第10話

「匠馬は、心因性失声っていう病気らしいわ。心理的な問題で出る症状みたい」

「それって……」

「そう、匠馬は1年前にあることで声が出せなくなったのよ」

「何があったのだ?」


 歌夜は、ゆっくりと俺の代わりに話し出す。

 やれやれ、歌夜には1年前から、いやもっと前から迷惑ばかりかけちまっているな。


「順を追って説明するわね。まず、匠馬にはもう血の繋がった人間はいないのよ……」

「っ……」


 翼ちゃんは、俺の方を見て、一瞬何か言いかけたが、直ぐに口を閉じた。

 とりあえず、最後まで聞いてくれるようだ。


「あれは、私達が小学6年生くらいのことだったわね。匠馬のお母さん、美月みづきさんが亡くなったのは。とっても優しい人でね、私もお姉ちゃんも子供の頃からすごく良くしてもらったわ。美月さんは、元々体が強くない人で入退院を繰り返していたわ。医者からも、そんなに長くは生きられないって言われてたみたい」


 確か親父から聞いた話だと、俺が中学に上がる前くらいが限界だって言ってたな。

 そう考えると、まぁ余命宣告通りってところだな。


「そして、美月さんが亡くなって1年ちょいくらい経って、隼人はやとさんが再婚したのよ。あ、隼人さんっては匠馬のお父さんのことね」

「その再婚って、真田君は納得してたのだ?」

『あぁ、してたよ』


 母さんが死んでから、親父は見てらんないくらい沈んでいた。その親父が、立ち直って真剣に考えて決めた再婚だ。だから、納得して受け入れた。

 まぁ、ちょっと早すぎるとは思ったけどな。


「隼人さんの再婚相手、香里かおりさんには連れ子がいたのよ。名前は小春こはるちゃん。小春ちゃんは、あの人の子供にしてはいい子だったわね」

「ん? どういうことなのだ?」

「香里さんは、結構きつい性格しているのよ。それでもって、匠馬とは絶望的に馬が合わなかったのよ。おまけに、あっちは初めっから匠馬のことを嫌ってたわね」


 おかげで、ほぼ毎日のように何かしらで喧嘩する羽目になったんだよな。


「それもあって、匠馬はよく家に来るようになったわ。事情も事情だったし、私もお姉ちゃん、お父さん達も匠馬のことは歓迎してたわ。ただ、それが良くなかったのよ……」


 今にして思えば、俺がもうちょい我慢してれば、あんなこと起きなかったのかもしれない。


「私も正直、香里さんのことはあんまり好きになれなかったから、家来る匠馬をあっちこっち遊びに連れ回していたの。だから、匠馬が自分の家に居る時間は少なくなった。ほとんど、寝に帰るだけって感じね。そんなことが続けば当然、家の人は不審に思うわよね。それで、隼人さんが匠馬と香里さんが上手くいってないことを知ったのよ」


 あの時の親父の顔は今でも、鮮明に思い出せる。すごく悲しそうで泣き出しそうだった。そりゃそうだよな。ようやくまた幸せを手に入れたと思っていたら、実の息子と新しい嫁さんが度を越して仲が悪いんだから。しかも、その息子が家にほとんど帰ってこない始末だ。

 あの後、何度も話し合ったけど結果は変わらなかった。いや何だったら、さらに関係は酷くなった。


「当然、匠馬の家の空気は最悪。それに耐えられなくなった隼人さんは、仕事ばかりに打ち込むようになった。そのせいで、隼人さんは体を壊して、私達が高校1年の時に亡くなったわ」


 仕事のやり過ぎによる過労と家庭でのストレスが、2年近くも続いたんだ。そりゃおかしくなっちまうよな。

 俺がもっと上手くやってれば、もっと我慢が出来ていれば親父が死ぬことはなかった。俺が親父を殺したようなもんだ。


「そして、不幸はさらに続いたのよ。その当時は、私と匠馬は少し面倒なことになっていてね。それに巻き込まれた小春ちゃんが足に怪我をしてしまったの。幸い怪我は大したことなかったんだけど、香里さんが爆発しちゃってね。匠馬に言ったのよ。「あなたのせいで全てがめちゃくちゃになった。存在するだけで人を不幸にする疫病神だ。あんたなんてこの世から消えて居なくなってしまえばいい。それが出来ないなら、せめて二度とその口を開かないで」ってね。それから、匠馬はまるで呪いでもかかったかのように喋れなくなった……」

「そんなことが……」

「酷い話しよね。自分1人が辛い思いをしてると思っていてさ、その原因を匠馬に全部押し付けて! 辛いのは匠馬だって同じなのに!」


 話しているうちに、どんどんヒートアップしていく歌夜の肩を叩いて、落ち着かせる。


「ごめん。ちょっと頭に血が上った……」


 俺は、気にすんな大丈夫だと伝える為に頷く。

 ごめんな。もしかしたら、お前に1番辛いところを押し付けているのかもしれねぇな。

 俺がこうなっちまったのを、歌夜は自分の責任だと思ってる。それは、普段の歌夜を見ていると嫌という程伝わってくる。

 歌夜は何も悪くないのにな。何だったら、助けられ過ぎて、もう言葉では感謝を伝えきれない程だ。


「長くなったけど、これが匠馬が喋れなくなった原因よ」

「話してくれてありがとうなのだ」

「これお礼言うところ?」

「んー、わかんないのだ。もしかしたら間違っているかもしれないのだ。だけど、ありがとうなのだ」

「やっぱ、あんたって変なやつね」

「むぅ……歌夜には言われたくないのだ!」

「はぁ? それどういう意味よ!」


 やれやれ、また喧嘩ですか。相変わらずこの2人は仲がいいんだか悪いんだか、分からねぇな。


『ほらほら、2人共喧嘩はその辺にしとけ』

「別に喧嘩なんてしてないわよ」

「そうなのだ」

『さいですか(。´-д-)』


 ったく……なんでこういう時だけ、息が合うのかねぇ。やっぱお前ら仲良いだろ。


「ねぇ、もしかして、真田君が歌夜達と一緒に住んでいるのって、今の話と関係あるのだ?」

「まぁね。匠馬は、香里さんに家を追い出されたのよ」


 一応、俺が高校を卒業するまでは、戸籍上では母親ってことにはなってるが、事実上、勘当扱いだ。


「んで、たまたまお姉ちゃんが、ここ黒岩の方に仕事で引っ越すことになったから、匠馬を引き取ったってわけ。それに私も着いてきた感じね」

「なるほどなのだ」


 因みに、これは朝姫さんが提案してくれたことだ。正直、俺は学校を辞めて働くつもりでいたんだが、朝姫さんが、それに猛反対して、じゃあ私が面倒みるってことになったんたよな。歌夜のところの、おじさんとおばさんも匠馬だったら問題ないと言って、快く許可してくれた。本当にありがたい事だ。

 まじであの人達にも、頭が上がらん。普通に人生レベルで助けられている。


「とりあえず、これで全部話したかな」

「うん。分かったのだ」

「あ、分かってると思うけど」

「大丈夫なのだ。誰にも言わないのだ」

「ありがとう。私達も、あんたのことは言いふらしたりしないから、安心して」

「ありがとうなのだ。あ、因みになんだけど、この話知ってるのは、他に誰がいるのだ?」

「えっと……確か、私達を除くと桃花さんと理子ちゃんくらいかな」

「桃花さんって確か、真田君達の担任だったのだ?」

「えぇそうね」

「それで、理子ちゃん? って誰なのだ?」


 あ、そっか。

 翼ちゃんは、理子とは面識なかったのか。


『ヒーローショーの時に乱入して来た子だよ』

「あー、あの子のことかなのだ」

『そう。学年は俺らの1つ下だ』

「となると、ボクの2つ下になるのだ」

「まぁそうなる……ん?」


 おっとー? 聞き間違えかな?

 今、2つ下って聞こえた気がしたんだが?


「ん? 2人共どうしてそんな不思議そうな顔しているのだ?」

「いや、その……聞き間違えだったらごめんなんだけど、2つ下って聞こえたのは間違いかな?」

「いや、間違いじゃないのだ」


 え……ちょっと待てよ……

 つまり、そういうことだよな?


「ま、まさか……あんたって……私達の先輩?」

「そうなのだ。あれ? 言っていなかったのだ?」

「聞いてないわよ!」


 しょ、衝撃の事実だ……

 何だったら、今日一驚いたわ。てっきり、同級生だとばかり思ってた。


「まぁ気にしなくていいのだ。喋り方も今まで通りタメ口で、全然オッケーなのだ」

「ま、まぁ……そう言うなら、そうさせてもらうわ」


 うんまぁ、そうしてくれると俺もありがたいな。正直、今さら敬語とかキツ過ぎるしな。


『まぁともあれだ。俺らはお互いの秘密を共有した仲だ。これでもう、俺らは友達だよな。いや、もはや親友と言ってもいいくらいだな』

「あんた、結構強引ね……」

『うっせ(#゚Д゚)』


 せっかく人がいい雰囲気にしようとしているんだから、水刺すなっての。


『で、どうかな? 翼ちゃん?』

「あはは! 本当に強引なのだ。もぉしょうがないから、親友になってあげるのだ」

「上から目線が気に入らないわね……」

「やれやれ、本当に歌夜は、細かいことばかり気にしてるのだ」

「翼は気にしなさ過ぎなのよ」

「むぅ……相変わらず可愛くないのだ……少しは先輩の言うことを聞いた方がいいのだ!」

「はぁ? 今そんなこと関係ないでしょ! 大体、翼は先輩に見えないのよ!」

「むっかー! いくらなんでも言っていいことと、悪いことがあるのだ!」


 はぁ……また喧嘩してるよ。本当によくやるよ。この2人は……

 まぁともあれ、俺と歌夜に秘密の共有をする友達が出来た。

 別に秘密を共有しないと、友達になれないとは微塵も思ってない。実際に俺の過去を知らないけど友達のやつだっている。

 ただ、多分だけど俺達には必要な事だったのだと思う。理由を説明しろって言われても、分からんとしか答えようがない。でもまぁ、あえて言うなら勘かな。


「真田君も、いや、匠馬君。これからよろしくなのだ!」

『あぁ、よろしくな。翼ちゃん』

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