第14話

「んっ」


 ……は?

 理子に呼び止められ振り返ると、目の前には理子の顔があった。そして、俺の唇には柔らかな感触。

 時間にしたら2〜3秒くらいだと思うが、俺にはかなり長く感じた。それくらい、驚き過ぎて完全に思考が止まっていた。


「ちょ、ちょっと理子!? あんた何してんの!?」

「何って、キスだよ?」

「いや、そういう事を言っているんじゃなくて、何で真田先輩にキスしてんのかって、聞いてんの!」

「いやね、プールでのカップル大会で優勝出来たら、クマパイにキスしてあげるって約束したからね」

「あ、あんたね……」


 そういや、そんなこと言ってたな。でもまさか、ガチのキスされるとは思わなかったぞ。

 歌夜と翼ちゃんの方を見ると、2人して、目を点にして固まっていた。多分、俺と同じで理解が追いついてないんだろう。


「あ、あはは〜、理子ちゃんは大胆なのだ……」

「いやぁ〜照れるっすよ〜」

「そ、それじゃ……ボクは、帰るのだ……」


 そう言って、翼ちゃんは逃げるように、走って行ってしまう。


「おぉ、翼先輩、何か凄いスピードで行っちゃったっすね」


 お前のせいだろ……

 何だったら、俺もこの場から逃げたい気持ちでいっぱいなんだよ。

 もうさっきから、心臓がドキドキしっぱなしで、落ち着かない。


「帰る」

「あ、ちょ! 鳶沢先輩!」


 歌夜は、坂本さんの呼び止めに見向きもせず、1人でスタスタと行ってしまう。


「真田先輩すいません! 理子には私から言っときますので、鳶沢先輩を追って下さい!」

『ごめん。ありがとう!』


 俺は坂本さんにそれだけ伝えて、歌夜の後を追った。


 ―歌夜視点―


 モヤモヤする。胸がの辺りが、張り裂けそうなくらい痛いし、頭の中がぐちゃぐちゃして、まともに考えることが出来ない。


「何なのよ……」


 あぁ! もう! 腹が立つ! イライラする!


「!?」


 ただただ、闇雲に行き先も決めずに歩いていた、私の腕を誰かが掴んだ。

 咄嗟に振り払おうと、腕を振るったけど、振り解けなかった。

 はぁ……確認しなくても分かる。匠馬か。


「何よ?」

『何よじゃねぇよ』

「とりあえず、離してくれない」


 私がそう言うと、匠馬はすぐに離してくれた。


「で? 何?」

『何ってお前。あんな風に行っちまうことねぇだろ』

「そうね。悪かったわね」


 何でだろう? 匠馬に強く当たっちゃう。分かってる。匠馬は何も悪くないことくらい。

 匠馬の顔を見ると、どうしたもんかな? みたいな顔をしながら、右頬をポリポリと搔く。匠馬の癖だ。

 あぁ……匠馬を困らせちゃった。


『とりあえず、1回話そうぜ』

「別に話すことなんて、何もないじゃない。匠馬が理子ちゃんと、どうなろうが私はどうでもいいし」


 私はそう言って、家に向かって歩き出した。とりあえず、今は匠馬と話したくない。


 ――――――

 ――――

 ――


 ―翼視点―


 び、びっくりしたのだ……。突然過ぎて、思わず逃げて来ちゃったのだ……。

 おかげで、さっきまでのことが、全部ぶっ飛んで行っちゃったのだ。

 まさか、理子ちゃんが匠馬君にあんなことするなんて。

 あれって、あれなのだ。き、キスってやつだよね? 日本語で言うところの接吻? 口吸い? いやいや、どっちでもいいのだ。

 今大事なのは、理子ちゃんが匠馬君にあの行動をしたってことは、つまりそう言うことなんだよね?


「は、はわわ……」


 いや、落ち着くのだ!

 理子ちゃんとちゃんと話したのは、今日が初めてだけど、何となくそんな雰囲気は、確かにあったのだ。薄々だけども、もしかしてそうなんじゃないかなぁ、って感じはしていたけども!


「い、いくらなんでも、大胆過ぎるのだ……」


 あぁ、ダメなのだ。さっきから、同じようなことを言葉を変えて言ってるだけなのだ。

 ボクってば動揺し過ぎなのだ。

 でも、仕方ないのだ。だって、あんなの初めて見たのだ。うん、そうなのだ。これは、仕方ないのだ。

 そんなことよりも、ボクより歌夜なのだ。多分だけど、ボクより歌夜の方が動揺していたのだ。

 いつも、すました顔している歌夜が、珍しく焦っているというか、戸惑っているような、なんて説明したらいいか、分からない顔していた。

 つまりなのだ。歌夜もやっぱり匠馬君のこと……


「好き、なのだ……?」


 もちろん、本人が言っていたわけじゃないし、あくまでボクの予想だけど、多分間違いなくそうに違いないのだ。

 恐らく、本人は気付いてないと思うけど、今回のことで、ほぼ100%気付くと思うのだ。

 理子ちゃんはいい子だから、匠馬君のことが好きなら、応援してあげたいのだ。でも、歌夜は友達だし、歌夜もその気なら応援したい。


「ふぅ……」


 1回落ち着いて考えるのだ。

 まず、理子ちゃんは匠馬君のことが好き。匠馬君は、今回のとこで、理子ちゃんの好意を知ったはずなのだ。歌夜は匠馬君のことが好き。ただし、無自覚の可能性がある。匠馬君は多分、歌夜の好意を気付いてない。

 図にすると、こんな感じかな。


 理子ちゃん(匠馬君ラブ)→匠馬君(キスで気付いた)。歌夜(無自覚だけどラブ)→匠馬君(多分気付いてない)。


 うん、これってあれなのだ。三角関係ってやつなのだ。まさかの、漫画のような出来事なのだ。

 てか、これってさ、匠馬君が鈍感なのがいけないんじゃないのかなのだ?


「た、匠馬君……何やってるのだ……」


 いや、うん。やっぱりというか、なんというか、匠馬君が悪い気がするのだ。

 そもそもなのだ。歌夜みたいな、あんな絵に書いたような美人と、同じ屋根の下で暮らしている上に、幼なじみのくせに、今まで何もない方がどうかしているのだ。普通だったら、とっくにくっついていても、何もおかしくないのだ。


「はぁ……」


 こんなこと考えても仕方ないのだ。とりあえず、現状を受け入れるのだ。2人は匠馬君のことが好きで、匠馬君は鈍感で唐変木。

 あぁもう……匠馬君ってば本当に何やってるのだ……


「ボクはどうすればいいのだ……?」


 ――――――

 ――――

 ――


 ―理子視点―


「はああぁぁ〜」


 クマパイと歌夜先輩、それと白井先輩が帰り、理子と水琴の2人だけになったのを確認して、大きなため息と共に理子は、その場にへたり込んだ。


「ちょ、理子? 大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないよ〜」


 我ながら中々、いや、とんでもないことをしてしまった。


「あうぅ〜」


 顔が熱い。鏡を見なくても分かる。間違いなく理子の顔は、真っ赤になっているだろう。


「もう、そんなになるくらいなら、あんなことしなければ良かったのに」

「うぅ……だってぇ」

「だってじゃないわよ。とりあえず、何であんなことしたのか、理由を聞かせなよ」

「分かった……」


 とりあえず、店の前じゃ迷惑だから、近くの公園まで移動することにした。途中、自販機でジュースを買って、2人でベンチに腰掛けた。


「で?」

「いやね。さっきも言ったけど、プールデートに行った時に参加した、カップル大会で優勝出来たらキスしてあげるって、クマパイに約束したんだよ」

「その話って本当なの? 理子の妄想じゃなくて?」

「違うよ。言ったのは本当だよ」


 もう、酷いなぁ。

 水琴って、絶対に理子のことバカだと思ってるよね。まぁ、あながち間違ってないから、否定は出来ないんだけどさ。


「一応確認なんだけど、その約束って真田先輩は了承したの?」

「し、してないね……」


 確か、クマパイが頑張っている時に、冗談めかして言ったはずだから。


「あ、あんたねぇ……」

「に、にひひ〜」

「にひひ、じゃないっての!」

「あ痛!」


 う、うぅ……久々に水琴からチョップされた。これ地味に痛いんだよね。


「ったくもう……」


 あぁ、水琴が色々と言いたげな顔をしながら、頭かかえちゃった。


「まぁ、もうやってしまったものは仕方ないか。でもさ、理子が真田先輩のことを好きなのは、知ってるけど、いくらなんでも今回は攻めすぎじゃないの?」

「うん。理子もそう思う」

「分かってるのに、やったって……あんたねぇ」

「だ、だってさ……歌夜先輩に負けたくないって思っちゃったんだもん……」


 クマパイと歌夜先輩が、2人でキャンプに行くって聞いた時、心がザワついた。何か起こさないと、そのまま歌夜先輩にクマパイを取られちゃうんじゃないかって思った。

 そんなことを思ってしまったら、行動せずにはいられなかった。


「それに……」

「白井先輩のこと?」

「うん……」


 はぁ、流石水琴だね。何でもお見通しか。


「確かに、歌夜先輩に加えて白井先輩もとなると、理子には勝ち目が無くなるね」

「そんな、はっきり言わなくてもいいのに」

「いやいや、ここははっきり言わせてもらうよ。だって本当のことだもん」

「うぅ……確かにそうだけどさぁ」


 もうちょっと、言い方ってもんがあるでじゃん。わざわざ、傷口にナイフで攻撃するみたいな事、しなくてもいいじゃんさ。


「でもまぁ、今回は失敗だったと思うよ」

「その心は?」

「鳶沢先輩が真田先輩のことを意識しだしたことだね。今までは、仲のいい幼なじみで、家族みたいな感じで接していたから、鳶沢先輩は真田先輩への好意に気が付かなかった。だけど、それが崩れてしまった。多分だけど、まだはっきりとは気付いてないと思うけど、それも時間の問題かなぁ」


 確かにそう言われると、急ぎ過ぎたのかもしれない。いや、しれないじゃなくて、間違いなく急ぎ過ぎた。


「うわぁぁ〜、水琴〜どうしよう〜」

「あぁ、はいはい。泣かないの。でも、メリットもあったよ」

「ふえ?」

「今回のことで、確実に理子のことを真田先輩に、意識させることが出来た。これはかなり大きいよ」

「本当に?」

「うん。だって、あの鈍感、唐変木、朴念仁の真田先輩だよ。普通にアタックしてたら、一生かかっても絶対に気が付かない。その人に意識させることが出来たんだもん」

「な、なるほど」


 理子の好きな人が、すっごいボロクソに言われているけど、反論出来ないくらい納得しちゃったから、ここは何も言わないでおこう。


「それでも、トータル的にはマイナスなのは変わらないんだけどね」

「上げておいて落とすの止めよう!?」

「後は、気を付けるべきは、白井先輩だね」

「そうなんだよねぇ」


 多分あの人は、近いうちに必ずクマパイのことを好きになると思う。

 女の勘っていうのかな?


「ま、精々頑張りなさい。私は理子のこと応援しているから」

「うん、ありがとう水琴」


 ――――――

 ――――

 ――


 ―匠馬視点―


「匠馬。明日、朝7時に出発だから寝坊しないでね」

『了解した∠( ̄^ ̄)』

「じゃ」


 歌夜は、それだけ行って俺の部屋から出ていく。

 やれやれ、参ったなこりゃ……

 あの日以来、歌夜は俺に素っ気ない。何だったら、まともに会話してない。

 おかげで、家の中の空気が、とんでもないくらい重たい。あの朝姫さんですら、歌夜の機嫌を伺う始末だ。

 はぁ……こんな状態で、2人で1泊2日のキャンプかぁ。そこそこ、いや、かなり楽しみにしてたんだけど、今となっちゃ、少し気が重い。色々と準備していたから、今更キャンセルも出来ないしなぁ。

 ったく……理子のやつ、本当にやってくれたな……

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