第33話 お嬢様は煽り耐性がゼロ
「ほんと、浮世離れした屋敷なものだ。斯様な建築物が現代でみれるとは」
湊さんと訪れた、華乃宮一族の屋敷はまさに御殿と呼ぶのに相応しい場所だった。
まず門を通過すると、屋敷まで五十メートルはある庭園。
左右対称に装飾物が設置されており、何人もの庭師が懇切丁寧に整え続けている。
中央に伸びている舗装路の中点部分にはこれまた派手な噴水が象られている。何処ぞかの国の彫刻だろうか?
このような大規模な屋敷は都市部に建築することもできず、山中をかなり広めに切り開くことで造りあげたらしい。
「……先程話をした場所は、よくよく考えれば山中でしたね」
「キミが間違った選択をした際は問答無用でここに連れていくつもりだったが、杞憂だった」
本当にこの人は、読めない人だ。
「それにしても、妬けてくるくらいにはキミは人気者のようだ」
「余り実感はありませんが……」
だが事実として、警備員は俺の顔を見ると、それといった手続きもせずに通過させてくれた。
立ち往生するよりかはいいが……複雑だ。
「だけど私が手助けできるのは、この扉の前までだ。華乃宮の令嬢を崩すことができるのは、キミ以外いないだろうからね」
「湊さんがいなければ、立ち往生でした。ほんとありがとうございました」
「まだまだ前哨戦だよ。難なく勝ちをもぎ取ってきたまえ、それを感謝として受け取ろう」
俺が案内されたのは、広間と見間違えかねない程に大きな食卓だった。
楕円形の机の奥、壁に掲げられた絵画の下に天音は座っていった。
表情こそ普段と同じ風に見えるが、笑いがどこかぎこちない。
「怜音様がわたくしの屋敷に来て下さったこと、心より嬉しく思いますわ」
「突然押しかけて、悪いな」
「貴方様とわたくしの仲に、そのような遠慮は不要ですわ。怜音様さえよろしければ、ずっと暮らしてくださってもよろしいのに」
「遠慮しておくよ。可愛い妹を放置できないからな」
「美嘉様も、わたくしにとって愛しい妹ですから遠慮せず気兼ねなくお引越しくださいな」
情緒が本調子ではないというのに、普段の態度は崩さない――流石だ。
「すまん、やって来ておいてなんだが……時間が限られている」
「そう、ですわね」
天音とて俺が来訪してきたことの意味はわかっている。
わかっているからこそ、あえて普段通り振舞っていた。
彼女は覚悟していた。この会話が最期になってしまうのだと。
ほんと、頭が上がらない。俺の考える以上に先を見据えている。
だけど、思い通りにさせてたまるか。
「まず、犯人を特定してくれたこと、ありがとう」
「……おやめください」
声に張りがないが、切実な言葉であることが伝わってくる。
「やめないさ。少し、ほんの少し、今はすれ違いが起こってしまってはいるが、天音の協力がなければもっと激化していた」
「協力などと……わたくしは同級生さえも満足に止められない半端モノです。華乃宮を背負う者として、あるまじき失態。一族の礎を築いた者の末裔として恥ずべきことです」
配下を御することこそ、支配者の鑑――そんな教えを幼少期に施されていたのだろう。
そして今回の騒動は、その教えが生かせていないことを示す結果となってしまった。
「天音は、そのことで責任を感じて辞退した。そうだな?」
「その通りです。あのような卑劣な真似、知らなかったでは済まされません。それ以上に、そのような不始末を働いたわたくしを、どう皆様は評価しましょうか?」
胸に手を当て、悔恨するように目を閉じる。
「これ以上の生き恥は、心より応援してくださった方々への裏切りにもなりますわ。そのようなこと……許せるはずがありません」
「……なぁ、そこまでする必要、あるのか?」
「ええ」
「俺は謝罪を受けた。葵も実行犯をもう捕えているから、これ以上のことはない。それに続いたとしても明日までだ。なんてことはない」
「…………本当に怜音様はお優しい。ですが、もう決めましたので」
予想の通りだったが、恐ろしい程に頑固だ。
そうと決めたら、絶対に意思を曲げようとしない。
それでこそ、華乃宮を背負う者のあるべき姿と言わんばかりに……。
(駄目だ、気圧されては)
天音の棄権している状態では、今まで通りの日常は決して戻らない。それではいけないのだ。
真正面から勝って、それでこそ意味があるのだ。
(だが、どうすればいい? 冷静に説得しても、折れることはないだろう)
思考を続け、何か類似するイベントはなかったかと探る。
あるにはあるが、今回とは想定がまるで違うし、何よりも天音ルートにのみ許されるような特権だ。
これを使うことの意味がわからないわけではない。
この方法を使えば地雷が即座に作動する危険性だってある。
だけど、それでも……今やらなきゃ、いつやるんだ?
「全てが落ち着いた後、身支度を整え……」
「違うだろ」
「え……?」
突然、口調が変わった俺に対し、困惑した視線を天音は送る。
「違う、ぜんっぜん違う! お前は辞退することで、身を引くことで俺への贖罪の為に責任を果たそうとしているのかもしれないが、それは大きな間違いだ!」
そう力強く指摘してやると、天音も顔を上げる。
「そのようなことはございません。全てはわたくしが贖うため。ただそれだけで――」
「そんな半端な行為で贖えるわけないでしょう! そこでできるのは自分を慰めるだけ、なぜそれがわからない!?」
「っ……お言葉ですが」
よし、頑固な態度を崩して、食い下がってきた。流れとしては順調だ。
「人の上に立つ、高みを目指すとはそういうことなのですわ。恥もなく、己を顧みることもなく、そんな愚者にどうして人がついてきてくれるでしょうか?」
「恥ぃ? 鑑みるぅ? 随分と慎重なことで。俺の知る華乃宮天音はもっと豪胆でいて強かだと思ってたんだがな」
売り言葉に買い言葉。
論点なんてあったものではない、子供同士の口喧嘩のようだ。
実は、これは天音ルートでの大きなイベントの一つである。
基本的に華乃宮天音は朝来怜音に対し、否定的なことは言わない。
常に全肯定で、彼を立てる。
それこそが伴侶に相応しい行動だと信じてやまないわけだ。
頑固な根の部分を怜音には常に隠そうとしているのだ。
しかしそれは心を開いていないことにほかならず、交流を深める中で怜音は『どうにかできないものか』と考える。
結果、紆余曲折を経て、口喧嘩に誘導して本音を引き出そうと試みるのだ。
「言うに事欠いて……」
「そりゃ言うさ。普段は虎視眈々と俺の姿を追うくせに、今は弱々なんだからな。見てらんないよ、見るに堪えないよ。なんだよそれは、そんなの、聞こえのいい言葉を並べてるだけで……戦いから逃げているだけじゃないかっ!」
そして、怜音に見せない様にしているが、天音は負けず嫌いだ。
どのように不利でも葵に挑み、諦めないのがそのいい根拠だ。
故に、こういうストレートな煽りには意外と弱い。
「逃げている? 怜音様は、わたくしが逃げていると、そうおっしゃりたいのですか?」
表情こそ穏やかだが、目は笑っていない。怒りの炎がみるみると燃え上がっているのが伝う。
「そうさっ。逃げる以外のなんだよ、それが俺の意思を無視してミスコン一位を狙う人間の行動かよ?」
「っ……それは――」
「そうさ、親衛隊の一部が停学になった今、無関係だったとはいえ、そっちの評判にも影響があるだろうさ。そうなった以上、接戦している葵と奏ちゃんとの戦いに不利となる。だから、綺麗な言葉を並べて勝負の舞台から降りて、無様に散るのを避けようとしているんだよ」
天音にとっても今回の騒動は寝耳に水だっただろう。
本当に自責の念に駆られていたのだろう。
だけど、関係ない。ここで追い込む。
「いつもの天音なら、不利有利関係なく、全力を賭して俺の隣を奪い取りに来るだろうがっ!」
「!」
「…………怜音様」
「少なくとも……俺はそんな天音の方が、好きだ」
ひとしきり、原作再現にも近いセリフを言い終え、トーンダウンする。
長い間続く沈黙。さて、どう転ぶか……。
「わたくしは……怜音様を守るために、と考えましたが……その実、守ろうとしていたのはわたくし自身でしたわね……」
「天音」
「じいや」
彼女がそう口にすると、執事が彼女の近くへとやってくる。
「今すぐ学園に通達なさい。ミスコン出場停止は、取り消しよ」
「!」
よっしゃ!
「怜音様の言う通り、恐れていたようですね。これ以上恥を上塗りせずに済んだのは、怜音様のおかげです」
「言うなよ。俺もちょっと言い過ぎた」
「いいえ、全てはわたくしを想ってのことですから」
彼女の顔は赤く染まっている。
……やりすぎた?
「改めてお伝えしますわ――怜音様」
「え?」
「貴方様を心より……お慕い申し上げます」
えっ。待って。
その言葉は、物語クライマックスの告白シーンのそれではないか。もしかして、シーンすっ飛ばした?
となると、次にくる返事は……。
「返事は必要ありませんわ。何故って?」
ま、まずい、やりすぎた!
「怜音様の隣を歩く伴侶は、わたくしであることが確定しているのですから……皆まで言う必要はございませんわよね?」
そう、今のセリフは天音ルートでトゥルーエンドを迎えた際に、彼女が言う言葉である。
……どうしてこうなった?
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