第24話 奏ちゃんは二刀流

 「親衛隊、ですか?」


 作戦初日。


 今日は拡散用の『宣材写真』を撮影すべく、作戦会議後にその足で湊さんの所有する撮影所へ招かれることとなった。


 湊さんは写真撮影や加工にも造詣があるらしい。


 なので出来上がった最上級の写真を、投票券を持つ学生らの情報の海に流すわけだ。 


 鉄心が不在な理由? 原宿で自分磨きだってよ。


 「うん、既に天音の周りに結成されつつあった」

 「ひょええ……やっぱり私たち平民は貴族に付き従うものなのですかね」

 「奏ちゃんもいずれその貴族側なるんだぞ? てか俺は既に親衛隊員第一号みたいなものだし」

 「いえいえいえいえ……そんなわけないじゃないですかぁ」 


 いずれにせよ、脅威なのは間違いない。


 「少し心配なのがさ」

 「はい?」


 親衛隊がやや、天音の静止を振り切って暴走傾向にあるのではないか……といったことだ。


 別に、参加者は奏ちゃんに葵、天音の三人ではない。


 各学年から多くの女生徒が立候補している。


 今は何も起こっていないが親衛隊が先鋭化したら少し怖いな、と思う。


 「具体的に言うと、親衛隊が競合候補に何かをしないか、だな」


 事実、俺が天音のサポートを固辞したら、かなりの敵意が俺に向いた。


 天音の目が届くうちは目立った妨害活動をしないだろうが、彼女さえ知らないところで何かを起こすかもしれない。


 「ミスコンに限らず、ファンの母数が増えると色々問題が起こりますからねぇ」

 「そういう感覚は共有しやすいよな」


 今回の事例に限らず、ファンが多く入ればコンテンツは発展するが、そのかわり自制が難しくなるものである。


 「奏ちゃん、これだけは約束しておこう」

 「なんでしょう?」

 「ないと信じているけれど、奏ちゃんに何か具体的な被害が及びそうになったら……参加を取りやめよう」

 「え?」


 俺から誘っておいて、余りにも無責任な提案かもしれないが。


 「優勝に意識しすぎて……奏ちゃんが傷つくのは嫌だからね」


 推しには……好きな人には笑っていてほしい。笑顔を失ってまで頂点を目指しても意味はないだろう。


 湊さんの約束を反故にすることとなるが、彼女も妹に危険が及べば復讐心を抑えてくれる……と信じている。


 「なんとか俺で止められるようにはするけどね、せっかく参加するんだし」

 「…………それは……」

 「これから撮影するのに暗い話はいけないな」


 気を取り直して、撮影を頑張ろう。


 「やぁ、きたね。私の妹にポエマー君」

 「先日ぶりですね、湊さん」

 「あわ、あわ、あわわわ……」


 どうやら撮影所に到着した奏ちゃんの様子が変だ。


 主に彼女の目線は、釣られた幾つもの華々しい衣装の数々に向けられていた。


 「ね、姉様っ!」

 「どうしたんだい、そんなに慌てて」

 「な、なんですかっ! このコスプレの数! 奏、知りません! 家にこんなコスプレありませんよね!?」

 「あっはっは。妙なことを言うね。昨晩作ったまでだよ」

 「この衣装をですか!?」


 ざっと見るだけで、十着以上はある。どう頑張っても一人で製作できる数では……。


 「なに、徹夜だよ」

 「そ、そういうのはやめてください! もう!」


 ふーむ、姉の前では若干普段よりも素が出ているようで、すごく可愛い。


 「作戦の仔細は既に聞いているからね。足りないのなら、至急この二倍は用意させよう」

 「い、いいですよぉ! 暴れますよ!?」


 なんていう会話を挟みながらも、撮影は開始された。


 「もう一度確認しよう」


 奏ちゃん、湊さんと対面するように椅子に座り、俺は最終確認を開始する。


 「ミスコン用に、新しいティンスタグラムのアカウントを既に作成した」


 奏ちゃんのを据え置きで使用する案もあったが、却下した。


 据え置きだと、ミスコン終了後に運用しづらくなるからだ。


 彼女のは鍵アカらしく、フォロー申請がいっぱい来てしまうのは負担をかけてしまうだろうし。


 新しいアカウントを運用するのは、主に鉄心だ。


 共同管理という形になるが、絶対に鉄心の方が運用は得意だろう。


 「コスプレ写真を投稿するのは、日に三度。朝に一枚、夕方と夜に一枚ずつ。俗にいう”バズる”スイーツとかの写真は、基本的に鉄心が準備する」


 暇があれば流行の最先端に出向く男だ。


 そこに関しては特に不安はなかった。


 「では私の妹は、何もする必要はないのだね?」

 「そうなります。だけど、それ以外の運用は奏ちゃんに一任することになっています。主に日常のつぶやきとかですね」


 普段の他愛のないつぶやきをすることで、ファンとの距離感を可能な限り近くするのが目的だ。


 売る路線としては『オタク』向けの『萌え』路線。


 「日々のアニメとか漫画に関する投稿は、鉄心よりも奏ちゃんに分がありますから」

 「わ、わかりました!」

 「そう構えないで大丈夫。いつも通りで何も問題ない」


 他の候補者もティンスタグラムくらいは活用するだろうが、一般人にも関わらず数万ものフォロワーを獲得できる鉄心には流石に勝てないだろう。


 そして、方針の確立。


 可愛い写真をひたすら投稿するのも効果的ではあるが、路線を絞ればその分、深いファンを抱えることができる。


 「質問だ、ポエマー君。路線を絞る、その考えは賛成だ。浅く広くより、絞った方が結果的に多くのフォロワーを獲得できるだろう。だが、『萌え』路線というのは大丈夫だろうか?」


 一般的に考えれば、『萌え』は人を選ぶ。


 「確かに、万人に受けるものではないかもしれません。ですが、むしろ俺はそれがいいと思います。理由は主に二つ」


 一つは、競合相手の少なさだ。


 俺は絶対にどの候補者よりも奏ちゃんが可愛いと確信しているが、それは俺の意見であって競合相手も一筋縄ではいかない。


 ほとんどの候補者が、小細工をせず、純粋に己の可愛さを売りにするだろう。


  別に無理に同じ条件で戦う必要はない。


 今までに、ミスコンでは実例のないオタク受け路線で一気に新規層を獲得する。


 「仮に成功すれば、後追いしてくる競合もいると思いますが、絶対に後追いは成功しません。理由は簡単で、奏ちゃんみたいな本物のオタクじゃないから、媚び媚びになってあまりウケない」


 有名人が言わなくてもいい浅い知識を晒して批判……とまではいかなくても、コアなファンからは冷たい目で見られることがある。


 それと同じで、オタクは目敏くそういうものを見抜くものだ。


 「えっ、それって褒められてます? 貶されてます?」

 「褒めてる、大好きだよ」


 奏ちゃんの顔が真っ赤になって沈黙してしまったため、続ける。


 「もう一つの理由としては、新規層の開拓にあります」


 これは調べて判明している事実だが、案外オタク層はミスコンへの関心が薄い。


 別に全員がそうではないが、調査するにあたり程々の関心程度だった。


 これには俺自身の経験もある。


 元の世界での学校にも、ミスコンはあった。


 確かに参加する女子生徒はどれも美人揃いで、目を引くのは間違いないが……めちゃくちゃ熱を入れるか、と言われると微妙だった。


 オタク層と非オタク層の間で、若干の熱量の差があるのだ。


 「その眠っている層をも、狙っていきます」


 非オタク層は意外と可愛さだけで獲得できることもあるが、普段からそういう行事に余り熱中していない層を獲得するには工夫が必要だ。


 「流行りアニメやオタクなら誰もが知る名作のキャラクターに合わせた最高級の衣装を湊さんに、そして決して『にわか』ではない作品への愛を持つ奏ちゃんが揃えば、オタク層も絶対に引き込める……と信じています」


 オタクの多くが、『にわか』知識で話しかけてくる擦り寄り行為を好まない。


 雑な知識で来られても、会話が繋がらないからだ。


 だけど、相手も深い知識を有する者であれば話も弾むし、親近感も湧く。俗にいう同志が誕生するのだ。


 「なので、奏ちゃんが実際に愛している作品のコスプレに限定しています」

 「た、確かに……!」


 奏ちゃんが、ラインナップを眺めて唸る。


 「制服といったテンプレ的な衣装の純粋な火力と、オタクを刺激する質の高いコスプレによる火力……その二つで、この一週間の情報戦を制します」


 テンプレ衣装で、まず葵や天音から浮動票を奪い取る。


 そしてアニメ衣装で、普段は興味を持たない層を一気に引き込む。


 それが、俺の考える情報戦の全てだった。


 少しの間、沈黙が起こったが、


 「見事だ、文句のない戦略だろう」


 湊さんは賛同してくれた。


 「奏ちゃん」


 俺は手を差しだす。


 「絶対に勝てる、いや、勝ちにいこう」

 「……はい!」


 手を取った奏ちゃんと共に、撮影会は開始された……。

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