第40話

 12月24日。

 ついにこの日がやってきた。俺達の約束の日だ。

 昨日のうちに、3人から時間と場所の連絡がされているから、後は俺が向かうだけだ。

 正鷹のおかげで、俺の心は決まっている。もう迷いも後悔もない。


「匠馬居る?」

「居ますよ」

「入るよ〜」


 そう言って入ってきたのは、朝姫さんだった。


「どうしたんすか?」

「んー? まぁ何となくね。どうしてるかなってさ」

「そうっすか」


 今日のことは、朝姫さんは知っている。どうやら、歌夜から全部聞いているみたいだ。


「匠馬はまだ行かないの?」

「俺もそろそろ行くところですよ」

「そっか。もう決まってるんでしょ?」

「はい」

「なら、私から言うことは何もないね」


 朝姫さんはそう言うと、俺の頭を優しく撫でる。


「急になんすか?」

「いやさ、いい顔するようになったなぁって思ってね」

「そうですか?」

「うん。匠馬が家に来た時に比べたら、もう別人ぐらいにね」


 前の俺って、そんなにダメな顔してたのかな? 自分では、あんまり変わってないと思うんだけどな。


「ねぇ匠馬」

「はい?」

「私もね。歌夜ちゃんと同じで、匠馬がどんな決断をしても、私達は家族だからね」

「ありがとうございます」

「うん。よし、んじゃ行ってきな!」

「はい」


 朝姫さんに送り出されて、俺は目的の場所に向かった。


 ――――――

 ――――

 ――


「雪……か」


 見上げると空からチラチラと雪が降ってきた。予報では、夜からのはずだったんだけどな。

 でもまぁ、この感じなら積もることはないか。

 それにこれはこれで、悪くはないだろう。ホワイトクリスマスってやつだ。やれやれ、神様も粋なことするもんだな。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的地に着いたようだ。

 彼女は、壁に寄りかかりながら、ぼんやりと空を見上げて待っていた。

 俺はゆっくりと彼女に近づいて声をかける。


「よう」

「あ……」

「お待たせ。翼ちゃん」

「匠馬君……」


 ――――――

 ――――

 ――


「どうもっす……」

「やっぱり……ね……」


 指定した時間から30分ほど過ぎてから、理子ちゃんがやって来た。

 そう……匠馬じゃなくて、理子ちゃんが来たのだ。


「にひひっ、や〜っぱり待ってたんすね。カヨパイ」

「まぁね。理子ちゃんは、随分と早く引き上げて来たのね」

「あそこで待っていても、ただ虚しいだけっすから……」

「ま、それもそうね……」


 こういう場合、匠馬が時間に遅れるってことは絶対にない。つまり匠馬が選んだのは、私でも理子ちゃんでもなく、翼っていうことだ。


「いやぁ……振られちったっすね……」

「そうね」

「にひひ……分かってはいたんすけど、やっぱり辛いっすね……」

「うん……そうだね……」


 こうなることは、何となく分かっていた。

 匠馬は、気が付いてなかっただけで、ずっと前から翼のことを特別な存在として見ていた。

 それについては理子ちゃんも気が付いていたのだろう。出なきゃ私のところに来たりしない。


「う、うぅ……」

「あーもう、ほら泣かないの」


 ポロポロと子供のように泣き出してしまう理子ちゃん。私は、自分の袖でその涙を拭ってあげる。

 ったく……泣きたいのは、こっちも同じなのにこれじゃ泣けないじゃないのよ。


「カヨパイ……ご、ごめんっす」

「謝るくらいなら、泣かないでよ」

「分かってるんすけど、止まらないんっすよ〜」

「はいはい。分かったから」


 その気持ちは、痛いほど分かる。頭では分かっていても、気持ちと体が追いついていかないんだ。

 私もこうやって、強がってはいるけど少しでも油断すると、涙が零れて止まらなくなりそうだ。


「カヨパイ……」

「ん?」

「お腹空いたっす……」

「知らんがな」


 なぜこのタイミングで、お腹空いたになるのよ。ちょっとしんみりした雰囲気が、ぶち壊しじゃないのよ。


「だって〜、緊張して朝ごはんが喉を通らなかったんっすもん!」

「いや、知らんがな」

「だから奢って下さいっす」

「何でそうなるのよ……」

「いいじゃないっすか〜。理子は今振られて、傷心中なんすよ」

「それは私も一緒なんだけどねぇ……」


 あれ? おかしいな。さっきまで、泣きそうだったのに、今は妙にイラッとしてきた。多分、このいつもの感じでツッコミを入れたからかな?


「はぁ……分かったわよ。何か奢ってあげる」

「お、マジっすか?」

「マジよ。その代わりにこの後、私に付き合いなさい。憂さ晴らししたい」

「おー、それは名案っすね。なら、ご飯食べた後にカラオケとかどうっすか? 理子奢るっすよ」

「ん。乗った」

「にひひっ、それじゃ早速行くっすよ!」

「はいはい」


 ――――――

 ――――

 ――


「ボクは夢でも見ているのだ?」

「現実だよ。ほれ」

「うひゃ! 冷たいのだ!」


 俺は歩いているうちに、冷えて冷たくなった手を翼ちゃんの頬に当ててやる。


「うぅ……現実なのだ」

「だからそう言ってるだろ」


 実を言うと、ポケットに手を入れるのを忘れるくらい緊張して来ている。平静を装っているけど内心ビクビクのビビりまくりだ。だから、夢とかマジで勘弁なんだよな。


「ねぇ……匠馬君?」

「ん?」

「ここに来たってことは……」

「あぁ、俺は翼ちゃんを選んだ。いや、言い方が違うな。俺は翼ちゃんが好きだ」

「うん。ありがとうなのだ……」


 翼ちゃんは、真っ赤になった顔を隠すように俯きながら言った。


「1つ聞いてもいいのだ?」

「何だ?」

「何でボクを選んでくれたのだ?」

「まぁ、理由は色々だ」

「むぅ……その言い方はずるいのだ。もっと具体的に言ってほしいのだ」

「分かったよ。だから、そんなにむくれるなって」


 リスみたいに頬を膨らませた、翼ちゃんの頬をつついて空気を抜いてやる。


「ちょっと何かいい事があった時、面白そうなことや美味い飯屋を見つけた時、俺は真っ先にに翼ちゃんに教えてやりたい」

「え?」

「いいから黙って聞いてくれ」

「わ、分かったのだ……」

「もし翼ちゃんと喧嘩したら、めちゃくちゃへこむし、翼ちゃんが困っていたら全力で助けてやりたい」

「……」

「仮に翼ちゃんが居なくなったらすげぇ寂しくなるし、翼ちゃんが他の男と仲良くしていたらすごく嫉妬する」

「うん」

「つまりな。俺は翼ちゃんの為だったら、何事にも全力になれるんだよ。楽しいことは2人で共有したい。嫌なことは2人で乗り越えたい。そう思えるくらい、俺は翼ちゃんが好きだ」

「ふふっ、匠馬君ちょっと思いのだ」

「う、うるせぇよ……」


 んなことは、言われなくても分かってるよ。自分で言っていて、マジでキモイなって思ってましたよ。

 でも仕方ないだろ。これが俺の気持ちなんだからさ。


「でも、匠馬君の気持ちは伝わったのだ」

「お、おう……」

「ねぇ匠馬君。実はボクからも1つ、言わないといけない事があるのだ」

「何だ?」

「ボク高校を卒業したら、東京の大学に進学する事になったのだ」

「初耳なんだが……」

「まぁ、今言ったから当たり前なのだ」

「え、えぇ……」


 そんな当然みたいな顔で言っちゃうの? こんな大事なことを?


「因みにそのことは、歌夜や理子には?」

「2ヶ月くらい前に伝えてあるのだ」

「……」


 うん。やっぱりそうか。

 何となく、今までの経験で分かっていたよ。いたけどさ、何で俺だけ仲間はずれにされてるのかな?

 普通に寂しいし悲しいです。流石の匠馬さんも泣いちゃいますよ?


「とりあえず、黙ってた理由を聞いてもいいですかね?」

「この事を先に言ったら、匠馬君が変に気を遣いそうだと、思ったからなのだ。2人に言ったら納得してくれたのだ」

「あぁ……そう……」


 何でだろう? 何かその場面がすげぇ想像出来たわ。


「それでどうするのだ?」

「ん? 何がだ?」

「さっき匠馬君は、ボクが居なくなると寂しいって言っていたのだ。だから……今ならさっきの告白、聞かなかったことにしてあげるのだ。歌夜か理子の所に行っても――痛っ!」


 俺は、訳の分からんことを言い出した翼ちゃんに、デコピンを食らわしてやる。


「な、何するのだ!」

「翼ちゃんがバカなこと言うからだろ」

「バカじゃないのだ!」

「いーや、バカだね。大バカだ」

「ボクはここから居なくなるのだ……あっちに行ったら忙しくなるのだ。ほとんど会えなくなるのだ」

「確かに、それは寂しいよ。でもさ、全く会えなくなる訳じゃないだろ? それにな、俺はその程度のことで、翼ちゃんを嫌いになったりはしないぜ」

「ずるいのだ……」

「ずるくて結構だ」


 翼ちゃんはそう言うと、俺の胸に頭を預けて来た。俺はその頭を優しく撫でてやる。


「1つ約束してほしいのだ」

「何だ?」

「1年だけ待ってあげるのだ。だから、匠馬君が卒業したら、ボクを迎えに来てほしいのだ」

「それって、同じ大学に来いってこと?」

「そこまで言ってないのだ。そもそも匠馬君の学力じゃ無理なのだ」

「ひっでぇな……」


 いやまぁ……翼ちゃんが行く大学なんだから、相当頭がいいんだろうけどさ。でも、少しくらいは言い方を変えてほしかったぜ。


「どうするのだ?」

「分かったよ。俺なりのやり方で、必ず翼ちゃんを迎えに行くよ」

「約束なのだ。もし来なかったら、桃花さんに頼んで、お仕置してもらうのだ」

「それだけはマジで止めてくれ……」


 あの人のお仕置とかマジでシャレにならん。命がいくつあっても足りる気がしない。

 てか、いつから桃花さんに、そんなことを頼めるくらい仲良くなったんだよ。


「ねぇ匠馬君」

「ん?」

「本当にボクでいいのだ?」

「もう1発デコピン食らいたいのか?」

「ち、違うのだ! ただ、最後の確認がほしいだけなのだ……」


 ったく……そんなに不安そうな顔するなよ。


「俺は翼ちゃんがいいんだよ。これからの人生、翼ちゃんとずっと一緒にいたい」

「ば、バカなのだ!? それは告白じゃなくて、プロポーズなのだ!」

「え? あ、あぁ……」


 言われてみれば確かにそうかもしれん。やばい完全に無意識だったわ。

 でもまぁ――


「これが俺の嘘偽りない気持ちだ」

「……やっぱり匠馬君、ちょっと重いのだ」

「嫌か?」

「嫌じゃないのだ」

「なら、よかった」

「匠馬君。大好きなのだ」

「あぁ俺もだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る