第13話

 香ばしく漂う肉の匂い。ぶわっとする熱気の中、キンキンに冷えたジュースが入ったグラスを片手に持ち、理子が立ち上がる。


「みんな、グラスは飲み物は持ったっすね? それじゃ! 乾杯っす!」

「「「乾杯ー!」」」


 カツンと心地の良い、グラスの音を鳴らしてから、みんな一斉に焼かれた肉に箸をのばす。

 そう、俺達は焼肉に来ている。理子と参加したカップルイベントの優勝賞品、焼肉食べ放題券を利用しに。

 何でも、この券は最大5人まで使えるとのことで、俺と理子に加え、歌夜、翼ちゃん、そして理子の友達の坂本さんで来ている。


「真田先輩。今日は誘ってもらってありがとうございます」

「ちょっと水琴〜、何でクマパイにしかお礼言わないのさ」

「はいはい、ありがとね」

「ぶー! 何か適当〜」


 ふっ、まるで母親と子供だな。


「あ、そういえば、真田先輩以外とお話をするのは初めてでしたね。坂本水琴さかもと みことです。この間は、うちの理子がご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「そんなに、かしこまらなくていいわよ。私は鳶沢歌夜よ。よろしくね」

「ボクは、白井翼なのだ。よろしくなのだ」

「はい。よろしくお願いします」


 しかし、坂本さんは理子とは大違いだな。性格もそうだけど、ギャルギャルしい理子と違って、ザ・真面目って感じだ。

 黒髪のショートボブ。整った顔立ちで、四角の青いフレームの眼鏡を掛けている。そしてなりより、全体的に大人っぽい雰囲気がある子だ。


「それにしても、憧れの白井先輩と会えるなんて思ってませんでした。とても嬉しいです」

「えへへ〜、なんか照れるのだ」

『坂本さんは、翼ちゃんのこと知ってるの?』

「知ってるもなにも、うちの学校では有名人じゃないですか」


 え? 翼ちゃんが有名人?

 いやいや、まさか。そんなの聞いた事ねぇぞ。


『歌夜、知ってるか?』

「いや、知らない」


 ほらな。


「え? 冗談ですよね……?」

「マジよ」

『マジだ』

「え、えぇ……」


 いやいや、こっちがえぇ……だよ。何でそんなに驚かれてんの?


「白井先輩は、うちの学校で唯一、学費全額免除されている特待生ですよ。もちろん成績は優秀で常に学年1位。おまけに全国学力テストでは、毎回トップ5に入るくらいです」


 えぇ……うっそだぁ。


「ちょっと、匠馬君と歌夜は何でそんな驚いた顔しているのだ」


 いや、だってさ、普通に信じられねぇんだもん。ほら翼ちゃんって、身体中から、おバカでアホなオーラが滲み出ているじゃん。そんなやつが、実は頭がいいって言われてもねぇ。


「何か匠馬君に、物凄く失礼なこと考えられている気がするのだ……」

『嫌だなぁ(´▽`*)気のせいですよ(*´ω`*)』


 ち、何でバレたんだよ! こんちくしょう!


「坂本さん可哀想に。きっとこのアホに騙されているのね。大丈夫よ安心して、私が責任を持って、このアホを始末してあげるから、早く目を覚ましなさい」

「こっちは、隠しようがないくらい失礼なのだ!?」

「うるさいわよ。あんたも坂本さんに嘘吹き込むんじゃないわよ!」

「嘘じゃないのだ!」


 あーあ、また始まった。

 よくもまぁ、飽きもせず喧嘩ばっかしてられるなこいつら。


「そんなに言うなら、証拠見せなさいよ」

「上等なのだ! ほら、これが証拠なのだ!」


 翼ちゃんはそう言って、スマホを操作してから、画面を俺達に見せる。

 そこに映し出されていたのは、今年の全国学力テストの結果ページだった。


「うっそ……」


 マジかよ……全国3位だと……?

 そこには、第3位のところに翼ちゃんの名前とうちの学校名が表示されていた。

 何かの間違いだと思って、俺も歌夜も検索してみたが、全く同じページがでてきた。

 ってことは、マジなのか?


「ほーら、どうなのだ! 参ったかのだ?」

「ぐっ……」


 歌夜は、すんげぇ悔しそうに歯をギリギリとさせている。


『因み、理子は知ってたのか?』

「ん? もちろん知ってたっすよ。逆に何でクマパイ達が知らないのか、不思議なくらいっす」


 なるほど。理子も知ってるとなると、完全に俺達が無知過ぎたってことだな。


《ピピピッ! ピピピッ!》


「あ、ごめんなのだ。ボクなのだ」

「ん? 電話っすか?」

「そうぽっいなのだ。あ……」

「どうかしたの?」

「な、何でもないのだ! ちょっと、出てくるのだ……」


 そう言って、翼ちゃんは席を離れる。

 何だ? ただの電話しにては、随分と焦ってたような気がしたけど。


 ――――――

 ――――

 ――


 ―翼視点―


「はぁ……」


 ボクは1度お店を出てから、通話ボタンを押す。


「はい……」

『よぉ、中々出ないから心配したぞ。翼ちゃん』


 電話口からは、ねっとりとして体に粘り付くような声が聴こえてきた。いつも通りで、相変わらずこの声を聴くと酷い不快感が、押し寄せてくる。


「何のようなのだ?」

『おいおい、随分と冷てぇじゃねぇか。もっと仲良くしようぜ』

「悪いけどボクとあなたが、仲良く出来るとは思わないのだ」

「おい……あんまり調子にのるなよ?」


 っ!?


『口には気をつけろ。誰のおかけで、今の生活があると思ってるんだ?』

「ご、ごめん……なのだ……」

『ごめん?』

「すみませんでした……」

『はははっ、冗談だよ。そんなに怖がるなって』


 喉が渇いて冷や汗が止まらない。おまけに手足も震えている。体全体が恐怖している。電話越しで、ここまで人に恐怖を与えることが出来るなんて、本当に恐ろしい。

 やっぱり、この人には逆らえそうにない。


「そ、それで……要件は……?」

『何、大した事じゃないさ。何時もより支払いが早かったから、何かあったのかと思ってよ』

「夏休みってこともあって、短期バイトをしたのだ」

『あー、なるほどな。まぁ、こっちとしては、しっかりと払うものを払って貰えりゃ、何でもいいさ』


 そう言うなら、わざわざ電話掛けてこなくてもいいのに。

 いや、きっとわざとなのだろう。この人はボクの反応を見て聞いて、ただ楽しんでいるだけだ。


『んじゃ、来月もよろしくね。翼ちゃん』

「はい……」


 それだけ言って、電話は切られた。


「はぁ……」


 ボクは緊張の糸が切れて、その場に力なくへたり込んでしまう。


「疲れたのだ……」


 たった数分、電話で話しただけでこれだ。直接会ったらと思うと、どうにかなってしまいそうだ。


「戻ろう……」


 とりあえず、歌夜や匠馬君達には気付かれないようにしなきゃ。

 いつも通り、そういつも通りの白井翼で戻らないと。


 ――――――

 ――――

 ――


 ―歌夜視点―


「戻ったのだー!」

「あ、白井先輩、お帰りなさい」

「ただいまなのだ」

「遅かったっすね。せっかくの美味しいお肉が、焦げちゃうっすよ」

「あはは〜、ごめんなのだ」


 うん、やっぱりおかしい。

 電話から戻って来てからの、翼の様子がどうにも気になる。態度は同じなんだけど、何か違和感がある。なんて言っらいいのかな? 無理して、普通にしているって感じかな?


「ねぇ、翼。何かあったの?」

「ん? 何のことなのだ?」

「いや、あんたさ戻って来てから、ちょっと変だと思ったからさ」

「そんなことないのだ。歌夜の気のせいなのだ」

「……そう」


 嘘ばっかり……

 いつもの翼だったら、一言二言くらい余計なこと言ってくるじゃない。


「あぁもう……本当にムカつくわね……」

「ん? 歌夜先輩何か言ったっすか?」

「いや、何でもないわよ」

「そうっすか。あ、そうだ。先輩方は、再来週の土曜日って空いてるっすか?」


 再来週の土曜日か。確か、今のところ何も予定は入ってなかったわね。


「私は特に予定はないわよ」

「ボクもなのだ」

『来週は予定あるが、再来週は俺も特に何もないな』

「おぉ! なら、みんなで夏祭りに行かないっすか?」


 あぁ、そう言えばそんなのあったわね。去年は、私も匠馬も行ってないから、すっかり忘れてたわ。


『まぁ別にいいぞ。お前らは?』

「ボクも問題ないのだ」

「まぁ、2人が行くなら私も行こうかな」

「なら、決定っすね! 水琴も大丈夫だよね?」

「うん。もちろん。黒岩の花火は毎年楽しみだからね」


 確かに、黒岩でやる花火は毎年派手にやってるのよね。まぁそこまで、有名って訳じゃないけど、特に何も無いこの辺じゃ、そこそこの大イベントだ。


「それで、クマパイ。来週あるって言ってたっすけど、何の予定があるんか?」

『歌夜と2人でキャンプに行くんだよ』


 あ、ばか!


「ええ!? なんすかそれ!」

『何そんなに驚いてんだよ?』

「だって、ずるいっよ! 歌夜先輩ばっかり!」

『意味がわからん(´・ω・`)』

「えー、理子も行きたいっすよ〜」

「悪いけど無理よ」

「何でっすか?」

「そもそも、キャンプ用品が2人用しかないのよ。それに今回は、原付で行くから、理子ちゃん達の足がないからよ」

「むぅ……」


 私がそう言うと、理子ちゃんはリス見たいに頬を膨らませてむくれてしまう。む、ちょっと可愛いかも。


「なら、仕方ないっすね……」


 随分とまぁ、不満たらたらに言うわね。

 てか、私ばっかりってなによ。あんただって、匠馬と2人でプールに行ってたじゃないのよ。


「もぅ、理子。そんなにむくれないの」

「別にむくれてないもん」

「むくれているじゃない。真田先輩、鳶沢先輩すいません。理子には私の方から、ちゃんと言っときますので、気にせず楽しんで来て下さい」

「うん。ありがとうね、坂本さん」


 初めてあったけど、坂本さんってしっかりしているなぁ。まるで、理子ちゃんの保護者みたいだ。


「っと、そろそろ食べ放題の時間が終わりそうですね。最後に注文済ませちゃいましょう。何か食べたいのはありますか?」

「私はそろそろ、お腹いっぱいだから任せるわ」

「ボクもなのだ」

『俺もだな』

「分かりました。理子は?」

「えっと、じゃあ――」


 ――――――

 ――――

 ――


「ふぃ〜お腹いっぱいっす」

「あんた……最後の最後に頼み過ぎなのよ……」

「う、うぅ……お腹がはち切れそうなのだ……」


 まさか、ラストオーダーで塩タン、カルビ、ホルモン、ロースを5人前ずつ注文するなんて思わなかったわ。残したら、罰金だからみんなにして、無理矢理詰め込む羽目になった。

 あぁ……本当に苦しい……。完全に胃もたれしたわね。


「本当にうちの理子がすいません……」

「坂本さんは、気にしなくていいわよ。悪いのは理子ちゃんなんだから」

「まぁ、美味しかったから、いいじゃないっすか」


 そう言う問題じゃないっての……。


「それじゃ、ここで解散にしよっか」

「了解なのだ」

「はいっす!」

「分かりました」

「じゃ匠馬。帰ろっか」

『おう(`・ω・´)』

「それじゃ、みんなお疲れ」


 私はそう言って、匠馬と一緒に歩き出す。


「あ、ちょっと待って下さいっす!」

「ん?どうかした――は……?」


 私は、目の前の光景を理解出来てなかった。いや、違う。理解はしている。ただ、思考と気持ちが追いついてないのだ。

 だって、そりゃそうだ。理子ちゃんが、匠馬にキスしたんだから。

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