第16話
遅いな。
歌夜と別行動をしてから、かれこれ2時間くらい経つが、歌夜のやつ一向に戻って来ない。
携帯に連絡しても、全く反応しないし急に雨も降ってきやがった。
まさか、何かあったんじゃねぇだろうな? そう思ったら、居てもたってもいられなくなった。
探しに行こう。
俺はテントから飛び出して、傘もささずに雨の中を駆け出した。
――――――
――――
――
―歌夜視点―
「はぁ……遂にスマホの充電も無くなっちゃったか……」
私は、その辺に落ちていた長い木の棒を杖代わりにして、痛む足を引きずりながら、電波が届くところを探して歩いていた。
だけど、それが良くなかったようだ。ただでさえ道が分からないってのに、歩いてしまったせいで、更に道に迷ってしまった。しかも、充電切れっていうおまけ付きだ。
「あぁもう……」
笑えない。本当に笑えない。
これじゃ、遭難しているのとなんら変わらない。いや、もうしているのか。
はぁ……てか、よくよく考えたら私のした事って、山の中で迷ったら1番やっちゃいけないことだったんじゃないかな。
やれやれ、我ながら本当にダメだなぁ。
「っう……」
やっばいな。
そろそろ足が痛すぎて限界かも。これ以上は、無理に歩かない方がいいかも。
私は歩くのをやめて、近くの木に寄りかかるように腰を下ろした。
痛めた足を見てみると、がっつりと腫れ上がっていた。
「うわぁ……」
こりゃ酷いね。多分、骨には異常はないと思うけど、これ以上下手に動かさない方が良さそうだ。
だけど、どうしたものかな。助けを呼ぼうにも携帯の充電も切れているし、そもそもの話、自分がどこに居るかも分からない。
雨のせいで服はビジョビジョに濡れてるし、それに転んだからドロドロだ。状況は最悪なうえに完全に詰んでいる。
「惨めにもほどがあるでしょ」
何でこんことになったのかな。私はただ、匠馬とキャンプを楽しみたかっただけなのにさ。
あぁ本当にダメだな。状況が状況なだけに、考えが全部マイナスな方に考えちゃう。
私って、こんなに弱かったっけ? もっと1人で出来ると思ってたんだけどなあ。
「はぁ……」
これで、何回目のため息だろう?
さっきから、ため息をつくかマイナスなことしか考えてない気がする。こんな自分が心底嫌になってくる。
「もう……疲れたな……」
体が冷えて寒いし、それに眠たくなってきた。
「歌夜!」
「え……?」
「やっと見つけた……心配させやがって、このバカ野郎が……」
「た、たく……ま……?」
――――――
――――
――
―匠馬視点―
歌夜を探すために、俺はひたすら走った。歌夜と別れたところや、原付を停めた駐車場など思いつく限りのところを探した。
だけど、歌夜の姿は見つからなかった。
正直、めちゃくちゃ焦った。人生でこんなに焦ったのはないんじゃないかってくらい焦った。
つい、どうしていいか分からなくなって、整備されてない、外れた道を闇雲に走っていたら運良く歌夜を見つけることが出来た。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
ビジョビジョでドロドロになって、座り込んでいる歌夜に手を差し伸べる。
「痛っ」
「お、おい!」
「ご、ごめん。足、痛めちゃって」
「バカ。全然大丈夫じゃねぇだろうが」
「うん。ごめん」
こんな歌夜を見るのは初めてだな。いつもと違って酷く弱々しい。
「てか、匠馬。声……」
「え……? あ」
歌夜に言われて、初めて気がついた。俺、普通に喋れてる。
嘘だろ? 信じらんねぇ。今まで出したくても、全然出せなかったのに、今は何事もなかったように喋れてる。
「な、何でだろう?」
「さぁな。俺にも分かんねぇよ」
「その、何ともないの?」
「あぁ特に問題はなさそうだ」
「そっか。良かったね」
「お、おう……」
ち、それは反則だっての。
さっきまでの、泣き出しそうな表情から一転、暖かくなるような優しい笑顔。思わずドキッとしちまったじゃねぇかよ。
「ほら」
「え、なに?」
「足、痛めたんだろ? おぶってやるから、さっさと乗れよ」
「あぁ……うん。ありがとう」
俺は歌夜を背中に乗せて、元来た道を戻る。
「あのさ……」
「うん?」
「私の事、探しに来てくれたの?」
「当たり前だろ。てか、何であんなとこ居たんだよ?」
「いや、考え事しながら歩いていたら、いつの間にか道に迷っていた」
「アホかお前は」
「うるさい。自分でもそう思っているんだから、いちいち言わないで」
「んで? 携帯が繋がらなかったのは?」
「充電切れと圏外」
「足を痛めた理由は?」
「雨降ってきて、どこか雨宿り出来るところ探そうとして、足元見ないで歩いたら、木の根に引っかかった」
「お前、呪われてんの?」
「うるさい……」
やれやれ、俺が居ない間に随分と災難にあったようだな。
聞いているだけで、可哀想になってくるわ。
「まぁ……歌夜が無事で良かったよ」
「心配した?」
「あぁ、めっちゃ心配したよ。頼むからこれっきりにしてくれ」
「ごめん……」
「いいよ」
――――――
――――
――
―歌夜視点―
ふふっ、今がおぶってもらってる状態で良かった。これだと、匠馬からは私の顔が見えないから。
だって、私の顔はだらしないくらいニヤけているんだから。
匠馬が、あんなに焦った顔をしながら私の事を必死になって探してくれた。それがすごく嬉しくて仕方がない。
「ふふっ」
「ん? どうしたんだ?」
「なーんでもない」
なんだ。私、こいつにベタ惚れじゃん。こんなにもこいつのことが好きなのに、何で今まで気がつかなかったんだろう。
てか、匠馬ってよく見たら結構かっこいい顔してるだなぁ。身長も高いし、体付きも悪くない。それに何だかんだで性格もいい方だ。
なるほど、これは確かに惚れても何もおかしくない。
まさか、こんなにいい男がこんな近くに居たなんてね。灯台下暗しってやつかな。
「ねぇ、私お腹空いた」
「唐突だな……」
「だって仕方ないじゃん。さっきまで、色々と歩き回ってたんだからさ」
「いやいや、それは自分のせいだろ……」
「うっさい。バーカ」
私はそう言って、匠馬の耳に噛み付いてやる。
「いってぇ! お前な、犬じゃないんだから噛み付くんじゃねぇよ」
「文句言うな。ほら、さっさとテントに戻って何か作ってよ」
「急にわかまま過ぎない? てか、まずは足の手当がさきだろ」
「じゃあ、早く手当して。その後、すぐにご飯作ること!」
「ったく……はいはい、分かりましたよ」
「分かればいいのよ」
「痛っ! だから、噛むなっての!」
――――
――
「ほい、とりあえず応急処置はこんなもんでいいだろ」
「うん。ありがとう」
「おう」
あの後、適当に匠馬にじゃれつきながら、テントまでおぶってもらって、簡単な応急処置をしてもらった。
「ったくよ、人のことガブガブ噛みやがって」
「だから、文句言うなっての」
「それは、いくらなんでも理不尽過ぎねぇか?」
「うるさいなぁ。ほら、次はご飯作ってよ」
「へいへい……」
匠馬はそう言って、焚き火の準備をする。
私達が、テントに戻っている間に雨は上がり、今は晴れている。
と言っても、時間はそろそろ16時になるから、日は大分傾き始めていた。
「んで? 匠馬は何作ってくれるの?」
「何って、持ってきた食材はスーパーで買った肉とカップ麺しかねぇだろ」
「あぁ、そういえばそうだったね。んじゃ、早く肉焼いてよ」
「お前、さっきからどうしたんだよ?」
「んー? べっつに〜」
「変なやつ……」
うん、確かに変だ。自分でも分かってる。客観的に見たら、普通にキモくてウザイんだろうな。
それでもやめられない。この意味の無い会話が、心地よくてたまらない。
「ほら、焼けたぞ」
「うん。それじゃ食べよっか」
焼き台の上で、美味しそうに焼かれた肉を2人で食べ始める。
おぉ、ただ焼いてるだけなのに、結構美味しいじゃん。やっぱりあれなのかな? いつもと違う環境、尚且つ自然の中で食べるから余計に美味しく感じるのかもね。
「なぁ聞いてもいいか?」
「うーん?」
「そのさ、何でここ最近機嫌悪かったんだ?」
「ええ……それ聞いちゃうんだ。しかも、めっちゃ直球だし」
「悪かったな。こいうい聞き方しか出来ねぇんだよ」
うん、知ってるよ。不器用で、隠し事が下手くそ。だから、ついついちゃかしたくなる。匠馬のそういうところが私は好きだよ。
「どうしても聞きたいの?」
「あぁ。なんて言うかさ、お前がそうだと調子が狂うんだよ。だから、教えてくれねぇか? 俺が何かやっちまってたなら、ちゃんと謝るからさ」
まったく、そういうのは反則だってば。そんな言い方されたらさ、答えないわけにはいかないじゃん。
「分かった。でもさ、その前に1つ私の質問に答えてもらってもいい?」
「あぁ、いいぞ」
「匠馬ってさ、理子ちゃんのことどう思ってるの?」
「どうって……普通にいい後輩だと思うぞ」
「本当にそれだけ? あんなことがあったのに、本当にいい後輩としか思ってないの?」
自分が意地悪なこと聞いているって自覚はある。でも、これだけは聞いとかないといけない。だって、私のこれからに関わる大事なことなのだから。
「まぁその、なんだ……あれは正直びっくりしたよ……」
「うん」
「あれであいつの気持ちが少し分かったと思う。ただ、いきなり過ぎて、まだ気持ちの整理がついてないんだ。いい後輩とは思ってるけど、そういう意味合いだと、よく分からないってのが本音だ」
「そっか……」
ま、匠馬らしい答えかな。
とりあえず、理子ちゃんのこと、まだちゃんと好きってわけじゃないってのが、分かったのは大きな収穫だね。
「ねぇ、ちょっとこっちに来て」
「ん?」
「もっと近くに」
匠馬を目の前まで呼んで、私は逃げられないように匠馬の胸ぐらを掴む。そして――
「ん」
匠馬の唇を私の唇に合わせた。そう、キスをした。
うーん……逃がすつもりはなかったけど、こうも簡単にいくなんて、匠馬のやつガードが緩すぎだなぁ。
「お、お前……」
「ゴチ」
「いや、ゴチじゃねぇよ……何のつもりだよ」
「分からない? これが答えだよ」
「……」
「私が最近不機嫌だったのは、多分……いや間違いなく嫉妬だね。これが嫉妬だって気がついたのは昨日の夜かな。んで、お姉ちゃんに相談してやっと分かったんだ」
「……」
「私ね。あんたが、匠馬が好き。もちろん家族としてでも好きだけど、今は1人の男として好きだよ」
ふふっ、なんて顔してんだか。顔を真っ赤にしている。こんな顔も出来るんだね。
「あ、あの……」
「いいよ。どうせ、理子ちゃんと同じで気持ちの整理がついてないんでしょ? だから、特別に待っていてあげる。でもその代わり、ちゃんと考えてよね」
「あぁ、分かった」
「うん」
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