第39話 運命の結果発表
「ふええええ……朝来しゃああん……」
あの舞台上での超絶イケメンだった奏ちゃんはもういない。
奏ちゃんに宛がわれた控室で、宣材写真を撮った時のように……溶けてしまっていた。
あの絶対的な自信を体現した彼女の姿はどこへ?
「よく頑張った。少し、いやかなり……泣いてしまったよ」
僕の膝の上にて奏ちゃんは満身創痍の姿を晒していた。
泣いてしまったのは紛れもない事実だ。
元々のゲームにはありえないシーンだ。
だが、色々と改変した結果、ゲームであればスチル入り確定の名シーンを目の当たりにできた。
どうして泣かないでいれるだろう?
「ほんと、ほんとでしゅか!?」
「本当さ」
頭を撫でると、彼女はにこっと笑う。なんだ、可愛いかよ。
「……何も思いつかなかったんです。会話も、踊りも、何も……ですが、奏、やりましたよ?」
「特等席で見れた。これ以上は絶対にない、奏ちゃんは完璧だった」
凄まじい瞬間を見せてもらえたのだ、今後数カ月は彼女を褒め殺してやるつもりだ。
「本当ですか? 嘘ついてないですよね?」
「つかないつかない」
俺だけではない。
会場全体が、奏ちゃん一色に染まった瞬間を、確かに目にした。
あれが完璧でなければ、何が完璧と言えるのか――誰にもわからないのだ。
「さぁ、あとひと踏ん張りだ」
「奏はもうやり切りましたよぉ。燃え尽きです。真っ白ですよ」
「忘れたのかい? 結果発表があるし、優勝者はもう一度言葉を述べるんだ」
「へっ……」
本当に失念していたようだ。
それ程に、あの瞬間に全身全霊をかけたのだ。
その後のことを何も考えてなくても、無理もない。
「あわわはわわわ……どうしましょう、背水の陣です! 前門の虎後門の狼です! オワオワリですよ! 今の奏は鷲津武時ですよ! 周りは矢だらけ目も当てられません」
「落ち着こう、な?」
「は、はい」
「やることはやった。あとは結果だけだ。大丈夫」
俺は奏ちゃんの手を掴む。
「俺は奏ちゃんを信じる。だから、奏ちゃんは、奏ちゃんを信じる俺を信じるんだ」
「!」
突然のパロディーに、緊張とか不安とかが綯交ぜになっていた表情が、笑顔に変わる。
「奏、朝来さんに出会えてよかったです」
「唐突な死亡フラグは普通に焦るからやめてくれ」
「ふふっ、それもそうですね」
舌をペロリ、と露出させ笑う奏ちゃんは再び舞台へと向かって行った。
◇
「…………」
再び舞台袖。
出場者の全員が、一同に介している。
「皆さま、お待たせしました。優勝者の発表になります」
司会を担当する生徒会の一人が、食い入るように見守る観客を前に案内を開始する。
「今年の、予想外の激戦でありました。まずは十位入賞から発表していきましょう!」
順に、参加していた面子の中で、下位からの発表が行われる。
だが、結果から言えば四位以下まではあまり得票差はなかった。
というか、四位であっても得票数は二桁という、従来の平均からは考えられない得票率だった。
その分だけ、三位以降に集中しているというわけだ。
「総投票数は約千人! 先に、各順位の得票数を発表いたしましょう」
そう宣言され、数字が明かされる。
第三位、二百二十七。
第二位、二百七十八。
第一位 四百三十七。
会場に、信じられないといったばかりの、声が増え始める。
それは、液晶を確認していた葵、天音、そして奏ちゃんにも同様のことだった。
誰もが接戦だと思った。
実際に、第三位と第二位にそれ程多くの差は開いていない。
なのに、第二位と第一位は信じられない程に……得票差があった。
「嘘!?」
「これは……」
葵と天音も、信用できない様子だ。
両者ともに、自分が一位だという自負はあったが、これほどの得票差が生じるのは本当に予想外だった。
「…………」
一方で、奏ちゃんは口を閉ざしていた。
蓋を開けるまで、何もわからない。ただ静かに、目を閉じて結果を待つだけだった。
「それでは、皆さま。今回、ミスコンの栄光を掴んだのは――」
スポットライトが三者の周りをもったいぶるように行き来し始める。
ドラムロールが最高潮に達した瞬間、三口から放たれたスポットはある一か所に集中する。
「この方です!」
瞬間、液晶画面に奏ちゃんの顔が大きく表示される。
「!」
俺は、舞台袖だというのに、一番に立ち上がっていた。
「わ、奏が……?」
「夜瞑奏さんです! おめでとうございます!」
直後、拍手の渦が会場を割る勢いで巻き起こる。
嘘でもない、詐称でもない。本当の意味での、勝利だ。
葵と天音というツートップに圧倒的差を見せつけて、栄冠をつかんだのだ。
奏ちゃんも未だに信じられていなかった。
液晶に写っている彼女の顔が、それを如実に物語っている。驚きが大きく、感情が追い付いていないわけだ。
「奏が、奏が――」
ようやく追いついた情緒が真っ先に示したのは、涙だ。
涙が止め処なく瞳から溢れ始める。
「まさか、本当に勝つなんて」
その奏ちゃんに対し、一番に話しかけたのは、三位の葵だった。
「悔しい、とっても悔しいけど……完敗よ」
負けを認めた葵は、優しく奏ちゃんを抱き寄せた。
「まぁ……二位のわたくしよりも先だなんて、ひどいですわよ?」
葵の行動に嫉妬か何かを抱いたのか、天音も奏ちゃんを抱き寄せる。
「おめでとうございます。紛れもない勝利……この天音、友として誇りに思います」
「葵さん、天音さん、うわ、うわああああん」
我慢しようとしていたのだろう、堪えていた声が溢れ出し、奏ちゃんは泣き始めてしまった。
それは俺も同じことだった。
彼女にとって、簡単ではない戦いだった。
時には、自身のトラウマ……地雷と対峙せねばならないことだって。
だけど、その果てに代えがたい勝利を得た。
それは、確かに奏ちゃんの中に宿る黒い思い出をわすれさせる程のものであった。
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