第11話 誤解と訂正 ~side壱成~

別の依頼先に、打ち合わせに行くついでに送ると言い張って、つぐみを会社まで送り届けてから戻ると、大浜が数時間前と同じにやにやした笑顔を向けてきた。


「大浜、その妙な視線やめろって言ってるだろ。さんざんつぐみさんにも突っ込まれたんだからな」


車のキーを保管ボックスに入れながらクレームを入れる。


おかげで妙な方向から突っつかれて対応に困った。


さすがに今の状態の本人を目の前に、誉め言葉を並べるわけにも行かないし。


「コンビニにしては、遅かったのねー」


荷物を取りにデスクに戻った時に、行先を聞かれて、咄嗟にコンビニと嘘を吐いたのだ。


目ざとい大浜は、近所のコンビニ袋をチェックして、さらに笑みを深くする。


ここから、つぐみの会社までは車で20分程の距離だ。


比べてコンビニは、車で5分少々。


どこに行っていたかバレバレである。


どうせなら、つぐみの会社の近くにあるコンビニに寄れば良かった。


いや、寄ったら寄ったで、わざわざそんなところまで、と突っ込まれるに違いない。


最初の打ち合わせの際に、次郎丸が参考になればと提出してくれた、スケッチブックのコピーを、大浜の前で手放しで誉めた事が今更ながら悔やまれる。


所謂、一目ぼれというやつだ。


新シリーズの具体案がまだ決まっていないとの事だったので、デザイナーの方向性だけでも掴んでおければ、設計の際に役立つかな、位の軽い気持ちで受け取ったコピー。


次郎丸のカオスなカバンの中から取り出された、四つ折りのコピー用紙を開いた瞬間、描き手の想いが溢れてきた。


この絵を描いた人物は、間違いなく自分の仕事に誇りを持っている。


大好きな仕事に携われることが、幸せで仕方ないのだろう。


何度も色を重ねて描かれた柔らかい色合い。


丁寧な描写と、書き添えられたアイデアのメモ。


パソコン仕事に慣れきっていた六車にとって、それは新鮮な刺激になった。


空間デザインとはまた違った世界で、同じ様に情熱を注いでいる人がいる事が、素直に嬉しかった。


当たり前のように何人もの同業者に会って来たけれど、一度もそんな感想を持ったことは無かった。


次郎丸の口から語られる”つぐみ”というデザイナーの話に耳を傾けるうちに、ますます本人に会いたい気持ちが強くなった。


”女の子で良かったと思える靴が作りたいんです!”


志望理由をそう語ったつぐみの熱意は、次郎丸の心を動かし、最終候補3人まで絞られたデザイナーの中で、唯一珍しい名字だからこの子!という、前社長の一存で採用が決まったらしい。


入社以来、次郎丸の下で地道に努力を重ねて、何足もの靴を生み出してきた。


普段は自分から進んで意見を述べるタイプではないが、デザインの事になると、絶対に妥協を許さず、納得できるものが描けるまで自分を追い詰める頑固さと、ストイックさを秘めていた。


一緒に出掛けても、お洒落な服装の女性に最初に目を付けるのは決まってつぐみで、その場で靴のデザインをした事もあったらしい。


人の足元ばかり見る癖がついてしまい、必死に事業を拡大しているうちに、可愛い部下は三十路手前になっていてまだ嫁に出せていない、と自嘲気味に笑う次郎丸の表情には、深い愛情が満ちていた。


アメリアが、軌道に乗った今だから、もう一段ステップアップさせる仕事を与えてやりたい。


今回の新シリーズに寄せる次郎丸の期待を感じるたび、つぐみが生み出す新しいデザインが、楽しみで堪らなくなる。


時間が取れないという理由で、2回目の打ち合わせを次郎丸とふたりで終えた後、アイデアを膨らませる為店舗を覗きに行く事に決めた。


実際に出入りする客層を見るのも大切な仕事のひとつだ。


ターゲットの女性客が引き寄せられるような店舗でなくては意味がない。


平日の夕方の時間帯。


駅直結のショッピングモールの中に入っている店舗は、天候を気にせず買い物できる為、学校帰りの学生や、夕飯の買い出し中の親子連れでにぎわっていた。


アパレルショップが並ぶフロアを奥へ進むと、アメリアの店舗が見えてくる。


客は多くはなく、店員のひとりが接客中だった。


婦人靴専門店なので、当然のことだが男性は一人もいない。


この客が捌けたら、スタッフに軽く挨拶をして話を聞こうと決めて、店先に留まる。


しばらくすると、女性客の質問を受けた店員が、店の奥に向かって声を上げた。


「すいませーん、つぐみさーん!」


聞き覚えのある名前に、思わず店舗の中に視線を向けてしまう。


次郎丸から、彼女が店舗を回って情報収集をする事も多いと聞いてはいたが、こんなところで遭遇するとは思っていなかった。


妙な緊張が走る。


落ち着かない気持ちのままで待つこと暫く。


すらりとした長身の女性が、足早に店先にやってきた。



「はーい、お待たせしました!」


「こちらのお客様が、中敷きのことでお聞きになりたいそうです」


店員の言葉に頷いて、笑顔を浮かべたつぐみが、お伺いしますと答える。


もっとフワフワしたタイプの女性かと思っていた。


年相応に落ち着いた、丁寧できちんとした印象を受ける。


ストンとしたロングスカートのせいもあってか、薄い身体が余計縦長に見えた。


次郎丸が”あいつはなんていうか、ひょろっとしてるんだけど、ちゃんと芯がある・・なんっていうか、竹みたいな感じなんだよな”と表現していた言葉がしっくりときた。


”しなやか”なのだ。


小柄な女性客に合わせてか、背中を丸めて首を傾げる様子がまさに、竹がしなっているように思える。


次郎丸に情緒なんて持ち合わせているわけがないと、はなから決めつけていた自分の固定観念が覆された。


既存サイズの靴で合わないという女性客の要望に、相槌を打ちながら、中敷きを手に取って説明を始める。


学生時代に突き指を繰り返したせいで、太くなったと嘆いていたらしい指先が、中敷きの上で踊る。


今、足に合わせて切ってみましょうか?というつぐみの提案に、女性客が遠慮しながらも頷いた。


「可愛く、楽しく履きこなして頂く為のお手伝いをさせてくださいね」


「それ、素敵ですね!」


つぐみの言葉に、女性客が弾かれたように微笑む。


つられたように、つぐみが照れくさそうに笑った。


「ありがとうございます」


仕事場の女性たちも、ヒールの靴は小指が痛くなるだの、可愛い靴は踵がすれるだのと愚痴をこぼしていた。


可愛いだけの靴では、女の子で良かった、と思えないんだろう。


履いた自分が楽しめて初めて、満足感を得られる。


作り手の気持ちがひしひしと伝わってくる。


”居心地がいい、雰囲気がいい”


”居座りたくなる”


空間デザインに携わる人間として、目標にしている評価だ。


立つ土俵は違うけれど、別の分野で、同じように切磋琢磨している人間がいる。


今、自分の目の前に。


背筋が伸びる思いがした。


この後、勢いのまま挨拶なんてしようもんなら”デザインを見た時から好きでした”と告白してしまいかねない。


六車の周りに集まってくる女の子たちに、ご機嫌取りで口にする甘ったるいセリフは何一つ思い浮かばなかった。


出てくるのは、陳腐な言葉ばかりだ。


そのまま踵を返して、店先から離れる。


妙に胸が苦しくて、落ち着かない。


情けない位動揺している自分がいる。


デザイナーのつぐみは、実在したのだ。


六車が、紙の上で思い描いていた通りの女性だった。


彼女の口から、デザインの説明を受けたい。


これから、どんな靴を生み出していこうと考えているのか。


どんな店舗なら、彼女の靴を飾るに相応しい場所になるだろう。


アメリアに向けるつぐみの情熱を、ひとつも損なうことなく。


彼女の願いの込められたデザインにより添える空間を作りたい。


「さっきから、熱心に見つめちゃって。もしかして、デザイナーさんに会えたの?」


ホワイトボードに行先を書き込んでいたので、店舗視察をしていた事を知っている大浜の問いかけに、六車があっさりと頷いた。


「アメリアで働くことを心底誇りに思ってる人だった。この絵を描く人が、ちゃんと実在するって分かって、感動したよ」


「へー・・美人だった?」


「しなやかで、綺麗な人だったよ」


「はー・・・そう」


「なんだよ、訊いてきたのそっちだろ」


「六車の口から、可愛い以外の女子の褒め言葉、初めて聞いたかも」


口笛を吹いて、ごちそうさま、と茶化す大浜を睨み付けて、確かに身近にいないタイプの女性だしな、と自分を納得させた。



★★★



「好きな子には意地悪したくなるタイプだったんだな、お前」


向かいの席でパソコンに向かっていた先輩社員の由井が口を挟んでくる。


「意地悪してないでしょ、別に」


「いや、してるだろ、少なくともあのデザイナーさんはそう思ってるぞ、なあ、大浜!」


「そうですねぇ。やたらめったらちょっかい出してくる年下の面倒くさい男、って思ってるでしょうね」


「俯いてんのは、勿体無いなと思ったんだよ。それだけ」


彼女の持っている才能や感性は間違いなく素晴らしいものだ。


けれど、それらの武器が強いのではない。


武器を持った彼女自身が強いのだ。


もっと自信を持てばいいのに。


身長を気にして、自分を薄めて周りに馴染もうとする後ろ向きなところも、六車には理解できない。


今時背の高い女性なんていくらでもいる。


事あるごとに自己否定から入る彼女のネガティブ思考が、何より許せなかった。



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