第15話 粉雪と確信

デートだかなんだか分からない一件の後、クリスマスセールに突入したつぐみは、店舗応援に追われて、新店舗のことは工事業者と六車に任せきりになっていた。


次郎丸の許可を経て、正式採用が決まったノベルティのストラップは、中島と次郎丸も同伴での無敵の価格交渉を経て、制作段階に移った。


数点だけ納品して貰ったサンプルは、金原はじめ、女子社員に好評で、つぐみも早速スマホにつけている。


普通の店舗で売っていてもおかしくないようなデザインなこともあって、桜の時期に合わせて、受験生もお守り代わりに付けて欲しいな、という意見も出た。


春先には、街中を、サクヤシリーズを履いた女の子たちが、ストラップを付けたスマホ片手に歩く姿が見られる。


それだけが楽しみだ。


素敵なクリスマスに、素敵な予定も特になく。


ひたすらセール商品を捌いてクリスマスラッピングを施して、終わったら歳末セールだ。


合間を縫って、新店舗の様子を見に行く時間が取れればいい。


それすら定かではないが。


一年で一番忙しい時期だ。


何年経っても、目の前の業務をこなすのに手いっぱいになるのは仕方ない。


いくつになったら、もう少し余裕が持てるようになるんだろう。


慌ただしく過ぎる日々の中で、すっかり忘れていた連絡先を引っ張り出すことになったのは、火曜の午後の事だった。


毎年恒例の、クリスマス忘年会の相談を受けた。


本社勤務の社員と、店舗スタッフで集まれるメンバーを募って、メーカーや得意先を招いて、本社の展示スペースで行われるパーティーだ。


ケータリングを並べて、次郎丸が買い込んだプレゼントでビンゴゲームをしつつ、最終的には酔いつぶれる人間が何人も出る無礼講の楽しい会。


「それぞれ担当の人には声をかけて貰ってるんですけど、つぐみさんには、どうしても、六車さんを連れて来て貰いたいんですっ!」


明らかに期待に満ちた瞳を向けてくる店舗スタッフに、つぐみが引き攣った笑顔を返した。


「なんでどうして六車くん?」


「えーだって、新店舗の件でお世話になってるのに、呼ばないなんて失礼じゃないですか!社長から声がかかってるかもしれないんですけど、念のため、来て貰えるようにもうひと押し、お願いします!」


「はいはい、一年の疲れをイケメン見て忘れたい訳ね」


当然の事ながら、若い男性が多い会社には、多くのオファーが集まる。


忘年会シーズンに、人気の会社を引き寄せるのは至難の業だ。


訊けば、新店舗の施工業者にまで声をかけているらしい。


恐るべし女子のネットワーク。


舌を巻く思いで、とりあえず聞いてみるけど・・と言葉を濁す。


年末納期の案件もあるかもしれないし、無理強いは出来ない。


こんな事で会社に電話をするのもなんだし、お店でばったり会う事も最近は少ない。


店に顔を出す暇も無いというのが正しいのだが。


さて、どうやって連絡しようか、と思った瞬間、スマホが目に入った。


すっかり忘れていたけれど、貰ったIDは生きている筈だ。


思い出して、メッセージアプリを起動させる。


こうして自分から連絡するのは初めてだった。


なんて切り出すのが正解なの・・?


仕事の内容じゃないし、いつもお世話になっております、は可笑しいだろう。


じゃあ、お疲れさま?


それってちょっと気安すぎやしないか。


いつも六車とやり取りしている言葉は思い浮かぶのに、こうして文字にすると、何も出てこない。


端的に、事実を明確に、分り易く。


社内文書を作るOLのようにぶつぶつ言いながら、文字を打ち込む。


”こんにちは。


急に連絡してごめんなさい。


新店舗の進捗も気になってるんですが、見に行けずで申し訳ないです。


そちらはお仕事どうですか?


年末に向けて、忙しいかとは思うんですが、来週の金曜日のご予定はありますか?”


ひとまず、相手の出方を伺う事にして送信ボタンを押す。


時間はまだあるし、立食形式のパーティーなので、人数がひとり増える位問題ない。


週末前に返事が来ればいいか、とスマホをテーブルに戻す。


と、5分としないうちに返事が返ってきた。


時計を見れば、午後2時過ぎ。


遅昼時に重なったのかな、と解釈して、返信を確かめる。


”お疲れ様。


壁塗り作業が終わったところで、床施工は年末年始を挟みそうです。


金曜日の予定はとくにないけど?”


内装工事は順調のようでホッとする。


予定が無いというなら、声を掛けないわけにもいかない。


後の判断は六車に投げる事にする。


”うちの会社で、取引先を招いて、クリスマス忘年会(っていっても、立食の軽食パーティーです)があります。


施工業者さんにも声をかけているので、良ければ参加してください”


今度はメッセージを送ると同時に返信を待たずに部屋を出ることにした。





クリスマスが終わっても、ツリーが飾られたままにしてあるのは、クリスマス忘年会が終わるまでがクリスマスだ、という次郎丸の理念に基づいているせいだ。


結構な大きさのツリーなので、さすがのつぐみも一人で片づける事が出来ないので、次郎丸の手が空く年末に毎年片づける事も一因している。


街中のジングルベルが鳴り止んでも、部屋の中を照らすツリーのイルミネーションは、眩いばかりに輝いて、気分を盛り上げてくれる。


パーティーだから、と着飾ったスタッフたちが、ケーキやチキンを手に楽しそうにはしゃぐ姿を見ていると、今年も無事に年末が迎えられるな、という気持ちになってくる。


中島や、由井の姿もあって、次郎丸を囲んで和やかに大人組で談笑が続いていた。


夜の19時前から始まった会は、次郎丸の挨拶と乾杯の後、自由歓談になる。


21時を回ると恒例のビンゴゲームが行われるのだが、今年からくじ引きが採用されることになった。


というのも、ビンゴセットが行方不明になったせいだ。


買い直すのは勿体無いということで、つぐみと金原が手書きのプレゼントが描かれたカード作って、それを引いて行くスタイルになった。


人気製造メーカーの男性スタッフの周りに若手の女子スタッフが集まっているのを横目に見ながら、時計を確かめる。


六車から、少し遅れますと連絡が来たのは18時前の事だった。


仕事でトラブルがあったのかと思ったが、寄り道していくからという事だった。


陽が暮れると同時に降り出した粉雪は、風に煽られて夜空を舞い踊っている。


4階のスペースを丸ごと使った展示スペースは、決して手狭ではないが、40人近い人間が集まるとさすがに人いきれしてしまう。


気づいた者が、飲み物を補充することになっているが、みんな話に夢中でそれどころではないようだ。


冷蔵庫のストックを出して、テーブルに置きっぱなしの紙皿たちを簡単に纏めておく。


ごみをそのまま置いておくのもなんなので、夜風に当たるついでに持って出る事にした。


一階の倉庫横にある屋根付きのスペースにゴミ袋を入れて、野良猫よけのドアを閉める。


風は随分冷たくなっていたけれど、シャンパンで程よく火照った頬には心地よく感じた。


と、大通りの向こうに停まった車から、誰かが降りてきた。


おぼろげに覚えている車ー・・・六車だ。


到着したら、スマホを鳴らす様に頼んでおいた。


内線は、会場の話し声で聞こえない可能性があるからだ。


それも不要だったようだ。


敷地の外に歩み出たつぐみに、六車も気づいたようだった。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


「・・・お招きに預かりまして」


近づいて来た六車が、つぐみを見て不機嫌そうな顔になる。


電柱の薄明りでそれに気づいたつぐみが、なに?と尋ねる。


「パーティーなのに、普段着なの?俺一応ジャケット着てきたんだけど」


「あ、気を遣わせてごめん。カジュアルで良かったのに。ドレスコード一切なしなのよ、ほら、社長からあんな感じだし。女の子たちは、進んで可愛い格好してるけど」


そうやって乗っかる事がもうすでに恥ずかしいのだ。


色々複雑なお年頃なのである。


「まあ・・・そんな気はしてたし・・安心した」


「・・?」


畏まったパーティーじゃなかった事に、だろうか。


怪訝な顔をしたつぐみを無視して、六車が続けた。


「あのメッセージさ、ずるくない?」


「え・・・ずるい?」


「予定あるかって訊かれたら、多少は期待しない?」


「・・ごめん」


勢いに負けて謝ってしまう。


「仕事が立て込んでるのに、無理させるのも悪いなと思ったから、スケジュール確認から入ろうかと・・・」


「予定あってもどうにかするよ」


「・・あ、ありがと・・来てくれてみんな喜ぶと思う」


「・・・あんたは?」


「え・・う、嬉しい」


つい、ほんとうに、ついうっかり、零れた言葉。


これが本音なのか社交辞令なのか、自分でもよく分からない。


つぐみの言葉を聞いた六車が、風が雲を押しのけたおかげで零れてきた月明りの下で、瞠目して、笑う。


ちょっと照れくさそうに。


あれ・・・なに・・これ・・ちょっと・・


息が苦しくなって、落ち着かない気分になる。


すぐに深呼吸しなきゃ溺れそう。


「ならいい」


頷いた六車が歩き出す。


「あれ、行かないの?案内してよ、俺、社長室にしか行った事無いんだけど」


「あ・・ごめん・・・こっち。車で来たんだ」


「帰り楽かな、と思って。地下鉄からの乗り換えが面倒だし」


最寄り駅が地下鉄なので、在来線への乗り換えが必要になる。


乗り継ぎも良くないので、一人暮らしの社員は殆ど地下鉄沿線に住むのだ。



胸に浮かんだこの感情が何なのか考えたくなくて、必死に話題を探した。


「聞いた事無かったけど、どこらへんに住んでるんだっけ?」


「津金さんの店の近く、徒歩10分」


「え!そんなに近く!?全然知らなかった」


「あんたは全然俺の事訊かないからさ、どうでもよかったんだろうけど」


「そんなことない」


どうでも良い事はない。


ぜったいに。


胸に落ちてきた確信めいた答え。


「そう・・つぐみさんは、地下鉄沿線?」


「岬前から歩いてすぐ」


隣の駅の名前を口にすると、六車が思い出したように言った。


「ああ、そういえば、次郎丸さんが、そんな事言ってたな。セキュリティが心配だから、ちゃんとしたところか見に行ったって」


「新入社員の頃ね・・・社長も初めて引き受けた部下だったから、気になったみたいで。って、どんだけあの人はあたしの事ぺらぺらしゃべってんの」


「次郎丸さんがいいって言ったなら安心だけど」


「うん・・それは、確かにある」


こうやって、まともに仕事以外の話をするのは初めてかもしれない。


placideに行くときは、いつもスケッチブック片手に出かけるので、六車とばったり会っても、ずっと話しているわけではなかった。


彼は彼で、本や設計図を持ってきている事も多くて、つぐみが絵を描く横で、それを眺めながら好き勝手に過ごしていたから。


知らない事のほうが、ずっと多いのだ。


結構濃い2か月半を過ごしてきた筈なんだけどな。


ともすればよくない方向にぶれる思考を引き寄せて、展示スペースへと六車を案内する。


数日遅れのクリスマスソングが流れる室内は、相変わらずの熱気とざわめきに溢れていた。


取引先と歓談している次郎丸を見つけて目配せする。


すぐに気づいた次郎丸が、六車のほうへと歩いて来た。


「遅れてすみません。お招きありがとうございます」


「よく来たなぁ!今回はほんっとに世話になった。工事も順調みたいで、お前に任せて良かったって話してたんだ、なぁ、つぐみ」


豪快に笑う次郎丸に振られて、困り顔で頷く。


なんだかこのタイミングで、そういう話はやめて欲しい。


「ありがとうございます」


表情一つ変えずに、そつなく返す六車の顔をまともに見られなくて、そっとそばを離れる。


この後はスタッフの女の子たちに囲まれるだろうから、つぐみはいなくても問題ない。


つぐみがいない間に、気を利かせた金原が空になったペットボトルを集めてくれていた。


出来る後輩の存在が身に沁みるのはこんな時だ。


「かなちゃん、片づけありがとう。ちゃんと飲んだり食べたりしてる?」


「あ、つぐみさん!してますよー!ピザ3枚も食べちゃいました!」


「別に置いてたスナック菓子と、お土産で頂いた焼き菓子も並べちゃおうか」


「残ってるお料理、纏めて来ますね」


つぐみの要望を理解して、すぐにサポートに回ってくれる、金原は最初から飲み込みのいい、育て甲斐のある新人だった。


つぐみの仕事をよく見て、気配りの仕方もきちんと覚えている。


「助かるわ、ありがとう、頼むね」


ここは任せてしまう事にして、段ボールに入れておいたチップスや、チョコの袋を開けて紙皿に盛り付けていく。


頂いた洋菓子メーカーの菓子は、個別包装なので、そのまま混ぜる事にする。


と、入り口近くで黄色い歓声が起こった。


案の定、六車が可愛いスタッフに捕まったようだ。


「社長ー!六車さんから、マカロンの詰め合わせ頂いちゃいましたー!!」


「おー、悪いな、六車。お前らちゃんとお礼言えよー」


「はーい、ありがとうございまーす!」


車から降りた時手にしていたのは、手土産だったらしい。


気を遣わせてしまったのだろう。


手ぶらでいいから、と念押しをしなかった自分のミスでもある。


後でお礼を言っておかなくてはいけない。


言えれば、だけれど。


この調子だと、くじ引きが始まっても離しては貰えなさそうだ。


包装も可愛い、色がいっぱいある!とはしゃいだ声を上げる女の子たちの隣で、営業用の笑顔を浮かべる六車に、どうしてか苛立ってしょうがない。


お礼なんて、メールかメッセージアプリでもいいか、と開き直って、胸の濁流をソーダ水で飲み下す。


手際よく盛り付けた紙皿を、片づけが大方済んだテーブルに載せていく。


飲み物はさっきの追加分で十分足りるようだった。


少しくらいなら、抜けてもいいだろうか。


この後のくじ引きの用意はテーブルの上にあるし、今年は順番に引いて回るだけなので、つぐみがいなくても事足りる。


2回目のごみを纏めてくれた金原から袋を受け取って、捨ててくるね、と微笑むと、そのまま会場を後にした。


デザイン室には、荷物を取りに戻るだけのつもりだったので、エアコンは切っていた。


ラジオも入れていない静かな空間で、次郎丸が実家からぶんどってきた古びた電気ストーブを入れる。


足元が温かいだけでも随分違うものだ。


”多少は期待しない?”


本当は来て欲しくはなかった。


来ればこうなる事は目に見えていたし。


けれど、つぐみの一存で呼ばない決定は下せないから、仕方なくメールしたのだ。


じわじわと胸に広がるのが嫉妬に分類される嫌な感情である事は、うすうす気づいていた。


こうして六車が視界に入らなくても苛立ちが消えないなんて、なんて厄介なんだ。


冬の定番のロングスカートなのをいいことに、膝を抱える。


”期待した”


六車が、つぐみに会いに来る事を、期待していたのだ。


いつからかなんてわからない。


でも、そうなのだ。


けれど、どう動けばこれが恋として成立するのかなんて、分からない。


始めた事がないのだ。


手も足も出ない。


お菓子のお土産のお礼は、メッセージアプリで送る事にしよう。


あの輪に割って入って、これ見よがしに、うちの子たちに気遣いをありがとう、という勇気もない。


あの日のワンピースが着れなかったのは、六車が会いに来る事を期待している自分を見透かされるような気がしたからだ。


とっておきの、と言ってしまったからには、もう着れない。


だってあのワンピースは、もうデート用になってしまった。


観賞用にして、飽きたら祐凪にでも譲る事にしよう。


彼女なら、もっと綺麗に着こなせるから。


一通り思考が廻って、息を吐いた所で、ノックも無しにドアが開いた。


金原が荷物を取りに来たのかと思って、ドアに目をやる。


「・・・え」


入って来たのは六車だった。


つぐみの姿を見つけて、ほっとしたように中に入ってくる。


時計は21時前だった。


これからくじ引きで盛り上がろうという時に、何を抜けてきているのか。


「迷子?」


狭い会社でそれは無いかと思いながら口にする。


「まさか。へー・・ここがデザイン室か」


興味深そうに部屋の中を見回す。


「お、お土産ありがとう。気を遣わせてごめんなさい」


「ああ、あれはお土産っていうか、お詫び」


「なんの?」


「この後、別の忘年会に顔を出さないといけなくて、途中で抜けることになるから」


「え・・そうなの?無理しなくて良かったのに」


ダブルブッキングをさせてしまった責任で、表情が暗くなったつぐみの前で立ち止まった六車が、続けた。


「っていう、言い訳をするための」


「は!?言い訳?」


何がなんだから分からない。


「撒き餌でもないと、逃がして貰えなさそうだったから」


「・・・ああそう」


「この部屋の事は、金原さんに訊いた。それとなくつぐみさんは?って声かけたら、デザイン室かもしれませんっていうから」


「かなちゃん・・」


「あの子、いい子だね」


「うん、いい子でしょ」


気の利く良い後輩だ。


頷いたら、六車が窓の外に視線をやった。


「いっつもここで仕事してるの?窓に面したデスクって気持ちよさそうだね」


「閉塞感はないから助かってる。自分の部屋にいるより、ここに居る方がずっと長いから。デザインも殆どここで描く事が多いわ・・・ああ、でも、最近はお店で浮かぶ事も多い」


津金夫妻が笑顔で迎えてくれるあの店の持つ、独特の雰囲気や、温かさはつぐみにとってなくてはならないものになっていた。


当然のように、階段の上へと案内されるようになってからは、尚更。


物凄く傷つけられたと思ったけれど、六車と出会ってから、大切なものは増えてばかりだ。


「あの店のね、空気とか、隠れ家っぽいロフトとか、寛げるところとか、全部好きなの、すっごく気に入ってる。新しいお店も、そんな風に出来ればなって思ってる」


つぐみの言葉に、六車がちょっと天井を仰いでくすぐったそうな顔になる。


「そう・・・じゃあ、俺は本来の目的を果たしていい?」


途中で抜ける言い訳を使う為に、差し入れを持ってきたと言っていた事を思い出す。


「あ、引き留めてごめんなさい。気を付けて帰って・・・」


立ち上がりかけたつぐみを制止て、六車が呆れた顔になった。


「待った、何でそうなんの」


「え、帰らないの?」


「帰らないよ、この状況で帰ったら、俺ただの馬鹿じゃない?」


「そんな事は無いと思うけど・・」


「最初、連絡貰った時、あんたが俺に会いたがってるのかと思った」


つぐみの心を読んだかのようなセリフに、びくんと肩が震えた。


見透かされるような態度を取っただろうかと、自分の行動を振り返りそうになる。



「言ったでしょ、普通は期待するよ。最初の一回きりで、一度も連絡してこなかったくせに、予定はありますか?なんて訊かれたらさ」


「だ・・だから、それは・・」


「いいよ、分かってる。つぐみさんが、敢えてそういう訊き方したことも知ってる。けど、俺は期待した、めちゃくちゃした。だから、今日は、あんたに会いに来たんだよ」


「なんでそんな怒ってんのよ・・」


多分、聞き間違いでなければ、告白されてると思うのだが、どうしてかそんな風な甘ったるい声音に聞こえない。


「俺の気持ち。全然分かってないからだよ」


それについては、こっちにだって色々と言いたい事がある。


山ほどある。


「少しでも、俺に会いたいと思ってくれたら、嬉しいなと思って」


静かに告げた六車が、紙袋をかざして見せた。


マカロンの他にも手土産があったのだ。


「え・・これなに」


「ちょっと遅れたけど、クリスマスプレゼント」


「な・・なんで・・・」


「俺が、あんたにあげたいからに決まってるでしょ・・・あとは・・・まあ、いいから、ほら、開けてみて」


彼が言葉を濁した先が気になったが、急かされたので、素直に包装を解くことにする。


「真っ直ぐ来れなかったのは、これを受け取りに行ってたからなんだ」


「なにを・・・選んでくれたの・・」


こんな風に、面と向かってプレゼントをもらったのは、子供の頃以来だ。


リボンを解く指が震える。


四角い箱を包んでいた包装紙を外せば、つぐみにとって一番馴染みのある品が出てきた。


海外メーカーの72色の色鉛筆セット。


「これなら、受け取ってくれるかなと思って、どう?」


「あ・・ありがとう、すごく嬉しい!」


つぐみの事をちゃんと見ている人でなくては、喜ぶものは贈れない。


キラキラ光るアクセサリーも、お洒落なバックも魅力的だが、つぐみがもっとも惹かれるのは、そんな素敵なものたちを生みだす事ができるアイテム。


ガラスの靴を探す女の子たちを、勇気づけることが出来る靴を、届ける為の、最強武器だ。


色鉛筆の箱を抱きしめて、六車を見つめる。


「うん・・良かった。俺でも、ちゃんとあんたを喜ばせることが出来るんだってわかって、ちょっと安心した」


「これで、沢山絵を描くから」


「うん・・・さっき言いかけて、言わなかった事言ってもいい?」


「何?」


勿論訊きますと顔を上げれば、視線を合わせたままで、六車が言った。


「喜ばせる事が出来たら、ちょっとは俺のことを好きになってくれないかな、と思って」


「・・・」


「今日、ここに来ようと思ったのは、あんたが待ってても、待ってなくても、どっちでもいいと思ったからだよ。とにかく俺が会いたかったから。あれっきりのメッセージで、終わらせたくなかったし。次に、いつ店で会えるかも分かんないし。大体、ガードは堅いのに無防備ってどうなの?さすがに俺だって身動き取れなくなるよ。会えば俯いて、何でも自己否定から入るし、背中押してやりたくても、見事に突っぱねるし。その癖、巧弥には完全にデレデレで告白までするし。ああゆう格好でいきなり来られると、俺も焦るよ。羨望の眼差しと、満面の笑みを真横の人間に向けられた時の男の気持ち、分かる?本気で一回振られた気分になったよ」


「え・・・なに・・文句なの・・・?」


「違うよ、言いたい事は色々あるけど、好きだって言ってるんだよ」


そんな偉そうな告白あっていいのか。


もうさっきまで飲み込んだ色んな感情がふつふつと蘇ってくる。


「なによ、そんなの知らないわよ。最初に切り込んできたのそっちでしょ。ちゃんと言ってくれないから、あたしだって何も言えないし。あんな風にあからさまに褒められたら、あたしだって意識するし、期待もするわよ!ちょっとぐらい自惚れたくなるわよ!なのにうちの子たちに囲まれて愛想振り撒いてるし」


「黙って離れたのつぐみさんだから」


「だって見てるのが嫌だったんだから仕方ないでしょ!」


「嫌だったんだ」


柔らかく笑んだ六車を渾身の力で睨み付ける。


「笑わないでよ!ムカつくわね!」


「嬉しいから笑ってるんだよ」


「あたし、何も言ってないから!ひとり勝手に喜ばないでよ!」


「だから、そういうところが、可愛げがないって言ってるんだよ。もうそういうのやめたら?」


物凄く失礼な発言が飛んできて、こめかみに青筋が浮く。


百年の恋だって冷めるかもしれない。


「可愛くないわよ!そんなの、あんたが一番よく知ってるでしょ!あたしの可愛くない所ばっかり見て来たんだから!」


「可愛くないとは言ってないよ。可愛いのに、可愛げがないんだよ、だから性質が悪い」


「意味が分かんない!」


「うん、わかんなくていいよ。多分、言っても一生わかんないと思うし。で、俺の事ちょっとは好きになった?」


「訊くの!?」


もう今の不毛なやりとりで、いやっていうほど理解出来たと思うけど。


勘弁して欲しいといつものように椅子の上で足を抱えたつぐみに、六車が笑顔で切り返す。


「言っとくけど、今頷いたら、あんた俺のもんになるんだよ。だから、ちゃんと答えてよ」


「なによそれ」


「ちゃんと訊いとかないと、不安だし。俺の作ったもんが好きだから、好きっていうのもいいけど、やっぱりちゃんと聞いておきたいから」


「それは・・・新しいお店のデザインは・・六車くんに任せて・・本当に良かったと思ってる。あたしの意見をきちんと反映させてくれたし」


ぶつかったし、腹も立ったけれど、彼とだったから、ここまで頑張ってこられた。


「ああうん、そっちじゃなくて、津金さんの店の方ね」


「お店・・?」


placideは確かに居心地がいいし、大好きな空間だ。


けれど、それと六車がどうして結びつくのか。


「あれ、津金さんたちから聞いてない?」


「何を・・」


「あの店、俺が最初にひとりで任された店舗なんだよ。だから、思い入れもあって、よく通ってる」


「・・ええ!うそ!」


「こんなとこで気を引くために嘘なんかつかないよ」


真顔で返されて、つぐみは真っ赤になった。


あの店は、六車が設計デザインを任された店だった。


と、いうことは・・つまり。


つい先ほど、設計した本人を目の前に告白をやってのけたのだ。


人生二度目の告白を。


「な、何で・・・黙って」


「敢えて隠してたわけじゃないって。俺にはツンケンしてるつぐみさんが、あの店で寛いでるのを見るのが好きだったから、直接言って、否定されたくなかっただけ。俺だって、あんたから嫌いって言われたら傷つくんだよ」


黙ってただけだから、罪にはならない、と開き直った六車が笑う。


「屁理屈こねないでよ!やだ!ほんっと、あんた性格悪い!!」


一緒にあのスペースで過ごしていた時から、つぐみが楽しそうにしている様子を見て、ほくそ笑んでいたわけだ。


「許してよ。あんたから噛みつかれた傷をそれで癒してたの」


「か、噛みつかれたのはこっちだって言ってるでしょ!」


初対面でガツンとやられたのは、今年の秋の事だ。


忘れたとは言わせない。


「噛みついてないって言ってるのに・・・じゃあ、いいよ。もう、噛みつくことにする」


さらりと言った六車が、つぐみが膝を抱える椅子の肘掛けに手を突いたと思ったら、唇が重なった。


完全に油断していた。


噛みつくなら首だろうか・・と真面目に考えていた自分を叱りつけたい。


一瞬だけ重なって、離れた唇が、すぐにもう一度重なる。


「っ・・・」


息を止めてしまいそうになったつぐみの喉元を、六車の指先が擽った。


ぞくりと這い上がる感触に、思わず声を上げそうになる。


息を吸ったタイミングで、キスが深くなった。


怯む隙も無かった。


膝と胸の間に抱えた色鉛筆を、必死に抱き締める。


唇を解いた六車が、真っ赤になったつぐみを見下ろして息を吐いた。


「噛みつかれた感想は?」


「・・・告白なんて・・・もう二度としないから!」


「なんでそういう話になるの?」


「一回聞いたんだからいいでしょ!二度も三度も言ってらんないわよ!」


顔を背けたのは、照れくささからだ。


六車も予期していたようで、下ろしたままの横髪を掬って、火照った頬に唇を寄せた。


ぎゅっと目を閉じたつぐみの耳元で、吐息で笑う。


椅子から立たせなかったのは、逃がさない為だ。


今更気づいても、もう遅い。


くじ引きが始まったようで、上の階から賑やかな歓声が聞こえてくる。


「ヒール履かないの?」


からかう口調ではなく、穏やかな問いかけに、つぐみは視線を六車に戻した。


負けないと決めた志は、折れない。


「春になったらね」


「じゃあ、新しいワンピース見に行こうよ」


「え?」


「巧弥用じゃなくて、今度は俺用にして」


「・・・考えとくわ」


粉雪は強くなる一方だが、電気ストーブが不要な位、身体が火照っている。


こんな時でも余裕の表情の六車を見据えて、改めて決意する。


この男の隣で、胸を張れるようになるのは、どれ位未来の事なんだろう。



でも、挑むのは、やめない。




”望めば叶うと、信じて疑わないこと”



それが、あたしのハイヒール。




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