第41話 最終話

「匠馬君! そろそろ起きてなのだ!」

「ん……?」


 体をゆさゆさと揺らされ目を覚ます。目を開けると、不機嫌そうな顔をした翼ちゃんがいた。


「おぉ……おはよう」

「おはよう匠馬君。よく眠れたのだ?」

「何でそんなに不機嫌なの?」

「そんなの飛行機に乗ってずっと、寝てるからに決まってるのだ!」


 えぇ……たったそれだけの理由なの?


「今、たったそれだけの理由で? とか思ったのだ」

「何で分かったんだよ。エスパーかよ。普通に怖いよ」

「ふふん。ボクを誰だと思ってるのだ」

「俺の可愛い嫁さん」

「そうなのだ。その可愛いお嫁さんを、よくもずっと放ったらかしで、寝てくれたのだ!」

「ご、ごめんって……」


 あの日から7年の月日が経った。先月、ようやく俺と翼ちゃんは籍を入れて、2週間ほど前に結婚式をあげた。んで、今は新婚旅行に向かう飛行機の中だ。


「まったくもう……」

「ごめんって。ちょっと疲れてたんだよ」

「流石、世界チャンピオン様なのだ」

「その呼び方は止めてくれよ……」


 翼ちゃんとの約束を守る為に、どうにか東京の大学に進学しようと思ったんだが、俺の学力では不可能だった。

 どうしたもんかと、途方に暮れていたら、桃花さんが東京にある知り合いのボクシングジムを紹介してくれて、俺はそこに入ることになった。と言っても、高校までは地元のジムに仮でお世話になってたんだけどな。

 んで、高校在学中に何とかプロデビューすることが出来た。今のところ負け無しなんだけど、なかなか世界戦のチャンスに巡り会えなかったんだが、去年ようやく世界チャンピオンになることが出来た。


「悪かったよ。後でちゃんと埋め合わせするから、許してくれ」

「約束なのだ」

「おう」


 因みに翼ちゃんは、大学在学中に企業した会社が大成功して、今じゃそこそこ有名な会社の社長になっている。

 本当に翼ちゃんの天才ぶりには、驚かせまくってるよ。


「それにしても、他の皆とも一緒にきたかったのだ」

「まぁ、それは仕方ないだろ。皆も忙しいんだからさ」

「分かってるのだ」

「お土産、いっぱい買ってこうぜ」

「うん」


 あれから7年だ。当然、みんな社会人となって忙しくしている。

 歌夜は高校の時に組んだバンドで、メジャーデビューをして、あっちこっちのテレビに出演している。今や紅白にも常連になった有名バンドだ。

 理子は坂本さんと一緒に、保育園の先生になった。最近じゃ、モンスターペアレントが多くて大変だって嘆いていたけど、何だかんだ楽しくやってるらしい。まぁ、あいつは子供が好きだから天職なんだろう。

 正鷹は、ドラフト1位指名でプロデビューをした。プロでは色んな賞を取って、球界のスター選手だ。因みに、一昨年に七星先輩と結婚して子供もいる。

 その七星先輩は、日本のプロゲーマーとなった。何でも世界大会でも活躍している、トップゲーマーらしい。

 総司と凛は親の探偵事務所を引き継いだ。その業界では、有名で仕事がひっきりなしに来るとのことだ。

 桃花さんは今でも教師を続けている。驚いたのが、俺達が高校を卒業してすぐに結婚したことだな。桃花さんの家業の方は、旦那さんに継いでもらったんだと。と言っても、実際のトップは桃花さんに変わりはないらしい。俺らの結婚式の時に久々に会ったけど、結構幸せにやってるみたいだ。

 朝姫さんは……まぁ変わらずだ。仕事に行って帰ってきて酒飲んで寝ての繰り返しだ。ただ、親父さん達から、いい加減結婚しろと言われて、最近婚活を始めたらしい。結果はあんまりよろしくないみたいだけどな……。

 翼ちゃんの実家である、青空孤児院は、翼ちゃんの収入のおかげで、かなり安定しているらしい。チビッ子達も行きたい学校に進学して、それぞれ青春を楽しんでいるようだ。

 まぁこんな感じで、みんな忙しくも楽しくしている。とてもいい事だ。


「っと、そろそろ着陸なのだ」

「そうだな」


 相変わらず、この着陸だけは、どうしても慣れないんだよなぁ。

 どうにも、墜落しそうだって考えてちまって、ビビっちまうんだよ。


「あれ? もしかして、また怖がっているのだ?」

「うるせぇよ……」

「もぅ、仕方ないのだ。手を繋いであげるのだ」

「……ありがとうございます……」

「よきにはからえなのだ」


 よきにはからえって……まぁいいけどさ。


 ――――

 ――


「ふぅ……何とか無事に着陸出来たな……」

「どんだけ心配してたのだ……」

「いや、やっぱ怖いじゃん」

「飛行機って世界で1番安全な乗り物だって、聞いたことあるのだ」

「俺はそんな話は信用しないぞ」


 だって、空飛んでるんだぞ。そんなもんが安全な訳あるか。


「はぁ……ほんとビビりな旦那さんなのだ」

「あぁ、だからしっかり支えてくれよ。頼りになるお嫁さん」

「あはっ、任せるのだ」


 やれやれ、結婚してもこの感じは変わりそうにないな。

 俺が高校を卒業してから、割とすぐに同棲を始めた。その時から、いつもこんなノリでやっている。因みに、家でのパワーバランスは翼ちゃんの方が上だ。多分、今後も変わることはないだろう。


「なぁ、今更なんだけど、何でスペインなんだ?」

「本当に今更なのだ……」

「聞く機会がなかったからな」

「まぁ、それもそうなのだ」


 俺達の新婚旅行先は、翼ちゃんの希望でスペインだ。

 俺としては何処でもよかったから、特に反対することもなく、二つ返事でOKしたんだよな。


「ボクが前に1人でスペインに行ったの覚えているのだ?」

「確か、俺と歌夜が修学旅行に行ってる時に、行ったんだっけ?」

「そうなのだ」


 あの時にもらったお土産のお菓子が、結構美味かったんだよな。


「本当に楽しかったのだ。だから、また来たいなってずっと思ってたのだ」

「なるほどな」

「あ、そうだ。匠馬君に1つ面白い話をしてあげるのだ」

「ほう。なんだよ?」

「うん。前にスペインに行った時に、少し日本語が読める人に会ったのだ。その時にボクの名前をしろいつばさって間違えたのだ」


 まぁ翼ちゃんの旧姓である白井しらいは、しろい、とも読めるからな。


「それでね。その人が教えてくれたのだ。日本語訳で、しろいつばさって読めるスペイン語の単語を」

「へぇ、それは?」

「プルマ・ブランカなのだ!」

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プルマ・ブランカ 宮坂大和 @miyasakayamato

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