第15話 学生ミスコンの季節らしいです
葵と天音の強制イベントから一週間ほど経過した。
五月も目前に迫っており、緩やかに気温も上がりだした。うだるような暑さが来ると思うと、今の段階で嫌になる。
ゲーム内の朝来怜音は非常にアクティブで、何かあれば遊びに外へ赴いていた。
だが、リアルとなった今はもう誰に何と言われようと引き籠ることにしている。
そうだ、奏ちゃんとオンラインゲームできないかな。
対戦でもいいし、FPSを協力し合うのもいい。何より、部屋にいる限りは誰の邪魔も入らない。
◇
「なぁ、同胞よ」
「なんだ、鉄心」
昼休み。男同士の付き合いで、俺たちは屋上にて弁当を食べていたときの話。
やや鼻息荒く鉄心は一枚の告知チラシを取りだす。
「ミスコン……あー」
「なんだ、知っているのか」
まぁ、ゲーム知識である。
ゲーム開始後、一発目の共通イベントに該当するのがそのミスコンだ。
ルート確定が記憶だと、だいたい夏休み明けくらいだ。それまでに一定の好感度が必要なわけで、ミスコンはそれを稼ぐために用意されたイベントだ。
つまり、葵と天音は出場するということになる。
そのうえで、どっちかをプロデュースして勝利に導くというのが本来の話の流れだ。
「心が躍るな」
「そうか?」
俺は、葵と天音を推しているわけでもないため乗り気ではなかったが、その態度が鉄心の眼には奇怪に映ったようだ。
「信じられんぞ、よもや貴様……女に興味ない……男色家か?」
「なわけねーだろ。てか、やめろ。下手すりゃあの二人に聞かれる。そうなったら確実に拗れる」
この世界にやってきて学んだことがある。
鉄心の誤解をうみそうな物言いがは騒動を呼び込みやすい。
メディアミックスした漫画作品やアニメ作品では時折あったが、リアルになるとそれがより面倒となる。
だから先んじて、釘を打つ必要がある。
「葵姫と華乃宮嬢は当然出場するだろうな」
「やっぱそうか」
「本当にお前は贅沢な男だよ」
鈍感を装いながら、俺は聞かないふりをする。
これもまた強制イベントだろうな、と胸中で思う。やっぱり、回避不可能なのだろうか?
ゲームでの記憶を思い出す。
葵を選んだ場合、結構口喧嘩が絶えなかった。ツンデレな性質が強いため、まぁ仕方ないといえば仕方ないが、心労は嵩む。
そういう、単なる面倒かどうかだけで判断するのなら、間違いなく天音一択だが――。
(メタ的にはなるが、天音を選ぶと、特にこのイベントは好感度の上り幅がすごくなる)
天音でこのイベントを踏むと、バフでもかかったかのようにその後のイベントで天音の好感度が上がりやすくなる。
ゲーム製作者しか真実はわからないが、体感ではその傾向があった。
だから正直、天音に肩入れするのも避けたい。
コミカライズでは、話の尺を延ばすためオリジナル展開で二人を同時にプロデュースするという話だった。
実現するには薄い氷の上を割らずに歩くような繊細な立ち回りが問われるわけで……俺にそれができるとは思えない。
奏ちゃん……が立候補する未来は考えられない。性格的にありえないだろう。
「鉄心はメンズ部門に出るのか?」
「無論だッ!」
ボディビルダーのような決めポーズをする鉄心。
マッチョでもないのに、不思議とキラキラしたエフェクトが出ているように見える。
鉄心は……不思議とモテるんだよな。
恋に体型は関係ないという奴だ。実際に、彼女がいて写真を見せてもらったことがあった。
「なぁ、怜音、お前も出ないか?」
「まさか」
「お前の顔だって悪くない。一位は俺だから無理だが、二位は十分に狙えるぞ。ここで知名度を高めておけば、俺のようにバラ色の人生だぞ?」
「興味ねぇよ」
「嗚呼、勿体ない。お前、部活もやってないからなぁ。女生徒を選り取り見取りというのは楽しいものだぞ?」
「そういうのは誠実にかけるのではありませんこと?」
俺たちが振り返ると、そこには微笑む天音の姿があった。
「わぁ」
最悪のタイミングで話を聞かれてしまったようだ。
あの鉄心でさえも、やや冷や汗をかいている。それくらいに天音の気迫はすさまじい。
「……やぁ、華乃宮嬢。本日もご機嫌麗しゅう」
「ごきげんよう、佐久間さんも実にご機嫌のようで」
「なぁに、男同士、積もる話もあるのでな」
「せっかくでしたら、その話に私も混ぜてくださいませんか?」
「はっは、華乃宮嬢にはちと刺激が強すぎるのでな」
「うふふ、佐久間さんには私がとても清らかに見えているのですね」
含みのある笑顔を絶やさない天音。
一方で鉄心は、天音の様子を絶えず伺いながら言葉を続ける。
「ははは、女性は誰だって清いさ。だがその口振りでは、何かしているみたいだな?」
「私、怜音様との来るべき日のために日夜、勉強していますので♪」
「……ほう?」
鉄心が俺の方向を見るが、正直見ないでほしい。俺は何も知らない。
「それで……怜音様」
「なんでしょう」
「私がミスコンに出場することは既にご存知だとは思いますが……」
きたわね。
「もしよろしければ、共に頂点を目指しませんこと?」
やっぱりね。
だけど、共に頂点、か。俺は別にメンズ部門に申し込んでいないんだがな。
「あー、それなんだがな」
俺はチラリと鉄心を見る。
すると、俺の真意を悟った鉄心は鋭く眼光を強めて、「やめろ」と命じてくる。
が、知るか。
こちとら鉄心の大声で強制イベントに巻き込まれかけているのだからな!
「俺はやっぱ親友を応援したいんだわ。今年、メンズ部門も結構な倍率だろ?」
「あら、佐久間さんも?」
「無論だ。同じステージで戦えないことを残念に思うよ、華乃宮嬢」
「てな感じで、こいつは絶対に負けない気でいるし、俺も勝利を信じている。だが、対策をしないのは愚かってもんさ」
鉄心を手伝う、という名目でイベントを回避できないものか。
「素晴らしいですわっ!」
クワっ、と天音は目を見開き、その両目に涙を浮かべる。
「怜音様の親友を助けることをいとわない慈愛の精神に……天音は感服いたしましたわっ」
これは……いけそうかな?
「でしたら、私も共に手伝わせて頂きましょう」
駄目みたいですね。
「ちょっと、何かってなことを抜かしているのよ」
「くはは、同胞よ。やはりお前は罪深い男だなッ!」
天音の抜け駆けを監視していたのか、俺の存在を嗅ぎつけたのか――屋上に葵も到着する。
「こいつには、私の優勝のために働かせるんだから、お生憎様ね」
「あらあら……怜音様の意思なく勝手に決めるのは横暴ではなくって?」
天音さん、貴女が言うかね。
だけど、もうこの場に俺がいようといまいが関係ない。
天音と葵は、俺を無視して争い始めるのであった。
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