第28話 ご注文はケーキですか?

「わー・・お店の中もすっかりクリスマスですねー!あ、このミニツリー可愛い!!」


placideの店に入ってすぐにあるレジカウンターの上に置かれた、ガラス細工のクリスマスツリーに気付いたつぐみが足を止める。


オーナメントもすべてガラス製で、小さな天使や星のモチーフが、ピアスのように引っ掛けるデザインになっていた。


「でしょー!うふふ、つぐみちゃんお目が高いわぁ!それ、一目惚れして買ったのよー!可愛いでしょ!」


「すっごく可愛い!!え、これもしかしてクリスマス終わったら、アクセサリースタンドとしても使えるんじゃ?」


「そうなのよー!ブレスレットやピアスを掛けて使えるの!しまいこまなくていいデザインっていいわよねー」


「分かりますー!ええ、やだ、これほんと可愛い欲しい!」


「買っちゃう?ネット注文だから、後でお店のアドレス教えるわよ」


「いいんですかー?わー嬉しい!家、クリスマスっぽいものがあんまり無くて・・一人暮らしだし、あれこれ飾るのも虚しいなと思っちゃって」


玄関に置かれたサンタの置物が唯一の飾りと言ってもいいぐらいだ。


基本的に自宅にあまり人は呼ばないし、わざわざツリーを買って飾るようなマメさもない。


大きなツリーは、仕事場に飾られていたし、商品展示室は常に季節ごとのアイテムで彩られているのでお腹いっぱいだ。


わざわざ空の段ボールに包装紙を張り付けて、イミテーションのプレゼントまで作って積み上げる次郎丸の全力投球クリスマスを間近で見ていたせいか、自宅はシンプル一筋になっていた。


「なーに言ってんのよ!今年は六車くんとラブラブクリスマスでしょー?レストランで食事して、夜景とか見に行って、お部屋にお泊りとかするんでしょ?あ、それか、高層階のホテルで豪華ディナーとご宿泊プランかしら?」


「え!?い、いえっ特になにもっ」


身を乗り出すすみれに苦笑いを返す。


クリスマスデートの話題すら出ていません。


お店はクリスマスセールとその後に控える初売りセールの準備で大わらわだし、クリスマスが土休日という最高のお出かけ日和に呑気に休暇を取るわけにも行かない。


世間のカップルと家族連れが幸せいっぱいのハートを飛ばしまくる街の片隅で、朝から晩まで接客づくめの一日を過ごす予定だ。


恐らく、そのスケジュールを分かっていて、だから何も言ってこないのだろう。


そもそも彼氏とクリスマスを過ごした事も無ければ、社会人になってからこちら世間一般的な王道クリスマスを味わったことも無い。


仕事が終わる時間にはケーキ屋は閉まっているし、あらかじめ冷凍ケーキを会社で予約しておいて、一日お疲れ様の意味でみんなで乾杯して、翌日に備えて早めに帰宅する。


本当のクリスマス会は会社でセールが終わった後に行われるので、つぐみのクリスマスはいつも少し遅れてやって来るのだ。


それでも、彼氏というものが出来てからは、世の動向も今まで以上に気になるようになった。


これまでなら、クリスマスシーズンの売れ行き予想の為に、ファッション誌を買い漁って、準備をしつつ、福袋のアイテムを選出しつつ、初売りに向けた最終チェックで手一杯だったのに、それに加えて、カップルに人気のデートスポットだの、プレゼントベスト5だの、大人のデート服決定版だのと、気になるワードを追いかける事に必死の日々だ。


去年までの自分なら、世間のカップル、ご家族の皆様、幸あれ!位の穏やかな気持ちだったのに。


今年は、その中の一人に自分の名前も加わっているのだ。


知らないふりは出来ない。


恋人という列車に飛び乗ったのは自分で、そのレールはまだ続いているし、続いていく、はず、なのだから。


いかにもカップルらしいデートは無理でも、クリスマス前後に時間を取ってケーキくらいは一緒に食べたい。


でも、年末になると、第二の仕事の波がやって来るし・・・一般の会社の仕事納めのスケジュールも分からない。


春に向けて、アメリアとサクヤの新作も考えたくて、ここ最近は店に来るといつも以上に無言で過ごしてきた。


スケッチブックに向かって話しかける回数の方が断然多かった。


どこまでも普通のカップルとはかけ離れたお付き合いのスタイルだ。


彼の中で溜まっている不平不満があったらと思うと恐ろしいが、考えても仕方ない。


悔しい事に、コト恋愛に関しては、あっちのほうが、一枚も二枚も・・・三枚も四枚も・・上手、なのよっ!!


どれだけつぐみが背伸びをしてみても、きっと一生届かない。


万一つぐみが浮気でもして恋愛経験値を一気に稼いだら話は別だろうが、仕事場と会社の往復で、そんな余裕は少しも無いし、今恋人がいる事すら奇跡のようなつぐみに、浮気なんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。


「凄い盛り上がってたな」


階段を中ほどまで登ったところで上から声がした。


先に来ていた六車が、いつものようにソファに腰掛けてこちらを見ている。


「レジ横のクリスマスツリーが可愛いって・・見た?」


まさかクリスマスデートあれこれで盛り上がってましたとは言えない。


「え、何それ、全然気づかなかった」


彼の膝の上で広げてあるのは写真集だ。


青い空と白い雲のコントラストが夏の空を思わせる。


「資料?」


「いや、さっき本屋で時間つぶしに買っただけ、でも、いいよコレ。絶景が沢山載ってる」


「えーいいな、あたしも見たいそれ」


荷物を下しながら、不自然ではないタイミングを必死に探る。


クリスマス、どうするつもりでいるの?


何か考えてる?


ってこの訊き方は上からか!違う、そうじゃなくて・・・


あたしの仕事気遣ってくれて、話題に出さなかったんだよね?


なんか、彼女としての評価点があるとしたら、間違いなく及第点は貰えない気がする・・


「えっと、あのね、壱成」


「なに?」


「仕事納め、いつ?」


「予定では28日。この調子だと後ろ倒しにはならなさそうかな。今のところ、施工がずれこんだりもしてないし。そっちは年末年始も仕事だろ?」


「あ、うん・・そう、なんだけど」


「ん、で、なに?」


「あー、うん、えええっと・・年末前っていうか・・あ!」


視線を巡らせた先、テーブルの上に、クリスマスケーキのカタログを見つけた。


六車が貰って来たものなのか、すみれたちが用意してくれたものなのか分からないが、美味しそうなデコレーションケーキの写真にくぎ付けになる。


「ケーキ!」


思わず指差したつぐみに、六車が写真集から視線を外した。


「ああ、さっきすみれさんがくれたんだよ。クリスマスデートにケーキは必須だからって。見ていいよ、食べたいやつある?」


「っ!!」


「何、なんでやられた!みたいな顔になってんの?」


首を傾げる六車に向かって、勢いよく頭を下げた。


もう謝るタイミングも切り出すタイミングもここしかない。


「あ、あたしも、ちゃ、ちゃんと考えてて、忘れてたわけじゃなくてっ!クリスマスは、忙しいけど、クリスマス気分は味わいたいっていうか・・日にちずれちゃうけど・・・なんか、そんな事すら切り出せない位、仕事に没頭してて・・色々と、ごめんなさいっ」


「そっちの仕事知ってるんだから、この時期余裕がないのは分かってるよ。っていうか、謝るならここ座って」


無表情のままソファの隣を示した六車に導かれるように、気まずい心境を引きずって隣に腰掛ける。


つぐみの微妙な距離に気付いた六車が、ため息を一つ吐いた。


「その距離は何、反省?謝罪?」


「ど、どっちも・・」


「あんたはなんでそう一人で考えて勝手に結論出すかな?」


「え、だって」


「俺別に怒ってないし、クリスマスの予定はこれから話そうと思ってたから」


「あ、そう・・なの」


「お互い社会人なんだから、カレンダー通りに予定が組めない事なんて当たり前だよ、むしろそこに拘る必要ってあるの?」


「・・無い、かも、しれない・・けど、あ、あたしにとってはクリスマスは特別だしっ・・壱成の事蔑ろにするつもりなんかこれっぽちも無くて、でも、ほんっとに仕事が忙しくて、頭から一瞬抜け落ちてた事が、許せなくて・・だから」


「うん、いいよ、分かるよ。だから、ケーキ選んでよ。冷凍のやつなら日にちずれても平気だし。平日でもいいし、無理に泊めようとか思ってないから」


「あ、はい」


急に現実味を帯びて来たクリスマスに一人あたふたしていた自分が馬鹿みたいだ。


あっさりと六車によって決められた予定にすんなりと頷いてしまう。


もっと早くこうすれば良かった。


ホッと胸を撫で下ろしたつぐみ手を掴んで、六車が顔を背けながら言った。


「でも、つぐみが彼女として申し訳ないって思ってるなら、今ここで俺にキスしてよ、それで許すよ」


「・・なんで」


「多少なりともそっちに罪悪感があるなら、これで帳消しにしようって言ってるんだよ」


「・・・っじゃあ何でそっち向いてるのよ、こっち向いてよ・・キ、キスできないっ」


恨めしげに睨み付けても、六車は姿勢を変えようとしない。


無言を貫く彼の横顔を見つめ続けても仕方ない事は分かっていた。


こうなったら仕方ない。


離れていた距離を詰めて、両手を六車の膝の上に載せると少しだけ身体を浮かせた。


そっと顔を近づけると笑みを浮かべて待ちかねていた六車の唇に捕まった。


「っん」


唇を食まれてそのままキスが深くなる。


軽く舌先を絡めた後で、唇を解いた六車が、満足げに言った。


「今のは可愛かったから、許すよ」




★★★★★★



さっきまでの謝罪の勢いはどこへやら・・・


全力でごめんなさい!と謝って来たつぐみの必死さは、今は別の必死さに切り替わっていた。


息継ぎの合間に挿し入れた舌先に翻弄されて、これ以上腰が引けて逃げないようにするのが精一杯の恋人の、上気した頬を撫でながら、六車はやれやれとため息を吐いた。


販売業が一番忙しいシーズンである事は知っているし、去年の仕事ぶりも間近で見て来たのだ。


王道のクリスマスデートが楽しめるなんて思っていないし、元からそういう願望もない。


人込みは苦手だし、行列に並んでまでイルミネーションやらアトラクションを楽しみたいとも思わない。


まだ買えていないペアリングを見に行く時に、遅れたクリスマスを過ごせればいいか、と軽く考えていた。


だから、つぐみがクリスマスの予定を切り出さない事も想定内だった。


アメリアとサクヤのブランドには、人一倍思い入れがあるつぐみ。


春のイメージが強いと話していたから、来期の新作には今まで以上に力を入れるのだろうとも思っていた。


次々埋め尽くされていくスケッチブックのアイデアと、減っていく色鉛筆を見ていれば、彼女の仕事への熱意は一目瞭然だ。


元からのめり込むタイプだとは思っていたけれど、ここ最近特にそれが強い。


話しかけても上の空な事が多いし、ふと会話が途切れて、黙り込むこともある。


現実世界と、彼女の頭の中にある想像の世界が時々交差して、その度にあちら側へ引っ張られるのだろう。


物作りを仕事にしている以上、その感覚は六車にも理解できた。


同じような状況に陥った事がこれまで何度もあるからだ。


さすがに恋人の前でここまであからさまに露見するような事はなかったけれど。


つぐみは、そういう面を少しも隠そうとしない。


隠せないともいうのだろう。


六車の前で取り繕えない素直な彼女が好きだと思ったし、変わって欲しいとも思わない。


だから、ここ最近はデートでもひたすら静観を続けて来たのだ。


なのに、彼女の中では全く違うクリスマスプランが思い描かれていたらしい。


叶うはずもない王道のクリスマスデートの思いを馳せていたのだと知って、驚くと同時に、嬉しくなった。


つぐみにとっては恋人と過ごす、初めてのクリスマスなのだ。


自分との温度差は、経験の有無。


そう思ったら、くすぐったさで胸がいっぱいになった。


わざと顔を背けてキスを強請ったのも、つぐみの反応が見たかったからだ。


腕を引っ張られる想像をしていたけれど、こんな風に近づいてくるとは思わなかった。


膝にかかった重みが、彼女自身の決意のようにも思えて、気付けば頬が緩んでいた。


一瞬目が合った彼女の顔には、思い切り”やられた”と書いてあった。


ここのところ、キスしてもどこか上の空だった分を取り返すのだから、これ位許されるだろう。


放っておけば罵詈雑言が飛んでくることは容易に想像できたので、先に唇を塞いだ。


キスして、と強請っておきながら待ちきれなかったのは自分の方だ。


久しぶりに意思を持って交わしたキスは最高に気持ちよかった。


すぐさま逃げを打ったつぐみを、キスをしたまま逆にソファの端まで追いつめた。


度胸があるようで怖がり。


いざとなると必ず竦む。


その癖負けず嫌いなので、勢いだけで飛び込んで来る。


唇を啄んで、解いた間に耳たぶを軽く引っ張る。


「逃げてどーするの?ちゃんとキスしてよ」


「嫌だ、もう、馬鹿!あたしの勇気を返しなさいよ!」


「うん、つぐみにしてはかなり頑張ったよね。あの接近戦にはだいぶドキドキした」


顔を近づけて囁けば、さらに頬が赤くなる。


「うちに来た時も、これ位積極的になってくれればいいのに」


彼氏の家と他人の家の境界線がまだ越えられない彼女は、いつも借りて来た猫のようにおとなしくなってしまう。


さすがに固まってしまう事は無くなったけれど、手を出し難い事に違いはない。


「・・無茶言わないで」


返事の声が掠れていた。


これはあともうひと押しすれば泣く。


つぐみの中に湧き上がっているのは恥ずかしさと悔しさ。


どうしたって六車の先に行けない自分へのもどかしさ。


彼女がこれから少しずつ変化していく様を間近で見つめられることが何よりも嬉しい。


「ごめん」


ここは素直に引き下がって、潤んだ目じりにキスを落とした。


身体を起こして離れた六車に、つぐみが身体から力を抜く。


このタイミングで?とは思うけれど口には出さない。


そういう事すらこれから知っていくのだ、彼女は。


「そろそろすみれさんが料理運んでくるから」


宥めるように言って、つぐみの肩を抱き起こす。


唇を尖らせるつぐみの頬にキスをして、明言した。


「ケーキ選んでよ、もう邪魔しないからさ」


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