっくりしたー!

 今さっきまで、すやすやと気持ち良さそうに寝てたのに、ご飯の一言で一気に起きやがった。

 マジかーすげぇな。魔法の言葉じゃん。今度、歌夜にやってもらおうかな。


「やらないわよ」

『はて? なんの事でしょうか( ´∵`)?¿』

「なんでもないわよ」


 ち、なんで分かったんだよ。

 人の心読むなよ。え? もしかして、歌夜さんエスパーだったりしますか? ないか……


「それじゃみんな行くのだー」

「「「はーい!!!」」」

「しかし……本当に子供って元気ね……」

『全くだな』


 いや、マジで羨ましい限りだよ。本当にさ。


 ――――――

 ――――

 ――


「みんな手を合わせるのだ。それじゃ、いただきます!」

「「「いただきまーす!!!」」」

「いただきます」


 いただきます。

 本日の夕飯はカレーだ。どうやら、昨日のうちに陣内さんが、作り置きしてたらしい。


「あんまり豪華なものじゃなくて、ごめんなさいね」

「いえいえ、そんなことないですよ。私、カレー大好きなので嬉しいです」

『同じくです(*^^*)』

「そう? なら、良かったわ」


 むしろ、夜の8時過ぎにカレーを食えるなんて、カレー好きの俺にとっては、至福以外の何物でもない。

 それに、このカレーはお世辞抜きでめっちゃ美味い。

 子供様に甘口で食べやすく、野菜もたっぷりと入っている。しっかりと、健康バランスを考えられているな。正直、肉を大量に使っているカレーよりは、個人的にこっちの方が好みだ。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

『どうした(*´ω`*)?』

「なんでお兄ちゃんは、ずっと喋らないの?」

「ちょ、こら! リクヤ!」


 リクヤと呼ばれた、小学3年生くらいの子の質問を翼ちゃんが慌てて止めに入る。

 俺は、それを待て待てと手を振って止めさせる。翼ちゃんは、何か言いたげな顔をしたけど、素直に従ってくれた。


『リクヤくんで合ってるかな?』

「うん」

『あのな、リクヤくん。じつはおにいちゃんは、まえわる魔女まじょたたかったんだよ。そのときのろいで、はなすことが出来できなくなってしまったのだよ』

「そ、そうなの!?」

『あぁ……あのときたたかいは、本当ほんとう大変たいへんだったよ』

「お兄ちゃんかっけぇ!」

『そうだろー、すごいだろー』

「うん! すっげぇ!」


 うんうん。子供は素直でいいねぇ。


「あんたねぇ……子供に変なこと吹き込まないでよ」


 歌夜は少し呆れたような顔をしながら、小声で言ってくる。


『分かってねぇな。男の子はこのくらいの方が丁度いいんだよ』

「ったくもう……」


 はぁ……と諦めたため息をついてから、歌夜は再度カレーを食べ始めた。

 ったく……これだから女ってやつは……男のロマンってのが分かってねぇんだから。


「ほら、行儀悪いから、黙って食べるのだ」

「はーい」

「真田君。ごめんなのだ」

『別に気にしちゃねぇよ。ほら、せっかくの美味いカレーなんだ。温かいうちに食おうぜ』

「分かったのだ」


 その後、ちょっとした談笑を挟みながら、穏やかに楽しくカレーを頂いた。


「「「ご馳走様でしたー!!!」」」

「はい。お粗末様でしたなのだ」

「ご馳走様です」


 ご馳走様でした。


「陣内さん。ありがとうございました」

『本当に美味しかったです』

「いえいえ、喜んで下さって良かったです」


 いやぁ、マジで美味かったわ。世は満足じゃ。


「はーい。それじゃ、当番の人は片付けをするのだ。それ以外は、お風呂に入ってくるのだー」

「「「はーい!」」」


 俺達も、自分の使った食器を片付けようとするが、翼ちゃんと陣内さんに止められた。


「あ、2人共大丈夫ですよ」

「そうなのだ。お客さんにやらせる訳にはいかないのだ」


 流石にそれは悪いと思って断ったんだが、強制的に俺と歌夜の食器を奪われてしまった。

 仕方ない。申し訳ないが、ここはお言葉に甘えるとするか。


「ねぇ、2人共。これから、少しいいのだ?」

「何?」

「話があるのだ」

「分かった」


 何やら、真剣な顔をした翼ちゃん。多分、大事な話なんだろうな。

 それを察した歌夜は、直ぐに了承する。俺も断る理由もないから頷いた。


「ありがとうなのだ。それじゃ、ちょっと場所変えるのだ」


 ――――――

 ――――

 ――


「それで? 話って何?」


 場所をベランダに移動して、一息ついたところで、歌夜が口火をきる。


「ボクの事なのだ」

「あんたが孤児だったってこと? 確かに少し驚きはしたけど、そんなの私も匠馬も気にしてないわよ」

「本当なのだ?」

『本当だ』

「あはは、そう言ってくれるとありがたいのだ」


 翼ちゃんは、少しほっとした感じで笑いながら言った。うーん。やっぱり、気にしてたみたいだな。

 まぁ確かにちょっとばっかし、特殊ではあるけど、そんなの俺にとっては問題にすらならない。


「んで? 言いたいことはそれだけなの?」

「いや、ここからが本題なのだ」


 翼ちゃんはそう言うと、右目に付けている桜の模様をした眼帯を外した。


「え……」


 こ、これは……


「あはは……流石にこれは驚いたのだ……?」


 翼ちゃんの隠れてた右目には、刃物で刺されたような傷があった。


「小学生2年生の時なのだ。ボクの母親にナイフで刺されたのだ。見ての通り、右目は完全に潰れているから、全く見えないのだ」


 翼ちゃんは、そう言いながら眼帯を元に戻す。


「えっと……その、虐待……されてたの?」

「まぁそんなところなのだ。ボクの父親は、ボクが産まれてすぐくらいに事故で亡くなったらしいのだ。だから、写真でしか顔を知らないのだ。んで、母親は毎日のようにギャンブルばっかりしていて、まともに会話した記憶がないのだ」


 ……ひでぇな。

 よくドラマとかで、聞く話だけど、まさか本当にそんな親がいるなんてな。


「それで、随分と借金を作ってたらしくて、ある時に怖い人達が家まで取り立てに来たのだ。それがまずかったのだ。気が動転したのか、はたまた元からおかしかったのか、分からないけど、怒りをボクにぶつけるかのように、いきなりナイフでボクの右目を指して、どこかに逃げて行ったのだ」

「……」

「……」

「これをラッキーって言ったらいいのか分からないけど、取り立ての怒鳴り声とボクの悲鳴で隣に住んでいた人が、警察に通報してくれたおかげで、何とか助かったのだ。その後、父親の親戚だった朱音さんに拾われて、今ボクはここに居るって感じなのだ」

「……」

「……」


 言葉が出ない。

 単純に可哀想だとか、大変だったねとか、そんな安っぽい言葉をかけるのは、あまりにも失礼だ。ただ、話を聞いただけの人間が言っていい言葉じゃない。

 それじゃあ、なんて言葉をかければいいのか。俺には分からなかった。

 ただただ、何とも言えないモヤモヤとした感情が、胸の中でぐるぐると動いているだけだった。


「そんな顔しないでほしいのだ。今のは、ボクが勝手に話しただけなのだ」

「そんなこと言われても……」

「あはは……まぁそりゃそうなのだ。ごめんなのだ。今のはちょっと無理があったのだ」

「その、さ……何で私達にこんな話をしたの? 普通、聞かれたくない話だよね?」


 歌夜の質問に俺も同意見だ。

 普通は、近しい人間にもおいそれと話すような内容じゃない。

 なのに、知り合ってから1ヶ月も経っていない俺らにする理由が分からない。


「朱音さんに言われたからなのだ」

「どういうこと?」

「実はボク、友達がいないのだ」

「いや、そんなの知ってるわよ。逆にいたらびっくりよ」

「普通に酷いのだ……それに歌夜にだけは言われたくないのだ」


 確かにな。

 リアルに友達がいない歌夜に言われるとか、屈辱以外の何物でもないわ。


「ねぇ、今失礼なこと考えてなかった?」

『気のせいではないでしょうか( *´꒳`* )』


 あれれ? やっぱこいつ、エスパーなんじゃね?


「はぁ……話を戻すのだ。理由は、まぁさっき話したことなのだ。どこから漏れたのか知らないけど、いつも誰かしらが全部じゃないにしろ、ボクの生い立ちを知ってるのだ。それが、面白半分で知れ渡って、みんなから避けられるのだ」


 よくある話だな。

 その気持ちよく分かるよ。


「まぁ慣れっこなのだ。そんな時なのだ。2人のことを朱音さんに話したら、朱音さんは2人に興味を持ったのだ。それで、今日2人と話した朱音さんが、2人にだったら話してみてもいいんじゃないかと言ってきたのだ」

「よく分からないけど、随分と高く買ってくれているのね」

「あはは、そうみたいなのだ。朱音さんのことは信頼してるのだ。ただ、やっぱり不安しかなかったのだ。でも、ボクが孤児だって知っても2人は普通に接してくれたのだ。だから、勇気を出して話したのだ」


 なるほどな。

 翼ちゃんなりに、俺達のことを信頼してくれたみたいだな。


「だから……その、こんなボクでよければ……2人には友達になってほしいのだ……」


 翼ちゃんは、消え入りそうな声で言う。それに声は微かに震えていて、顔は今にも泣きそうになっている。

 一体、この言葉を言うために、どれほどの覚悟と勇気を振り絞ったのだろう。

 俺は、歌夜の肩を叩きスマホを見せる。


「……いいの?」


 歌夜の問いかけに、俺は小さく頷く。


「分かった」


 これは、俺と歌夜、それに翼ちゃんのこれからの関係に必要なことだ。俺も覚悟を決めないとな。


「ねぇ、私達からも1つ聞いてほしい話があるの」

「なんなのだ?」

「匠馬のことよ。なんで、匠馬が話せなくなったのか教えてあげる」

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