第34話 葵からの告白
「第一段階はクリア、といったところのようだね」
「ええ」
告白時のセリフが飛び出したことに驚きはあったけれど……原作通りで感謝している。
返答を求められたら詰み確定だったからね。
「では戻ると……おや」
湊さんは実に面白いといった表情をした。
その視線の先には、なんと葵がいた。
隣に自転車が止められている。追いかけてきたのだろう。
「……やっぱアンタはここにいると思った」
「葵」
「腹が立つけど、わかるもの。アンタなら今の天音を放っておかないってことを」
葵の表情は、限りなくバッドエンドルートのそれに近い。
少し情緒不安定になっているときの、薄暗い顔色だ。
正直、とても怖い。
「確認するけどさ、アンタ、やっぱり天音のサポートをしているんじゃないの?」
「していない、誓える」
「だったら……」
怒声、とは違った。どちらかといえば、悲鳴じみた叫びだった。
「だったら……あたしをサポート、しなさいよ」
一度瞳に溜めた涙を彼女はハンカチで拭い、その後、手を差し出す。
「今は接戦だけど、アンタが手を組んでくれたら……あたしは百人力。明日だって勝てる」
嘘ではないだろう。
俺が加われば、彼女の精神が安定し――確実な勝利をものにできる。
だけど、
「それでも、できないんだ」
「……どうしてよ、ねぇ、どうして?」
「湊さん、出す準備を」
「いいのかい?」
静かにうなずく。
今の状態は、理詰めでの会話は不可能だとゲームで知っている。
下手すれば、せっかく綺麗にまとまった天音が介入してきてしまい、面倒なことになる。
それくらいに、バッドエンドルートの葵はやばいのだ。
「ねぇ、怜音」
「……………………」
「アタシは、貴方が好きよ。だから一番になりたい。怜音にとっての、一番に」
これもまた、同じ告白時のセリフだ。
特徴的なのが、バッドエンドルートでもトゥルーエンドルートでも共通して使われるセリフということだ。
各ルートで意味合いが百八十度変わるすさまじいセリフだ。
ちなみにバッドエンドでは、その後自殺してしまう。そして主人公の一番に残り続ける『傷』となるのだ。
初プレイでそのエンドを踏んだ時は、普通に引いた。
「……今、それを答えるのは何か違う気がするんだ」
「どうして?」
「さっきの天音を見ただろう。本調子じゃなかった。そんな状態で勝利しても……意味はないんじゃないか?」
我ながら無理のある言い訳だろう。
だが、今はそれに縋るしかない。
正直な話、葵が追いかけてきたのは想定外も想定外。
天音みたいに絶対の自信があるから俺の返答を求めない……なんていう結果はいくつもの偶然が重なったものだ。
葵に関してはそれはありえない。
ルートを攻略したのだから、それはわかる。
「どのような結末、勝敗に転がろうとも……どうあっても、こんな幕切れは誰も満足できないよ。無理を言っているのはわかる……だけど今日は許してほしい」
「……馬鹿、馬鹿馬鹿、ほんとうに大馬鹿」
だけど、これ以上、葵は俺を攻め立てなかった。
「アンタが、こそこそ何をやっているかまるでわかんないけど……今からすることは、大切なことなのよね?」
「そうだ」
「行きなさいよ! 馬鹿!」
◇
「すみません、湊さん」
「構わないさ」
葵を背に、彼女の車は山道を下りだす。
「彼女が来ることは想定していなかったといった顔だね」
「正直、予想外でした」
「私としてはキミがこの状況を脱した方が驚きだけどね」
「それは……まぁ、はい」
「一思いに振ればよかったのではないかね」
湊さんの指摘は尤もだ。
「ご指摘の通りです。ご存知の通り、俺には奏ちゃんしか見えていない」
「そこまで言い切ると、恥ずかしくも思わないね」
「茶化さないでくださいよ」
あの場で葵を振ることが最善だったかもしれない。まだ葵の父性に関する地雷は本格化していない。
精神的に不安定となってはいたものの、被害は最小限に抑えられた。
「今は、そのときではないのです」
「ほう?」
「確かに……あの場で葵に正直な想いを告げれば、問題は取り除けたかもしれません。ですが、それはよくないんです。巧く言葉にできませんが……こういった事態の時ではなく、きちんと、奏ちゃんへの想いを伝えた上で決着をつけるべきだと思います」
「確実な勝利よりも納得の勝利を選ぶか――やはり見込み通りだよ」
豪雨の中、恐れることなく車は速度を維持しながら、なおも加速していく。
「あと五分くらいで家につく。華乃宮一族のような豪邸だと思わないでおくれよ?」
そう言いながら、湊さんは満足そうに笑った。
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