メインヒロインそっちのけでお助けキャラにガチ恋するのはだめですか? ~恋愛ゲームに転生した俺はオタクヒロインとひたすらイチャラブする!~

@nekuranomiko

第1話 ゲームの流れをぶったぎって、普通に告白してみた。

 ――ギャルゲーにて、公式に用意されているヒロインが必ずしも推しになるとは限らない。


 これは誰しもが一度は陥る現象であり、製作者側にしてもどうすり合わせていくかが永遠の課題である。特定のキャラクターを贔屓ひいきすれば角が立つし、一向に答えを出さない日和見であればそれもまた批判の種となる。


 かくいう俺も、その永遠に解決されない問題の被害者の一人だった。


 「キミとの約束=地雷のせいで、恋愛ラブさせてくれません!」


 通称「くじらぶ」は、俺がこよなく愛する恋愛ゲーム……所謂ギャルゲーだ。


 二人のヒロインと一年を過ごし、共に困難を乗り越え、真実の愛を掴むという内容だ。


 低価格帯の同人作品とはいえ、その物語の作り込みは素晴らしく、発売後からじわじわと人気を獲得して今やアニメ化さえもされている作品だ。



 幼馴染である咲良葵さくらあおいと共に高校に入学した主人公である朝来怜音あさきれおんは、突如として超金持ちの華乃宮一族の令嬢である華乃宮天音はなのみやあまねに見初められてしまう。


 しかし、葵も主人公に密かに恋をしていたからさぁ大変――どちらが主人公の旦那様に相応しいか、それを示すために猛烈なアプローチが開始された!


 というのが発売時のあらすじだ。


 一見すると、使い古された設定であるが、この「くじらぶ」が好評を受けるのには大いに理由がある。


 それは、二人のヒロインは共に「約束」という名の「地雷」があるからだ。


 その「地雷」がなかなか面白く、解除できないと壮絶なバッドエンドを迎えてしまう。


 解除できない際の病みっぷりがこれまたすごく、そういうのが好きな層に強烈に刺さったのが、人気爆発の要因であった。


 といったかんじの話で、数多くいるファンの中ではこの二人、どちらを選ぶかで意見が二分する。


 しかし、俺は違った。俺には別の推しがいた。


 夜瞑奏やぐら かなで


 彼女こそ、俺が愛してやまない推しだ。


 

 夜瞑奏の性格は、一言で表せば不思議ちゃん。もっといえば、変人キャラである。 


 低価格帯で、あまり多くのキャラクターは登場しないこの「くじらぶ」において、彼女の役割は「お助けキャラ」である。


 怜音と同じ地域出身という設定があるが、高校までは接点がなく、会話もほとんどなかったため主人公は忘れていた――といった関係性だ。


 好感度を知らせてくれるだけでなく、繊細な選択肢選びをしなければバッドエンドになることが妙に多いこのゲームにて、バッドエンドを迎えた際にヒントを与えてくれる。


 俺はそのキャラがすこぶる……大好きなのだ。



 まず何よりも顔がいい。


 朱色の腰まで伸びたツインテール、そして大袈裟に感じられそうな大きなスカイブルーのリボンを頭につけており、その左右のツインテールの接続部分に髪の毛でお団子を作っている。ぱちっとした大きな真紅の瞳を持つ目は水晶の様に華麗で、仄かに赤みを帯びた頬など堪らない。高校生には見えない程身長は低い。しかし出るとこは出ており、何よりも体格に依らずフットワークは軽く、ルートによっては主人公やヒロインたちのため粉骨砕身してくれる優しさをも兼ね持つ、完璧な女性――。


 それが俺の推し、夜瞑奏である。


 彼女が変人キャラと言われる所以はその言動にある。


 彼女は、「オタク」である。そしてまた、男女や同性同士の青春に尊みを見出しているのだ。


 甘酸っぱい恋も、ビターな恋も、奇想天外な恋さえも――彼女の大好物なのだ。


 それが転じて、ラブコメオタクとなったわけで、そういう尊さを満喫するために主人公たちに手を貸すのだ。


 しかし、周りから忌避されているかといえば、そうではなく、尊さを感じながらも誰にでも優しくあろうとする素晴らしい性格のため皆から好かれている。とりわけ、マスコットキャラとして女性からは大変に可愛がられているわけだ。



 「ひょえええー! くぅああ、す、すみません。奏はただ、高校生の多感な三角関係を遠巻きに眺めているだけなのです。ええ、ああいわないで下さい! 奏はあ・く・ま・で黒子ですから! はいぃ、だから通報しないでぇ――じゃなくて、観劇者は常に沈黙を保つのが礼節……奏はクールに去りますね。それではっ!!!」


 これは、彼女が初登場時のセリフである。


 突然、お嬢様である華乃宮天音に言い寄られ、それを耳にした葵とのひと悶着のあとに、それを目撃していたことが主人公に露見したことにより咄嗟に発した言葉だ。


 俺はこれを聞いた瞬間、度肝を抜かれた。


 心臓を撃ち抜かれたとは、正にこのことかもしれない。


 今日も今日とて、推しを愛でるべく俺は「くじらぶ」のディスクをPCに挿入する。


 今日は、構成上、奏ちゃんの活躍が大幅に増えたアニメ版を鑑賞しようと思う。高校から帰宅した俺は、高音質のヘッドホンをつけ、晩飯まで推しを堪能するとする。


 既にどのタイミングでどのセリフをいうかは暗記済み。最初は声優が決まった際、思う所はあったが、声を聴けばそういった迷いは吹き飛んだ。


 嗚呼、オタクは考えず、ただ受け入れればいいのだ、と――。


 「……今日は妙に暑いな」


 冷房をつけ、再度集中する。


 が、数十分して、耐えられなくなってヘッドホンを外すと……部屋が燃えていた!


 「え、なんで!? どうして!? 」


 既に部屋の出口には火がともっており、退路は断たれている。何故家族は何も言ってくれなかったのか――いや、ヘッドホンしてたわ。


 ともかく! 


 なんとかして逃げださなければ、焼け死ぬ。「くじらぶ」の続編だって決まっているんだ、奏ちゃんの姿を見るその日までは絶対に死ねな――。


 そう誓い、窓から飛び降りようとした瞬間、崩壊した天井が俺の下に降り注いできた。


 「……! …………の!?」


 なんだ、人がいい気分で眠っているというのに、耳元で騒がしく叫びたてるのは。



 俺は……大怪我で済んだのか?


 あの火事の有様で、生き延びれたのは奇跡の様なものだ。余程寿命があったのだろうか。


 何にせよ……耳元で騒ぎ立てるのは、もしや姉だろうか。


 「ちょっと! 聞いているの!?」

 「…………え?」


 俺に対し、怒りながら声をかけるのは金髪ツインテの少女だった。


 身長は並み程度だが、胸が非常に大きく、制服では収まりきらないくらいの大きさを誇っている。

 

 やや吊り上がった眼は怒りを表しており、俺に対しぴしぃっ、と指を立てながらそう囃し立てる。


 「えと……咲良葵?」

 「……何よ、改まって……気分でも悪いの?」


 俺の変な反応に、目の前の女性はいぶかしむように俺の顔をまじまじと見つめてくる。


 これは……間違いない! 


 彼女は間違いなく、咲良葵だ! 


 アニメや原作を何度となく周回したから見間違えることはなかった。


 「おやまぁ……淑女としてその言動は余りにも……乱暴ではありませんこと?」


 一方で、怒り狂う葵に対し、冷静に煽るのは同じく制服をまとう少女。


 華奢な体躯は、彫刻と見間違える程に整った造形をしており、スカートの丈まで伸びた黒髪ストレートは正に和そのものだ。赤い眼鏡は理知さを表しており、右瞳の下には小さく泣きぼくろがある。大和撫子のような外見をしているのは……。


 「天音……?」

 「あらあらうふふ、ようやく下の名前で呼んでくださるのですね」


 華乃宮天音――深窓の令嬢、日本人形、美の巨人……様々な褒め句を欲しいままにする帰国子女。


 「ちょ、ちょっと! なにこの女の名前なんて……」

 「ええと……これは一体……」


 夢かと思い、試しに頬を抓るとすごく痛い。


 走馬灯か……? いや、それもきっと違う。


 アニメや原作を周回したおかげでセリフの内容やタイミングは熟知している。走馬灯で本編映像が流れるなら、ここで主人公は言い淀まない。


 というか……ここは?


 「ねぇ、怜音、聞いているの?」

 「れお……え?」 

 「怜音様、何やら体調がすぐれないご様子ですわ……。今すぐ華乃宮家の医者を手配いたしましょう」

 「い、いや、大丈夫だ……」


 ――「くじらぶ」を追体験している?


 追体験というよりむしろ……俺が、その作中の、それも主人公になってしまっている?


 理屈や原理は不明だが……俺の意識は朝来怜音として、このゲームか別世界に投影されてしまったようだ。しっかりと手足は動くし、言葉も話せている。


 だとすると……この場面は?


 ……ゲーム冒頭、天音が怜音に対し求婚を申し出たときだ。隣にいた葵は怒り心頭となり、彼女に文句を言うのだ。


 (ええと、どうすれば……)


 そのとき、青い線と赤い線が見えた。


 青い線を見ると、葵に対して伸びており、『とりあえず葵、落ち着け』という言葉が自然と浮かんでくる。そして赤い線は『気持ちは嬉しいけど、落ち着いてほしい』という言葉で、こっちは天音に伸びている。


 そして、色も何もついていない『お互い、頭を冷やそう。俺もよくわからないんだ』というものもある。


 これは……。


 (選択肢だ!)


 ゲームにおける選択肢、そのままである。青を選べば葵の、赤を選べば天音の好感度があがるという。


 ……選べというわけか。


 しかし、俺は敢えてどの線にも属すことの無い選択肢を選ぶ。


 「お互い、頭を冷やそう。俺もよくわからないんだ」


 これはどちらの好感度も上がらない外れ選択肢というやつだ。


 一周目は線による誘導がないので、こういう外れ選択肢を選び続ければルート分岐せず、ノーマルエンドを迎えてしまう。あえて選ぶことで見られるスチルもあるので一概に損があるわけではないが。


 「……そうね。私も部活があるし、少し頭を冷やすわ」

 「……初日から捲し立てては怜音様もあわててしまいますわね。仕方ありません。何かあれば、料理部へお越しくださいまし」


 読み通り、どちらも立てることがなかったため事態は沈静化し、少しすると二人は部活へと去っていった。


 (ううむ、本当にゲームのようだ)


 だけど、困ったことになった。


 本当にゲームの世界に入ったのか?


 疑いようがない。眼前の美少女たちは、間違いなく「くじらぶ」のメインヒロインだ。


 そして対応も、俺が知るゲームの通りだった。


 ……となると、どちらかのルートをクリアできれば元の世界に戻れるのか? いや、元の世界では俺死んだのかな。生きている方が可能性は低そうだ。


 そのとき、人の気配が感じる。


 「ん? 誰かいるのか?」

 「ひぇっ……」


 妙に聞き慣れた声がした。


 そして扉を開けて、現れたのは……よく知る絶世の美少女だった。


 赤く整えられた髪は先のヒロイン二人に負けることはなく、何よりもくりんとした瞳は彼女固有のものだろう。


 腰回りにつけられ、じゃらじゃらと音を立てるアニメキャラの小物といい……間違いない夜瞑奏ちゃん、その人である。


 「ひょえええー! くぅああ、す、すみません。奏はただ、高校生の多感な三角関係を遠巻きに眺めているだけなのです。ええ、ああいわないで下さい! 奏はあ・く・ま・で黒子ですから! はいぃ、だから通報しないでぇ――じゃなくて、観劇者は常に沈黙を保つのが礼節……奏はクールに去りますね。それではっ!!!」


 な、なんと親のセリフよりも聴いたセリフを彼女は一語も違えずに口にした。


 俺が感動を覚えている隙に、夜瞑奏は逃げ出してしまった!


 「ちょ、待って!」


  本来のゲームであれば、彼女はその場でフェードアウトする。あくまで顔見せのイベントでしかないからだ。


 だけど、これは俺にとっても千載一遇のチャンスかもしれない。


 俺は何も考えず、目の前に現れた最高の美少女……推しを逃がすまいと、駆けだした。


 一歩間違えれば、いや、普通に女子を追いかけまわすのは犯罪だろう。


 通りすがりの鏡で一瞬、顔を見る。地味な高校生の顔面ではなく、間違いなく「くじらぶ」の主人公である朝来怜音の整った顔だ。


 なんて考えてる場合ではない。


 今は、彼女を追う。


 「ひ、ひいぃぃ、追わないでください! あ、謝りますから! 後生ですからぁ!」


 この流れるような早口、妙な語彙六……間違いない。


 俺の知り、俺の愛した麗しの推しだ!


 推しの為にと研鑽(けんさん)を続けて幾星霜(いくせいそう)、バイトをし、寝る間を惜しんで愛を注いだのだ。世界で一番愛しているといっても過言ではない。


 夢なのか、現実なのか、わからない。

 

 だけど何であれ、身体は動き出していた。


 行き止まりに追い詰めた!


 字面だけ見れば、俺は立派な犯罪者だ。



 「えと、そのぉ、ほんとごめんなさい。奏が悪かったんですぅ。ですから……」

 「キミは……夜瞑奏ちゃ……さんだね?」

 「あ、はい。夜瞑奏ですが……」

 「キミが好きだ」

 「はい?」


 その言葉を発するのに、一切の迷いはなかった。

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