第21話 これが私の決意です

 「よし、今日も無事登校イベントを回避できたぞ」


 しめしめ、と俺は周囲を警戒しながら登校する。


 「なんでアタシとにーやんがお尋ね者みたいな扱いになってるのさ……」


 そう不満をもらす美嘉。だけど当然の反応である。


 ちなみに美嘉は学校に行くわけではなく、買い出しのついでにゲーセンに向かう。


 日常の些細なイベントは赤青の光を確認することで回避可能だというのは喜ばしいことだったけど、美嘉に迷惑をかけてしまうのは気が引ける。


 地雷を回避するための最適解が好感度をそもそも上げないことにあると考えていたけど、やっぱりイベントフラグから逃げ続けるのは無謀だったのだろうか?


 それに……ミスコン以降は、そういった対処がより重要となるだろうし、根本的な見直しが必要なのかも。


 「あれ、にーやん。奏パイセンがいるよ」 

 「あ、ほんとうだ。かわいいね」


 そこまで身長が高くない彼女は、曲がり角のすぐそばの電信柱で待っていた。


 少し、俯いているようだ。


 「おはよう、夜瞑さん」

 「お、おはようございます……」

 「?」


 奏ちゃんの態度を、美嘉は妙に感じているようだ。


 ……ああ、そういえば、奏ちゃんや湊さんといたことを美嘉は知らないのか。


 「美嘉ちゃん!」

 「え、あ、はい」

 「一生のお願いです!」

 「え、あ、え、何でしょう?」

 「お兄さんを少し……貸していただけないでしょうか?」

 「え?」


 指名された俺自身も驚きだった。


 「え、えーと。なんかよくわかんないけど……奏パイセンなら変なこと起きないだろうし、心配ないか」


 俺を猛獣か何かと思っていないか? この妹は。


 「あ、ありがとうござます!」


 美嘉が去ったのを確認し、奏ちゃんはこっちを向いてくる。


 「あ、あはは。ごめんなさい、朝から」

 「いいんだ、大好きな奏ちゃんの願いだ」

 「っ……! あ、朝から心臓に悪いですよ!」


 いつも通りの挨拶を交わした後、登校を再開する。


 「昨日は、その、ありがとうございました」

 「いいや、こっちこそ」

 「……誰にも言わないでくださいね?」

 「もちろんだ。独占していたいし」

 「………いぢわるです」 


 胸に鞄を抱きながら歩く奏ちゃんは、できる限り顔を見せないようにしていた。


 「それと……よかったのですか? 湊姉様を手伝ってもらって」 

 「いいんだ、気にしないで」

 「無理な時は無理と言ってくださいね? あの、湊姉様はやや強引な所がありますから」

 「ファッションは疎いからな、ああやって教えてもらえるのはむしろ感謝したいさ」


 元の世界でも安い服で十分だった。


 コーディネートしてくれるのなら、頼りにしたい。


 「奏ちゃんと並んで歩いても、笑われない恰好でいたいからね」

 「……朝来さんは、どんな姿でも奏にとっては格好いいですよぉ」

 「褒められると……なんか照れるな」

 「なんでこのときに限ってちゃんと聞いてるんですかぁ!?」


 朝からこうやって話せるのは、一カ月前なら考えられなかったことだ。


 そういう意味で、湊さんには服以上に感謝すべきだろう。


 「……数日間、考えました」

 「…………告白のことかい?」

 「ち、ちが、違います! ざ、残念ながら……」

 「そ、それはごめん、別に急かしたわけでは……」


 なんかディスコミュニケーションだな……。


 「ミスコン、についてです」

 「ああ」

 「湊姉様と何を話していたか、聞かないでおきます。気になりますけど……湊姉様は聡明ですから」


 奏ちゃんは、俺の顔色を窺うように、恐る恐る顔を上げる。


 「……もしも、もしもですよ?」


 かなり、俺の表情や反応の変化を、恐れている風にも見える。


 「本当にもしも、仮定の話ですよ?」


 何度か前置きを置いた後に、彼女は続ける。


 「奏が……ミスコンに出るというと、朝来さんは応援して、くれますか?」

 「!」


 湊さんの言う通りの流れになったことに対する驚きもそうだが、何よりも、奏ちゃんの口からその言葉を聴けたことが――嬉しかった。


 「ごめん、ちょっと泣く」

 「え、ど、どうして!?」

 「奏ちゃんにそう言ってもらえて、涙が出そうになったよ」

 「まだ出場ですからね!? 優勝したわけでもありませんっ! そ、それで……質問の答えは……」

 「応援する、それどころか全面的にバックアップして……絶対に優勝させる」


 即答だった。迷いなんてない。


 持ちうるゲーム知識を総動員するし、協力を他の人に乞うことだっていとわない。


 「ゆ、優勝は……大袈裟ですよぉ」


 指で頬をかきながら、奏ちゃんは目を逸らす。


 「やるからにはさ、絶対に優勝だ。何よりも、奏ちゃんの魅力を知ってもらいたい」

 「………………魅力は朝来さんに伝われば十分ですよぉ……」

 「ん?」

 「な、なんでもありません。てかなんで急に難聴になるんですか……」


 何にせよ、参加を表明したのなら……次に進めることができる。 


 絶対に優勝して、今月のイベントを回避する!


 「それで……何をすればいいのでしょう……?」

 「一人、頼りになる奴がいる。どうしようもなく胡散臭いが、こういう戦いでは右に出る者はいない男が、さ」



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