第9話 謝罪と興味 ~夫婦語り~

猫背気味の背中が、通りの向こうに消えていくのを見送って、津金は肩下にある小柄な妻を見下ろした。


ほぼ同じ目線のつぐみを見た後だから、余計に小さく感じる。


「大好きになりました、だって」


「壱成くん聞いてたら、どうしただろうね」


「・・・いや、さすがの彼も照れくさくて黙り込むんじゃない?」


「わー見たい!イケメンが赤面するとこ見たーい!目の保養!」


「こらこら、すみれ、茶化すの駄目だよ」


「茶化したりなんてしませんよー。でもね、秀ちゃん、かれこれ壱成くんとは2年のお付き合いだけど、あんな慌てた彼、見た事あった?」


「いや・・・なかったね」


「でしょ」


自信ありげな笑みを浮かべるすみれの頭上に手をおいて、ぽんぽん叩く。


「だね」


多い時は週に3回のペースでやってくる六車は、いつも一人だった。


深夜も営業しているので、飲み会の帰りに顔を出した事もある。


女のモノの香水の香りを身に纏っていた時でさえ、一人だったのだ。


そんな彼が、血相変えて見知らぬ女性を連れて飛び込んできた。


驚かない訳がない。


目を白黒させて、引っ張られるままにやってきたつぐみは、薄くて長い手足が印象的な控えめな美人だった。


華やかさは無いけれど、彼女の纏う独特の雰囲気は他者を引き寄せる。


媚びるような色気ではなくて、涼やかな色気を放っていた。


困惑気味だった怒り肩が、視線と共にすとんと落ちて、背中が丸まったのを見て、背が高い事を気にしているのだと即座に気づいた。


ちゃんと顔上げて、胸張ってれば綺麗なのに。


夫婦ともに胸に描いた感想は同じだったようだ。


そして、つぐみの視線は、店に来てから出ていくまで、一度として六車に対して柔らかくなることがなかった。


これまで何度か街中で、女連れの壱成を見かけた事があるが、どの女性も瞳まで甘くして壱成の気を引こうとしていた。


第三者が見ても分かる”敵視”


いったい何をやったのかと逆に興味をもった位だ。


漏れ聞こえてくる、つぐみの痛いところをザクザク突いた会話は、嫌われたいとしか思えない。


そのくせ、ありありと興味を示す。


つぐみが対応に困るのも無理はない。


六車自身、どうしたいのかわかっていないのかもしれない。


クリエイター同士にしか分からない何かに、彼がとてつもなく惹かれている事だけは、津金夫妻にも分かった。


「それにしても・・・壱成くんの連絡先素直に受け取らない女子がいるなんてね」


すみれが思い出したように笑う。


店の前まで続いた攻防戦はなかなか見ものだった。


「いいから、これ持って行って!なんて、あんなナンパの仕方ある?」


無理矢理握らされたメモを一瞥した時の、つぐみのあからさまに嫌そうな顔は、写真に残しておきたい位だった。


普通の女の子なら飛び跳ねて喜ぶところだろう。


「いいわー。イケメンが必死に縋るとこなんて、そうそう見れないし。素直に送らせてあげればいいのに。役得でしょ、イケメンはべらせて夜の大通りを闊歩」


「そういう目で見てないんでしょ。きっと、つぐみさんにとっては壱成くんの顔なんて、首の上に付いてる丸位の認識なんだよ。なんかとてつもなく嫌われてるみたいだったし」


「みたい、じゃなくて嫌われてるのよ」


「嫌いから好きになる可能性ってあるのかな、奥さん?」


「さーどうでしょう。大嫌いから始まった恋が一番強いって話もあるみたいだしー・・嫌いきらい、って言い続けてたら、そのうち言い飽きてうっかり好きになるかもしれないわよね」


「転がると思う?」


「転がったら楽しいと思わない?旦那さん」


「思うねー」


「思うわよねー。イケメンが必死になって追いかけるのって、最高にドラマチック」


指を組み合わせて乙女手を作って、瞳を輝かせるすみれに、津金がしみじみ頷いた。


「じゃあ、また来て貰えるように祈る事にしようか」


「出来れば、壱成くんがいるときにね」


「居るって分かったら帰っちゃうんじゃないかな?」


「そこはほら、あたしたちの愛の力で」


「・・・ほどほどにね、奥さん」


「わかってるわよーう、旦那さん!」


苦笑いする津金の背中を、バシン!とすみれが勢いよく叩いた。



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