第17話 妹の美嘉はいきなりおそいかかってきた!

 コミケ当日。


 始発……というわけではないが、わりかし早めに俺と美嘉は出陣した。


 何もなく現地に到着した俺たちはやや速足で会場への道を進んでいる。


 「にーやん、眠い……」

 「前の日くらいはよ寝たらよかったのに」

 「うるさいやい、一緒にアーペックスやってたから仕方ないじゃん」


 結局、昨晩は美嘉も加えて結構夜遅くまでゲームに勤しんだ。


 ……ゲームではこんな夜更かしイベント、一つもなかった。そもそも、オタクではなかったのだから仕方ないといえばそうなんだけども。


 そういった些細なことや取り留めのない日々が途絶えることなく連続している。


 改めてここが今の自分の生きる世界なんだなと思わされる。


 ゲームでは次のイベントまで勝手に日程が進んでいたため、忘れかけていた楽しさを思い出すことができる。


 「にーやんってさ」


 美嘉が少し前を歩きながら、じっと俺を見つめてくる。


 「ときどきだけど、すごい遠い風景を見るね」

 「そうか?」

 「うん、まさか佐久間さんの中二病、感染した?」

 「まさか」


 鉄心は、オタクでないのにあれだから間違いなくプロである。


 演技ではない素の中二病に、ノリを合わせた程度で追いつけるわけがなかった。


 「化粧品とか小物とか詳しいし、アタシより女子力高いって言うのがなんかムカつくっていうか」

 「なんだ、興味あるなら紹介しようか?」

 「はったおすよ?」


 怒られてしまった。


 「それにぃ」


 どこで学んだか、唇に指を当てて胸元を突き出し、まるで誘惑するようなポーズを美嘉はとり始める。


 「アタシがどこの誰だかわからない男にとられるの、にーやん、嫌っしょ?」

 「それは確かに」


 即答だった。


 「悪いな、余りにも可愛いのでお前に見惚れてたんだ」


 頭をそっと撫でてやる。


 「なっ、にーやん! いきなりなんなのさ」

 「妹を愛でる兄は、そんなに不思議か?」


 元の世界では一人っ子。


 妹がいたらな、なんていう想像をしたことは何度もあった。


 そしてそれが実現すると……予想以上に可愛がってしまう。


 「……にーやんは将来、女泣かしになるねっ」

 「何を言うか。俺は純愛ものしか好きじゃないよ」

 「さすがにーやん! ……だけどまるで好きな人でもいるみたいな口ぶりだね」


 ここで少し、思い悩む。


 美嘉は……知らないのか?


 女子同士の噂話は、自分が考えているよりもすごい速度で伝わる。


 あまりそういう話を奏ちゃんは吹聴するタイプではないが……もしかして仲のいい美嘉にはいっているのだろうか?


 これはある意味賭けだな。


 とりあえず……知られていないということで進めよう。


 「あはは、いないさ。それに、俺がいなくなったらお前は餓死するだろ?」

 「よくわかってんじゃん」


 肩に担いだ大きな荷物をものともせずに、美嘉は会場を目の前にして走り出す。


 そして横断歩道前で一度止まり、優しい笑みを見せる。


 「にーやんは、将来的にアタシの介護をしてもらわないと困るからね!」

 「自立する努力はしてくれ」

 「……余所で女作ったら、ぶっころだかんね?」


 これ、第三の地雷になっていないか?


 いや、まさかな。AHAHAHAHA!!!


 「てか、そんな凄い一眼レフ、いつの間に?」


 美嘉はどこで仕入れたのか、高価な一眼レフとその一式を取り出しはじめる。


 「こつこつ貯金したのさ。可愛いコスプレイヤーのおにゃのこを永遠に保存するためにねっ」

 「言い方がすげぇキモイ」


 これでこそ俺の妹だ。


 慣れた手つきで美嘉はカメラと三脚を組み立てる。


 「そいえばさ、にーやん」

 「ん?」

 「最近、妙に奏パイセンと仲いいよね」 

 「ああ……」


 惚れている、とは言えまい。


 「ま、仲いいのはいいことだよ。そのおかげで野良を入れずにアーペックスもできたしね」


 怒っている様子は少なくともなさそうなので安心する。


 「あの人、とっても優しい人だけど無理をしがちだからさ。たまに見てあげてほしいな」



 なんて話しながら、フルアーマー妹となった美嘉はコスプレゾーンへと消えていった。


 俺は俺で、目的の物品の取引を完了させることにした。


 並ぶのを想定して大幅に時間を取っていたが、予想より早く終了した。


戦利品をしっかりと片腕に抱えながら、俺もせっかくだからとコスプレゾーンを物色することにした。


 美嘉と合流できるかもしれないし、いい時間つぶしにはなるだろう。


 (ほんと、この世界でもコミケ文化が根付いていてよかった……)


 文化面が適当だったら、辛かっただろうな。


 その辺の完成度の高さは、日本が舞台だからなのかもしれない。


 (カメラ……なんて大それたもんはないが、スマホで数枚撮影してみようか)


 奏ちゃんが好きなジャンルのコスプレイヤーさんを撮影した写真でも見せてあげれば、きっといい思い出話になるだろうし。


 できるだけ列ができておらず、なおかつ休憩中ではなさそうな人を……。


 「すみませーん、撮影させてもらって構いませんか?」

 「あ、はい。大丈夫ですよ」


 よく知っている女キャラクターと思しき衣装の後ろ姿を認めた俺は、声をかけてみることにした。


 銀のウィッグに露出度のまぁまぁ高いビキニにマント、ガーターベルトとかいう攻めに攻めたキャラであるが、なかなかの再現度であることが背面からも伺える。


 「ポーズのリクエストとかって……」


 振り向く途中でコスプレイヤーさんの女性の反応は……止まった。


 いや、止まったのは俺も同じだった。


 このコスプレイヤーさんは……


 「ええと……奏ちゃん?」

 「ヒトチガイデスヨー」

 「いや、奏ちゃん、だよね?」


 普段と違う髪色のウィッグをつけてはいるものの、身長や瞳の色、何より声のトーンが完全に一致している。


 それに、めちゃくちゃ棒読みであるし、何よりもとんでもない冷や汗をかきながら目を泳がせている姿は露骨すぎる。


 「とりあえず、ツーショットで……ああ、原作七巻のあのシーンの再現を……」

 「た、淡々とリクエスト進めるのやめてくださいます!? 朝来さん!?」

 「あれ、俺はまだ名乗って……」

 「あっ」


 語るに落ちた。


 「せ……」

 「せ?」

 「切腹しますぅ……」


 奏ちゃんはおもむろに腰の模造刀を引き抜く。


 それを自身の露出している腹部に目掛け、突き刺そうとする。


 「ま、待って、それも模造刀だし、ここで切腹は……じゃなくてとりあえず落ち着いて!?」


 俺は切腹を敢行しようとする彼女を止めるように、刀の部分を両手でつかむ!


 真剣だったら血まみれだったけど、やっぱり偽物で……切腹なんて無理だ。


 何よりも……。


 「奏ちゃん! 有明! 有明です! ここで刀傷沙汰は流石にシャレにならない!」


 周囲の目を気にせず、俺は必死に彼女の凶行を止めるのだった。

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