第28話 サイン会の舞台裏で
湊さんの全力の衣装、そして鉄心の拡散力、そして何よりも奏ちゃんの努力が功を奏して順調にフォロワー数が伸びていった。
二日目にはオタク層向けへのアプローチも並行して開始し、その段階でサイン会を告知した。
事前に制作したブロマイドが配布し、そこにサインする形だ。
他の出場者でそういったイベントは開催していないようだ。
というか、規則上可能だが、生徒会に申請を出したり、準備をしたりなど……そういった手続きの煩雑さもあって誰もやりたがらないのだ。
ある意味、今回のサイン会は過剰な戦略だったかもしれないが、そうでもしなければ、葵と天音という二強を下すことは絶対にできない。
それにほとんどの人が面倒くさがるのなら、競合相手も減るというもの。といっても、後追いの人たちに負ける気は最初からないけれども。
十数分後、開始される。
掃除時間が終了してからが、本番だ。
素早く済ませ、葵と天音の誘いを華麗に躱しながら俺は奏ちゃんの待つ教室へと向かったわけだが……。
「ほえ、ほえほえ……」
「あっ、また液状化してる!」
「先程からこの様子だが……夜瞑譲は本当に大丈夫かね?」
さしもの鉄心も……ここまで彼女が上がり症だとは思っていなかったのだろう。
確かに、思えば彼は写真撮影や動画撮影の場に同席していなかった。
「奏ちゃんがこうなることは多いよ」
「そ、そうなのか……? だが、今までの動画ではきちんと仕上げてきているのだから……大丈夫なのだろう」
始まる前だというのにこの状態だ。
だが、無理もない。写真や動画でも一苦労だったというのに、今回は対面だ。
難易度は段違いだし、誰だってこれは緊張する。
「明日には中間投票がある。危ない奴はいないとは思うけど、俺が守るよ」
「ふぁ、ふぁいい……」
中間投票の結果で、これからのイベントの頻度や投稿の内容……もっというと全体的な戦略が変わってくる。
その試金石となるのが、今日のイベントだ。
「…………うん」
今までは液状化して心配になるくらいだった奏ちゃんは、自分の力で固形に……人間の姿に戻る。
緊張が、汗や身振りから感じ取れる。
だけど、諦める、逃げるという選択肢が一つもないのは確かだった。
「いきましょう」
会話術や、サインの書き方。
多くを詰め込んだ。あとは人が集まるかどうかだが――。
鉄心が様子を見てくると外に出てから少し、時間が経過した。
掃除時間を終わった人から順にやってくるだろう。
努力はした、あとはそれがどこまで影響を持つか。どのような結果をもたらすか。
俺も奏ちゃんも言葉はなく、自然と目を閉じていた。
静かな教室で、二人の思考は重なる。
(どうか――)
願いが呼応したかのように、そのタイミングで扉が開く。
「っ!」
俺と、奏ちゃんは視線を入り口に送る。
「って」
しかし、サイン希望者ではない。
来訪者は鉄心だった。
「「鉄心かよ(ですか~)」」
「はっは。なかなかに緊張しているようだ。凝り固まっていると、ファンの心を掴めないぞ?」
「……そうだな、いつ来るかわからないけど、今のうちに……」
「何を言っている? できているぞ――長蛇の列が」
その言葉を受け、俺がもう一方の扉から顔を出してみると……。
「こ、これっ……何十人いるんだっ!?」
「何十どころの騒ぎではない。これは……百を優に超えるのではないか?」
俺の通う学園は、生徒数が多い。
とはいえ、候補者も多いからある程度均等に分散すると思っていたのだが――その読みが外れただって?
予想外だ! それもいい意味で!
「客層も盟友、お前の読み通りだ。オタク、非オタクに関わらず大盛況だ」
「……なるほどな」
「さて、俺は整列をさせようではないか。折角人が集まったのに、教員に解散されては意味がないからな」
「助かる」
「とのことだ」
鉄心からの報告、並びに俺が目で見た情報を椅子に座る奏ちゃんに伝える。
「……すごい、こんなことになるなんて……」
「驚きは隠せないな」
「……はい」
「やっぱり、怖いかい?」
そう問うと、彼女は苦笑しながら頷く。
「とっても怖いです。朝来さんがいなければ、逃げ出してしまいそうです。だけど…………やりましょう。ここまで、きたのですから」
俺と奏ちゃんは目を合わせて、笑う。
練習だって重ねた。イメージだってそうだ。
だからこそ、絶対に上手くいく。
そう確かめ合った頃、入場が開始された。
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