第17話
「あ、おーい! クマパイ、歌夜先輩! こっちっすよー!」
今日は前に約束していた夏祭りの日だ。待ち合わせ場所に着いた俺と歌夜は、理子たちを探してキョロキョロしていたら、よく通る理子の声が聞こえた。
「あそこだね」
「んだな」
人が多い中、大声で呼ばれたもんだから無駄に注目を集めている。若干の恥ずかしさを覚えながら、理子たちの元へと向かった。
「もう! 2人共遅いっすよ!」
「別に遅れてはないでしょ?」
「そうっすけど、体感では結構待ったつもりなんっすよ! そうっすよね? 翼先輩」
「いや、理子ちゃんはボク達より、来るの遅かったのだ」
こいつ、大して待ってないのにこんなこと言ったのかよ。この感じだと、どうせついさっき来たんじゃねぇか?
「ま、まぁまぁ! 細かいことは、どうでもいいじゃないっすか〜」
「自分で言ったのに、それはどうなのよ理子?」
「水琴はうるさいなぁ。それより、クマパイ! 理子の浴衣、どうっすか?」
理子はそう言って、クルリと1回回ってみせる。へぇ、本当にこんな行動するやつがいたんだな。てっきり、創作の中でのものとばかり思ってたわ。素直に関心だ。
っと、それより浴衣のことだったな。
理子が着ている浴衣は、薄紫の生地に花火の模様が描かれていた。そして、いつもツインテールにしている髪は、上で1つに纏まっていて赤い玉が付いた簪を付けている。いつものキャピキャピとした、ギャル感はないがよく似合っていると思う。
「うん、いいんじゃねぇか?」
「にひひ〜、さっすがクマパイ! よく分かって……え?」
「い、今……匠馬君、喋った……よね?」
2人が、いや、坂本さんも含めて3人が、鳩が豆鉄砲を食らったみたいになっている。
あぁ、そっか。
俺が声を出せるようになってから、こいつらと会うのは初めてだったな。
そりゃ、驚くのも当然か。
「その、何だ……理由は分からねぇけど、色々あって普通に喋れるようになったんだよ」
「う、うわぁーん! 良かったっすー!」
「おわっと!」
急に泣き出した理子が、俺の胸に思っいきり飛びついて来た。そしてそのまま、顔を埋めて人の目を気にせず、大声でわんわんと泣きじゃくる。
「お、おい……」
「うえぇぇん」
「やれやれ……」
この感じ朝姫さんと同じだな。俺らがキャンプから帰って来て、朝姫さんの前で話した時もこんなだったもんな。
「匠馬君……」
「ん? どうした翼ちゃん」
「本当に良かったのだ」
「あぁ、ありがとう」
翼ちゃんは、理子みたいに大泣きすることはないが、目には涙を浮かべていた。知り合って間もないのに、こんな風にしてくれるなんて本当にいい友達を持ったもんだな。
「ちょっと、いい加減離れなさいよ!」
「うげぇ」
歌夜は、理子の襟を引っ張って無理矢理、俺から引き剥がす。
あーあ、そんな強引に引っ張ったら首が締まるってば。
「もう、歌夜先輩! 何するんすか!」
「うっさい。気持ちは分かるけど、くっつき過ぎなのよ。匠馬もデレデレしないの!」
「別にデレデレなんてしてねぇだろ……」
「口答えしないの!」
はぁ……あのキャンプ以来、歌夜はいつもこんな感じだ。俺が、女の店員さんと話しているだけで、ガン睨みしてくるしな。ったく、困ったもんだぜ。
「なんか、歌夜少し変わったのだ?」
「別に何もないわよ」
「うーん……そんなことないと思うのだ」
「うるさいなぁ。気のせいよ気のせい。ほら、早く行きましょ」
歌夜はそう言って、1人でつかつかと祭り会場に行ってしまう。
「ねぇ匠馬君。本当に何があったのだ?」
「まぁ……色々とな」
「ふーん」
「何だよ?」
「いや別に何でもないのだ」
あーあ、翼ちゃんまで行っちまったよ。やれやれ、本当に女ってわっかんねぇな。
「ぶー何かやな感じっすね」
「ほらほら、ぶーくれないの。真田先輩もそろそろ行きましょう。2人を見失っちゃいます」
「そうだな」
取り残された俺達は、早足気味に2人を追いかけながら、祭り会場に向かった。
――――
――
「おぉ! 結構賑わってるっすね!」
「そうだな。こりゃ思ったより人が居るわ」
途中で何とか2人と合流して、祭り会場に入ったはいいが、かなりの人でごった返していた。
そんなに大きな規模の祭りではないから、そんなんでもないと思ってたけど、完全に舐めてたな。これは1回はぐれたら、再度合流するのは難しそうだ。
「あれ? 花火って何時からだっけ?」
「確か8時からだったのだ」
「となると、あと2時間くらいは余裕がなるってことか。それまでどうする?」
「はいはい! 理子は射的と金魚すくいがやりたいっす! 水琴も一緒にやるよね?」
「まぁ別にいいけど。あ、でも私はくじ引きはやりたいですね。当たらないって分かってはいるんだけど、あれをやらないとお祭りって感じがしないんで。先輩方は何かありますか?」
「ボクは院の皆に何かお土産を買いたいのだ」
「私はたこ焼きと焼きそばが食べられればいいかな。あ、綿あめとたい焼きも」
「俺は適当に腹を満たせれば何でもいいかな」
「「「「「…………」」」」」
物の見事にばらっばらだな。こんなに一致しないことあるか?
「んー……それじゃあ、各々好きなところを回るってのはどうなのだ?」
「そうね。この人数だと、一緒に行動するのもあれだし。1時間半後にどこかに集合する?」
「それじゃ、神社の境内に来てくださいっす。理子、いい穴場知ってるっす」
「んじゃ、そうするか」
てな訳で、俺達は各自別行動をすることになった。
あれ? これ一緒に来る意味あったか?
……ま、いっか。とりあえず、俺も久々の祭りだし1人で楽しんじゃおっかな〜。
―1時間半後―
「ん? 俺が最後か。って、お前ら何やってんの?」
「いや、まぁ……なんと言いますか」
「簡単に言うと、とってもくだらないことなのだ」
集合場所の神社に来ると、俺以外のみんなが集まっていた。
ただ、どういう訳か知らんけど、歌夜と理子が敵意むき出しで、掴みあっていた。
「あー……、一応理由を聞いてもいいか?」
「匠馬君が来るほんの10分くらい前だったのだ。理子ちゃんがボク達に何で浴衣を着ていないか聞いたのだ」
「え? 待って。浴衣?」
「そ、喧嘩の原因は浴衣なのだ」
えぇ……嘘だろ?
たかが浴衣如きで喧嘩になるの?
「んで、ボクと水琴ちゃんは浴衣を持ってないって答えて、歌夜はめんどくさいからって答えたのだ。そしたら、理子ちゃんが「歌夜先輩は女子力が足りないっすねぇ。そんなんじゃモテないっすよ〜」って言ったらこうなったのだ」
「なるほどな。だいたい分かったわ」
「すいません。うちの理子が」
「いやいや、坂本さんが謝ることじゃないだろ」
まぁ、状況だけ見るなら理子に原因があるな。
しかし、珍しいな。こいつは、遠慮なく色々と言っちまうところがあるけど、人を怒らせるようなことは普段言わないのに。
それに歌夜もだ。いつもだったら、そのくらいのことは、適当に流すんだけどな。
やっぱり、あれが原因なのかな。
「んで? 止めねぇの?」
「いやぁ、流石にボク達には荷が重いのだ」
「ふむ。まぁそれもそうだな。オッケー俺に任せろ」
俺は掴みあっている2人の手を払って、襟を掴んで引き剥がす。
「その辺にしとけ――っと危ね」
歌夜は、俺の手を振り払って1歩下がってから、右のハイキックをしてきた。俺はギリギリのところで、上体を後ろに逸らしてそれを避ける。
ち、こいつ……今マジでやってきやがったな。
「おい、何マジになってんだよ。少し落ち着け」
「ごめん。つい……」
つい、ね……。
やっぱ、体に染み付いたもんは、そう簡単に抜けるもんじゃねぇか。ま、俺も似たようなもんだしな。
「まぁ……いいけどよ。俺もちょっとやり方間違えたかもな」
「……」
今の一瞬のやり取りを見て、他のみんなは唖然としている。
まぁ、それもそうか。こんな歌夜を見たのはみんな初めてだもんな。
「とりあえず、落ち着いたか?」
「うん」
「理子も大丈夫そうか?」
「は、はいっす……」
「うし。なら、これはこれでおしまいだな。せっかくの祭りなんだから、喧嘩なんかしてねぇで楽しもうぜ?」
「うん。ごめん……」
「すいませんっす……」
2人はどこか、気まずそうな顔をしながら俺に謝ってくる。
「謝るのは俺じゃないだろ」
「そうだね。翼と坂本さん。ごめんね」
「ごめんなさい」
「いや、ボクは全然大丈夫なのだ。ね? 水琴ちゃん?」
「はい。私も大丈夫です」
よし、これで丸く納まったかな。後はまぁ、時間が解決してくれるだろ。
「さてと、んじゃそろそろ花火が始まる時間だな。理子、その穴場ってとこに案内頼むわ」
「了解っす!」
――――――
――――
――
―歌夜視点―
理子ちゃんの案内で、花火の穴場スポットに移動する。それなりに歩くのかなって思ってたけど、全然そんなことなくて、大体歩いて5分くらいのところだった。
着いてみると、確かにここは穴場と呼んでもいいかもしれない。遮る木も建物もなくて、辺り一面を一望出来る。
「にひひ〜、どうっすか? クマパイ!」
「あぁ、悪くないな。ここだったら、よく花火を見ることが出来そうだ」
「これはもう、理子のお手柄っすよね? もっと褒めてもいいんっすよ」
「こら理子。調子に乗らないの」
「ぶー、水琴のケチ〜。いいじゃん、ちょっとくらい」
「はいはい。ぶーたれないの」
やれやれ、理子ちゃんはもういつも通りか。相変わらず切り替えが早いなぁ。
ひゅ〜ドン! ひゅ〜ドン!
「お? 始まったな」
雲一つない夜空に、次々と花火が打ち上がる。
うん、綺麗だ。素直にそう思う。
こうやって、直に花火を見るのはいつぶりだろう? 随分と久しぶりなはずだ。
「歌夜先輩。ちょっといいっすか?」
「ん? どうしたの?」
さっきの事で少し気まずくて、みんなとちょっと離れて見ていた、私のところに理子ちゃんが来た。
「その、さっきはごめんなさいっす」
「別にいいわよ。私も悪かったし、お互い様ってことにして、もう終わりにしましょ」
「分かったっす」
「それで? 話ってそれだけなの?」
「いや、これはついでっすよ。本題はちゃんとあるっす」
「そ」
謝るのがついでって……よくもまぁ、本人に直接言えたわね。ま、別にいいんだけどね。
「単刀直入に聞くっす。歌夜先輩は、クマパイの事が好きっすよね? もちろん恋愛的な意味で」
「相変わらずストレートに聞くわね」
「下手に誤魔化すのは、あんまり好きじゃないっすよ。歌夜先輩もそうっすよね?」
「まぁね」
私は、理子ちゃんのこういうところが結構気に入っている。
自分の言いたい事、思っている事、聞きたい事を直接分かりやすいように伝えてくる。意外と誰にでも出来るようで中々出来ない事だ。
「で、どうなんすか?」
「好きよ。自分じゃコントロール出来ないくらいにね」
「そうすか。うん、そうっすよね」
「その反応だと、分かっていて聞いた感じね」
「当然っすよ。まぁでも、一応の確認ってやつっすよ」
「そっか」
「……」
「……」
少しの沈黙。2人で次々と打ち上がる花火を黙って見続ける。
「歌夜先輩」
「ん?」
「理子も、クマパイの事が好きっす。どうしよもないくらいに」
「うん。知ってる」
「だから……これは宣戦布告っす」
「宣戦布告?」
「はいっす。理子のこの気持ちは、誰にも負けてないつもりっす。もちろん、歌夜先輩にも。だから、クマパイは理子がもらうっす。だから宣戦布告っすよ」
ふーん。なるほどね。
これはまた、理子ちゃんらしいこと。
うん、やっぱり理子ちゃんのこういうところ、好きだな。分かりやすくて私好みだ。
「いいよ。その宣戦布告、受けてたってあげる。徹底抗戦よ」
「にひひ、流石っすね。面白いっすよ」
「それはどうも」
「にっひっひ〜。それじゃ、これからは恋のライバルっすね。カヨパイ!」
「は? カヨパイ?」
ちょ、何でいきなりフレンドリーなの? 距離詰めすぎじゃないかな?
「まぁまぁ、いいじゃないっすか」
「はぁ……まぁ好きにしたら」
多分だけど、この子に何言っても、元の呼び方に戻る気がしないから、早々に諦めよう。その方が疲れないしね。
「にひひ、負けないっすよ!」
「そう。まぁせいぜい頑張りなさい」
「む、随分と余裕っすね。何かもう勝っているみたいな言い方っす」
「間違ってはないわね」
「どういうことっすか?」
「いい事教えてあげる。過去、未来、現在において匠馬はずっと私のよ。これは何があっても変わることはないわ。だから、勝負をする前から私の勝ち」
「うわぁ……引くほど傲慢な答えっすね……」
「……うっさい」
とりあえず、相手が誰であろうが匠馬は絶対に渡さない。これは決定事項だ。
これは……そう。私の宣戦布告だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます