第29話 ミスコンは前途多難
「押さないでくださーい! 順番に並んでくださーい!」
「諸君らっ! 一人二十秒までだ! 後ろがつかえているのだからなっ!」
俺と鉄心は、参加者の列を処理するのに必死だった。
余裕ができた際に、奏ちゃんへと視線を飛ばすと――。
「絶対に投票します! サインありがとう!」
「いえ! こちらこそありがとうございます!」
最初こそ、緊張からかぎこちなかったが……十人を超えたあたりで、会話もスムーズに進むようになっていた。
慣れていない緊張している段階の参加者は不満を漏らすかとも思えたが……特有の初々しさでむしろ満足していたようだ。
しかし、参加者のピークが落ち着いた頃に、問題が起こった。
「……なんとか、波は終わったな」
「ああ、これほどの盛況、アイドルの現場でもそう見ないぞ」
「経験談か?」
「そうだ。これは世辞抜きで……凄まじいぞ」
鉄心も、ここまでとは思っていないかったらしく――素直な驚愕が表情に現れていた。
「け、喧嘩だー!」
部屋の外でそう声が響く。
俺と鉄心は、何が起こったのだと、急ぎ部屋を出ると、そこには……。
「横入りしただろぅ!?」
金髪で高身長の男子生徒が、小柄な男子生徒の胸倉をつかんでいるようだった。
「し、してませんよ。僕はずっとここに――」
「ああん?」
「ひっ……」
駄目だ、これじゃあ完全に恫喝じゃないか!
「……おい、盟友。彼奴は……」
「何か知っているのか?」
「華乃宮嬢の親衛隊だ。それもかなり幹部だ」
「なっ……天音がそんなことを……」
「わかっている、するわけがない。むしろ妨害工作なんて止めるはずだ」
となると、下が勝手に暴走してるって言うのか?
だが、そう言われると確かに見覚えがあった。
天音の誘いを断った時、睨みつけてきた人物の一人だった。
「俺が仲裁に入る。鉄心は、奏ちゃんの方に」
「無論だ」
騒然とした現場を抑えるためにも、鉄心に動いてもらうことに。
「すみません、乱暴は――」
「うるせぇよ!」
怒っている男が、何かを俺に投げつけてきた!
「うわっ……これって……紅茶!?」
店売りしているような、カップティーである。水や茶ならまだしも、紅茶が制服に付着などしたら早々洗えなくなる。
非常に悪質だ。
文句の一つでも言おうと思ったが、既に男は立ち去ってしまっていた。
「……なんてことだ」
このような事態は想定外だった。
奏ちゃんの服にかからなかったのは、不幸中の幸いだというべきか?
「って、それはいいんだ」
俺の服なんてどうでもいい。脅されていた男子生徒に肩を貸す。
「痛みはありませんか? もし何かあれば今から保健室にも」
「だ、大丈夫です! 委員会活動で、遅れましたけれどせっかく来れたんですから。それに……」
今までの恐怖は薄れたようで、静かに男子生徒は笑う。
「ここで帰ったら、夜瞑さん……推しを悲しませてしまいますから」
彼は、決して怒ることのない――オタクの鑑のような人物だった。
今回は彼の優しさに救われたが、警戒をする必要があるかもしれない。
◇
「朝来さんっ、制服が――」
サイン会が終了し、ようやく解放された奏ちゃんが俺の制服を見て焦りだす。
「そんなっ、どうして、どうして朝来さんが――」
今にも泣き出しそうな表情で、奏ちゃんは俺に訴えかける。
これは、親衛隊の話はしない方がいいだろう。
鉄心に静かに目配らせを行うと、彼も同様に思っていたのだろう、静かにうなずいていた。
俺はまず、奏ちゃんを落ち着かせることにした。
「大丈夫だよ、クリーニングに出せば問題ないし、怪我もないから」
「……どうして、どうして、こうなるんですかぁ……」
「ちょっとこっちの不手際だったから、何も心配することはないさ。それに、奏ちゃんは、今日のサイン会、楽しめた?」
「それは……はい、そうですが、でも――」
「なら本当に良かった。その言葉で、頑張った甲斐があったよ」
言葉を遮る形になってしまったけど、悪い考えは今は持たない方がいいだろう。
「おい、怜音……」
鉄心が何かを言いかけたが、下校時間を告げる本鈴が鳴る。
このような活動は許可がおりているが、規定されている時間は守らないといけない。
「さぁ、片付けよう。今日の投稿もしなきゃいけないし、中間発表も楽しみだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます