第18話

「おーい。そろそろ起きてくれないかな?」

「……」

「匠馬ー!」

「あ、あと……5時間……」

「どんだけ寝る気よ。そこは普通あと5分でしょ」

「んじゃ5分……」

「いや、そういう意味じゃないから。いいから、さっさと起きる! 遅刻するよ」


 あー……そっか。今日から学校なんだったな。

 ち、クソめんどくせぇな。なんでこう、長期連休明けってのは、体がだるくなるんだろうな。


「ほらほら、しゃきっとしなさいよ」

「うい……」

「ったくもう……朝ご飯出来てるから、顔洗ったら食べに来なさいよね」

「あいよー」


 やれやれ、お前は俺のオカンかよ。

 しゃあねぇ……これ以上だらだらしてると、歌夜に怒られそうだ。流石に朝からはだるすぎるしな、起きるとするか。


 ――――

 ――


「遅いよ。匠馬」

「これでも、十分急いだんだよ。だから、あんまり文句言わんでくれ」

「屁理屈ばっかり言わないの」

「へぇへぇ」


 ったく、今日はやけに小言が多いな。てか、歌夜のやつ、もう制服に着替えてやがる。完全に準備万端じゃねぇかよ。


「やぁやぁ匠馬。おはようさん」

「おはようございます。朝姫さん」

「ふむ。匠馬は歌夜ちゃんに比べて、随分とだるそうだね」

「まぁ、夏休み明けの朝なんて、だいたいみんなこんな感じじゃないっすかね」

「あー分かる。むしろ、歌夜ちゃんが真面目過ぎるんだよねぇ」

「俺もそう思います」

「ちょっと、何で正しい私が、悪いみたいな雰囲気になってんのよ」


 ちょっと歌夜さん? そんな八つ当たりみたいに俺の足を踏むのは辞めてもらっていいですか?


「あ、そういえば匠馬」

「なんすか?」

「桃花ちゃんが、学校に着いたらすぐに職員室に来いって言ってたよ」

「了解っす。でも、何で朝姫さん経由なんすか? そんなの俺に直接連絡すればいいのに」

「多分、直接匠馬の声が聞きたいんじゃない?」


 あーなるほどな。

 うん、まぁそう言われると桃花さんらしいな。


「ちゃんと行きなさいよ〜。じゃないと桃花ちゃん怒るから」

「分かってますよ」

「ならよし。それじゃ、私はそろそろ仕事に行ってくるから」

「うす。行ってらっしゃい」

「気をつけてね。お姉ちゃん」

「はいはーい。行ってきまーす」


 さてと、俺らもいい加減出ないと遅刻しちまうな。

 俺は、残ってた朝食を手早く腹に収めて、食器を流し台にぶち込む。


「鍵は俺が閉めておくから、先に出ててもいいぞ」

「いいわよ。待ってるから早く制服に着替えて来なさいよ」

「そっか。んじゃ、ちょい待っててくれ」

「うん」


 ――――

 ――


「んじゃ、また学校でな」


 いつもの、学校から2番目に近いコンビニ。俺と歌夜が別ルートで学校に行くポイントだ。


「待って」


 歌夜にそれだけ言って別れようとしたら、歌夜が俺の袖を掴んで呼び止める。


「ん? どうした?」

「あのさ、このまま一緒に行こうよ」

「え、何で?」


 あ、やべ。今の聞き方は間違ったかも。ここで、別れるのが普通になっていたから、何も考えずに聞き返しちまった。

 これだと、嫌だって言ってるのと同じだ。


「はぁ? 何ダメなの?」

「いや、ダメじゃねぇけど……そんなキレるなよ……」

「別にキレてないし。んで? 行くの? 行かないの?」

「行くよ。だから、そんな睨むなって……」

「だったら、初めっからそう言ってよ」

「悪かったよ」

「まぁ匠馬だし、いいんだけどさ。ほら、行こう」


 歌夜はそう言って、俺の袖を掴んだまま歩きだす。しかも、少し早歩きだから、引っ張られている感じになっている。


「あの、歌夜さん? 地味に歩きにくいんですけど」

「うるさい」


 ふむ。どうやら、拒否権はないようだ。なるほど、そうですか。

 こうなれば、やることは1つだ。

 そう、俺は犬になるんだ。気持ち的には、飼い主とお散歩だ。そして、ここでワンと鳴いてみれば完璧だな。


「ワン」

「キモい」

「くぅ〜ん……」

「いや、だからマジでキモいっての」


 悲しいかな。せっかく、犬になろうと思ったのにキモいって言われた。

 ここは、俺の心の安定のために1句読んどくか。

 袖引かれ、気持ちは犬よ、ただキモい。

 うん、言ってて思ったマジでキモいわ。これはもはや病気ですわ。

 もう早退しようかな? ワンチャン桃花さんに言ったら早退させてくれるかもな。犬だけにな。


「ねぇ、あんたさっきからバカなこと考えてない?」

「HAHAHA〜まっさかぁ」

「……きも」

「……」


 マジで帰ろうかな……


 ――――――

 ――――

 ――


 学校に着いた俺は、桃花さんに会うために直接職員室に向かった。1度教室に行って、荷物を置いてからでもよかったんだが、歌夜が早く行ってやれって言うもんだから、そのまま行くことにした。


「よっ! 来たな、匠馬」

「おはようございます。桃花さん」

「本当に声が出せる様になったんだな」

「その……色々ご心配おかけしました」

「いや、いいんだ。よかったな」


 桃花さんはそう言うと、少しの笑顔を浮かべながら優しく俺の頭を撫でた。

 ちょっと子供扱いされているみたいで、恥ずかしいけどまぁいいさ。


「朝姫から話を聞いた時は、本当に驚いたぞ。こうやって、お前の声を直接聞くまでは、信じられなかった」

「相変わらずっすね」

「ほっとけ。まぁ、本当によかったよ」

「うっす」


 俺が声を出せなくなってから、この人には随分と迷惑と心配をかけた。色々と治療法を調べてもらったし、この分野に詳しい医者も探してもらったりな。

 だから、この人には本当に頭が上がらない。


「特に何か後遺症的なやつはないのか?」

「はい。何ともないっすよ。元気そのものです」

「そっか。なら、これで心配事がなくなったよ」

「本当に心配かけました」

「いいさ」


 うーん。何かちょっと照れくさくなって来たな。適当に話題を変えるか。あ、そうだ。


「桃花さん。1つお願いがあります」

「何だ?」

「早退させてもらってもいいですか?」

「理由は?」

「シンプルに帰りたいっす」

「面白い冗談だな。よし、教室に行け」

「お願いします。早退させて下さい!」

「教室に行け。殴るぞ」

「……うっす」


 ち、やっぱりダメだったか。

 仕方ない。殴られるのは嫌だし、ここは大人しく教室に行くか。


 ――――――

 ――――

 ――


 教室に来たはいいが、特にやることがない俺は、机に突っ伏して寝たフリを決め込んでいた。

 なんせ、最近までまともに話せなかったから、仲良く話をする友達ってのが、正鷹くらいしか居ない。その正鷹はまだ登校してないから、話し相手がいないのだ。

 朝のホームルームまで、だいたい20分くらいあるし、このまま寝てしまおうかな?


「おいっす! 匠馬! 久しぶりだな」


 そんな事を考えていたら、やたら暑苦しい声と共に背中をバシっと叩かれた。

 顔を上げると、予想通り正鷹が居た。


「相変わらず眠そうだな」

「よぉ。お前は相変わらず元気だな」

「そりゃあな! なんて言ったって、元気は俺の取り柄だからな。って……え?」


 あぁ、そっか。

 こいつの前で話すのは、初めてだったな。いかんな、どうにも忘れがちになっちまう。


「匠馬……お前……」

「あぁ、休み中に色々あってな。声を出せるようになったんだよ」

「おぉー! まじかよ! よかったじゃねぇかよ!」


 正鷹はそう言って、力いっぱいの熱烈ハグをしてくる。


「離れろ! 男に抱きつかれても嬉しくねぇ!」

「だってよぉ! 俺嬉しくてよぉ!」

「分かったから、マジで離れろっての!」


 何とか、正鷹のハグを振りほどく。ったく、この馬鹿力野郎め。朝から無駄な体力使わせるなっての。しかも、正鷹が騒いだせいで教室中の注目を集めちまったじゃねぇか。

 くそ、どうすんだよ。俺は基本的に影の薄いぼっち君で、生活しているから注目されたくないてっのに。


「ねぇねぇ! 真田君、話せる様になったの!」

「え、あぁ……まぁ……」


 どうしたもんかなって、思っていたら1人の女子が俺に近寄って来た。


「やっば! 思ったより、いい声してるじゃん! イケボってやつだよ!」

「お、おぉ……」

「ねねっ! そう思わない!」


 近寄って来た女子がそう言うと、引かれるようにして、続々と他のやつらまで集まって来た。

 しかも、そのほとんどが女子ときたもんだ。


「私、浅田夕あさだ ゆうって言うんだ! 真田君、仲良くしようよ!」

「私は西田実にしだ みのり! 私とも仲良くしてよ!」

「私は!」


 な、何がどうなってやがる……何でいきなりこぞって女子が自己紹介してくるんだよ。普通に恐怖でしかないんだが。


「お、おい正鷹。何とかしてくれ」

「いや、無理だろ。獲物を狙うハイエナみたいに目がギラついてるんだぞ」

「何でこんなことになってんだよ……」

「んなの決まってんだろ」

「は?」


 バンッ!


 何かを叩く大きな音が教室中に鳴り響く。その音で、一瞬にして教室がしーんと静まり帰った。

 動物の本能で当然の様に、みんな音のした方を見る。

 そこには、歌夜が自分の机に手をついて立っていた。恐らく、さっきの音は机を思いっきり叩いたに違いない。


「な、なぁ匠馬?」

「何だよ?」

「鳶沢さん。何かめっちゃキレてね?」

「奇遇だな。俺にもそう見える」


 鬼の様な形相で歌夜は俺の方を、いや、正確には俺を取り囲んでいた女子の集団を睨みつけていた。


「え、えっと……鳶沢さん?」

「うるさい……」

「え……?」

「聞こえなかった? うるさいって言ったのよ」

「……」

「そろそろホームルームだから席に戻ったら?」

「う、うん……」


 歌夜の言葉で、周りにいた女子達は自分の席に戻って行った。

 さっきまでの雰囲気はどこへやら。完全に教室の雰囲気が冷えきってしまった。何だったら体感で、2〜3℃は下がった気がする。


「あー俺も席に戻るわ」

「あぁ分かった」

「あ、そうだ。1つ頼みがあるんだけどいいか?」

「ん? 何だよ?」

「ちょっと相談に乗って欲しいんだよ」

「別にいいけど、なんのだ?」

「恋愛相談」

「詳しく話を聞こうか」

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