第3話 ヒロインの地雷が爆発すると流石の主人公も死ぬ
「うーん、困ったぞ。こりゃ現実だ」
奏ちゃんに逃げられ、やることも
本屋に足を運び、一般向けな歴史の新書に目を通す。
「見事に少しだけ名前が改変されている」
版権を意識しているのか、歴史上の偉人の名前が微妙に違う。具体的に言うと一文字程度、改変されている。これは覚えなおすのが大変だぞ。
その点、理科的な内容は変わり映えがないのはよかった。
あとは「くじらぶ」の存在だろうか。
スマホを開き、「くじらぶ」の名称や固有名詞、しまいにはキャラの名前を検索したが結果は得られない。強いて言うなら華乃宮一族の企業の関連サイトがひっかかるくらいだ。
そして、肉体面だ。
元の世界では中肉中背――というくらいがちょうどよかったが、この朝来怜音の体は結構いい体つきをしている。
これはよく馴染む……というと吸血鬼か何かになってしまうが、実際、自分の体の様に器用に動かすことができた。
これは……維持した方がいいだろう。
運動は嫌いじゃないし、何より不摂生だと奏ちゃんに嫌われてしまう。
「……しかし」
自宅に戻り、ベッドに寝転がって我に帰る。
「……やっちまったなぁ」
ほぼほぼ衝動的だった。麗しの推しに出会い、我慢できなかった。
あの数分間の会話だけでも、途轍もなく可愛かった。
元の世界では、天音か葵を選び、奏を好むのはごく少数だった。アニメではメイン回が用意されていたとはいえ、やはり母数ではメインヒロインに劣る。
要因は簡単で、尖ったキャラクター性にあるだろう。
勝手に饒舌に捲し立てる様は、人を選ぶのは間違いない。良く調べなければ変人キャラ止まりだろう。
しかし、実際は違う。奥ゆかしく溢れる知性に、少女の様に喜怒哀楽の表現が豊かなのだ。その様子は誰よりも人間らしく、愛おしいのだ。
「だけど、後悔はしないぞ」
告白を撤回なんて情けない真似はしない。
彼女を公開処刑しかけたという所は詫びなければならないし、反省しなければならないけれど、ここで引いてなるものか。
だけど、ほめちぎるのは、二人っきりの時がいいだろう。
◇
俺は今後の方針を確認すべく、高校の事前に配布されていた予定表とにらめっこする。
「うーむ、やっぱりゲームでの毎月の予定と概ね一緒だな」
「くじらぶ」には、日々のイベントの他に月一度の校内イベントがある。来月の場合、学園で一番の可愛い女子生徒を選ぶミスコンだ。
このイベントで天音か葵、どちらに肩入れするかで好感度が大きく傾くわけだ。
好感度の上り率も
「……となると、一年の終わりの打ち上げ旅行が最後のイベントとなるわけだ」
打ち上げ旅行――簡単に言えば、一年次に行う修学旅行のようなものだ。
行く場所は実はヒロイン選択によって分岐する。葵の場合は雪が降り積もる京の町、天音の場合は彼女の有する温暖な南国の諸島……といった感じだ。しかし、これが実は罠で、各ヒロインのスチルの最後の一枚が、別のヒロインの側の旅行先でしか回収できないのだ。初見ではまぁ気付かない、なんたって、その頃にはヒロインルートがほぼほぼ確定しており、敢えて好感度が上がらない選択肢を選ばないとみられないからだ。
おっと、話がそれたな。
俺が、少し危惧しているのは「くじらぶ」というタイトルにもあるように、各ヒロインが持つ『約束』という名の地雷があるからだ。
主人公と葵、天音は幼少期にそれぞれ別の約束を交わす。
ご都合なことに、主人公はそれをさっぱり忘れていたが、ヒロインたちは覚えていた。またその約束というのが、当時の彼女たちの『トラウマ』から助け出すものであったため話がこじれる。
葵は母子家庭の過去があり、父に対する大きな憧れが強かった。それがいつしか膨れ上がり、幼馴染だった主人公に対しその父性を見出し始める。
そこで主人公は葵に対し、「何があっても味方でいる」という約束をする。その結果、やがて依存に近い形になり、妄執と化す。
必要なフラグを立てずに最終イベントを迎えると、自身の依存が主人公を苦しめていると勘違いし、自傷といった好意に走り出す。好感度が最悪の場合は、自殺する。
天音の場合も壮絶だ。
彼女は実は成り上がりの家系である。幼少期もある程度大きな会社を持ってはいたが、権力争いに負け、一度喪失してしまう。
そこで苦労している幼少期に主人公と出会い、「キミがどんな姿であっても関係は変わらない」と約いう風に言われる。
その後、今の地位を築くわけだがその最中で「力がなければ大切なものは消えていく……」という闇堕ちしたキャラクターのような妄執を抱き出す。
要は、強烈な独占欲を発揮させるのだ。多分に漏れず、攻略を失敗した場合、葵とは真逆で拉致監禁され、一生裏切らない飼い犬としての地位になってしまうのだ。
子どもの頃の約束ではないか、と思うがそういう物語なのだ、「くじらぶ」というやつは。
俺は、この結末をどうあれば避けられるかを考える。
仮に奏ちゃんといい関係を結べても、地雷が爆発しては詰みだ。とはいえ、回避すべく好感度を上げようとすることは奏ちゃんに対し、裏切りにあたる。
だとすると、だ。
自ずと俺は、こういう考えに至る……「いっそ、ヒロインのことは考えずに奏ちゃんを愛でることに邁進すればいいのでは」と。
下手に好感度を調節しようとするからこそ、拗れるのだ。だから、ドンと構えて愛に生きる……それが最適に思えるわけだ。
「なんだ! 簡単じゃないか!」
何も憂慮することはないんだ。
俺はこれから、ゲーム知識をフルに活用して、奏ちゃんとの未来を歩むんだ!
◇
「にーやん、少しうるさいよ」
「ん?」
ノックもなしに部屋に入り込んできたのは……まさか。
「妹よ!」
「っ……! は、はいはい、にーやんの可愛い妹ですよ、ぶい」
ガシッと目の前のやや背の低い女性の方を掴む。俺と同じ白髪で、自然と内側にくるんと巻かれたくせっ毛のような髪型が特徴的え、やや三百眼よりの綺麗な緋色の瞳を持つ外見だけ見れば立派な少女である。
それが我が妹、
「にーやん、今失礼なこと考えてなかった? 具体的には身長とかそういう」
「そんなことない、そんなことないぞ! 妹よ!」
「……なんかにーやん、キャラ違くない? 普段より妙に元気というか」
「細かいことは気にしない、気にしない」
「そう……ていうか、アタシ、今アニメ見てるからちょっと静かにしてほしいなぁって……」
「おお、それはすま――」
ふと、妹が羽織っているキャラもののT-シャツに興味が行く。
スチルではデフォルメされてよくわからなかったが、このキャラは奏ちゃんが腰に付けているキャラグッズのそれと酷似していた。
主人公の妹である美嘉は、アンチ恋愛、アンチ青春の根っからのニートオタクキャラであったが……まさかここで共通点が出てくるとは。
「なぁ、美嘉。このキャラ、なんてアニメのやつだ?」
「んー? にーやん、アニメ興味ないっしょ」
「いや、すっごい実は興味ある」
「ほんと!?」
美嘉が身を乗り出して近寄ってくる。元々部屋着であるため、かなり胸元が緩んでいる。
朝来怜音として転生した以上、どうあっても美嘉は妹という立場であるのだが、それでも少し驚いてしまう。
「ふっふ、にーやんが興味を持ってくれるのなら、アタシも嬉しいよ。にーやん、これから暇?」
「ああ」
「じゃあ円盤貸すから履修しましょうね」
「いいのか?」
「うん、同志が増えるのは嬉しいからね。でも感想は聞かせてよね」
そう言い、気前よく円盤一式を貸し出してくれた。
これは奏ちゃんとの会話の糸口になるかもしれない。
元は俺もオタクだったため、別にアニメに関する抵抗はない。むしろ、いい娯楽になるかもしれないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます