第19話 必勝のための布陣

 「このあたりでいいだろうね」


 奏ちゃんを残し、俺と奏ちゃんの姉である夜瞑湊さんと共に人数が少なくなる搬入口の近くへとやってきた。


 「さて、ポエマー君、少し失礼するよ」

 「えっ」


 彼女が素早く右肩のポーチから取り出したのは、体を採寸するメジャーであった。


 「ちょ、夜瞑さん!?」

 「ふむふむ、キミ、スポーツは?」

 「い、いえ、特には……」


 何が何だかわからずに、ただ質問に答えていく。


 「それにしてはいい筋肉のつきかただ。これは私の衣装も合いそうだ」

 「い、衣装?」

 「私の妹は背が低くてな、男物の新作の試着はどうしてもできない」

 「はぁ」

 「ポエマー君であればいい作品が作れそうだ」

 「あ、あの、ポエマー君、というのは?」


 俺がそう尋ねると、きょとんとした顔を湊さんはした。


 「私の妹をあそこまで乙女の顔にさせる語句を並べ立てるキミが、ポエマーでなければなんだというのかね?」

 「えと……」


 やばい、全部知っているようだ。


 いや、無理もない。葵や天音とは違い、彼女は奏ちゃんの姉だ。


 奏ちゃんの言葉から、姉妹仲も良好だと伺える。そうなると……妹の些細な変化にも当然気付くはずだ。


 そしてあの場面で出くわしたのだ。


 ポエマーが俺であることは容易に想像できる。


 「もしかして、それを叱るために?」

 「いや、いやいや、勘違いしないでほしい。私は妹を大切に思ってはいるが、束縛するつもりはない。人並みに恋をし、人並みに色を知ることは情操教育の観点から見ても、必要なことだからね」


 夜瞑奏さんから見た奏ちゃんは、未だに幼い妹のままなのだろう。


 「それに、私の妹に毒牙にかけようとする輩はもっと賢しく動くものだ。少なくとも……あのような言葉を真正面からつらつらと並べたりしないものだよ」

 「そ、そうですか……」


 一応は、許されていると、考えていいのだろうか?


 「それで本題だ、ポエマー君。確認するよ、君は私の妹をミスコンに出そうと考えている。違うかい?」

 「……違わないです」

 「なんとしても優勝させたいようだね。込み入った事情かい?」

 「事情が全くない、というわけではありませんが……心から奏ちゃんを勝たせたいというのは、嘘ではありません」

 「ふむ、聞きたい言葉を聞くことができた」


 彼女は高級そうな扇子を開き、口元を隠しながら笑う。


 「では私も、妹の晴れ舞台のために一枚噛ませてもらおう」


 「ええっと……どういうことでしょう?」

 「どうもこうもないさ。私は君も知った通り、服を作ることにしか能がない女だ。私が、絶対に他の候補者に負けることのない衣装を提供しよう」

 「…………」


 何と言えばいいか、わからない。こちらにとってもいい提案なのは間違いないのだけど……。


 「しかし、言葉だけでは不安だろう。これが身分証明になるかはわからないが、受け取ってほしい」


 彼女が手渡したのは、一枚の名刺だった。


 「これは……!」


 オシャレに疎い俺でもわかる、世界的ブランドの名前が記され、そこのデザイナー代表のところに夜瞑湊と記されていた。


 「必要であれば本社を案内しようか?」

 「い、いえ、大丈夫です」


 予想外だった。


 彼女の助太刀があれば、外見に関する評価点に限定して言えば、葵たちとも十分に戦える。


 「で、ですが、どうしてですか? 妹である奏ちゃんを助けたいってのはわかりますが、何もそこまで……」

 「少しくだらない話だけど、聞いてもらえるかな」

 「?」

 「実はね、私も今キミが通っている学園の生徒だった。何年も前の話だけどね……その時は地位も権力もない、ただ服を作りたいというだけの変態だったよ。今の奏を見ていると……その頃が思い出される」


 何年か前かはぼかしているが、彼女の言葉に嘘は感じられなかった。


 「でね、学内の制服を決めるコンペがあった。で、私は応募したわけ。勝つ自信はあった、だってかけた時間が違うもの」


 だが、そうはいかなかったと彼女の眼は物語る。


 「服飾部でも冴えない、学園理事長の娘が〆切ギリギリに提出した衣装に決定した」


 「今着ている制服のことでしょうか?」


 そう問うと、彼女は静かにうなずいた。


 「才能どころか、服飾における基本文法さえも知らない人間が作った形無しみたいなものだ。着用している君にそれを言うのは少し酷かもしれないけどね」


 要するに、私はその憂さ晴らしをしたいだけ――と湊さんは言う。


 「厳正な評価ではなく、くだらないコネで決着をつけた学園に一泡吹かせたい。そんなことをいつからか考えてたら、そんなことさえももうできない場所にまで来てしまった」


 そこでポエニスト君に出会った、と彼女は言った。


 「もっと言えば、別にイカサマの証拠はない。私がただ負けたことに納得したくないための言い訳みたいなものだ」


 根拠なんてない、その言葉に湊さんの複雑な胸中が詰まっているように見えた。


 「私自身のしょうもない仕返しに、体よく君の奏への想いを利用しようと考えている。妹を想っているといいながら、残念な姉だろう?」

 「それは……」


 そんな赤裸々すぎる自白に俺は言葉に詰まる。


 利用している、その言葉は紛れもない彼女の中の本心だろう。


 「……すみません、どう言葉にすればいいかわからなくて」

 「正直でいい。変に取り繕われるよりやりやすい。だけどね、奏に輝いてほしいという想いは紛れもなく君と一緒だよ。奏は、私以上に綺麗だ。あの容姿を腐らせるのはもったいない」

 「激しく同意します」

 「別にモデルになれというわけじゃあない。だけど、こういう学生間の遊びで自己肯定感を高めるくらい、誰も咎めないんじゃないかな、と私は考えている」


 仕返しが念頭にあるとはいえ、妹のことを心より思っていることは伝わった。


 ならば、答えは一つだ。


 「わかりました。俺が……奏ちゃんを優勝させます」

 「そうこないとね。参加の説得については任せてほしい。もっとも、もう私がどうこう言う必要もないと思うけどね」

 「……?」


 その言葉の意味はわからなかった。


 「具体的な策はあるのかい?」

 「…………古典的な、ドブ坂選挙ってやつですよ」


 少し嘘をついている。


 元ネタは天音ルートで、立候補当初から男女からの評判が高い葵相手に打ち勝つために主人公が使った手段である。


 それを、奏ちゃんに適用する。


 全くの猿真似ではもちろん駄目だけど、ゲーム内とは状況が全然違う。


 湊さんの協力もあるし、俺には悪友がいる。


 饒舌さは達人級で、詭弁を言わせれば右に出る者はいない……何よりも中二病なアイツが。


 「わかった、試してみよう」


 湊さんは立ち上がる。


 「最後に――」


 扇子を閉じ、俺の方を振り返る。


 「名前を聞いておこう、ポエマー君?」 

 「朝来……朝来怜音です」

 「ではまた会おう、朝来怜音くん?」


 そう言い残し、奏ちゃんの姉は颯爽と去っていった。

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