第16話 たぶん未来の自分が解決してくれるよ、たぶん
とりあえず煙に巻くことで、窮地を脱することはできた。
そして逃げるように教室に戻り、座席につく。
「朝来さん、こんにちは。今日も徳を積んでいますか?」
「かな……夜瞑さん」
「まだ苗字呼びは慣れませんか……まぁいいでしょう。それよりも大きなため息をしていましたが、何かお悩みですか?」
座席が隣なのもあって、会話が増えた。
だけど、悩んでいることに気付かれてしまうのは失敗だった。
だが、知られてしまっては仕方ないか……。
「あれを見てごらんよ」
俺が指差すと、そこには女子生徒の軍団が形成されていた。
中心にいるのは葵だ。
つい先程、それこそ天音と口論していた頃にミスコンの一次申込者が公示された。
その中に、葵の名前があったことは、すぐに学園中に知れ渡った。
「アイドルですねぇ」
昼に購入しただろう抹茶のカップティーを飲みながら、友人の評判をしみじみと感じている奏ちゃん。
「夜瞑さんは出ないのかい?」
「まさか、まさかですよ。考えられますか? 奏のような根っからの陰キャ黒子には場違いもいい所ですよ」
「そうか? 優勝は狙えると踏んでいるんだけどな」
「そ、それはめちゃくちゃ間違い! です! 朝来さん視点ですからそう見えるだけです!」
「……可愛い」
少しの沈黙を経て、俺たちは口裏を合わせたかのように周囲を見回す。
葵は対応に精一杯そうだし、天音は……いないようだな。
お互い、そっと息を吐く。
「…………そういうのは後で聞くので、教室ではやめましょ、ね?」
「そうだな、今晩電話するわ」
「で、電話も、それは恥ずかしいというか……」
「アーペックスしない?」
「それは! 是非!」
アーペックス、最近流行りのFPSのことである。
他愛のない雑談を挟みつつ、俺たちは再びクラスの中心となっている葵を見る。
「一年生ですが、もう天音さんと並んで優勝候補らしいですねぇ」
「普通は上級生の方が有利になるんだけどね」
入学したばかりの学生と、何年か通っている学生……知名度は明らかに後者の方が上だ。
だがどうしてか……二人は既に可愛い子として上級生にも知られている。
聞くところによれば、告白する猛者も現れたとかどうとか。
「通常はパートナーを選びますよね」
パートナー制度……それこそが、このイベントの本質であり、ゲームらしいところだ。
男女でパートナーを決め、その組み合わせでミスコンを乗り越えた後、後夜祭でダンスパーティーをするのだ。
私立高校にしてもやりすぎだと思うが、流石はゲームである。
「朝来さんは、葵さんと天音さんのどちらのパートナーをされるんですか?」
「する予定はないなぁ。させられそうだけど」
「あー……」
奏ちゃんは、公示されたチラシを眺め、葵と天音の名を再確認する。
「どっちをされるんですか?」
「うーん、答えになってないかもしれないけど、正直やりたくない」
「ですよねぇ。聞くところによると、天音さんには既に親衛隊ができているとか」
「やけに早いな」
葵ルートであったり、天音の好感度が足りていなかったりすると、親衛隊ができる……なんてイベントがあったことを思い出す。
記憶通りなら、天音に好感度が傾いていないということになるわけだが。
「やっぱ、夜瞑さんにも立候補してもらうのは駄目かな」
「……駄目ですっ」
「だよなぁ。社交ダンス、してみたかったんだが……」
「っ……! わ、私は運動神経弱々なんでっ! 残念でしたね!」
わたふたと手を振って表情を誤魔化す。
「ま、おいおい考えるさ」
伝家の宝刀、後回しである。
葵か天音、どちらかを攻略するのならそれこそRTAみたいに最速で攻略できるだろう。
だけど、俺は既にゲームの用意した道から外れたことをしている。
せいぜい、イベントでの立ち回り方の参考程度にしか情報は使えない。だから正直、どうしようもないところもあるのだ。
「そいやさ、夜瞑さん。明日のコミケは参加するの?」
「へ、あー……実は予定が入ってて」
「そりゃ不運な」
この世界にもコミケがあって、心から嬉しかった。
「代行しようか」
「ひゃ、え、でも流石にいつもいつも……」
「気にしないでよ」
何か歯切れが少し悪いけれど、俺は奏ちゃんからのお使いを引き受けたのだった。
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